第8話 少女と少年と、少女と
アイリス達三人は執務室から場所を変えて、冒険者パーティに貸し出している小さな会議室の一室に入りリリアーナから説明を受けていた。
「と、言うわけでギルドマスターから大役という名の体の良い押し付けを食らったリリアーナです。よろしくお願いします」
「あの、もう少し包んで頂けると嬉しいというか.....」
「煩い。どこぞの貴族様か知らないけど冒険者なんていうヤクザ家業に態々なった時点で以前の人権はないの。それに今日私休みだし。正規の対応は仕事の日に期待して」
部屋に入って席に座るなり、先程までの態度が一変して変わったリリアーナ。本音を隠そうとしない辺り本気で嫌がられているのがよく分かる。
アイリスに対しても心に刺さる物言いで、彼女も思わず苦笑いをした。
「大体、あんた達が移動の水晶玉なんてケッタイな物を持ち帰ってくるからいけないんでしょ?それさえなければ私はいつも通りに今頃夢の中。起きたらシャワーを浴びてスイーツ食べて肉食ってエール飲んで寝るはずだったんだ。それをあんた達がぶっ壊したんだよ」
「知るかよそんなこと。そもそもそっちが管理出来てなかったのが悪いんだろ!」
「煩いよチビ。中に入ったにしてもさっさと逃げてくりゃあ良かったんだ。判断ミスしたあんた達が悪いね」
「んだとぉ!?誰がチビだって!?」
「器もちっこいみたいね」
「煽るのはやめて下さいリリアーナさん。これ以上は流石に見過ごせません」
いきり立ったアルフレッドが席から立ち上がろうとした時点でアイリスは二人を止めに入る。下手をすれば殴り合いの喧嘩にすらなろうかという勢いだ。
「どういう事があってそのような喧嘩腰かは存じ上げませんが、ギルド員としてその対応はどうなのですか?」
「だから私は今日休みだっての」
「ギルドの制服を着て、こうしてギルドの会議室で冒険者と今後についての話し合いをしている以上、仕事でしょう?それともその首から下がるギルド員証は飾りですか?」
リリアーナは言葉を詰まらせる。流石に言い過ぎたと感じたのか、「言い過ぎた、ごめん」と謝った。
アイリスは「じゃあ、喧嘩はそこまでとして」と呼び鈴を鳴らしてやってきた給仕にコーヒーを注文していた。
「......私エールで」
「飲酒大丈夫なんですねここ。私もコーヒーの代わりに果実酒を」
「俺ぶどうジュースで」
各々が好きに飲み物を頼んだ後に一息ついて、アリシアが話を切り出した。
「話の続きですが、私達は臨時パーティだったんですけど今後も一緒に冒険する事になると?」
「当たり前。特にそこのチ...アルフレッドは特に目つけられてんだから。アイリスの援護があったとはいえ、スライムの大半を一人でぶん殴ったんでしょ?いくら脅威度の低いモンスターとはいえあの大群相手に、それに拳で殴り続けられるのは銀プレートにだって少ない」
一連の報告書を捲りながらリリアーナは答える。そこに載っているのは今回の撃破数だ。そこには明らかに鉄プレートの冒険者の戦績ではないものが記されている。アイリスはゴブリンが三匹にスライムが六十二匹。アルフレッドに至っては四百匹を超えている。彼らが塔に侵入していた時間はおよそ三時間。それら全てを仮にスライムの討伐時間に当てはめたとしても驚異的な速さだ。アルフレッドに至っては規格外とも言えよう。
「冒険者プレートには討伐したモンスターの種類と数が自動的に記録される。改竄なんて以ての外なのは分かるけど、この数は理解出来ない......」
「これが現実ですので。それで、リリアーナさんがそんなに頭を抱える案件になってしまった私達は今後どうすればよろしいのですか?」
「一つは冒険者を辞める。私としてはそれが一番嬉しい。でも非常に不本意だけどおススメはしない」
「あれだけやらかしてはい、さようならはそうは問屋が卸さないですよね」
「二つ目は、というかこれしかないけど私と今後ともよろしくして、塔を攻略していくこと。もう決定事項だけど他のギルドには移れないから」
「他のダンジョンに行けないって事か?」
「そういう訳じゃない。別のダンジョンを管理するギルドには登録出来なくなるけどウチのギルドの冒険者として手続きを済ませればダンジョンに行けるって事。でも私の仕事になるんだからあんまりやらないで欲しいところね」
会議室のドアがノックされて飲み物が運ばれてきた。各々が頼んだ飲み物を其々飲みながら話は続く。
「街から別の街に移動する時は私を通して報告が必要になったり、居住する場所は報告しなきゃいけなかったりする。それさえ出来てれば後は犯罪さえ起こさなきゃ自由。あんた達にはちょっと制限ができるだけで特に問題はない。ただ私の仕事が増えるし、王都で勤務する為に必死で頑張って来た事が水の泡になった事に怒ってる訳、分かる?」
「それは、ご愁傷様ですとしか」
「仕事だからしゃーねーじゃん」
「煩い。分かってるからこそ嫌なのよ」
リリアーナはジョッキに入ったエールを飲み干して、また注文した。ついでにつまみのソーセージも。まだ朝のはずだが彼女は御構い無しだ。
「ま、概要は以上ね。あと移動の水晶玉はギルドで預かるわ。好き勝手に使っていいもんでもないから」
リリアーナが手で「寄越せ」と促して来るので、アイリスも拒まずに水晶玉を渡した。
「塔に侵入する時は私に報告。あと、休みも合わせるから前日までには報告して」
「色々文句付けるなぁ」
「煩い。あんたらみたいに自由気まま其の日暮しの人間じゃないの私は」
「口も悪いし」
「んだとこのクソチビ」
「なんだよそばかす口悪ババァ」
「バ、ババァだって!?こちとらピッチピチの20歳だっての!」
「20はババァじゃん。アイリスは16だぞ」
キッとリリアーナに睨まれるアイリス。アイリスとしてはそんなもんは知らないという感情しかなかった。とばっちりもいいところである。
「もうヤケだ!おいクソチビ私と勝負しろ!」
「おう上等だコラ!俺の強さ見せてやるぜ!」
「エール頼んでアイリス!!10杯ぐらい!!!」
「えーっと、止めたほうがいいのでは...?」
「「煩い!いいから頼め!!」」
二人に気圧されたアイリスは仕方なくちょうど先程リリアーナが頼んだエールとソーセージが運ばれてきたのでエールを注文する。量に驚いていた給仕だが、リリアーナを見ると「あぁ、またか」と呟いていた。恐らく他の冒険者相手にもよく挑んでいるのだろう。
「あんた酒飲んだ事あんの?」
「ない!師匠が駄目って言ってた!けど勝負なら受けて勝てって言ってたからな!俺のが強いのを分からせてやる!」
「クソチビの癖によく吠えるな!じゃあ始めるよ!!」
「このエール代、誰が払うんでしょうか...」
アイリスの心配を他所に、今ここにアルフレッドとリリアーナのエール飲み対決が始まったのだった。
一時間後。
「まー、っらいけるよおぉ~」
「はやく、たぉ...れたほうらいいぜ......」
二人ともかなりの量のエールを飲んでいつ倒れてもおかしくない状況だった。顔は真っ赤で呂律は回らず、ジョッキを持つ手も震え、体を前後左右に揺らしている。
「その程度にしとかないと、明日が酷いですよー?」
アイリスが何度目かのもう手遅れな停止を掛けるが、二人の耳には届いていない。
「失礼しま、うわっお酒くさい......」
「あら、貴女はあの時の給仕さん」
「ひぇっ、死神カイルさんの隣に座って果実酒飲んでた人!」
「あっそういう覚え方されてたんですね」
新しいエールを持ってきた給仕は犬族の少女、ノーラだった。この部屋の惨状に流石に顔を痙攣らせている。
「も、申し訳ありません!どうかお許しください!」
「構いませんよ。名前も知らなかった訳で、新人の貴女にあんな事してしまったんですし。私の名前はアイリス。今後ともよろしくお願いしますね?」
「ひゃっ、ひゃい!お願いします!私の名前はノーラです!」
まるで「次言ったら容赦しない」という意味を口外に言っているような口振りだが、アイリスはそんなつもりは一切なかった。
「あの、止めないんですか?」
「もう止めました。が、止まらないので放置しています。あ、ウィスキーお代わり。ロックのジョッキでお願いします」
「じょ、ジョッキですか!?」
「?はい、ジョッキで」
実はアイリス、二人の勝負を肴にして自分は一人で安めのウィスキーを飲んでいた。
最初はグラスでだったが、ちまちま飲むのが面倒になったのかジョッキで頼み始めた。ちなみにこれで九杯目だ。
「たぶんこれで終わると思いますので、私のウィスキーと一緒にバケツを2つ。一つは水を入れてもらって、モップもついでに持ってきてください。処理は私がするので、リリアーナさんを家まで連れて帰ってもらえる人をお願いします」
「あっ、はい。かしこまりました...」
自分が後処理すると思い込んでいたノーラは拍子抜けして、部屋から出て行った。
「こぉれでぇ...沈めてやるわーっ!」
「お前が、しず、沈むん...だよぉぁ!」
「.........ほんと、冒険者になって良かったです。ほんとに」
仲良くエールを一気飲みしてぶっ倒れる二人を見ながら、アイリスは微笑んで感傷に浸る。
思い出すのは、幼き日の思い出。
姉であるセシリアとアルテミシア、あの二人もよくワインで飲み比べの勝負をしていた。後片付けはいつも執事のバトラーとアイリス。その勝負も行われなくなって久しい。アルフレッドとリリアーナの二人も、出会って間もないのにまるで兄妹のように見えていた。
その後、ノーラに運ばれてきた10杯目のウィスキーをその場で一気に飲み干したアイリスは二人の胃にパンパンに詰まったエールと胃液をバケツに吐き出させ、汚れた床をモップで掃除した。
リリアーナは丁度勤務が終わったノーラに任せ、アルフレッドはギルドの簡易宿泊所に放り込んで、自分の宿に帰ったのだった。
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