第7話強き弱者と作られた強者

アパート爆破事件から1ヶ月、日本の法治国家神話は急速な勢いで崩れかかっていた。度重なる爆弾テロが市場不安を煽り、一時期1ドル180円ととてつもない円安に続き、日経平均は1万円を切り、9658円というとんでもない下落を叩き出した。


この景気不振による失業者も続出したほか、都市部での略奪や暴動など、たった1ヶ月でこれだけの変貌を遂げてしまった日本に、俺を含めた日本国民はこの先の不安を拭うことが出来ない。


それに伴い、無駄な会議を製造しまくる会議製造機とかした政府もさすがに重い腰を上げた。警察官による警備の強化や、機動隊員の常駐。そして、警察官の装備を防弾チョッキやサブマシンガンに変更するなど、反対の声も多々あったが、この治安を鑑みればこうする他なく、強行採決による超法規措置で可決となった。ただ、肝心の犯人逮捕に難航し、見つけても自爆テロに繋がる故、肝心な所には手をこまねいているようだ。


当然といえば当然のことだが、この国がいつまでも平和で安定した国であるという認識自体が間違っていたのだ。俺は運良くクビを切られはしていない故、まだ日常を送ることができているが、それも明日にはどうなっているかなど解りはしないのだ。


しかし、これだけなら、これだけならまだマシなのだ。少なくとも、俺達20代からすれば、それだけならまだましだった。


事の発端は、アパート爆破事件の翌日の朝に放送された東大名誉教授のあの発言だ。


「彼ら自身は我々は組織では無いと言っていますから、言うなれば、容疑者と思われる人物はこの日本にいる3200万人の若者、と言えるかもしれませんねぇ」


この発言が、40代以降の中年層に大きな不安を煽ることとなってしまったのだ。


事の発端は、各企業での自発的な自警団結成が始まりだった。それは初め、1部上場の大企業から始まり、その波は瞬く間に中小企業まで広がっていった。


自警団メンバーの年齢層は40代以上。理由は言うまでもなく、件の東大名誉教授の余計な一言が原因だ。


俺が務めている会社も例に漏れず、社長を頭とする自警団が結成された。最初のうちは社内の見回り位のものだったのだが、時が経つにつれてその権限は段々と強くなり、今となっては持ち物検査や思想検査をするようになった。


この持ち物検査と思想検査は、一見穏便に見えるかもしれないが実態は違う。要するに魔女狩り裁判だった。持ち物検査はちょっとしたハサミやシャープペンシル、もしくはライター等少しでも危険がありそうな物には難癖をつけて脅迫。思想検査も似たようなもので、会社にどれだけ忠義を尽くしているか、会社の為なら死ねるか等、ハラスメントに厳しいはずの現代で平然とまかり通っている。


労働基準監督署は何をしているかと言えば、相次ぐ通報に後手後手となり、すでにパンク状態だ。


アノニマス仮面、爆弾テロ、不安による20代差別。もうどこに希望が存在するのか解らないが、不思議とアノニマス仮面を憎む気にはなれない。


確かにアノニマス仮面達が犯した罪というのは、到底許せるようなものでは無いが、なんと言うか、実は元々この国はこんなものだったのでは無いかという気がしてならないのだ。たまたまアノニマス仮面の連中がその皮を剥がしただけの事で、日本人は温厚だの輪を尊ぶなど、よくよく考えてみればだれが言い出したかもわからない眉唾もいいとこではないか。そう、元々こんなものなんだろう、この国は。


ちなみに、太ったアノニマス仮面の動画以降、連中の動画は更新されていない。代わりに爆弾テロが活発になった。


そんな暗雲差しかかる日々だが、兎に角会社に行かなければ食ってはいけない。今日も会社に向かい、いつもの入口の検問にて検査が行われる。


先程も言ったが、自警団が自主的に手荷物検査をしており、会社の入口はいつも長蛇の列だ。これで始業に遅れたら我々の責任だと言い始めるのだから、当然皆それなりに不満が溜まっているのだが、口論になると査定に響くので黙っている。


しかし、今日はいつもと違うようだ。入口に2つのテントが立ち並び、そこに男女別々1人づつ中に入っている。これは、もしかして………。


嫌な予感のままに、テントの横の立て看板に目を向けると、そこには20代限定身体検査会場という立て看板。待て、確かうちの会社の自警団のメンバーって男しか居なかったよな。ということは、本来女が検査するあのテントの中の職員は……。


女性用身体検査の入口に目を向けると、そこにはさぞ当たり前のように男の自警団メンバーが見張っており、しかも片手には長い棍棒を持っている。いくら何でもこれは越権行為も肌肌しい。セクハラを通り越して強制わいせつ罪もいい所だ。通りで女の列の進みが遅いわけだ。皆不安げな表情で、中には震えている人もいる。


しかし、声を上げようとするものは誰一人としていない。本来なら自警団結成の時点で声を上げるべきなのだが、世間がそれを許さない空気を既に作り上げてしまったのだ。どれだけ俺達若い世代が怖いんだ。それとも、普段から何かしら仕返しを受けるようなことをしている自覚でもあるのか? ふざけている。


ただ静かにふつふつ怒りが込み上げてくるが、ここで下手に動けば最悪警察に通報され、言われもないアノニマス仮面の仲間だという濡れ衣を着せられる。手のひらに爪をくい込ませ、怒りを沈めようとしたその時、女性用テントから甲高い叫び声が聞こえてきた。


その後、テントの中で男性複数の罵声が聞こえ、しばらくテントの記事がギシギシと揺れだし、どうやら中で相当あばれているようだ。


段々とテントの揺れが収まると、今度は1人の男の叫び声が上がり、飛び上がるようにテントから出てきた。男は下半身に衣類を身につけておらず、陰部が切除されかかっており、夥しい血が流れている。


その後に続くように、3人の男が慌てた様子でテントから飛び出し、それらを追うように、返り血で真っ赤になった女性が1人、片手に刃物を持ってゆっくりと出てきた。あの女には見覚えがある、もし間違えでなければ、あれは卯月美里だ。

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