第10話 鉱山地区



バベルの塔第2階層。第1階層を冒険した初心者冒険者達には基本技術の総仕上げが出来る場所として人気である。その人気っぷりは銀プレート冒険者も同じく、初心を取り戻すために訪れる者も多い。また、採取出来る素材の種類は現在攻略されている第70階層までの中で最多を誇り、基本的な採取依頼はここで済ませられるほどだ。


そして人気、というだけあって冒険者は多いのだ。


「まるで観光地ですね」

「町にも人は多いけど、ここも相当だなぁ」


移動の水晶玉で移動した先もバベルの塔とは比べるものでもないが露店が軒を連ねている。主に冒険者がやっている露店のようだ。


「地図によると、いくつかエリアが分かれているようですね。鉱山地区、平原地区、森林地区。そしてここ中央地区。端までおよそ半日の距離らしいですよ?」

「なぁ、そんなにデカかったか?塔って」

「いいえ、ですが至高神が造られた物ですから常識は通用しないのでしょう」


リリアーナから渡された地図を広げながら依頼の鉄鉱石が採れる場所を探すアイリス。順当にいけば鉱山地区にあるのだろう。


「そういえば、私は携帯型ツルハシを持っていますが、アルさんは?」

「この拳とガントレットがあれば十分。師匠が岩は砕けるようになれつってたし、修行だな。最悪はアイリスに任せる」

「ボウズにならない事だけ祈りましょうか。さ、行きましょう」



中央地区から歩いて一時間。鉱山地区の入り口。ここまで丁寧に舗装された道であった影響で疲れどころか拍子抜けまでしている二人。

入り口には「この先危険!」とまで書かれた看板まで立てられている始末だ。


「緊張感とはどこに行ったんでしょうか」

「楽でいいんじゃね?取り敢えずランタン出すなら早くな。先頭は俺。前回と同じで」

「分かりました。...よし、行きましょう」


ランタンに火を灯し、二人は鉱山内部に侵入していく。地図によれば、地形はそう複雑ではない。地下も存在するようだが、生憎とこの地図には地下の記述はなかった。恐らく、意図的に抜いているのだろう。


「分かれ道はあるようですが迷うことはないでしょう。後、足元に注意をしてください。罠があるらしいので」

「おう、俺がそんな間抜けな事.......」


カチッ


アルフレッドが踏んだ箇所が四角く沈み、地面が機械的な音を鳴らす。

アルフレッドの「あっ」という間抜けな声と共に地面から無数の槍が一気に飛び出してきた。


「はぁっ!」


アリシアは勇者の目を使いながら、咄嗟にアルフレッドの首元を掴み、後ろへと引っ張り倒す。


「アル!言った側から不用心過ぎます!死ぬ気ですか!!?」

「すっ、すまんアイリス」

「すまんで済む訳がないでしょう!?もう少しで串刺しだったんですよ!!」


見れば、飛び出してきた槍がその地面へ引っ込もうとしている最中だった。

もしも、を想像してしまったアルフレッドはその顔を青く染める。流石に即死してしまうのが容易く想像出来るからだ。


「もう二度はありませんよ」

「...おう」


声を荒らげるといつものさん付けが無くなるのを、どうしてかなのかと気になってしまったアルフレッドだったが、流石にこの雰囲気では聞き出せなかった。


「気を改めて、行きましょうか。罠探知、任せますからね?」

「おう、次は失敗しない」


それから、アルフレッドは意識を集中させて罠を探しながら歩き始めた。

本人曰く、こういった罠に関する経験はないそうだが風景からおかしな点を探す事は得意らしい。

アイリス自身も、まさか初手で即死罠が襲いかかるとは思いもしていなかった。もし自分に勇者の血が流れていなければ、と思うと冷や汗が出る。もっとも、血が流れていなければアルフレッドとはこうして冒険していないのだが。


「ストップ。足元にワイヤー罠。これをシーフは見抜くのか?難易度高くないか?」

「どれですか?.......うわっ土色に塗られてますねこれ。あまりにも酷では?」

「だよなぁ。しかもこいつ、俺が足を下ろした瞬間出てきたぜ?神さんから恨まれてるとしか思えないんだけど」


ワイヤーを指で軽く弾きながら文句を言うアルフレッド。いくら塔が試練を与えるとはいえ、限度というものがあるはずだ。試されている、とは二人は到底思えなかった。配置が完全に殺しにきている以上、第2階層という底階層での罠とはとても思えないからだ。


「とにかく、採取したら場所変えた方がいいかもな」

「そうですね。サッと採って行きましょう」



鉄鉱石の採掘場所に到着した二人は、早速鉄鉱石を掘り始めた。

アルフレッドは岩肌を殴って掘り進めている。


「痛くないんですか?」

「痛いぜ?けどそれは俺が未熟な証拠だしさ。師匠はたぶんもう10mぐらいは砕いて砂にしてるぜ」

「......世の中凄い人が居るんですねぇ」


ふと、『拳の勇者』の顔が思い浮かぶが、「アレ」は少なくともアルフレッドの師匠ではないだろう。もしそうであれば彼はあんな素直な性格ではない。

では誰だろうかと思考を巡らせるが、的確な人物は出てこない。


(拳神...いえ、彼女はそんな暇もないですし会えるはずがないですから......)


唯一引っかかる人物を思い出すが、即座に違うと判断する。アルフレッドと似ている部分はあるがその人物はそんな暇もなにもないはずだった。いわば鉄の檻の中に居るような人物なのだ。どうやって出会うと言うのだろうか。


「おやっ?これは...アルさん!出てきましたよ!鉄鉱石です!」


アイリスはごろっと転がってきた鉄鉱石を持ってはしゃぎながらアルフレッドに見せびらかす。


「やるじゃんアイリス!俺も一個ぐらい採らねぇとなッ!」


アルフレッドも喜びながら岩殴りを再開する。

アイリスもツルハシを振り下ろす作業を再開した。

薄暗い坑道に二人が採掘作業で岩を叩く音が響き渡る。半時間ほど採掘をすれば目標の5個は容易く集まった。


「拳でも採れるもんだなぁ」

「アルさんが特別なだけだと思いますけど...」

「そうか?アイリスにも出来るぞ?」

「出来たらツルハシを使ってませんよ」

「簡単なんだけどなぁ、こうズバッと出して当たる瞬間に力込めてググッとやる感じでさ」

「感覚的な話をされてもですね?」

「師匠はこう教えてくれたし俺もすぐ分かったんだぞ?」


脳筋か!と突っ込みたくなるのを抑え、アイリスは懐中時計で時間を確認する。まだお昼にすらなっていない時間。リリアーナが「依頼ぐらいは達成しろ」といっていたのもこういう事だったのだと気付いた。


「どうしますか?まだ鉱石を掘りますか?」

「んにゃ、せっかくだしモンスター狩ろうぜ。ここには何が出るんだ?」


アイリスは地図と共に渡されていたモンスターの一覧表を見る。どうやら鉱山地区にモンスターは少なく、罠がメインのようだ。塔に広く分布しているゴブリンとスライムに加え、ジャイアントバット、ポイズンスネークの4種類程度。地下にいけばまた別のモンスターが居るのだろうがその情報はない。


「そんなもんか。ま、軽く狩って今日は帰るか」

「てっきり他の地区に足を伸ばすものかと」

「それでもいいんだけどさ、今日は妙に胸がざわつく。早く帰った方がいい気がするんだ。でも依頼終わらせてお昼までに帰るのは勿体ないしな」

「胸のざわつきは私にはありませんが、昼までに帰るのは確かに勿体ないですね」

「そっか、んじゃ昼飯は中央地区の露店で食って帰ろうぜ。それまでは...」

「モンスター狩り、ですね?」


にこりと笑うアイリスとそれに合わせて「おう!」と笑顔になるアルフレッド。荷物と依頼品である鉄鉱石をバックパックに詰めた二人は坑道の奥へと進んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る