第168話 騎士王再び

地球に向かって飛んでくる未確認飛行体の存在が明らかになるのに、時間はそうかからなかった。


そして事態は、あらゆる関係各所を巻き込んだ大パニックへと発展する。

接近する飛行物体はかつて月にて一人用飛行船の開発実験をしたときの機体であり、同時にそれはその飛行体が月から飛んできていることも意味している。

勝手に飛行船が機体を修復して地球に向かうことなどあり得るはずがなく、それは誰かがそれを自力で修理した挙句、地球への片道切符にしたという事実が残る。


では、そんなことが出来るのは一体誰か。

ここまでくれば誰の目にも明らかだった。


「面白いことになったね。うん、実に興味深い」


そんな中、アメリカの某私立大学のラボにて。

まさに地球に迫っている小型飛行船のライブ映像を見ながらコーヒーを飲む白衣の男性が一人居た。


年は40歳前後くらいで、髪はボサボサだ。

着ているのは穴の開いたTシャツにジーパン。その上にアロハシャツを着ている。


「教授! レポートの添削をお願いしたいのですが⋯⋯」


「それは後にしてもらえるかな。今は忙しくてね」


ラボに真面目そうな女子学生が入ってくる。

彼女はジェーンといい、この大学でも有数の成績優秀者でもあった。


「丁度いい。ちょっと君に頼みたいことがあるんだ」


すると教授と呼ばれた男性はジェーンに言う。


「アレクをここに連れてきてもらえるかい?」


「アレク⋯⋯騎士王のことですか?」


するとジェーンは軽く溜息をつく。

正直、彼女はアレクのことが苦手だった。


「彼はもうこの大学を卒業しているのに、何故ここに頻繁に来るんですか?」


「このキャンパスには君のような才女がたくさんいるからね。彼も君みたいな人と話したいと思ってここに来るんじゃないのかな?」


「もう! 彼を連れてくればいいんですね?」


「なるべく早く頼むよ」


バタン!と大きな音を立てて扉が閉まる。

そしてジェーンは深々と溜息をついた。


先程の教授は、この大学では他の追随を許さないド変人として有名だった。

授業をすっぽかすことも日常茶飯事でありながら、レポートの内容は困難かつ複雑で学生泣かせとしても名高い。よって彼を嫌う学生も多かった。

しかしながら一方で彼を慕って教えを乞う変人も多く、アレクもその一人であり大声で言うことはないもののジェーンも傍から見ればその変人に名を連ねているだろう。


「彼がいるのはきっとあそこね」


こういう時に彼女が向かうのはいつも同じだ。

キャンパスの外れにあるアメフト専用フィールド。そこにいつも彼はいる。


すると早速、驚異的なスピードでタッチダウンを決める大男の姿が見えた。

もし彼がDHとなる道を選ばなかったなら、アメリカを代表するQBになっていたに違いない。そう思わせるほどの圧倒的な存在感だった。


「やあジェーン! もしかして教授のお使いかい?」 


ジェーンの姿に気付いたアレクがこっちに手を振っている。

すると彼はコートを出て着替えるとラフな私服姿になって戻って来た。するとアレクのプレー見たさに集まっていた群衆からは残念そうな声が聞こえてくる。


「教授のお呼びなら断れないからね。また今度来るよ」


そう言って彼はジェーンの元へとやって来た。

筋骨隆々の体はこの数か月でさらに逞しくなったような気がする。ジェーンも女子としてはそこまで小柄ではないが、アレクと並ぶと完全に圧倒されてしまった。


「騎士王様がここで遊んでてもいいんですか?」


皮肉交じりにそういうジェーン。

するとアレクはスポーツドリンクを口に含みながらことも無さげに言う。


「最近のUSは平和だからね。騎士王の出番がないのはいいことだよ」


「バッカみたい。パンドラに負けて帰って来たくせに」


ブッ!と飲んでいたそれを吐き出すアレク。

しかしすぐに平静を取り繕うと、自信満々に言った。


「ヒーローは挫折を武器にまたワンランク上のスーパーヒーローになるのさ。あの後僕はA級DBを3体倒したし、パンドラに負けた原因ももう分かってる。次戦う時はパンドラを圧倒してみせるよ」


「そうですか」とさも興味なさげに言うジェーン。

そのパンドラはもう倒されて再戦の機会は無いんですよね、とは言わなかった。

だが彼女は一体どこからそんな自信が生まれるのかが不思議でしょうがなかった。


パンドラの戦いでさぞ自信も何もかもバキバキに折られたかと思いきや、彼は底無しのメンタルで1カ月もしない内に通常モードに戻っていた。

彼があの一件後も現世界最強であることは騎士王の称号が表しているとはいえ、一度は限りなく死に近づいた彼が当たり前のように仕事に復帰しているのはジェーンにとっては凄いを通り越して不気味ですらあった。


そして二人は教授のいるラボへと戻って来る。


「ビンゴ! いいタイミングで戻ってきてくれたねアレク」


すると教授はパソコンに表示しているウインドウの内の一つを指差した。

そこには額にいくつも青筋が浮かんだ、いかにもブチギレ寸前といった様子の男が映っている。


「アレクに紹介しよう。こちらDH協会管轄、SDB総合管理局長のマイケル・シュナイザー氏だ。彼は君に用があるらしいよ」


空になったカップにコーヒーを注ぎ足す教授。

するとマイクからマイケルの低い声が聞こえてきた。


「騎士王、アレクサンダー・オーディウス君。君に頼みたいことがある」


マイケルは、望遠鏡で捉えられた小型飛行船の写真を見せる。


「S級が月から逃げ出した。そして今、オンボロ飛行船に乗ったそれが地球に向かっている。君にならこれだけ言えば十分だろう」


「月から、ってことはアニイだね」


「アニイ⋯⋯そうだな、その通りだ」


S級DBアニイ。彼女が地球に向かっている。

それが持つ意味は言わずもがな極めて重大だった。


「でも、彼女は人間に対して好意的だよね?」


「奴は歩く傾国兵器だ。好意的だろうが敵対的だろうが危険なことに変わりはない」


冷淡にそう語るマイケルはアレクの横にいる教授に尋ねる。


「スレイマン教授にお尋ねしたい。私としては、飛行船もろとも奴が大気圏で燃え尽きてくれるのを望んでいるが、その可能性はどれほどだろうか?」


するとスレイマンと呼ばれた教授が腕を組んで言った。


「貴方の頭上に隕石が三つ同時に落下し、それが全部貴方に直撃しても貴方がバラバラにならずに生き残る可能性と同じくらいかな」


遠回しに「限りなくゼロ」と伝えるスレイマンと呼ばれた教授。

彼の名前はカール・スレイマン。実は彼はDB研究の第一人者であり、かつて生命エネルギーを用いてDBを倒す方法を考案した研究者の子孫でもあった。


「DBには生命エネルギーを付加された異能、もしくは物理攻撃でなければ傷一つ付けられない。マッハのスピードで海面に打ち付けられ、飛行船が爆発炎上してもアニイが消滅することはないだろうね」


すると、カールは目にも止まらぬ速さでキーボードを叩く。

ウィンドウがいくつも開き、並列しているスーパーコンピュータが猛烈なスピードで演算を始めた。それを見るアレクとジェーン。


「教授は何をやっているの?」


「きっと、アニイの落下位置を計算しているのさ。教授の物理演算は世界一の精度だから、間違いなく正確な数値を出してくれるはずさ」


するとジェーンが首を傾げながら言う。


「ところで、二人が話しているアニイって何?」


ピタッとカールの手が止まる。

アレクも「ヤバい」と片手で顔を覆った。

二人共彼女が部外者なことに気付いていなかった。


「アレク。彼女をここから出してくれるかい?」


するとものの一瞬で、アレクの太い腕がジェーンを持ち上げた。


「待って! 教えてくれてもいいじゃない!」


「これは国家機密なんだよジェーン。代わりにいつか君をディナーに連れてってあげるから今日の所は帰ってもらえるかい?」


「ヤダ! 教えて!」


子どものように騒ぐジェーンをあっさり持ち上げると部屋の外に出すアレク。そして部屋の外に彼女を置くと、そのまま部屋に鍵を掛けてしまった。


「きっと彼女はカンカンだろうね。気の毒な事をしてしまったよ」


口ではそう言いながらも、演算を再び開始するカール教授。

するとものの数分で演算結果が表示された。


「予想落下地点は太平洋ミクロネシア、マリアナ諸島沖。一先ず、陸に落ちて誰かが巻き添えにされることがなくて良かったよ」


しかし、それを素直に喜べない様子なのはマイケルだ。


「問題なのは、墜落後にアニイが何処に行くかだろう」


だが、それを聞くカール教授は軽く眉を上げる。


「彼女が何処に行くかなんて明白じゃないか。日出る国、日本だよ」


すると、教授の横にいたアレクが僅かに顔を上げる。

そして予測落下地点の先にある日本列島に目を向けた。

まるで過去の苦い記憶を思い出すかのように。


「またか!? 何かとDBに好かれる国だな」


「パンドラは兎も角、日本に彼女が向かいたがる理由なんて一つしかないよ。彼女を唯一従わせられる存在、いや彼女が自ら首輪を所望する存在が居るのだから」


「ミスターガリュウか? 私は彼の実力をまだ疑っているぞ」


「彼の剣技は芸術だよ。この僕ですら彼の剣術には大いに興味がある。彼の使う奥義、『太刀落とし』はまさに個の極みである彼のための技だからね」


カール教授は、謎に包まれた臥龍に関する研究も行っていた。

過去に臥龍の動きを解析して、その技術をアレクに教えたこともあるくらいだ。


するとマイケルは神経質に指を組みながら言う。


「私はアニイが墜落し次第軍艦を差し向けて奴を海の藻屑にすべきだと本部の会長に進言したのだが、残念ながらそれは受け入れて頂けなかった」


するとそれを聞いたカールの目が鋭く光る。


「アニイは確かに人間に対して好意的だね。ただしそれは、人間側から彼女に強い殺意を向けないのが前提だ。もし君の判断で彼女を怒らせてしまったら、あのパンドラを仕留めた冷撃が、今度は僕たち人類に向くことを分かっているかい?」


アニイが海を凍らせたことで生まれた氷河は、2ヵ月の間溶けることがなかった。

そして氷河の存在によって海流に変化が生まれたことで、一部の国の自然環境と漁獲量に大きな変化が生まれたとカール教授は聞いていた。


「予測落下地点には一般船舶も含めて何も差し向けないこと。彼女の行動を制限せず、人工衛星による監視以外は何もしないこと。それさえ守れば、彼女は無害だ」


それを聞くマイケルは苦虫を噛みしめるような表情だ。

だが少しして、彼は感情を押し殺すように頷く。


「⋯⋯了解した。助言を頂けたことを感謝する」


そして通信が切れる。

すると後ろのアレクがカール教授に尋ねた。


「本当に彼は教授のアドバイスを聞くのかな?」


すると教授はコーヒーを少し飲んだ後に言った。


「それは彼が賢明か否かの問題だから気にしてないよ。守れば世界は守られ、守らなければそれまでさ。でもねアレク⋯⋯」


カップを置いて教授はアレクに言う。


「きっと君は今日中にアメリカを発ち、日本に行くことになるだろうね」


少しだけ、何かを考えるように宙を向くアレク。

彼の頭脳もまた非常に明晰だ。きっとこの先にある未来を見通しているのだろう。


すると間髪入れずに今度は教授に電話が来た。


「そら来たよアレク。今すぐ出発の準備をするんだ」


そして電話に出る教授。

するとまさに相手はDH世界本部の会長、それも電話の内容はアレクサンダー・オーディウスを今すぐ日本に行かせろという旨だった。


「僕を日本に送る理由⋯⋯恐らくアニイを討伐するということではないでしょう?」


「真意が分かっているようで何よりだよ。これは言うなら”脅し”さ。彼らが、アニイを武器にしないためのね」


そう語る二人の真意とは何なのか。


「アニイはガリュウの言うことなら何でも聞いてしまう。例えそれがどんな内容であったとしてもだ」


「地球を揺るがす異能力の持ち主と、ガリュウ。泳がせておくには危険すぎる組み合わせ、ということですね」


「これは世界の力関係にも関わる話だよアレク。DH協会本部の会長、そして我が国の偉大なる大統領は天秤が揺り動かされることを好まないからね」


立ち上がるアレク。そして彼はラボの奥にある刀を手に取った。

それを見たカール教授は、電話の奥の主にアレクが依頼を受けたことを伝える。


アレクが再び日本の地を踏む時が近づいていた。

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