あらしのあとで

あの嵐の日に起こったこと。

私は全てを見ていた訳ではないが、

大体何が起こったか察し付いた。


当初は悔しかった。


博士のあんな、安心感に包まれたような顔を見たのは初めてだったからだ。

私の前ではそんな表情を一切見せなかった。


私の前でしなかった事を他人の前でしたことが、とても悔しかった。


だが、日が経つに連れ、そんなのどうでもよくなった。

彼女にとって、私の存在は、愛する人ではない。

ただの友達、ただの助手にしか過ぎない。


それだけだ。


私は、そう思っているが、彼女はどう思うのだろう。

"あの事"を知ったら。








助手と私の間に何か微妙な空気が流れている。

言われなくても、何が原因かくらいわかる。


あれはただ...。


私が何か言っても、それは言い訳にしか聞こえない。

余計な事を言うのはやめよう。

彼女も、こちらに尋ねてこないし。


このまま、いっそ、沈黙の海に沈めてしまうと。


しかし、物事はそんなに、都合よく動かない。





ある日のこと。

"博士さん!"と慌てて飛び込んで来たのは、

アミメキリンだった。


事情を聞くと、タイリクの具合が悪く、

彼女は、ロッジに博士が来てほしいという。


助手の耳にはその話は作り話にしか聞こえなかった。

だが、キリンがここまで慌てるのだから、本当に悪いのかもしれないとも思う。


「...仕方ないです。少し様子を見に行きます」


博士は要望通り、ロッジへ向かった。




場に残されたのは、アミメキリンと助手だけになった。


「助手さんも一緒に...」


「アミメキリン、タイリクは博士のことが好きなんですよ」


私は彼女にそう吐露した。


「えっ?」


「お前は...、どう思いますか?」


「どうって...、そうですかとしか言いようがないです」


少し難しい質問だったかと、思い直す。


「お前はずっとタイリクの傍にいたでしょう?

それなのに何も、悔しいとか、そういう気持ちは感じないんですか?」


「特には思わないですよ。

私は、タイリクさんの漫画に憧れているだけで、本人はそうでもないですよ。

逆に悪いところばかり見えてしまって。

他人に嘘を平気で付くし、怖い話を何度もしてくるほどシツコイし」


意表を突かれた返答だった。


「あの人が私のことをどう思ってるかなんて知りませんけどね。

タイリクさんはすぐ調子に乗る癖があるので、まあ、目を付けられた博士さんは

お気の毒ですね」


「...」







ロッジに着くと、彼女はベッドで寝込んでいた。


「あの...。本当に具合が悪いんですか?」


声を掛けたものの返事がない。

まさか...。


「...あはは、良い表情だね」


布団から顔を出し、微笑みながら言った。


「...、どうせそういうことだと思いましたよ」


「そんな拗ねないでくれよ...」


半ば呆れた。

咳払いをし、真面目に尋ねた。


「実際の所、具合はどうなのですか」


「正直言って、少し起き上がりたくないかな」


タイリクは右手で、目元を摩った。


「博士と一緒に寝ることが出来れば、少し元気になれるかも」


「すぐそうやって調子のいいことを...。

あの後から助手との空気が悪くなったんですよ」


「それは私のせいかい?」


言葉が詰まった。

ゆっくりと思い出す、嵐の夜。

私はあの時、彼女に恋心を抱いた。


自分の、油断、甘さ。


決して、法で裁かれるような悪い事をした

訳ではないが、助手の事を思うと罪悪感が芽生えた。


「責任を押し付けるのは良くないよ」


怪しげに笑う彼女の顔を見ながら考える。

でも本当に、私は助手に対して懺悔の気持ちはあっただろうか。

悪いことしたなと思うなら、もう二度としないという考えが湧かなければ、

それは不自然ではないだろうか。

私は、二度としないという誓いはしていない。


溜息が漏れた。


もしかしたら。私は...。






「...フフッ、やっぱり甘えん坊だね、博士って」


優しく後ろ髪を撫でられる。


「島の長です...」


怒り気味の声で言う。


「ははは...、ごめんね」


「ところでアミメキリンはどうなのですか?

好きじゃないんですか?」


「...アイツ?多分私の事は好きじゃないよ。

前は好きだったけどね」


小さい声だが、軽快な語り口であった。


「冷めたピザは美味しくないよ」


「お前の比喩は独特ですね...」


「作家だからね」


ベッドの中で温もりを分かち合うのは、

とても有意義に思えた。







「...助手さんは博士さんのことがお好きで?」


ロッジに向かう途中に、アミメキリンが質問を投げた。


「いつも一緒にいて当たり前でしたから...。

何より、いつも見せた事のない顔を見せたのが、とても...」


声のトーンから、何となく彼女の心境がわかる。

タイリクと一緒にいて学べたことの一つだ。


「それで悔しいんですね。タイリクさんが」


「...」


小さく頷いた。


「そりゃあ、他人を魅了するテクニックはこの島でイチバンだと思います。

心理的なものを操る力は。博士さんが引き込まれてしまうのも、無理ないですよ」


「本音を言えば、博士を...、私の博士に戻してほしいのです。

我々はいつも2人で1人。そうやって、幾つもの問題を解決してきましたから」


「無理ですよ。

だって、タイリクさんの掛けた呪いは中々解けるものじゃないです」


「呪い...」


「あ。でも、解く方法が無いってことは無いですよ」


アミメキリンが手を叩いた。


「どういう意味ですか」


「ですけど、あまりお勧めしません」


「聞くだけ聞いてみます。教えてください」


「簡単ですよ。タイリクさんを殺しちゃえばいいんですよ」


「殺す...って」


耳を疑った。言葉の意味は知っている。


「愛する人を奪われた恨みに殺害した。

推理小説じゃベタな動機ですよ。

ヒトの世界じゃ、ケーサツっていう人たちが

殺した人を捕まえますが、この世界はそんなの存在していないですし、

仮に殺したとしてもサンドスターを用意して、直後に復活させれば

問題なく、完全犯罪が成立できますよ。

でも、そんな助手さんが誰かを殺すなんて出来るワケない...」


そうだ。

フレンズ化を一度解けば、それはもう、本人ではない。








服の一部を露出させ生身の肌を密着させ合う。

彼女の温もりがより一層、直接感じられる。


「んんっ...」


「はあ...」


隙間風の様に息を吐く。

やはり、私は彼女が好きだ。

助手はこんなことしてくれない。


「...、待って。来たみたい」


「元気になりましたか?」


「...ああ」


乱れた服を整え始めた。


「まあ、一応アミメキリンには迷惑を掛けたからね。

休んだらよくなったよくらい言わないとね」


博士も共に立ち上がった。


「今度は、図書館に来てくださいよ...。また」


「ああ、そうするよ」


扉に向かった時、扉が開いたのだ。

入って来たのは。


「助手...!」


「博士...、博士を...、返せっ!!」


剣幕な助手はポケットからナイフを出し、

タイリクに向かう。


「...!!」


「グっ...」


目を見開いた。


「は、博士...!」


「何他人を巻き込もうとしてるのですか...」


助手が確実に刺したのは、タイリクではなく博士だった。




「あちゃー...」


廊下からキリンはその様子を垣間見て呟いた。




「助手は...、私のことが好きだったんですね...」


淡々と口にした。


「恋愛というものは、正直よくわかりません....

ただ、"この私"はあなたにあまり、関心が無かった。

あなたの気持ちを考える事が出来なかった。

どこで、ズレ始めたのか、わかりませんが....、やり直しましょう...」


目の前の状況にタイリクも絶句したままだ。


「は...、はか...」


「お互い、正直になれるように...、全て...」







...リセットです。




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あらしのよるに みずかん @Yanato383

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