第6話 不幸少女


「は?東門の最奥まで到達したパーティ?」

「間違いありません。移動の水晶玉を確認しています」

「おい、例の勇者隊の人間ではないだろうな?」

「いえ、個別に聴取しましたが男の方は『雷速』の拳闘士の弟子らしき事を口走っていた事と、女の方はどこかの貴族から家出か勘当かした者としか。両方とも勇者であるとは今のところ肯定も否定も出来ませんが可能性は低いかと」

「何か魔道具でも使ったか?」

「そのようではあります。風の魔石の使用は確認しておりますが、それ一つだけです」

「ならほぼ実力であのスライムの大群を殲滅した、と?」

「はい。男の方が7割を倒したとも両者から聴取も取れています。ポーションを使いながら突破した、との事ですが中毒反応も見られず。適切な使用要領があってこその結果かと」

「優秀な冒険者が増える事は良い事だな。それがイレギュラーであれ、だ。兎に角、面倒な存在でなければそれでいい。いずれにせよ監視は必要だな。宿は知れているか?」

「はい、女の方は幸運の四つ葉亭。男の方はまだ宿すら取っていないようです」

「まさか初日から突っ込んだ馬鹿なのか。まぁいい。ギルドの簡易宿泊所を提供してやれ。当分は俺の権限で無料でいい。四つ葉亭には『よく見ておくように』と伝えてくれ。対応は以上だ」

「あとはマスターの元に連れて来る、ですね?」

「そうだな。朝一番で俺のとこに寄越せ」

「畏まりました。失礼します」


「面倒が増えなきゃいいがな。優秀な冒険者は嬉しいが勇者隊が来る以上、もう面倒ごとはゴメンだ」




ギルドの朝は早い。

というよりも、ギルドは眠らない。

ギルド併設の酒場では朝から晩まで冒険者が入れ替わり立ち替わり、ギルドの受付カウンターには昼夜問わず依頼が舞い込み、冒険者がその依頼を受ける為にもやって来る。

ギルド員には朝も昼も夜も関係ないのだ。


そんなギルドの受付カウンターから仕事終わりのギルド員が眠い目を擦りながら出てきた。


「リリーお疲れ様~」

「おつかれさまでしたぁ~...」


気だるい顔をして出て来た赤毛の三つ編みとそばかすがよく似合う少女が同僚からの挨拶もそれは気怠そうに返して手をひらひらと降っていた。

彼女の名はリリアーナ。

王都での研修が終わり、このバベルの街に配属されて早半年のギルド員だ。

彼女が眠そうにしているのは、目まぐるしい忙しさにようやく慣れてきたと思った時のこの騒動が原因である。

「以前よりバベルの塔東門内部に巣食っていたゴブリンとスライムの大群が初心者冒険者の二人によって一掃された事件」

問題なのはしっかりと管理され封鎖されていた筈の東門に侵入出来てしまった事と、そもそもその二人に対する侵入禁止の注意喚起が一切出来ていなかった事である。


この一連の騒動で、監視担当の首を飛ばすだの、勝手に入ったということで冒険者側を処罰するだの、そもそもギルド側で注意喚起の施行回数が殆ど把握されていなかっただの、問題が湧いて出て来たために上層部が紛糾。

更に上位冒険者が二人の捜索の為に東門に侵入しようとしたその時にボロボロになった二人が『生きて』帰って来た事で、ギルドの外にまで騒ぎが大きくなった。


事件の対処で先輩ギルド員達が軒並み持ち場から離れ、まだ手が早くないリリアーナの目の前にその仕事の殆どが積まれたのである。その結果、長時間の残業をせざるを得なくなり徹夜で仕事を終わらせたのだ。


「で、当の問題冒険者共は治療室でイビキかいて寝てるって?ふざけんじゃないってのほんと。こちとら徹夜だーっての、ったく...」


ブツブツと言いながらリリアーナは酒場へと足を進める。

朝帰りの冒険者が酒を飲み、これから塔に侵入するであろう冒険者が朝食を食べているが、早朝の時間帯なので比較的に空いている。ギルドの朝は早くとも基本的な冒険者の朝は割と遅いのだ。


「おやー?アレは...」


空いている手頃な席を探していると、酒場の隅で朝食を食べる見知った犬族の獣人をリリーは見かけた。

眠い目を擦りながらその獣人の元に近づいていく。


「ノーラ、お疲れさま。今から出勤?」

「リリアーナさん。おはようございます。今日も朝番なので朝食を食べ終わったらホール係なんです」


犬族の少女の名はノーラ。最近ギルドの給仕として雇われた子だ。年齢が一歳年下で寮の部屋も隣同士なのも相まって、リリアーナは彼女の事をよく可愛がっていた。


「リリーでいいってば。私はこれからバタンキュー。徹夜してやーっと終わったんだよ」

「そんな失礼な事は出来ませんよ。それより大変だったんですね。お疲れ様です」

「そーなの。アホ冒険者が封鎖されてた東門に突っ込んでね、封鎖の原因全部ぶっ飛ばしたどころか、移動の水晶玉も手に入れちゃったもんだからさぁ。上が騒ぎに騒いで大変だったんだ」


エール一つ、と通路を歩く給仕にリリアーナは注文し、会話を繋いだ。


「移動の水晶玉ってなんですか?」

「そっかノーラは知らないもんねぇ。アレね、ギルドマスターが許可すると最大70階まで移動できちゃう代物なの」

「えぇぇ!そんなのあるんですか!?」

「声が大きい!本来は銀プレート以上に渡す物なんだけどね。噂には聞いてるでしょ『勇者隊』ってやつ」


リリアーナはノーラに顔を近づけてボソボソと話し始めた。


「噂は少しだけ。かの『勇者の名家』の次期当主を一つのパーティに纏めて実力を高めさせる、と」

「そいつらの為に態々用意されてたの。上位パーティを集めてゴブリンとスライムだけ生み出すように間引きして。しかも一人死んだんだよ?金も人材も使い込んで、結果は無名の初心者冒険者に掻っ攫われて終わりってワケ」

「話を聞くだけで嫌になりますねそれ...」

「でしょー?先輩達はその尻拭い。私は残った仕事を全部回されて徹夜。ほんと嫌になるよー」


リリアーナの大きな溜息を一つ。それに釣られたようにノーラも溜息を吐いた。


「私も昨日のお昼にあの「死神カイル」さんの隣に冒険者が座りましてね...」

「うっそでしょ。そんな命知らずが居たとは」

「女性の冒険者の方だったんですが品のある方で、噂を意に介せず果実酒とソーセージを頼まれて舌鼓を打ってましたね...ほんと、あの席に料理を持っていくのが怖くて怖くて.........」

「あちゃあー。面倒なのに当たったねぇ」

「まさかその冒険者さんがその件の冒険者だったり?」

「まさか!そんなことないでしょ!」


二人は自然と笑い出した。

その場にエールが運ばれて来て、リリアーナは喉を鳴らしながらジョッキの半分程を飲み干した。


「かぁーっ!寝る前はやっぱエールだよねぇ!」

「おじさんくさいですよリリアーナさん。あっ、もうこんな時間。出勤するので失礼しますね」

「はーい、仕事頑張ってねー」


食べた食器を持ってノーラは立ち上がる。

その後ろ姿を見ながら残ったエールを飲み干してリリアーナも立ち上がった。

ギルド員は顔パスで飲食費は給料から多少割引されて天引きされる形だ。なのでギルドに酒場で飲み食いする時は財布が要らない。リリアーナもその制度で割安で飲み食いしていた。こうして仕事上がりにエールを一杯飲むのも、彼女の日常の一つだった。

いつもは一人で呑む彼女だが今日は可愛がっているノーラが居たので別だった。


「さーて、家に帰って寝ますかー」


ぐぐーっと背伸びをした彼女はジョッキを片付けて家路に着いた。

家はギルドから徒歩3分。五階建ての寮の一室。部屋はベッドと机と本棚があるだけ。机とベッドの間は椅子を引いて座るだけの間しかない。そんな狭い部屋が彼女の城だ。

だが足元はゴミと脱ぎ散らかした衣服だらけ。ベッドも碌に整えられておらずぐちゃぐちゃ。彼女の私生活がどれだけだらしないか見える部屋だ。


「んぁー。疲れたぁ~」


うら若き乙女が出すようなものではない声を出しながらリリアーナは服を脱いではそこらに投げていく。下着だけになった彼女はその身をベッドに投げた。


「んんん~なぁ~~。冷たぁい、気持ちいい~」


猫撫で声のような声を出しながらリリアーナは身体から力を抜いて思考が闇に落ちていくに任せていく。

そんな微睡みに落ちそうになった時だった。彼女の部屋の戸が誰かに叩かれた。


「リリーいるんでしょー。仕事よー?」

「もう終わりましたぁ~......」

「ギルドマスターが呼んでるわよ。早く起きなさい」

「ふぁえぇ!?ギルドマスターが!!?」


リリアーナは飛び起きて戸を開ける。そこには同じく勤務明けの先輩ギルド員が居た。


「ほっ本当ですか!?」

「本当よ。こんな事で嘘つかないわよ。ほら、さっさと服来てギルドに行きなさい」

「うっそでしょ............」


先輩ギルド員はそれだけ言うと眠そうに部屋の前から立ち去った。

後に残されたのは呆然としているリリアーナだけになった。


「いやほんと、なんで仕事終わったと思ったら仕事始まってるの。今日休みだし私。もうほんとヤダ。辞める訳にいかないのが更にやだ。ギルドマスターに呼ばれた理由が本当に分からないのが怖くてもっといやだいやだ。あーーー」


また服を着てギルドにやって来たリリアーナは文句を垂れ流しながらギルドマスターの執務室に向かっていた。


「リリアーナ、入ります」

「どうぞ」


ノックして、声の後に執務室に入る。

緊張の面持ちで執務室に入ると、ボロボロになったバトルドレスを着込んだ女性冒険者と同じくボロボロになった服に簡素な皮の胸当てとグローブを着けた男性冒険者がギルドマスターの前に座っていた。

リリアーナはもう、嫌な予感しかしなかった。


「お呼び、ということだったのですが...」

「あぁ、リリアーナ。君もそろそろ半年で仕事に慣れてきただろう。先輩達から君の仕事ぶりも聞いていてね。なので、この二人のパーティの専属ギルド員に、と思ってね」


簡潔に、ギルドマスターから語られた言葉はまさしくリリアーナが感じた嫌な予感そのものだった。

あぁ、栄光の王都勤務よさらば。

もう慣れた営業スマイルで失意を隠しつつ、二人に挨拶するリリアーナであった。



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