明智十兵衛光秀ですが織田家は戦国最強のブラック武家だったので拙者そろそろ限界かも知れませぬ

響恭也

やってられるか!

「ふ・ざ・け・る・なああああああああああああああああああ!!!」


 とりあえず叫ぶ。腹の底から叫ぶ。息が切れるまで叫んで少し落ち着きを取り戻す。


「坂本と丹波を召し上げですと? 拙者あの地を発展させるためにどんだけ心血を注いだと思ってるんですかああああああ!!!」


 背後で家臣たちが頷いている。さらには、羽柴筑前の援軍に赴けという命令では、拙者の武功にならんではないか! それで山陰地方の二国って、機内の流通を牛耳ることができた坂本の地ほどの実入りがあるわけじゃないし、生野銀山も予定では石見銀山も織田の直轄地になる。まあ普通手放さないわな。

 いかん、そろそろ温厚なこの十兵衛も怒りが頂点に達しそうだ。そう、こんな時はおみくじだ!

 行きつけの愛宕権現でおみくじを引く。ひたすら凶がでる。たまには吉が出れば少しは気がまぎれるものを……などと埒もないことを考えていると、織田家に仕えてからの数々のことが思い出されてきた。


「そなたが明智十兵衛か。しかし……明智の縁者にはお主のような者はおったかな?」

 初めて殿にお会いした時のことだ。明智の名を名乗っていたが、斎藤家でも末端の兵であった。出身地が明智の郷であった故その名を名乗ったが、実際に血がつながっていたのかな?

「傍流の分家でしたので」

 とりあえず用意していた言い訳をする。そもそも家系図なんぞあっちこっちで改ざんされているしな。

「そうか、まあ良い。我が知りたいのはそなたの才よ。細川兵部殿の書簡には、そなたが鉄砲の妙手であると書いてあったがまことか?」

 拍子抜けするほどの反応だった。というか出自には興味がなく、その者の才にのみ興味があるという噂は本当だったようだ。

「はっ! 拙者砲術の心得があり申す」

 朝倉家で侍大将に上ることができたのは鉄砲隊の運用の心得があったからだ。むろん自分でも撃つことができる。火薬代でピーピー言ってた頃もあったが、その時の苦労が今報われるのだ!

「なればそれを見たい」

「はっ!」

 殿はすっくと立ちあがると、背後に向けて叫んだ。

「鉄砲稽古をいたす、準備せよ!」

 部屋の外に控えていた小姓衆が一糸乱れぬ返答をするとそれぞれの役目を果たすために走り去った。これほどの統率を見せるものがうつけであるはずがない。拙者はこの人ならあるいは? と思い始めたのだ。


 鉄砲ですべての的を撃ち抜くことができた。その時の殿の喜びようは一方ならぬものだった。朝倉家でもらっていた禄と同じだけをすぐに約束してくれ、さらに武功次第で大名にもしようとおっしゃったのだ。

「十兵衛よ。そなたの働きに期待する!」

 殿のまっすぐなまなざしは、上洛よりもさらに先を見据えているようだった。


 そこから先の事はあまり覚えていない。忙しすぎてだ。西へ東へ軍勢を率いて戦った。多くの敵を討ち取り、多くの家臣を死なせた。

 拙者は彼らの命に値する立派な主となれたのか。まだその結論は出ない。

 比叡山焼き討ちの前後も記憶があいまいだ。情報を集め、分析し、殿に報告する。京を押さえるのに最適の位置にあるこの寺は、琵琶湖の水運の西端を押え、さらに陸路で街道を扼す。東から入ってくる物流を監視できるのだ。さらにそこから税を取れるとなれば、比叡山の興隆も当然であろう。近江商人の座を支配していたこともあり、運上はそれこそ計り知れないほどであったことも想像できる。

 であれば、その利益を奪えばよい。それがそのまま織田の利益となる。全山焼き滅ぼすのは効率が悪い。山麓の坂本を奪えば、逆に山頂の寺に封じ込めることができる。補給線を絶たれた山城なんぞ巨大な墓石だ。

 そうして、坂本の町を包囲し、叡山を封じ込める。さらに僧兵をふもとにおびき寄せ、これを討ち取った。そして気づいたら坂本の主となっていた。

 琵琶湖の西端を押え、湖上の物流に関する利権を得た明智家は、織田家の中でも最上位の勢力を誇ることとなった。むろん、そのすぐ後で越前を得た柴田殿や、旧浅井領を拝領した羽柴殿もほぼ横並びである。

 忘れてはならないのが、織田家の最も古い力の源泉たる、伊勢湾の利権を押えている滝川殿もいる。

 こうして織田家の飛躍と共に我が明智の家も栄えて行ったのである。


 丹波攻略は悪戦苦闘の連続だった。山地が多く、遮蔽物も多い地形は鉄砲隊の利がなかなか生かせない。大軍を展開しにくいので、数の利が生かせない。もともと京の隣国ということもあって古い家柄の豪族ががっちりと勢力を張る。

 調略にも転び難く、結局力押しで攻め滅ぼすしかなかった。しかし、敵兵はすなわち領民であり、彼らを倒し尽くせば次は治めるべき民からの恨みを買う。なるべく人死にが出ないように戦うが、そうなれば攻略は遅々として進まない。

 さらに各地のいくさに援軍として派遣される。逆に良く5年でこの地を落とすことができたものだと自分自身に感心した。

 この戦のさなか、拙者は重病に倒れた。幸いにして快癒することができたが、自身を顧みず看病に当たってくれていた妻が逝った。

 その悲しみを振り払うように立ち働いたがゆえに、丹波攻略はうまくいったのか? であれば、かの地の攻略は妻の手柄ともいえるのかもしれぬ。


 おみくじを引くだけひいて、城に戻る。家臣たちは忙しく立ち働いていた。中国方面の援軍に出発するためである。

 なぜか頭にカスミがかかったようになっていた。疲れているのか。最近たまにこうなる。考えることすらおっくうになって、しばし呆然と自失しているような時が。

 戦場で采を振るうときにこの症状が出ていないのは幸いであった。

 まずは備中に向かい、高松城を包囲する羽柴軍の後詰めとなる。そして、北上し、出雲、伯耆を伺えば毛利の兵力は分散するだろう。

 そこまで考えたらなぜか一昼夜の時が過ぎていた。最近おかしい。夢なのか現なのかがわからなくなることがある。

 出陣の時は迫っていた。


 そして出陣、軍を率いて備中に向かう。今夢を見ているのか。こんなに疲れているのはなぜだろう。妻が死んだとき何もできなかったのは。母が死んだのは。何か理由があるはずなのだ。

 そして夢の中で一人の顔が浮かんだ。夢ならばと悪乗りをして叫んだ。

「敵は本能寺にあり!」

 なぜか周囲がざわついている。おかしいな? 夢の中だったはずなのだが。

「殿、ついに決心されましたか!」

「秀満、何を言っておるのじゃ?」

「我ら地獄の底まで殿に従う所存! 皆の者! 明智家はこれより天下取りに向かう! 前右府を討てば我らが殿が天下人よ!」

 兵が気勢を上げる。これは夢か現か。漫然としないまま兵は洛中に向けて進んでいくのだった。

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明智十兵衛光秀ですが織田家は戦国最強のブラック武家だったので拙者そろそろ限界かも知れませぬ 響恭也 @k_hibiki

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