第5章 パープルガール 編

第167話 パープルガール

世の中には、アイドルと言われる職業の人間たちがいる。

ある時はエンターテイナーとして、またある時はインフルエンサーとして絶大な影響力を持つ彼ら彼女らは何時の時代も注目の的となる存在だ。


そんな中、今最も注目を集めるアイドルがいた。

その名もパープルガール。文字通り紫色を基調とした十代の高校生。


愛称は『パピイ』で、彼女は歌からダンス、モデルまで何でもやってしまう器用なアイドルであり、そしてその全てが桁違いのスーパースターだった。

世界中の言語をいくつも使い分け、そして飛び抜けた歌唱力と人間のものとは思えないCGのようなアクロバットダンスもお手の物。おまけにその顔立ちは端正かつ華やかで、絵に描いたような美少女となればまさに向かう所敵なし。


そんな圧倒的な実力もあり、ものの1年で世界のトップアイドルになった彼女だったが、そんなパープルガールに関する不思議な話がある。

それはネット配信や稀にあるネットを通じたテレビ出演を除いて、彼女の姿を見た人間が一人もいないことだ。


交友関係もその全てが謎で、彼女を詳しく知る同業者も居ない。

住所も家族構成も国籍までもが一切不明で、彼女の身内を謳う人間は後を絶たないものの、後日名乗り出た全員が偽物と判明する始末。


加えてそれこそ彼女をプロデュースしたい芸能関係のプロデューサーや、彼女の人気に乗っかりたいスポンサーなどこの世に掃いて捨てるほど存在するが、そんな彼らの甘い誘いにも一切乗ることは無い鉄壁っぷり。


彼女は普段のネット配信は全て一人で行っているが、テレビの出演などは彼女が雇っているエージェントが調整を行っていると言われている。また彼女の雇うエージェントは敏腕で、国家権力級の力を持つという噂もある。無論、その話も噂の域を出ないものではあるが、それもまた彼女に対する注目度の高さが現れた逸話であった。


つまり纏めると、パープルガールは謎に包まれた存在だということだ。

ただ、本人が公言している一つの真実がある。それは彼女が質問をされる時に必ず声を大にして公言することでもある。


『パープルガールには、既に恋人がいる』と。

ではそんな幸運の白馬の王子様は一体誰なのか。


そんな下衆い詮索もまた世界中で行われていたが、それが一体誰なのかもまたパープルガールの正体同様に謎に包まれたままであった。



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場所は変わり、ここはアメリカのとある家庭のとあるリビングにて。


「ねーパパ! パピイのダンス見た?」


「パパはダンスが苦手なんだよ。でもシェリーのためだったら踊っちゃおうかな」


「違う! パピイはパープルガールのことだよ!」


それを聞くやその男、マイケルの顔が露骨に曇る。

ネクタイを締める手がいつもより強い。自分で自分の首を絞めるような息苦しさを彼は感じていた。


「そんなものばっかり見てないで、少しは勉強しなさい」


「ぶー! パパだってパピイの配信見たらすぐにあの子好きになっちゃうよ!」


「分かった分かった。仕事の休みに見ておくさ。全く⋯⋯」


そしてマイケルは今日も家を出る。

晴れ渡った快晴すら腹立たしく感じてしまう。まさか、愛娘のシェリーがあんな下劣な配信を見て、あろうことかパープルガールのファンになってしまったとは。

見れば通り行くティーンたちの髪色も紫に染めている子たちが多い。それももしや彼女の影響かと思うと、頭からペンキを浴びせてやりたい気分になる。


電車を乗り継ぎ、30分かけて仕事場に到着するマイケル。

彼の仕事場はとある国家機密を扱うDH本部の支局。彼はそこの局長だった。


「あっ、局長おはようございます」


朝早くから部下がパソコンとにらめっこしているのを見て、仕事熱心だなと褒めてやろうとしたのもつかの間。その画面には紫髪の少女が熱唱している様が映っている。


「これどうですか? 昨日の配信のアーカイブなんですけど⋯⋯」


だがそれを見るやマイケルはパソコンを部下の手から取り上げ、”逆の方向に”くの字に曲げてしまった。


「あーっ!! 何てことするんですか局長!」


「お前の背骨をこうしなかっただけ有難いと思え」


ディスプレイとキーボードが泣き別れになったノートパソコンを投げ捨て、彼は局長室に入る。今日も朝から不愉快極まりない仕事が待っていると知りながら。


パソコンを起動すると、そこにはパンク寸前のメールホルダーがある。


「年末のカウントダウンライブが一件、YTKの特別番組の出演が一件、その他クソッタレのケツの穴みたいな出演依頼が数百件⋯⋯!!」


パソコンを蹴り飛ばすマイケル。

何が悲しくてこんな仕事をしなければならないのか。自分は世界を守るDHの職務を行っているはずではないのかと自問自答する日々。

すると、早速局長室に電話が入る。深々と溜息をつくと、彼は電話に内蔵されたボイスチェンジャーを起動して電話に出た。


『エージェントM。例の出演依頼の件だが、考え直して頂けましたかな?』


するとマイケルのデスボイスのように変換された声が響いた。


『未来永劫、過去も今もそしてこれからも君たちのゴミのような依頼に私が応じることは無い。ギャランティの桁も間違えるようなバカと話すことなどない!』


『ほ、報酬なら我が局が出せる出来る限りの額を提示している!!』


『なら代わりにアラビア半島の石油バカでも連れてこい!! 消え失せろ!!』


電話を投げ捨てるマイケル。イライラが極限まで達した彼が投げた受話器は、壁に当たって粉々に砕けてしまった。


彼が処理していたのは、何を隠そうパープルガールの出演依頼。

そして朝からマイケルのパソコンに押し詰められていたメールの山は全てこの男、パープルガール専属のエージェントであるマイケルに届けられたものだったのだ。


今話していたのは、アメリカ有数の芸能プロデューサーだ。だがマイケルにとっては相手が誰だろうと関係ない。彼が無性に機嫌が悪いこのタイミングで電話をしてきたという理由だけで、仕事の依頼を断るには十分すぎる理由だった。


すると彼は、局長室のカメラを起動する。

そしてパスワードを入力すると、局長室からとある場所に繋げるための機密回線が起動した。


「パープルガール。応答しろ」


だが相手側から応答はない。

これもまた彼がイライラする時間の一つだ。パープルガールとはこのマイケルが彼女に直接授けた名前だが、当の彼女はそれを気に入っていない。


「そこにいるのは分かっている。お前のコンディションを管理するために、私も仕方なくお前と話をしてるのは分かっているだろう!」


だがそれでもシカトされるマイケル。


たった一言、それだけ言えば応答は来るのは分かっている。

だがそれを言うのは彼にとって心底嫌だった。本来彼女を管理する立場のマイケルが授けた名前ではなく、馬の骨とも知らない人間が決めた名前を使わされる屈辱。


しかし、結局はいつも呼ぶ羽目になる。

マイクを鷲掴みにすると、出る限りの大声でマイケルは叫んだ。


「アニイ!!! 返事をしろ!!!!」


「はーい!」


すると、目の前に金色の瞳が現れた。

そしてカメラの焦点が遠くに異動して紫色の髪をした美少女が現れる。


「体調異常無し! お勤めご苦労様!」


彼女はそれだけ言って、ブツンと回線が切れた。

そしてストレスが限界に達したマイケルの飛び蹴りがマイクを吹き飛ばす。


「あのファッキン女狐が⋯⋯!!」


すると局長の秘書を任されているリリアという女性が部屋に入って来た。


「また喧嘩ですか?」


リリアはマイケルが壊したマイクの残骸を拾い上げる。


「今の世の中に対して疑心暗鬼になりそうだ。何故あんな奴が、世界に名を馳せるスターになれるのか理解が出来ん」


パープルガールにはもう一つの顔がある。

それは彼女がそもそも人間ではないという事実でもあった。


「スター性ですよ、スター性。S級DBの容姿にDB離れした人間に対する理解、そして人間では絶対に太刀打ちできない頭脳と身体能力。彼女はそれを有効活用した結果、あれほどのアイドルになったんです」


「チッ、あんな奴など月もろとも爆殺してやればいいものを⋯⋯」


「いけませんよ局長。あの子はS級の破壊力を唯一制御できる存在。我々DH協会にとっては究極の切り札になりえる存在です」


するとマイケルは席を立って空を見上げる。

アニイはDH協会の管理の元、月で悠々自適の生活を続けている。だがそれも彼女がその生活に今の時点では満足しているからに過ぎない。


もし月での生活に彼女が嫌気がさし、暴れ始めでもしたらどうするのか。

その対策を講じるのもまたアニイを管理するマイケルの仕事でもあった。


「リリイ。もし奴が月での生活に飽きたと言ったらどうする?」


するとリリイは少しだけ考えて、マイケルに言う。


「地球に連れてきてあげましょうか?」


だが、過去にアニイはその膨大な魔力ゆえに天変地異を引き起こした前科持ちであり、それを恐れてアニイは月に追放されている経緯がある。


「奴が地球に舞い戻って来たなら、問答無用で核の雨を降らせてやる」


今日も今日とてそんなバイオレンスなことを呟くマイケルであった。



==========================


ここは月にある居住施設。

そこで低重力の中、ソファーにふわりと横になる少女がいた。


彼女の名はアニイ。これでもS級DBであり世界を破壊できる力を持っている。

魔導女帝の異名を持ち、異能を使わせれば天下無双の彼女のもう一つの顔は今をときめくスーパーアイドルだった。


事の発端は何気ないことだった。

定期的にやってくる宇宙船からの補給物資の中にあった芸能誌を見てネットアイドルという世界を知ったアニイは、ふと自分もやってみたいと思ったのだ。


金色の瞳は紫のカラーコンタクトで隠し、マイケルに頼んで送ってもらった配信設

備があれば後は全て事足りる。後は定期的に配信して終わり。それだけだ。


「今日も見てくれたのかなあ」


そんなことを呟くアニイ。

何故彼女がずっと配信を続けているのか。それは、地球に自分の姿を見て欲しい一人の存在が居るからだ。


アニイが自分の姿を見て欲しいと思っている存在の名は臥龍。自身の命の大恩人にして、アニイが唯一大好きと公言する人間。彼が素性を隠していることも理解している彼女は、彼の名前を配信で出すことは無い。しかし彼女が歌うのも踊るのも、元を辿れば臥龍に見てもらいたいからだった。

なお彼女は臥龍の今の素性も知っている。当然それは他人に話したことは無い。


スターになりたかったわけでも、有名になりたかったわけでもない。

ただ自分の輝いている姿を臥龍に見てもらいたい。アニイが思っているのはそれだけで、自分が地球でどれほど知名度を得ていようがその本質は揺らがなかった。


とはいえ彼女はDBながら限りなく人間に近い感性の持ち主でもある。

そしてアニイがいる月の施設に人が来ることなど殆どない。存在自体が国家機密の彼女に接触できるのは事情を知っている指折りの宇宙飛行士くらいなもので、その宇宙飛行士たちもマイケルから『絶対に余計なことは話すな』と言い渡されているが故に彼女とトークに花を咲かせることは無い。


何も言わずに物資を届け幽霊のように去っていく彼らと、毎回のように罵声だけを届けてくるマイケル。流石の彼女もそんな日々に退屈さを感じ始めていた。


「お散歩に行こっと」


するとアニイはハッチを開けて施設の外、宇宙空間に飛び出した。

人ならあっと言う間にあの世行きだがDBである彼女は平気だ。低重力の中をぴょんぴょんと跳ねまわり、満点の星空を眺める。

そして遠くに見える地球にアニイは視線を向けた。


アニイはこの時だけは臥龍を近くに感じられる気がしていた。

いつかまた彼と一緒に遊びに、そして⋯⋯


と、ここまで妄想したところで彼女はある物を見つけた。

それは月の殺風景な光景の中に放置されている小型宇宙船。数年前に一度不時着した時に故障して使えなくなってしまい、それからずっと放置されている物だった。


「乗ってみよっと」


出入口は扉が曲がって開かない。だがアニイはそれを力づくで抉じ開ける。

すると丁度人が一人入れるくらいのスペースの操縦席と、故障した基盤や人間のための生命維持装置などがそのまま放置されていた。


「えーっと、こうしてこうやって⋯⋯」


アニイは一度、宇宙飛行士のためのマニュアルを読んだことがある。

怪物的な頭脳でそれを流し読みしただけで覚えた彼女は、その中にあった船の修理方法を思い出しながら壊れたパーツを修理する。

曲がった部品は手で曲げ直し、足りない燃料はタンクを修理してから自身の住む居住施設から持ってきて補充する。断線しているコードは異能で接着して解決した。


そして数時間後、アニイは宇宙船を一人で修復することに成功した。


「でもこれ、本当に動くのかな?」


とはいえ本当に動くのかは動かしてみないと分からない。

それで仮に宇宙船が爆発してもアニイに傷一つ付かないのは分かりきっているからか、ふつふつと『動かしたい』という欲求に駆られ始めるアニイ。


「えーい! ままよ!」


そしてアニイは宇宙船の起動スイッチを押してしまった。

すると宇宙船がガタガタと振動し始める。心なしかいつもより重力を強く感じるような気がするアニイ。


「もしかして⋯⋯」


彼女は宇宙船の窓から外を見る。そしてすぐに理解した。

宇宙船は見事にテイクオフに成功していた。これが人間が仕組んだ宇宙開発事業なら今頃管制室は歓声の嵐だっただろうが、今回は少し事情が違う。


宇宙船のディスプレイには英語で表示された『自動帰還モード起動』という文字と共に、自動でその船先が地球へと向いていく。そしてブースターが火を噴いた。


「どーしよーー!?」


もう賽は投げられたのだからどうしようもない。

猛スピードで加速していく宇宙船。その行き先は地球だ。


S級DBアニイ。彼女の地球帰還が決定した瞬間だった。

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