第3話 クローバー通り


バベルの町、クローバー通りの端。

そこに人は余り立ち寄らない。この先は民家ばかりになる。冒険者には縁のない場所だ。そんな閑散とした場所に、その店は立っていた。

名を「ラッテ商店」。店名が書かれた小さな看板を軒先に吊るしているだけの店。


「すっいっまっせん!!!」


その店の戸を、それはもう勢いよく開ける少女が居た。アイリス・D・マルセイユ。本日冒険者になったばかりの新人冒険者だ。

息を切らしながら店内に入った彼女だが、出迎える人間は誰も居ない。

それどころか商品棚には何も置いてすらなく、店内はがらんどうであった。


「あ、あれ......!?」


急いで来てみればこの仕打ち。カイルに騙されたというのだろうか。


「なんや、騒々しい。ウチになんの用や」


店の奥から丸眼鏡を掛けて髪は寝癖付きの寝ぼけ眼な女性が出て来た。


「あ、あの...」

「なんやって聞いとんねんや......ってアンタ冒険者かいな。ウチはもう店仕舞いやで、帰りや」


強い。純粋な力などではなく、言葉が強い。訛った口調もそうだが不機嫌さが言葉一つ一つから溢れ出している。

押されて若干引きかけたアイリスだが自分の命が掛かってのだ。ここで「すいませんでした!」と逃げ帰る訳にはいかない。


「カイルさんにここをオススメして頂いたのですが」

「カイルにィ?んなふざけた事があるかいな。あんのボンクラボケナス根暗男がお嬢ちゃんのような美人と話してこんな店紹介しよる訳ないやろ」

「死神カイルと呼ばれる方が貴方の仰られるカイルという人物と同じであれば、まさしくその方にお教え頂いてここまでやってきました」

「ほんまかぁ?...ほんまなんやなぁ。分かった分かった。その目に嘘はないんは分かった。はぁーー、ほんまあのボケナスいらん事しよるわ。ほんで?何をお求めや?」


「面倒臭い」という感情が前面に押し出されている言葉にまた圧されながらアイリスは負けじと注文を言う。


「初心者向けの消耗品などを見繕って下さい。二人分お願いします」

「初心者ァ!!?嬢ちゃんもしかして鉄プレートかいな!」

「はい、今日冒険者になったばかりの初心者です」


驚愕に染まる店主らしき女性に、アイリスは笑顔で対応する。

やはりここはアイリスのような初心者が訪れるべき店ではなかったようだ。

カイルからここと教えられてこの店前にやって来てからそうであろう、とは思っていたのでアイリスはてっきり門前払いになるかとも思っていたレベルだ。


「はぁーーーーあんのクソボケめ...知ってて紹介しくさりよったな......。わーったちょっと待ってぇや。見繕うたる。けどうちの店の関係上高こうつくで。もう店閉めとるのもあるでな」

「覚悟の上です。お金はありますのでお願いします」

「ほうけ。んじゃあちょいと待っとれや」


ぶつぶつと言いながら女性は店の奥に消えていく。

恐らくこの店をカイルに案内されたのは先程の意趣返しだろうか。

正直言えばもっと気楽な店を案内して欲しかった、というのがアイリスの本音だ。


「ほれ、お待ちどーさん。ラッテ商店特性冒険者キットや。ヒールポーション、スタミナポーション、マジックポーション、包帯、携帯食料2日分、鉤縄、ランタン、固形燃料、その他諸々詰まったバックパックや。高品質、高耐久。使い易さも万全。お買い得やでー」


数分の後に、アイリスの目の前に大きめのバックパックがドンと置かれた。中々の重量があるのは一目瞭然。アルフレッドの為とは言え、これは早まったかもしれないとアイリスは考えていた。しかし彼を見捨てない選択肢を選んだのだからこれぐらいは受け入れて然るべきだ。


「ありがとうございます。代金です」

「ちゅーちゅーたこかいな...っと。丁度やな、まいど。ほんでも、これだけの物を一人で持つんかいな嬢ちゃん。二人分やで中々量あるで?」

「御心配ありがとうございます。相方が前衛で、あまり荷物を持たせる訳にはいきませんから」

「ほーか。ま、深く聞かんけど、あんまりやったら見捨てぇや?自分の命あってこそやで」

「十分承知しております。では、ありがとうございました。また利用させていただきますね?」


「まいどおーきに」という気の抜けた声を背に受けながらアイリスはラッテ商店を後にした。



「しかしすげぇ荷物だな?動けるのか?」

「一応鍛えていますからご安心を。重い物は重い物、ですが背負い方などを工夫すれば難なく背負えるものなのですよ」


ギルドの待合室兼酒場からバベルへと至る渡り廊下。

アルフレッドとアイリスは待ち合わせ場所から歩いてバベルへの入り口に向かっていた。


「アルフレッドさんは格闘家なのですね?」

「アルでいいよ。さん付けもいらねぇ。格闘家つっても我流だぜ?基本は師匠から習ったけどそれ以降は自分で考えたやつだ!」

「さん付けしないのは、少し恥ずかしいですね。あまり男性と話した事がなかったもので」

「気にすんな!俺たちはパーティだろ?今後一緒にやってくかわかんねぇけど、今はパーティだ。遠慮すんな!な!」

「パーティ、良い響きですね。えぇ、えぇ。うん!冒険者って感じですね!」

「俺も憧れてたんだよなぁ。パーティ組むの。ま、よろしく頼むぜ!」

「えぇ、こちらこそ」


掴みは上々。見ず知らずの他人と冒険する時はまず仲良くなることから始まる。アイリスは実家に居た時に、環境は違えど貴族同士のパーティなどでそれを学んでいた。シコりがあると遠慮がちになる。時にそれは凶器として牙を剥き、大事な場面で容赦無く襲いかかってくるものだ。仲良くなるに越した事はない。


「ここが入り口かー!」

「ここの他に3箇所。東西南北に入り口があるようですね」


東から北の順に難易度が高くなるようで、初心者は東から順に回るのが通例、だそうだ。何の難易度が高くなるかといえば、トラップが多くなり、モンスターの種類が強い種類が増えるのだそうだ。

必然的に北の入り口が初心者の登竜門になる。

そんな説明を渡り廊下の前に居たギルド員から聞くものだから、アルフレッドは不満を述べる始末。アイリスが初心者だから仕方ないと宥めて、なんとか入り口前に二人で並んだのだった。


「なんでもウォーミングアップというものがあるものですから、今日はそれと思いましょう?」

「ったく。面倒な事させやがって!ま、いいか。こんなとこ終わらせてさっさと次の入り口に行こうぜ!」

「えぇ、そうですね」


塔への一歩を踏み出しながらアイリスは不安を拭えなかった。

準備はした。1ヶ月分の宿代と食事代が吹き飛んだが悔いはない。後は冒険をして、帰るだけだ。


「いざ行かん!バベルへ!」


アルフレッドの掛け声と共に二人は塔の内部へと侵入していった。



「暗い、ですね」

「...まるで夜の森みたいだな」


バベルへ侵入した二人の感想はまずは明るさだった。

内部は人が4人ほど並んで歩けるだけのスペースがある廊下が続くような構造であるが、薄暗い。光源がなくともある程度見えるのは不思議ではあるが、この中を冒険するのはたまったものではない。


「カンテラを出します」

「いいよ、別に見えるんだし」

「私が見えないんです。良いですよね?」

「見えないんならしゃーない!」



そういうことになった。




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