第7話 閑話休題
東門から帰ってきたアリシアとアルフレッド。出口に辿り着いたと思ったら青い顔をしたギルド員に詰め寄られて、あらゆる質問責めに遭い、「ギルドのミスだった」だの「なんで入ったんだ」だの様々な言葉を散々浴びせられた挙句、怪我と疲労が酷いと診断されて治療室にて一時拘束。怪我が無料で治ったのは良いのだが、治療の間も質問責めで、事情も全く分からぬアイリスは呑気にイビキをかきながら寝ているアルフレッドの顔を見て、その日何度目かの溜息をついたのだった。
さて、翌朝。
治療室に運ばれてきたパンとスープを食べながら、アイリスは昨日の実技試験の試験官だったギルド員から話を聞いていた。
「東門は本来封鎖されていて、そこに何も知らない私達が侵入して逃げ帰るならまだしも中に居たモンスターを全て討伐してあの水晶玉を持ち帰ってきたという事が原因、という訳ですか。それで私達は拘束されていると」
「そうなるな」
「てことは俺たちなーんも悪くねぇんじゃないか?」
アルフレッドがパンを口に入れながらそう言う。アイリスも同意見だ。
「不幸な行き違いもあったんだろうが、一番の問題はお前達が『封鎖されていたはずの東門になぜか侵入出来た』という事だ。担当者によれば一週間前には封鎖の張り紙を各所に貼りつけ済みで、他のギルド員も塔に侵入する冒険者には皆に通達していたと報告されている」
「張り紙も一切見た記憶がありませんし、注意された事もありませんが?」
「そこなんだよなぁ...俺はただの試験官で伝える義務はないから受験者には通達してないが、受付のギルド員は全員に通達した、と言っているんだよ」
ギルド員は腕を組んで唸る。
二人にとってはそんな事など一切なかったにだから唸りたいのはこちらの方である、と言いたい気分だった。
「で、お前達と会話した全てのギルド員に話を聞いたんだがな、お前達と会話した記憶が殆ど曖昧なんだよ」
「は...?」
「お前達を覚えてはいる。だが会話内容だけがスッポリと抜けてやがる。特にアイリス。お前はカイルとやりあったろ?アレでだいぶ顔を覚えられてんだ。それでも、だぜ?」
ありえない、とアイリスは口から言葉が漏れる。
確かに初日故に、まともに話したギルド員は少ない。それでも、だ。余りにも不自然だった。なぜ顔を覚えられている程に相手の記憶にアイリスが刻まれているのにも関わらず、『会話内容だけ』が曖昧なのか。アイリスには理解出来なかった。
「ま、問題ではあるが、真実の水晶でも見抜けなかったんだ。しゃーねぇわな。魔法が使われた痕跡もなしときた。そらぁ後はもう神さんの仕業としか言えないわな」
「というか封鎖したのにしてなかった。話す筈なのに話してなかったっていうのはそっちの問題じゃねーか。俺たち何も関係なくね?」
「その通りなんだわほんと。だからお前達はお咎めなし。だが原因が分からんので分かるまで色々と監視がつく。普通の冒険者なら良かったんだが、アイリス、お前さんがなぁ」
ギルド員がチラリとアイリスを見る。アイリスも心臓が跳ね上がりかけたが顔に出すのは抑えた。
「私の家が、ですか?」
「ダウェンポートと言えば、辺境伯じゃねぇかこの野郎。いくらお前さんが向こうから絶縁されててもお前の姓はそれなりの力があんだよ」
「てことはアイリスって貴族ってヤツなのか?」
「アルさんは今は黙っていて下さい」
なんでだよ!と反論するアルフレッドを無視してアイリスは言葉を続ける。
「やはり勘当されていましたか」
「そーいうこった。昨日のうちに『ハト』でお前さん家と連絡したが『そんな人間はもう存在しない』だとさ」
『ハト』とは遠隔地と会話する為の魔道具である。
それにしても、そんな人間は『もう』存在しないとは既にマルセイユ家からも連絡が言っているのだろうと会話を合わせながらアイリスは考える。
母の実家であり、その辺りの根回しも完璧なのだろう。マルセイユ家に同じように聞いてもバトラーが適当にはぐらかすだろう。
自分が勇者の血筋であるとバレていないのならアイリスはそれでよかった。
「何があったかまでは聞かんし報告する義務も俺にはない。ま、上手くやるこった。さて、話は戻るが飯食ったらギルドマスターの執務室に行ってくれや」
「拒否権はありませんしね。分かりました」
「俺、まだ寝てたいんだけど」
「銀貨十枚」
「うっ...分かったよ、行けばいいんだろ行けば!」
アルフレッドの扱いも、ようやくわかって気がするアイリス。と言っても上から借金で抑えているだけなのだが。
早めに朝食を終わらせ、治療用の寝巻きからボロボロになったバトルドレスに着替えたアイリス。一緒に着替えようとしたアルフレッドを蹴り飛ばして追い出したりした後に尻を抑えたアルフレッドと共にギルドマスターの執務室にまでやってきていた。
「マスター、入りますよ」
案内役だったギルド員は声を掛けてノックもなしに執務室に入る。思わずギョッとしたアイリスだが、恐らく二人の付き合いも長いのだろう、特に叱責の言葉の類は飛んで来なかった。
「ノックぐらい面倒臭がるなと言っているだろうがトーマス」
「一応入る前に声掛けてんだからノックでも同じでしょう?で、連れてきましたぜマスター」
「おっさんの名前トーマスって言うんだな」
「あら?言ってなかったか?ま、次からはさん付けで呼んでくれや。んじゃ、案内役のトーマスさんは失礼しますよっと」
そう言うなりトーマスはさっさと執務室から出て行った。残ったのは緊張した面持ちのアイリスと「なんだこのおっさん」という非常に失礼極まりない顔をしたアルフレッドの二人だけ。
執務中で書類作業をしていたギルドマスターはひと段落したのかペンを置いて顔を上げた。
「すまない。待たせたな。お初にお目にかかる。バベルの街冒険者ギルドのギルドマスターを務めているカイザー・ベルクだ。以後、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いいたします」
「立ち話も何だ、ソファにでも座ってくれ」
カイザーが応接ソファに座るように促し、二人もソファに座る。座り方にも育ちが出ているようで、アイリスはゆっくりと優雅に座り、アルフレッドは踏ん反り返るように座っている。
「ちょっとアルさん、もう少し綺麗に座ってくださいよ」
「いいじゃねぇかよ座り方なんてさ」
「構わんよ。こちらの話を聞いてくれればそれでいい」
基本的にがさつで平民やスラムの出が多い冒険者相手にしているからかギルドマスターであるカイザーの対応は柔らかい。ひとまず安堵したアイリスに、対面に座ったカイザーは早速本題を投げかける。
「さて、君達を呼んだのは凡そ察しているだろうが、君達がバベルの塔東門から侵入した件でね。まず聞きたいんだが、東門はどうやって開けた?」
「開いてた。な、アイリス?」
「えぇ、そうですね。扉前にギルド員は居ませんでしたし、東門は開いていました。注意喚起を促す物も、立ち入り禁止を示す物も確認出来ませんでした」
「成る程。報告通りだな。中に居たのは?」
「まずゴブリンが五匹。正直初心者に相手させるのはどうかと思いましたが、その時は特に疑問に感じませんでした」
「そのあとはスライムの山だぜ?何匹ぶん殴ったか分かんねぇよ」
それから、アイリス達はカイザーから事情聴取された。治療室で既に何度も聞かれた内容だったのでアルフレッドは機嫌が悪い。13歳という子供と言っても良い年齢なのでしょうがないとも言える。そもそも16歳で落ち着いた雰囲気を纏える元々貴族だったアイリスがアルフレッドにとっては逆におかしいとも言えるのだが。
ある程度の質問が続いた後にカイザーは質問を打ち切った。
「分かった。回答に感謝するよ。さて、ここからが本題なんだが今回の一件は我々ギルド側の責任であると判断してね。君たちには見舞金と専属のギルド員を付ける、ということになってね」
「金くれるのか!!?」
「あぁ、2ヶ月は宿に泊まれる額だ」
(半分に割って1ヶ月ずつ。冒険者登録して1日しか経っていない人間には妥当な額でしょうか。それにしても、専属ギルド員とは...)
はしゃいで喜ぶアルフレッドとは対照的に、アイリスは素直に喜べない。見舞金が口止め料、ということはないだろう。「封鎖が何者かに解かれた」ということを公言しても、中に居たのはゴブリンとスライム。銀プレートを持つ上位冒険者のパーティならあの程度は楽に凌げるはずだからだ。
専属ギルド員にしても、監視にしてはあまりに堂々としている。それ以外の何かがあるかもしれない。
「専属ギルド員、とは?」
「理由は幾つかあるんだが、一番は君達が昨日手に入れたであろう水晶玉でね。あれが何かは?」
「いえ、あれがなにか?」
「厄介なモノじゃないんだが、あれは銀プレート以上を持つ上位冒険者にしか渡されない移動の水晶玉という代物でな。本来は別のパーティに渡す予定の物だったんだ」
「成る程。お返しすればよいのでしょうか?」
「それが出来れば話は早かったんだがな。冒険者プレートを持つ人間が触ると、そいつが死ぬ以外他の人間には使えんのだよ。だから、いっそのこと専属ギルド員を付けてしまえば、移動の水晶玉を持つ鉄プレートパーティが存在すると噂が回らなくなる」
上位冒険者以外は水晶玉の存在は知らんしな、とカイザーは言葉を付け足した。
確かに、こちらの身を守る上でも専属ギルド員という話は都合が良い。監視の意味があってもメリットはそれを上回る。
「分かりました。お話をお受けします」
「そうでなくてはな。さて専属ギルド員もこちらに呼んでいる。もうすぐ来るはずだが...」
執務室のドアが三回ノックされた。
「リリアーナ、入ります」
「どうぞ」
カイザーに促され、声の主は執務室に入ってくる。
赤毛のお下げ髪にそばかすが似合う少女、リリアーナが執務室に入ってきた。
アリシアとアルフレッド、そしてリリアーナ。
英雄となる彼らと、それを見送る物語を綴る執筆者の三人が、ここに揃った。
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