第5話 大事件

 ジェラルミンの重い盾をガチャガチャと言わせながら、機動隊は我先にとアパートの2階隅の部屋へと集結していく。あんな狭い通路に1列に並んだら、逆に動きづらく無いのだろうか。むしろ、少人数のSATを使った方がよかったのではないだろうか。警視庁のお偉い方の考えることはわからん。


 入口を完全に包囲し、1人の機動隊員が拳銃を握りしめ、後ろに控える隊員の援護の元、ゆっくりとドアノブに手をかける。ああ、終わりだ。これだけの重装備の機動隊に囲まれているんだ、なにか出来ることなどあるわけがない。でもこれでいいんだ。だれがどう考えても、駅を爆破していい理由にはならないし、彼らは正真正銘のテロリストだ。社会の敵以外の何物でもない。


 しかし、この社会の味方である必要など、果たしてあるのだろうか。




 ドカァァァァァン!


 その爆発は、正しく日常の終焉を示唆しているような、派手な爆発だった。昨今、テロと言えば便所爆発だったからか、目の前に写っている映像が、まるで新作FPSの宣伝か何かかと思ってしまった。


 だが、新作FPSと決定的にに違う点は、入った機動隊のジュラルミン盾と一緒に、砕けた豆腐のような赤い肉片が、一瞬で飛び出したことだ。


 突然の爆発に喧騒するテレビの向こう側とは対照的に、俺を含めた食堂にいる人間全員が、ただ静かにテレビを眺めていた。この食堂を今支配しているのは無意識と無理解のみで、自らを追い越していく現実に理解が及ばない、といったところだ。


 ふと、朝の新宿駅爆発事件を思い出し、ああ、そういえば朝もこんな風に呆然としていたなぁ、などとぼんやり考え始めた頃、突如心臓が強く脈を打った。


 ああ、そういえばこれ現実だったわ。


「な、何が起きてるんだ!」


 1人の社員の叫びを発端に、どよめきが波のように食堂に広がっていく。非現実的、そう言いたいところではあるが、それは間違いだろう。何せ、現実ですでに起こっているのだから。いや、そうは言っても…………。


「ありえない」


 かくして、俺の知っている法治国家日本は、音をたてて崩れていくこととなった。



 仕事場に戻ると、誰もデスクトップに集中することも無く、件の爆発事件の話をしている。こと、YouTube等を使いこなせる我々20代の社員ともなると、あのアノニマス仮面の動画で言っていたというワードが、これからの悲惨な未来を物語っているような気がして気が気でない。


 そんな中、唯一落ち着いていたのは高梨部長だけだ。部長席でいつも通り仕事をしている。なぜだ、なぜ部長はああも落ち着いていられる? まさか、事態の大変さに気づいていないのか?


「おい、もう昼休みは終わりだ」


 動揺する我々に、鶴の一声が放たれると、各々話し足りないように、渋々と自らの席に座りだし、俺も従うように座った。


 まあ確かに高梨部長のような態様が正しいと言えば正しい。結局、我々が騒いだところで何にもならないし、なら落ち着くためにも一旦仕事をするのが1番だろう。


 しかし、彼らの言っていた罪のある人間という言葉が気になる。というのも、どう考えてもあの爆散した機動隊員にはなんの罪もないはずだからだ。まあテロリストの言うことだからと言えばそれまでなのだが、これから出る犠牲者は、警察だけで済むとは考えられない。となれば、次なる標的とは……。

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