第3話混沌の始まり

 クリックしてみると、黒い壁紙に、パイプ椅子に座る白いTシャツにジーパンという、特に代わり映えのない、普通のごく一般的な服装の男の映像が流れた。変わっているところといえば、顔バレを防ぐためであろう、アノニマスの仮面を被っていることぐらいだ。出だしからは、300万再生をされるような動画とはとても思えない。ビールを啜りながら眺めていると、動画の男は三十秒ほど経ってから口を開き、話し始めた。


「まずは、この動画に興味を持ってくれた紳士淑女に、感謝の言葉を述べたい。そして、この動画は決して悪ふざけではなく、真面目な犯行声明となるだろう。動画を見ている10代、20代の若者に問いたい。今、この国の惨状に何を思う? 未来あるべき若者にとって、この国の未来は明るいものだと思うことはあるか? 若者の貧困化は深刻になる一方で、少子化が原因とこの先年金が払われる保証はどこにも無い。しかも極めつけは、政府はこの現実を問題視しているような素振りこそ見せているものの、根本的解決になるような政策を見せることなく、毎日無意味な会議を開くばかりだ。この現状に、少なくとも我々は快く思っていない。息苦しいこの日本社会に、新しい風を吹かせるべきだ。その結果、諸君らには多大な迷惑をかけることになるだろう。しかし許して欲しい。その先に、あるべき未来があることを、我々は証明してみせる」


 男が言い終わると、動画は終了して関連動画が画面に広がった。ああ、なるほど、これは炎上目的を狙った動画だな。低評価が目立つし、コメント欄も荒れに荒れている。当然だろう、一昔前の日本赤軍じゃないんだ。そんな物を支持する人間など、現代にいるはずがない。そもそも、犯行声明と言うが、具体的に何をするのか、全く声明していないじゃないか。


 いやしかし、いい具合に馬鹿馬鹿しい動画を見た。思考停止している自分の脳みそには丁度いいくらいだ。ああ、満足だ。風呂に入ろう。


 ノートパソコンを閉じ、上着をハンガーに掛けてネクタイを放り投げたら、シャツと下着を洗濯機に放り込んで、浴室に入ってシャワーを捻る。ああ、暖かい。偶には湯船に入りたいが、風呂掃除が面倒くさくなり、いつもシャワーばかりだ。しかし、シャワーでも十分リラックス出来るし、何よりものの10分ほどで済む。別に風呂嫌いではないが、社会人になってからというもの、とにかく時間が無いので、結構時間を食う風呂に時間をかけなくなった。正直、これがいい事とは思えないが、とにかく寝なければ持たない。ああ、なんでそこまでして会社に行かなければならないんだろうな。


 一通り体を洗い終われば、替えの下着に着替えたら、適当にドライヤーで髪を乾かしたらそれでもうおしまい。ベットに転がり込んで寝るだけだ。


 これで目を覚ましたら、また会社に行かないといけないんだろうな。しかもこの繰り返しを、少なく見積もっても30年以上もつぎ込まなければならない。正気の沙汰じゃない。しかし、他に生きていく術が見つからない。こんなに苦しんでいるのは、俺がまだ若いからなんだろうか。ああいかんいかん、あまり頭を使うといつまで経っても眠ることが出来ない。思考停止思考停止。


 気が付いたら朝になっていた。今日も飽きずに鳴り響くアラーム音に起こされて、最悪な1日が始まる。アラームを止めると、さっさとスーツに着替えて、いつものように朝食を作り、テレビを付け、目を疑った。テレビに映し出されたニュースは、いつものように既視感のあるありふれたニュースではなく、緊急速報と書かれたテロップで、新宿駅から火の手が上がっている映像が流されていた。アナウンサーも、いつものにこやかな表情から一点、緊迫感ある面持ちで、一体何が怒っているのか解説をしていた。


「本日深夜4時頃、爆発物による爆発が、駅構内の男子トイレでありました! 死傷者は今のところ確認されていませんが、警視庁からテロ攻撃によるものだと発表がありました!安全のため都内の皆さんは外出を控え、不審人物を見かけたら、すぐに警察に通報してください!繰り返しお伝えします―――」


 いつもの地獄の朝に、少し花が添えられたなどという優しい表現では決して形容できない。この手のことは、いつもテレビの向こう、それも国外での話だ。それがどうだ、この国の大動脈である都内の駅構内が爆破され、しかもテロ攻撃だと言うではないか。暫く呆然としていたが、トースターがチン、と軽い音を立てて、我に返った。そうだ、取り敢えず朝飯を食べよう。俺は生きているんだ、朝飯を食べる権利がある。


 バターすら塗っていないトーストにかぶりつき、ふと、会社のことが頭をよぎった。これだけのテロ攻撃が起きているのだ。テレビだって外出は控えるようにと言っているのに、まさか出社しろとなど言いはしないだろう。そう考えながら、どこか期待を込めてスマートフォンに目を通し、メールフォルダを開いてみるが、思わずため息と共に乾いた笑いが漏れてきた。


 本日、新宿駅にてテロ攻撃が発生しました。各員、安全に配慮しつつ出社してください。


 いや、予想通りと言えば予想通りだ。この前ミサイルが飛んできた時だって、安全に配慮して出社しろとメールを寄越す様な会社だ。爆発テロ攻撃ぐらいで動揺するわけがない。爆弾に対して安全に出社しろと言われて、どう安全対策をすればいいのだろうか。このメールを作成した奴に問い詰めたいくらいだ。結局、この朝が地獄であることには変わりない、ちょっと爆弾が挟み込んだ日常が始まるらしい。


 駅に到達すると、人混みで溢れかえって軽くパニック状態だ。何事かと思えば、やはりあのテロ攻撃を受けて、前線ダイヤルの見直しと、警察の検査を行っているらしい。こりゃ遅刻確定だな。部長に電話しよう。


「もしもし」


「あ、お疲れ様です、日高です。テロ攻撃の影響で電車が動かないそうなので、タクシーを拾って出社します」


「あ、そう。わかった」


 短い連絡を済ませると、最寄りのタクシー乗り場に向かうが、ここも大渋滞だ。やはり皆考えることは一緒なのだろう。しかし、これだけ長蛇の列が並んでいるということは、それだけこのテロ攻撃を楽観視している会社が多いという事だ。どうなっているんだこの国は、一体何をすればこのような自体になるというのだろうか。大体、このタクシー代は経費で落ちるのか? もしかして、自腹を切れと言うのではないだろうな。いや、多分自腹だろうなぁ。


 列に並んでいる最中、昨日のYoutubeの動画を思い出した。そういえば、あの仮面の男が、意味深なことを言っていたではないか。たしか、多大な迷惑をかけるとかなんとか……。


 内ポケットからイアホンとスマートフォンを取り出し、Youtubeを開いてみると、測っていたかのように、急上昇中の候補に件の動画の続きと思われる動画があった。相変わらずアカウント名は(あ)としか書かれていない。迷うことなくタップすると、また黒い壁紙に白いTシャツとジーパン、そしてあのアノニマスの仮面だ。


「やあ、またあったね。こうして我々の主張に耳を傾けてくれるのなら、誰であろうと嬉しい限りだよ。さて、まずは謝らせてほしい。昨日も言ったが、さっそく君たちに多大な迷惑を掛けてしまったね。申し訳ない。しかし、これでやる気のない政府高官にはわかってもらえただろう。我々は、現状に不満を抱えている。我々は、不満を打破する為なら、いかなる武力行使も躊躇わないと。今回は死者も怪我人もいないだろうし、これからも出したくはない。しかし、もしこのまま悪政を続けるのであれば、我々は更に強硬な手段に出る他ない」

















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