第2話 彼の名はアルフレッド


「......遅刻」

「好きで遅刻したんじゃない!!」


アイリスがボソッと呟くと、聞こえていたのかアルフレッドが反応する。

思わず声に出ていたようだ。アイリスは少しだけ反省する。次はもう少し声を落とそう。


「如何なる理由があろうが遅刻は失格対象だが」

「また明日受けに来るぞ!」

「だろうな。まぁ良いか。試験を始めよう」

「その辺、結構杜撰なんですね」

「やる気のある奴なら幾らでも歓迎だからな。まぁ素性に問題があるなら『次の試験』で落とされるのさ。君も早くそこから動きなさい」


試験官に促され、アイリスは壁際に寄って彼らの試験を見ようとした。理由としては気になったというのが2割。正直もう少し休んでいたいが8割である。


アルフレッドは、武器ラックから鉄製のナックルガードが付いたグローブを引っ張り出した。彼はどうやら徒手格闘を得意としているようだ。グローブを嵌めて感触を確かめた彼は試験官に向かい合い、気合いを入れて「お願いしゃっす!!」と叫んだ。アイリスが思わず顔を顰める煩さだ。


「君の好きなタイミングで来なさい。それを試験開始の合図とする」


試験官が剣を構え、アルフレッドもまた拳を握り構えを取る。



その瞬間は唐突だった。一瞬腰を落としたかと思えば彼が一瞬消えたかのように見えた。かと思えば試験官の目の前にその体は存在して、腰の入った握り締めた拳を試験官に繰り出さんとしていた。

試験官が唸り、その拳を剣で捌き半歩横にずれて剣を振り上げようとするがアルフレッドは手の甲で剣を弾き飛ばす。そのまま試験官の体にタックルをかまし、不意を突かれた試験官はそのまま転んだ。馬乗りになったアルフレッドは当然のように拳を振り上げ、試験官の顔の寸前で拳を寸止めした。




あまりにも一瞬の攻防。


熟練の冒険者を手玉に取り、最低数で勝ちを捥ぎ取ったアルフレッド。型しか習わなかったアイリスには、それが凄く新鮮に見えた。


「参った。まさかこの俺がこんな簡単に倒されるとはな...」

「ったり前だろ!俺はつえーんだぜ!」


試験後。合格を伝える試験官に彼は当たり前だと胸を張る。腰から生えるしっぽがぶんぶんと振られているシーンを幻視してしまいそうだ。




「んで、そこの姉ちゃんはなんで俺の試験見てたんだよ!見せもんじゃないぞ!」

「あらすみません。休憩ついでに、と思いまして」

「......休憩なら仕方ないな!」


いいんだ...とアイリスは思わず苦笑する。


「実技試験も終わったんだ。君たちも早く別室に移動しなさい。次の試験官が待っているからな」

「うっす!っした!」

「ありがとうございました」




二人揃って礼を述べて別室に移動する。

移動した後は水晶玉に手を当てて自分たちの過去を計られて終わりだった。アイリスは青色。特に過去に犯罪行為をしていないという色らしい。もちろん試験は合格。アルフレッドは色が変わらず無色だった。時々居るらしいが、記憶がなかったり善悪の区別が付かない人物に見られる色だ。


試験官がアルフレッドにいくつか質問したが「全部悪い事だろ!俺はやらないぞ!」と胸を張って答えていたので試験官も多少訝しみながらも合格とされた。答えは間違っていなかったのでアイリスもアルフレッドの色に疑問を顔に浮かべていた。


「ではお二人とも冒険者試験を全て合格されたという事で受付前でお待ちください」


と試験官に言われて二人は受付へ向かった。

特に会話もなく受付で数分待っていたアイリス達は受付嬢に呼ばれて受付に向かうと自分の名前が彫られた鉄のプレートを渡された。


「これがお二人の冒険者の身分を表すプレートになります。バベルの塔に挑み、階層を攻略していく毎にそのプレートに魔力が貯まります。また、ギルドが発行する依頼をこなしていくことでも魔力が貯まりますので階層攻略後や依頼達成後には必ず受付に寄って更新を済ませてくださいね。では貴方達に良き冒険があらんことを」


軽く説明を受けたアイリス達はプレートを首から下げて感傷に浸った。アルフレッドは例の如く大喜びしている。


「よっしゃ!早速塔に登るか!」


アルフレッドが急に言い出すので流石にアイリスも口を挟む。


「えっと、準備はされているんですか?」

「いらん!今までそうだったし!」

「いやいやいや。駄目でしょうどう考えても」

「なんでだよ?俺はさっさと登って強くなりてぇんだ!」


その猪突猛進にアイリスは思わず頭を抱える。塔に登った事がないアイリスだが、塔に関する知識はある。

例えば、バベルの塔は真反対の南西方向にあるダンジョン、「デルトラ平原」やその他の国内にある森などには当然のようにモンスターが出没する。スライムだったりゴブリンだったり。様々なモンスターが生息しているのだが基本はあまり群れない為に対処は楽なのだ。


しかし塔はそうは言えない。

王国に存在するダンジョン全てに言える事だが、攻略されるまでダンジョンという存在は「生きている」のだ。外敵を拒む為に体内とも言えるダンジョン内にモンスターを飼い、罠を仕掛け、挑戦者たる冒険者を殺す。

モンスターは群れ、罠は雑草のように生えてくる。危険度は段違いだ。


「あの、塔に関する知識は?」

「ない!」

「そこで胸を張らないで下さい!」


論外だ。彼は最初は上手くいくが恐らくすぐに死ぬような典型的パターンをなぞっている。

どうするべきかと思考するが、アイリスには既に答えが出ていた。こういう性分なのは生まれつきというか産まれる前からなのだが、彼女にとっては今更だった。助ける。それ以外の選択肢は存在「しない」。

では何を考えているかといえば、どうやって彼を穏便に助けられるか、という思案だ。頭ごなしに言っても反発されて終わりだろう。下手に出ても良い反応が返って来そうにない。


「なんだ?用がないならもう行くぞ?」

「わー!待って待って本当に待ってください!」


そんなアイリスの苦悩など梅雨も知らないアルフレッドは不機嫌な顔をしながら去っていこうとする。アイリスも慌てて止めるがアルフレッドは不機嫌になるばかりだ。

もうでまかせでもなんでもいいので取り敢えず言ってみるしか方法がなかった。


「えーっと、私もダンジョンに行こうとしていたんですけどちょっと心細いので......あの実技試験に合格された貴方とパーティを組めないかなぁー......なんて......」


結局出た言葉は下手に出た言葉だ。なんという自分の語彙力のなさか。アイリスは心の中でもう少し鍛錬より勉強するべきだったかと後悔した。


「つまり困ってるのか?」

「そう...なりますね......」

「なら早くそう言え!着いて来るぐらいどうってことねぇよ!」


いいんだ...。アイリスは本日二度目の苦笑を浮かべた。


「じゃあ早速行くぞ!」

「そっ、その前に!私の準備がまだなので1時間ほどお時間をくれませんか!?」

「準備要るのか?」

「女の子には必要なんです」

「...なら仕方ないな!10分でいいか?」

「1時間ください1時間!」

「時間掛かるなぁ...んじゃ、1時間後にここに集合な!」


不満が残る顔だが、アルフレッドは言うだけ言ってさっさとギルドから出て行ってしまった。何処かで暇を潰してくる事だろう。


「なんだか、凄く疲れました...」




この先やっていけるのかと不安になる。しかし今はそれどころではない。

今を見なければいけない。猶予は1時間。冒険に必要な消耗品を買い揃えなくてはいけない。やる事は山積みだ。


「しかし、まさか今日のうちに塔に登るとは思わず...商店などの位置は把握出来ていないんですよねぇ」


後の祭りだ。今から探しに行くにしてもあと1時間もないのであれば探せるかも怪しい。

アイリスはある程度冒険者の知識はあっても、何が必須で、何があれば便利なのかは全く分からない。剣の稽古をある程度受けた、というだけの貴族令嬢なのだ。当然、世間には疎い。

こういう時、自分が如何に知識を広げて居なかったか知ることになる。家を出たあの瞬間からアイリスは知識不足を嘆いていた。


「こうなれば誰かに聞くしか...ギルド、は駄目ですね。受付は忙しそうですし駄目。となれば......」


アイリスは辺りを見回す。すると目的の人物を見つけた。


「ッカイルさん!」


大声でカイルを呼ぶ。人混みの奥。塔に登ろうとしていたのかあの大剣を背負ったカイルがそこに居た。あれだけ騒がしかったギルド内が静かになる。

カイルがアイリスの方に振り返るとカイルとアイリスの間の人混みがザッと捌けた。まるで流れが止まったようだ。


「......アイリス、だったか?」

「カイルさん、お忙しいところお止めして申し訳ございません。2つほどお伺いしたい事がありまして」

「俺は、忙しいんだが」

「すぐに済みます。あの、塔に登るにあたって必要な物品を教えて頂きたいのと、それを売っている商店をお教え頂けませんか?」


押し切る。ここで押さねば恐らく自分たちは死ぬ。アイリスは必死だった。


「何故、そこまで必死になる。自分で調べられるだろうそれぐらい」

「時間がないのですよ」

「何があったかは知らんし聞くつもりもない。だが、厄介ごとか。冒険者に成り立てなのに運の悪い奴だ。見捨てろ、そんな奴は」


気付いているではないか、とアイリスは心の中で悪態を吐く。

もし何も考えず何も気にせず言うのであれば、アイリスは大声で叫ぶだろう。「ふざけるな!」と。そんな選択はありえないと、彼女は叫ぶ。

確かに、たかがつい先程会った人間だ。身分も分からぬどこの馬の骨とも知れぬ存在。ここで見捨ててしまえば早くて今日には死ぬような木っ端な存在だ。

だが、ここでアルフレッドを見捨てれば「剣の名家」のマルセイユの名が泣く。それ以前に「剣の勇者」の末裔たる者が、どうして人を見捨てられようか。


「否、と答えましょう。見捨てるなど以ての外。私の矜持が許しません」

「......。そうかい。クローバー通りにラッテ商店ってのがある。初心者です、でも何でも言って揃えるんだな」

「情報、ありがとうございます。この御礼はいずれ、では」


足早にカイルの元を去るアイリス。様子を伺っていた人混みも、話が終わった事で先程の喧騒に戻っていった。


「アイツも、その厄介なヤツも、死ぬだろうな」


カイルはぼそりと呟く。

勇者気取りでホイホイ人を助けて、自分も道連れにされる存在など彼は山程見て来たからだ。

いつサイコロがファンブルを出してしまうかなど分からない。そんな曖昧な環境でその日を生きる冒険者にとって致命的だとカイルは知っていた。


アイリスが出て行った出口を見ながら、カイルは塔へと続く渡り廊下へと歩き出した。




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