第4話 狂う日常
会社に着くと、どこでも新宿駅でのテロ攻撃のことでもちきりとなっていた。俺としては、そんな大規模テロがあったにも関わらず、こうして会社に出社しなければならないこの異常事態について話し合いたいものだが、それについて話すものは誰一人いなかった。やはり、ミサイルが飛んだ時に、どんな生命の危機に瀕しようと会社が出社するように命令されれば、出社するのが常識となってしまったらしい。この調子だと、ゴジラが表れても出社するように命令されるだろう。
「おはよう高木君」
デスクに腰掛けた俺に、珍しく美里が声をかけてきた。片手にバナナオレを持ち、今日は一時間かけずにジュースを買うことができたようだ。
「ああ、おはよう。朝からすごいことになったな」
「ね~。今日び爆弾テロなんて起きないかと思っていたんだけど、まさか新宿駅が爆発するなんてね。それでいて会社は休みにならないし、一体どうなっているんだろ」
「ああ、社長室が爆発すれば考えも変わるんじゃないか?」
「アハハ、それ名案!」
なんだかシャレにならない話になってきたのでここらで辞めておくが、実際社長室が爆発しない限りは、休みになどなりはしないだろう。あのテロリストがピンポイントでうちの会社を狙ってくれればいいが、うちは上場一部の立派な会社な訳ではない。規模こそ中堅ではあるが、一部上場企業からみれば、吹けば飛ぶようなちっぽけな会社だろう。
そういえば、美里はあのテロリストが流した動画を知っているんだろうか。あれだけの騒ぎを起こしているんだ。何か知っているだろう。
「なあ卯月、新宿駅を爆破したテロリストのこと、何か知っているか?」
「ああ、あのYoutubeに動画を投稿していた仮面男でしょ。Twitterでも色々な噂話が流れているよね。某国のエージェントが内乱に見せかけて日本を混乱に貶めようとしているとか、日本赤軍の再来とか、只のサイコパスなのか。でもどれがほんとなのか分からないよね。警察ですら実態は掴めていないみたいだしね」
「ああ、やっぱりそうなのか。テレビやネットニュースですら報道していないもんな」
この平和に平和を噛み締めた国で、何十年ぶりかの爆弾テロが起きたというのに、その実態が全く掴めていないとは、警察も平和ボケしているのだろう。いや、実際のところ、俺もあのテロリスト達がそう長い間のさばっていられるとは思っていない。日本赤軍が存在した時とは何もかも違うのだ。恐らく今頃、Youtubeで流した動画のIPアドレスでも突き止めて、重装備の機動隊やらSATやらが突入する瞬間を、今か今かと待ち構えているに違いない。
ああ、そう考えるとテロも呆気ないものだ。別段テロリズムが日常化して欲しいわけではないのだが、この機械のように規則正しい行動を求められる日本社会に、新しい風を吹かしてくれる人間が現れることを、心のどこかで期待していたのかもしれない。やはり、いつも通りの変わらない日常が訪れるのだろうな。
「君たち、すでに始業時間は過ぎているのに立ち話とは、随分と暇なんだねえ」
ほれ見ろ。目ざとい高梨部長が巡回にはせ参じてきた。これが日常というものだ。人間とは、平和だと退屈を嘆き、有事だと平和を尊ぶ、我儘な生物なのだ。いや、テロが起きた時点で平和とは言い難いのだが。
いつもと変わりなくパソコンとにらめっこを果たし、昼休みが到来した。社員食堂でB定食を注文し、トンカツとご飯を頬張りながら、スマートフォンを起動する。食事中にスマートフォンを眺めるのも行儀が悪い気がするが、どうにもあのテロリストが気になる。何かニュースでもやっていないだろうかと見回してみると、Youtubeで新しい動画が投稿されたらしい。消される前に、その投稿された動画を拝見しよう。
イアホンジャックに端子を差し込み、Youtubeを起動すると、いつもの仮面男が姿を現した。
「やあ諸君。爆弾テロから半日経ったわけだが、いかがお過ごしかな? 私の予想が正しければ、爆弾テロという具体的な安全対策の取れない自体が起きているにも関わらず、君達は相も変わらず会社から出社するように言われているだろうね。どうせ何も起きない、
いつもの平和が崩れるわけがない。そう鷹を括っているに違いないだろう。まあ、私としても人を傷つけたくはないし、罪のない人々を標的にした所で、何も変わりはしないだろう。だが、罪のある人間が正しく裁かれたとすれば、一体どうなるかな?」
今回の動画は、1分すらなく、そのまま動画は終わってしまった。この動画も、恐らく犯行声明の類のつもりなのだろう。罪のある人間、それは何を持って罪だとするのだろうか。刑務所を爆破するつもりなのだろうか。いや、それは既に司法に裁かれた罪人だ。となれば、何かやましい事情を抱えた金持ちの自宅でも狙うのだろうか。結局、今回の犯行声明も意図するところが解らない。
そのまま動画をフリックして、コメント欄に書かれているコメントを覗いてみると、大きな変化が起きていた。それは、彼らテロリストを支持するようなコメントが現れているのだ。もちろん、大半は批判コメントで溢れかえっているのだが、テロリストを支援するようなコメントが確かに存在する。革命は、失敗すれば只のテロリズムであるが、成功すれば英雄の誕生だと、誰かが言っていた。もし、この支援コメントが増え続けたら、こうやってボケっと眺めている場合ではない時代が来てしまうのではないか?
待て待て、何を期待している。犠牲者が出ていないとは言え、彼らに期待を持ってはいけない。日本赤軍の最後を見てみろ。仲間内でリンチしたり、リーダー格が逃げ出したり、浅間山荘に逃げ込んで逮捕されたではないか。この国はアフリカのような発展途上国ではない。そんなテロリストを放置するほど、寛大ではないのだ。
「―――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースです。昨夜4時頃に起きた新宿駅爆発事件の犯行グループが潜伏していると思われる建造物を警視庁が特定。機動隊100人規模で周辺を封鎖したとの情報が入りました。ここからは現場との中継でお伝えします」
食堂のテレビにて、実にタイムリーなニュースが流れ、俺を含めた食堂にいる人間全員が、テレビに視線を指した。映された映像には、住宅街に立つ一件の古いアパートに、重装備の機動隊が周囲を囲み、スピーカーを使って投降を呼びかけている。ああ、やっぱりこうなるじゃないか。そりゃそうだ。警視庁の検挙率は世界一なんだ。犯人のアジトの特定なんてお手の物に違いない。これで終わりなんだろう。かなり呆気ない結末だったな。
「こちら現場からの中継です! 現在、機動隊の投降に犯行グループはなんの反応も示さず、以前アパートに立てこもっています。このまま何の反応も示さない場合、機動隊が突入すると警察側からの発表があり、以前現場では緊張状態が続いております!」
ヘルメットを被ったアナウンサーが興奮気味にまくし立て、現場の空気がこっちまでピリピリと伝わってくる。アナウンサーの話だと、人質を取っている訳ではなく、犯人グループがただ立てこもっているらしい。となれば、さっさと突入してしまえばいいものを。そう思ったが、新宿駅を爆破したあのテロリスト達だ。ただ無抵抗に降伏するとは思えない。
両者睨み合う中遂に痺れを切らしたのか、機動隊の隊長と思わしき人物が、旗を大きく掲げて突入の合図を出した。あの狭いアパートに、拳銃と盾を装備した機動隊員がところ狭しと押し入る所を見ると、三十年前に遡っているのかと錯覚しそうだ。
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