第6話 戸惑い
家に帰るなり、急いでパソコンの電源を入れてYouTubeを開くと、案の定例のアカウントに新しい動画が投稿されている。早速再生してみると、前回までの動画同様、アノニマスの仮面を付けた男が出てきたのだが、前のアノニマス仮面とは違い、今回の動画のアノニマス仮面はかなり太っている。全くの別人のようだ。
「やぁ、驚いたかい? 今までの動画を見てくれた人なら気づいているとは思うが、今度から僕が動画で声明を出すよ。さて、前回の動画で言った罪のある人間についてだけど、まず言ってそれは今回の爆弾で死んだ機動隊員達じゃない。それは僕達自身なんだ。当然だね、これだけ迷惑をかけて、その上罪のない機動隊員達に犠牲者が出たんだから」
前回の動画のアノニマス仮面とは対照的に、男はおどけた様子で肩を竦めている。今まで俺が知るテロリストと違うところがあるとすれば、このアノニマス仮面達? は罪の意識というものがあるらしい。とすれば、今回の爆発で裁かれた罪人というのは……。
「そう、今回の爆発で裁かれたのは、前回までの動画にでてきた彼さ。名前は言えないが、とても良い奴だったよ。機動隊員を爆殺しておいて良い奴ってのもおかしな話だが、でも良い奴だった」
顔を伏せて、物思いにふけるような仕草を見せたあと、意を決したように、よし、と言ってアノニマス仮面は再び口を開く。
「彼の死は言うなれば宣戦布告だ。彼の死は彼自身の、そしてこれから我々が犯す罪全てを精算するための死だ。明日を境に我々は本格的に革命闘争を開始する所存だ。我々に組織名など存在しないし、何より組織としても曖昧だ。そう、言うなれば……我々は未来を背負いしもの達の、怒りの具現者だ」
そこで動画が終わり、関連動画が画面を埋めつくした。なんとも、捉えようのない動画だ。ただわかることは、今日起きた爆弾テロというのは、前回まで登場していたアノニマス仮面による自爆テロだったということと、これから爆弾テロないしは、非常に凶悪かつ暴力的なテロが始まる、ということだ。
「はは、いやいやマジか」
どうにも信じられない。あの吹き飛ばされた機動隊員の映像を見て、こんなことをいうのは筋違いもいい所かもしれないが、そんな大それた事が、この平和に平和を重ねた日本国で起きるなど、有り得るのだろうか。
どうにも考えがまとまらない脳みそで、何となくコメント欄を見てみると、やはりというか、皆困惑に満ちた様子だ。テロはテロであると糾弾する人や、革命闘争ていうワードに感化され、支持する者に批判する者と、まさに魑魅魍魎。
さて、この動画を見て、俺はどんな感想を書くべきだろうか。こんな1度に多くの、それも取り纏めもない情報を公開されたところで、今までの平凡な日常を送ってきた俺に、意見できることなどあるのだろうか。
色々と考えた結果、俺はパソコンの電源を落とした。そうだ、まずはシャワーだ。体を洗いながら少し考える事としよう。
スーツを脱ぎ捨て浴室に向かい、シャワーの蛇口を捻って暖かい温水に身を任せるとやはり落ち着く。これだよこれ、ああ日常。
しかし、ここまでテレビの向こうの物事について、今まで考えたことがあるだろうか。いつも淡々とすぎる時間にただ身を任せることばかりが正解と言われているような気がして生きてきたが、今回のテロというものは、まさに身近な存在となりつつなり、その考えを改めなければいけないようだ。日本のどこかで起きた殺人事件さえ、目を見張らなければならないだろうな。
翌朝、いつもの絶望の朝とは少し違う、謎の緊張感ある空気の中目覚めた。この先何が起きるのか気が気ではない、いや、確実におきるであろうテロ行為というものが、ついに日常に溶け込み出したのだ。
テレビの電源を入れて、朝のニュースに目を通してる見ると、昨日のアパート爆発事件とYouTubeに投稿された動画について、スタジオにいる著名人がそれぞれの考察を語っている。だが、どうにもこの著名人達の言っている言論は的を得てはいないような気がする。
というのも、この著名人が口に出しているのは、件のテロ組織? への批判ばかりで、具体的な対策やその全容については、全く口にしていない。まあ当然といえば当然か、警察ですらその全容が分かっていないのだから。
ある程度テロ組織への批判が一段落すると、司会者がまとめるように切り口を開いた。
「しかし、物騒な時代になりましたねぇ。世界的にここまで治安のいい国はないと言うのが自慢の我らの日本で、学生闘争の時代に遡ってしまうようなことになってしまうとは……
話を振られたいかにも有識者と言える堅苦しい顔をした日下部は、そうですねぇと少し間を置く。この男はどうなら東大の名誉教授らしい。
「警察も彼らの全容をはっきり捉えていないというのが現状ですし、しばらく今回のような爆弾テロ等には要警戒するべきでしょうな。しかし昨夜の犯行声明の中にあった未来を背負いしもの達の怒りの具現者と言うこの言葉、これが少し引っかかりますね」
「というと?」
「これはあくまで推測ですが、恐らくこの言葉は、言い換えれば若者を指しているのだと思うのですよ。つまり、我々は若者の味方であり、若者が感じている怒りや政治不信の理解者であり、その具現者であると。もしそうなら、この件のテロ組織と思われる人達は、恐らく20代の若年層で構成されているのではないでしょうかね」
「ほうほう」
「彼ら自身は我々は組織では無いと言っていますから、言うなれば、容疑者と思われる人物はこの日本にいる3200万人の若者、と言えるかもしれませんねぇ」
お、大雑把だ。あまりにも大雑把すぎるこの東大名誉教授……。仮にも東大の教授なのだから、もう少し話す言葉に責任をもてないのだろうか。これだと、俺達20代の若者皆容疑者であると聞こえてしまうんだが……。
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