第166話 『遠い日の記録 その四』

時は直人たちの時代から100年以上昔の時代に遡る。

これは遠い日の記録。遥か昔にあったもう一つの物語。


DH協会の一員となってから、太郎と次郎の生活には大きな変化が起きた。

二人は数少ないDBに対抗できる人間となり、太郎は普段は社長としての仕事をしながら、そして次郎は警備員の仕事をしながら社会問題化してきていたDBの撃破に日々勤しんでいた。


渡された異能具は、太郎は氷の粒を超高速で飛ばすライフル。次郎は炎が噴き出る火炎放射器だ。どちらも殺傷能力はあまり高くないが、数を撃てば確実にDBを仕留められるくらいの威力は保証されていた。

なお当然ながら人に対しての使用は厳禁で、DB討伐の仕事以外の時間はDH協会で預かってもらっている。


そして真面目な太郎は勿論、何やかんやと文句を言っていた次郎もDBの撃破には協力的で、傭兵として働いていた過去の経験も生きてか彼らは協会でも5指の中に入るDB撃破数を誇っていた。


そんなある日、二人はDH協会の会長の赤城原栄一に呼び出された。


「八津志儀の家に行けだと?」


「そんな急に、しかも僕たちが何で八津志儀家に?」


栄一から二人に、「八津志儀家の本邸に行ってきてほしい」と言われたのだ。

しかも今日中に、なるべく早く行けと。


「僕は会社の仕事があるんですが⋯⋯」


「全くだぜ赤城原さん。せめて前もって言っておいてくれよ」


朝一で電話がかかり何の前触れもなく呼び出されたせいか、二人共虫の居所が余り良くないようだ。だが栄一も、額の汗をハンカチで拭きながら申し訳なさそうに言う。


「お手数をおかけしたのは申し訳ないです。しかし、何しろお二人を指名したのは私ではなく先方、つまり八津志儀家直々の指名ですから⋯⋯」


顔を見合わせる太郎と次郎。

八津志儀家が直々に二人を呼んだという栄一からの言葉が本当なら、八津志儀家は二人に何らかの興味を抱いているということだ。

しかし、このタイミングで彼らに会いに来るとはどのような意図があるのだろうか。


「八津志儀家の車が本部前に留まっています。今すぐ行ってください」


そう言って栄一が急かすように二人を部屋から出そうとする。

しかしここで、次郎が口を開いた。


「それよりよ、だったら翔馬も連れて行けよ。アイツは八津志儀の人間なんだろ?」


しかしここで太郎が次郎に対して口を開いた。


「次郎さん。それがですね⋯⋯」


太郎は声を潜めると、次郎に耳打ちする。

実は次郎には後日分かったある事実を伝えられていなかった。


「翔馬と八津志儀に血縁関係がない!?」


「しーっ!! 声が大きいですっ!!」


何と翔馬は八津志儀家と何も血縁的な関係が見られなかった。

DNAによる検査を行い、身体的な特徴から何まで全て調査したが、八津志儀家の人間であるという証明となるものは何も見つからなかったのだ。


「だったら翔馬はもう八津志儀とかいう厄介物とはオサラバか?」


「僕もそう思っていました。けど、僕らに八津志儀家が⋯⋯」


「まあいいさ。だったら俺らがガツンとアイツらに言ってやろうぜ。もう金輪際、翔馬にも俺達にも近づくんじゃねえってな!」


今の翔馬は栄一の家から小学校に通うごく普通の小学生だ。

次郎とは相変わらず顔を合わせれば言い争いになり、太郎とは良き人生の先輩として信頼関係を築いている翔馬は、かつての野生児の面影を残しつつも成長していた。


「ではお二人共頑張ってきてください」


栄一の言葉で送り出された二人は、こうして八津志儀家に向かうこととなった。


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「全然外見えねえよ。普通、スモックガラスってのは外から中が見えないようにするための物じゃねえのか?」


「まるで僕たちに外の光景を見せたくないみたいですね」


八津志儀家から送られてきた車に乗った二人は直ぐに違和感を覚えた。

まず、ガラスの窓から外が見えない。光は入ってくるものの、詳細な外の光景は何も見えないように細工がされていた。

加えて運転手にも一切接触が出来ないように運転席と後部座席の間に壁が作られていて、当然こちらから声をかけても一切応答がない。


「不気味だな。俺たちはさしずめ袋のネズミってことか?」


「僕らの会話も盗聴されているかもしれません。余計な会話は慎みましょう」


得体の知れない雰囲気に警戒を強める二人。

そしてさらに車の中で過ごすこと1時間。ここでようやく、車が止まった。


「まだ外に出れないみたいですね」


運転手が何かを言っているのが聞こえたが、二人が外に出れる様子ではない。

そして少しした後にまた車が動き出した。


「もしかしたら僕たち、八津志儀家の敷地に入ったのかもしれません」


舗装されていた道を走っていた先程と違い、まるで石畳の上を走っているようなガタガタという振動が伝わってくる。


「きっと僕たちに本邸の構造を教えたくないんでしょう。だから目的地に到着するまで僕たちが外を見れないようにしているんです」


そんなことを言う太郎。

だがここでふと横を見ると、次郎が真剣な顔で腕を組んで何か考え事をするように座っている。


「もしかして次郎さん⋯⋯」


「静かにしてろ太郎。気が散ると全部忘れちまう」


次郎は車の中から、振動と慣性の違いでおおよその道筋を理解することが出来た。

先程止まったのが八津志儀家の本邸の入り口だと仮定した場合、そこから先の道を把握できれば入り口から彼らの目的地までの道筋が分かる。

次郎は入り口から本邸までの道を感覚だけで記憶していた。


そして更に10分ほど経った頃。

ここでようやく車が止まり、自動で二人の乗る後部座席の扉が開いた。


「お待ちしておりました」


すると外に出た二人の前に立っていたのは初老の和服に身を包んだ女性だった。

さらにその横には二名のこれも和服を着た男性と女性がいる。

年齢は三十代に届くかくらいで、初老くらいの女性に比べると二人共若い。


「はるばる遠い所をお越しいただき恐縮で御座います。さあこちらへ」


目の前にあるのは、古き良き日本家屋だ。

さながら旅館のようで、自然に囲まれた空間の中に溶け込むように佇んでいる。

すると次郎は小声で太郎に言う。


「敷地の割に、屋敷は思ってたよりデカくねえんだな」


「八津志儀の一族は数も少なくなってきておりますので、これくらいの家の方が丁度良いので御座いますよ」


すると前方からそんな声が聞こえてくる。

地獄耳で次郎の声も聞かれていたようだ。窘めるように太郎は次郎の肩を小突く。


太郎と次郎の二人は玄関で靴を脱ぐと、そのまま屋敷に上がる。

屋敷の中の空気はひんやりとしていて静かだ。まるで人が住んでいないかのような静寂だが、どうやらここに八津志儀家の一族が住んでいるらしい。


そして二人はこじんまりとした和室の中に通された。

そこには羊羹が一切れにお茶が既に置いてある。


「どうぞお座りください」


そう促されて、二人は座布団に座る。

太郎は正座で、次郎は胡坐をかくと早速羊羹を櫛で切って口に運んだ。


「おっ、旨いな」


「水は屋敷の清流、小豆も全て屋敷内で栽培したものを使っております」


羊羹が気に入ったようで、早くも一切れ平らげる次郎。

そんな中女性は軽くお辞儀する。


「私はこの八津志儀家の代理当主、八津志儀やつしぎ多惠たえと申します。こちらは息子の圭司けいじと長女の小雪こゆき、今は留守にしておりますが三女に千夏ちなつがおります」


多惠に促されるように、横の圭司と小雪も二人共お辞儀をした。

すると多惠は本題の話へと話を移す。


「今回お二人をここにお呼びした理由、それはお二人が八津志儀家の未来にまつわる重要な鍵に関係していると私達が考えているからで御座います」


「八津志儀家の未来に関わる、ですか?」


すると多惠は頷く。


「お二人は、千尋ちひろに直接会った最後の人間。そして翔馬を知っている数少ない人間でもあります。ですからいつか、お二人をここに呼びたいと思っておりました」


「千尋⋯?」と一瞬首を捻る太郎。

だがすぐにそれが誰のことなのかを理解したようだ。


「もしかして、あの水槽の中で眠っていた女の子が⋯⋯」


「はい。私の次女、千尋で御座いました」


どうやらあの少女は千尋という名前だったらしい。

二人に子供を頼むと言い残し、そして死んだあの少女もまた八津志儀家の人間であり、そして彼女の母親こそが目の前にいる多惠のようだ。


「そして、あの子はこの世に翔馬という男の子を残した。私達にとってそれは八津志儀家が今後数百年の繁栄を続ける上で、この上なく重要なことなのです」


するとここで、次郎が多惠に尋ねる。


「そもそも、翔馬はお前らとは何の血縁も無いんだろ? だったらアイツは八津志儀とは何の関係もないってことじゃねえか。なのに何で、アイツがお前らにとってそんなに重要なんだよ」


すると多惠は、ジッと次郎を見つめる。

その目はまるで氷のような冷たさだった。


「⋯⋯それは、私達の特別な事情によるものです」


そして彼女は続けた。


「いずれ翔馬には、八津志儀の一族としてここに来てもらいます。赤城原さんにもそれを念頭に置いてあの子を教育しておくようにと言ってありますので」


だがその時、次郎が立ち上がった。


「お前ら何様だよ。今まで翔馬に何もしてこなかったくせに、いきなり自分たちにとって重要だからとか調子のいいこと言ってんじゃねえぞ!」


「次郎さん! 抑えてください!」


怒る次郎が多惠に迫る。

だがその時、突然次郎の体が止められた。

正確には、目に見えない何かの障壁によって動きを封じられた。


「次郎さん⋯⋯?」


ドンドンドン!と次郎は何もないはずの空間を叩いている。

端から見れば高度なパントマイムにしか見えないが、次郎の声が突然全く聞こえなくなり、またどんなに多惠に近づこうとしても見えない障壁に止められていることからその光景は明らかに異常に見えた。


「母さん」


「大丈夫よ圭司。この方にはお帰り頂いた方がいいわね」


圭司が母の多惠にそう言った。どうやらこの現象を引き起こしているのは彼らしい。


「何をしたんですか!?」


太郎が次郎に触れようとするが、ここで何かの障壁に阻まれた。

まるで分厚いガラスを叩いているような感覚だが、その重厚感はマシンガンの銃弾すら跳ね返してしまいそうなそんな感覚があった。


「我等八津志儀家は、ほぼ全員が何らかの超次元的な力を持っております。息子の圭司の力は、絶対に破ることの出来ない不可視の壁を造る力。壁で四方を囲むことも可能で、自身を守ることもまた相手を壁で圧殺することも出来るのです」


すると圭司は指を鳴らす。

その瞬間、次郎の姿が消えた。


「次郎さん!!」


「彼は八津志儀家の敷地外から摘まみ出しました。僕の壁に囲まれたものは、僕の思い通りの場所にワープさせることも出来ますので」


淡々とそう言う圭司を見て、ここで遂に太郎は気づいた。

八津志儀家は明らかに異常だということに。


「彼と違い、山田さんは話が出来ると信じて話を続けましょう」


ハナから次郎など居なかった。

そんな態度で話す多惠。また顔色一つ変えない圭司と小雪。

それは太郎を威圧する意図もあったのだろうか。


「翔馬が千尋の息子であることは間違いありません。それは『血縁がないという事実』が何よりも如実に示しております」


すると多惠は話を続けた。


「実は八津志儀家は今、大きな危機に直面しているのです」


「大きな危機、ですか?」


「その危機を乗り越えるためには翔馬が我々にとって必要不可欠であり、もし翔馬の協力が得られないのであれば⋯⋯我々は滅亡の末路を辿るでしょう」


唐突に言われた言葉についていけない太郎。

翔馬の力が無ければ、八津志儀家は滅びる。それは一体何故なのか。


「八津志儀家の人間には、超常的な力を扱う特別な血が流れております。しかしその血は長い年月を経る中で徐々に薄まってきているのです」


そして彼女は彼らにとって翔馬が必要なその理由を語り始めた。


「我々のほかに力を持つ血族が居ない以上、種を存続させるには力を持たぬ八津志儀家以外の人間を一族に迎え入れなければならないのは必然。しかしその結果、代を追うごとに超常の力は弱まっていくこととなったのです」


するとここで、多惠は躊躇うように一度話を止める。

だが圭司に再度促されると話し始めた。


「このままでは八津志儀から力が失われてしまう。そう考えた私たちの祖先は、八津志儀の超常を守るため禁忌を侵しました⋯⋯すなわち、身内同士で子供をつくると」


驚愕する太郎。

それが真実ならば圭司、小雪の親である多惠は⋯⋯


「私の夫は実の兄で御座います。ですが、人の道に背く繁栄を神はお許しにならなかったのでしょう。近年の八津志儀家の人間は、その多くが短命なので御座います」


いうならばそれは近親相姦だ。

しかしそれを続ければどうなるか。結果は遺伝子異常によって欠陥を多く抱えた人間が生まれるようになってしまい、自然と種は弱体化していく。


「夫⋯⋯私の兄は既に亡くなりました。そして私も心臓の病を抱え、長くは生きられないでしょう。そしていずれは圭司と小雪、千夏もこの負の連鎖に巻き込まれます。このままでは八津志儀の血は絶えてしまうのです」


静かな、それでいて暗い空気が部屋を満たす。

しかし、「ですが⋯⋯」とここで多惠の口調がやや熱を帯びた。


「八津志儀家には数百年に一度、『御子』が生まれるという言い伝えがあるのです」


「御子?」


「自然発生的に生まれる子供で、強大な力と共に八津志儀家に再び繁栄をもたらすという伝説が長く語られているのです。自然発生故に八津志儀家と血縁を持たず、衰えた血を再び蘇らせるその御子を我々は長く待ち続けておりました⋯⋯」


何かに気付く太郎。

御子の伝説。そして千尋から生まれた翔馬。


「翔馬君が、その伝説の御子だと?」


「まさしくその通りで御座います。翔馬を八津志儀家に迎え入れることこそが、長く続いた地獄に終止符を打つ唯一の方法なのです」


思えば翔馬の力は異常だった。

水を大量に出したり、爆炎をことも無さげに発生させたりとその力は常軌を逸脱していた。だがそれも、多惠の話を聞けば納得できる部分が多い。


翔馬が八津志儀の人間となれば、近親相姦による負の連鎖からも一先ずは脱出する。そして翔馬の血を受けた子供たちは長寿と強さを両立できるかもしれない。


「我等八津志儀家の未曽有の危機。この危機を救うことが出来るのは、翔馬を除いて誰もいないのです」


すると多惠は横の圭司と小雪を見て目に涙を浮かべる。

それは彼女が心から八津志儀の未来を案じていることの表れだろう。


「分かりました。僕は皆さんの言葉を信じます」


一先ず太郎はその言葉を受け入れることにした。

まだまだ謎は多いが、何故八津志儀家が翔馬に執着するのかは分かった。


するとここで、部屋の入り口に人の影が映った。

そしてガラガラと扉が開いて、中学生くらいの少女が入って来た。

彼女の頭には赤い眼鏡がのっている。


「おかーさん! 家の門の前で騒いでる人がいたよ!」


するとその声に小雪が応える。


「その人は不審者だから話しかけちゃだめよ」


「はーい!」


すると今度は、高校生くらいの少年がやって来た。


「不審者だって? 僕が片付けてくるよ」


「放っていけばいい。少しすればいなくなるさ」


やって来た少年に圭司が言う。

すると少年と少女の目が太郎に向いた。

来客者があまりいないのか、物珍しそうな様子だ。


「二人共、あっちに行っていなさい」


小雪の言葉に「はーい」「分かった」と言って何処かへと消えていく二人。

すると多惠が少しだけ笑って太郎に言った。


「あの子たちは、私の孫です」


「孫⋯⋯ってことは」


圭司と小雪を見る太郎。

すると圭司が太郎に口を開く。


「小雪は僕の妻です。あの子たちは、僕らの子供なんですよ」


絶句する太郎。

まさか圭司と小雪が既に夫婦関係にあるとは思っていなかった。


「あの子たちもまた八津志儀の負の連鎖に巻き込まれた存在。せめて少しでも長生きしてほしい⋯⋯その願いは叶うのでしょうか」


悲しそうにそう呟く多惠。

するとここで、部屋に備え付けられていた時計の音が鳴った。


「そろそろお時間のようです。次は翔馬も一緒にまたここにいらしてください」


そして部屋を出て玄関先で靴を履く太郎。

ついでに次郎の靴も持ち帰ることにした。


屋敷の前には来た時と同じ車が留まっている。

そして車に乗り込もうとした太郎。だがここで、遠く離れた部屋からこちらを物珍しそうに見つめている先程の少年と少女の姿が見えた。


「あの子たちは何という名前なんですか?」


するとここまで一切表情を変えなかった小雪が笑いながら言った。


「長男が零士、長女は一花といいます」


「零士君と一花さんですか。いい名前ですね」


見ると零士と一花は太郎に手を振っている。

太郎はそれに同じく手を振って返した。


そして手を降ろすと最後に八津志儀の屋敷を眺める太郎。

見送りに来た多惠たちに礼をして、彼は車に乗ると扉を閉めた。


そして太郎を乗せた車は、八津志儀家の屋敷を後にした。

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