第2章 次なる冒険へ

第9話 第2階層


王都の北東、駅馬車で三日の位置にあるバベルの街。街には朝日が昇り、ギルドの時計塔の鐘が六時を知らせていた。

街の大通りから少し外れた商店が軒を連ねるクローバー通り。その通りの真ん中に幸運の四つ葉亭はあった。宿の東側の角部屋、そこに一人の少女が眠っていた。


彼女の名はアイリス・D・マルセイユ。

このバベルの街に来て一週間の初心者冒険者だ。

窓から差し込む明るい日差しが、彼女の意識を覚醒させた。


「んんーーっ」


ベッドの上で寝巻きのランジェリーをはだけさせながら背伸びをする。

寝ぼけ眼を擦りながら、窓を開けて朝の空気を思い切り吸い込んでもう一度背伸びをした。


「今日も良い朝ですね」


胸を張って朝日を眺める。

眩しい太陽と朝の少し冷たい空気が、彼女の意識をどんどんと目覚めさせていった。


アイリスの朝は他の冒険者に比べて早い。

今日は塔に侵入する日なので遅いが、ここ三日は朝四時に目を覚まして、宿の庭を借りて素振りをしている。そのあとは一時間ほど軽く走って体力の増強に努めていた。

今日は朝の鐘が鳴る前にギルドに向かう約束をしているので、一時間遅い。


あのアルフレッドとリリアーナの飲み比べ勝負の翌日は二人とも二日酔いでダウンしていたので、次の冒険に備えてラッテ商店でポーションを前回より多めに買い、腰ベルトをポーションラックが付いた物に買い換えたりアルフレッドと自分の装備を修繕に出したりしていた。

昨日の昼にやっと装備が修繕から帰ってきたので、今日は朝から塔に侵入しよう、という話になったのだ。


ちなみにアルフレッドだが、装備が修繕から帰ってくるなり塔に侵入しようとしたのでまたリリアーナと喧嘩していた。もはや仲裁も面倒だったので「口喧嘩なら止めませんのでどうぞご自由に」と言い放ってアイリスも好きにやらせていた。その後別のギルド員に怒られたが。


今回、移動の水晶玉を手に入れたこともあり、一気に第2階層に侵入する話になっていた。「あれだけの事をやらかしたし、よくある特例で許可する」とはギルドマスターのカイザーの言葉である。

実際、二人にとってはありがたい話ではある。

アルフレッドは強くなりたい。アイリスは稼ぎたい。その二つの要望に上手く答えが嵌った形になるからだ。


とはいえ、不安もあった。自分にそれだけの実力があるのか、と。

リリアーナにそう伝えると「馬鹿じゃないのか」という言葉を受けたので、アイリスは自己評価が低いのだと、慎重になり過ぎて臆病になっていると、そう思うことにしたアイリスは考えを振り払うかのように昨日組んでおいた桶に入った水で顔を洗う。冷たい水が心地良かった。


ランジェリーからバトルドレスに着替え、装備を整える。新しい腰ベルトも万全であとは実戦だけだ。

化粧鏡で一通り装備を点検する。何処も異常がない事を確認して、アイリスは部屋の鍵を閉めて階下に降りた。


「店主さん、おはようございます」

「......あぁ、おはよう。朝食はいらなさそうだな?」

「はい、今日は作戦会議を兼ねてパーティで食べるので」


受付カウンターに居たビッグベアーのような図体の店主にアイリスが部屋鍵を渡すと「そうか」だけ呟いてカウンターの奥に消えていった。恐らく、厨房に行ったのだろう。


アイリスがギルドに着くと、アルフレッドは既に食事を取っていた。リリアーナも一緒だ。


「おはよーさん。準備は?」

「朝食を食べれば万全ですね」

「おうあいりふ!はふゃくめしくふぇおな!」

「煩い、口に物入れて喋るな汚い。アイリスもさっさと飯食っちまいな」

「まるでお母さんみたいですね」

「煩い、引っ叩くぞ。仮に母親でもこんな生意気なクソガキはいらない」


笑いながら「はいはい」と答えるアイリスに、リリアーナはジト目で睨む。それを涼しい顔で受け流すアイリスは給仕に朝食セットを頼んでいた。アルフレッドは聴こえていないようで、山盛りの朝食を貪っていた。


「今回は二人に依頼を受けてもらうから」

「依頼、ですか?」

「そ、ただモンスターを狩ってドロップした貨幣だけじゃあバベルの街はここまで発展しなかった。知ってるだろうけどバベルの塔では様々な素材が採取出来る。鉱石に、薬草、虫に動物。塔にしか生息しないヤツだってある。それらを採取する依頼は山のようにあるわけ」


それを捌くのがあんた達が塔に登って居る間に暇な私ってワケ、とリリアーナは言う。彼女だって、ただ待っているだけではないのだ。本来の受付業務から離れても二人のサポートはせねばならない。


「パーティに専属ギルド員が付くと朝一に張り出される新規の依頼から良さげなモノを持ってくるのだって出来る。だからそういうパーティの朝は普通のパーティより早い。ま、今日は初回だしアンタ達も初心者だから定番のしか持って来てないけど」


そう言うと、リリアーナはいくつかの依頼書をテーブルの上に並べた。どれも第2階層での採取の依頼だ。依頼金も高くもなく、安くもない。初心者に回ってくる依頼は安い依頼金が常のようだが、リリアーナはその中から条件の良い依頼を取って来てくれたのだろう。


「良い依頼ばかりだと思います。ありがとうございますねリリアーナさん」

「不承不承ながらだけど仕事はキッチリやるよ。ま、せめて私をやる気にさせるように頑張ってちょうだい」

「ん、まぁやるだけやるだけだよ。な、アイリス?」

「えぇ、そうですねアルさん」


アイリスは頷きながら一つの依頼を拾い上げる。


「鉄鉱石の5個の納品。依頼金も良し。これがいいですね」

「なんだ?全部いかねぇのか?」

「前衛の貴方がバックパックどころか雑嚢すら背負わないのに荷物はあまり増やせませんよ」

「むぅ......それを言われると何も言えん」

「それが一番よ。まだ行けるは愚か者がやる事。欲張りは人を殺す。私の査定に響くんだから死なないで欲しいところね」

「最後の一言さえなければ良かったのに...」


朝食を摂り終え、準備を整えた二人はリリアーナに連れられて塔の北門にやってきた。


「はい、移動の水晶玉。設定は済ませてあるから魔力を少し込めれば起動して第2階層に行ける。依頼ぐらいはこなして帰ってきてよ」

「りょーかい。って魔力込めるってどうすんだ?」

「じゃあ私が代わりにやりますよ。ではリリアーナさん。行ってきます」


アルフレッドの代わりに水晶玉に魔力を込めるアイリス。その姿は一瞬歪み、そして掻き消えた。


「...せめて至高神の加護があることぐらい祈っとく」


二人が消えた箇所を見つめながら、リリアーナはぽつりと呟き、ギルドへと戻って行った。



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