第161話 ファイナルステージ

騒乱に次ぐ騒乱の末に事態は終幕した。

緊急信号を受信して駆けつけたDH達が見たのは、この世のものとは思えない地獄の光景。夥しい死体の山が積み上がった死屍累々の惨劇だった。


その後DH協会と警察の調査で、惨劇の舞台となったこの場所はMF社が別名義で借用していた商業用ビルだったことが発覚し、最上階で殺されていた人間の多くはそのMF社の幹部たちだったことも発覚。

また建物内で元DHの加藤理沙と、国籍不明の外国人の遺体も発見された。


また現場にてDH協会山宮支部所属の中村椿と、スターズ・トーナメント出場中だった留学生、酒井瀬奈の二名を発見。中村椿は現在治療中だが一命は取り留めた。

後日回復次第、当時の状況について中村椿から話を聞く予定。


また警察が保護することとした酒井瀬奈だが身元を再度照会した結果、フランス国籍のDHであるジャンヌ・ルノワールだったことが発覚。


また殺害されていた外国人の身元も翌日に判明した。

該者は元騎士王にして現在はコードネーム、ドン・ファーザーとして知られていた男。日本に違法入国中の国際手配犯だった。


建物には多数の人間が争った跡が残されており、多人数による戦闘が勃発していたと推察された。また多量の血痕と何者かが使用したと思われる武装装備の破片のようなものも見つかっており、警察はそれらを回収して調査を進める模様。


なお国家機密保護法に基づき今回の一件は外部の混乱を避けるために、情報漏洩を厳重に禁じた上で秘匿する方針へと切り替わった。

よって深夜の中で行われた大量虐殺と壮絶なバトルは、関係者を除いては誰も知らない歴史の闇に葬られることとなったのだった。



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そして場所は変わり、巨大なスタジアムへと移る。

スターズ・トーナメントは最終日を迎えていた。


大会が中断していたこともあり、まだ男女で選手がそれぞれ16人も残っている。だがスタジアムの借用期間が決まっている以上、大会の日程をこれ以上延期することも出来ない。ということで、彼らには前日にこんな通知をされていた。


16人でのサドンデスバトルで優勝者を決める、と。

敗者復活戦の形式をそのまま本戦に流用し、16人がスタジアムの中で一斉に戦って最後まで残っていた選手がそのまま優勝者となるということだ。


突然のルール変更に反発の声も予想されたが、それに対する選手たちの反応は予想されていたよりも好意的だった。

元々出場選手の多くは敗者復活戦にも対応できるように多人数サドンデス形式の勝負も対策している。ある程度の心得は彼らも理解しているのだろう。

それに出場者の多くが今回のルール変更に好意的だったのにはもう一つ理由がある。それは、今回の大会で注目を集め続けている目玉選手たちだ。


場所は、スターズ・トーナメント決勝を迎えた控室。

最終決戦を目前にした中で、その少年は空気の違和感を感じ取っていた。


(心なしか、皆が僕を避けているような⋯⋯)


そんなことを心で思うのは、光城雅樹だ。

すると雅樹の元に仁王子烈がやってくる。


「皇帝さんよお。他の奴ら、何か企んでそうだぜ」


「企んでる? どういうことだい?」


「さっきからアイツら、『協力して倒す』とか意味分んねえこと言ってやがるぜ。しかも俺が近づくと、どいつもこいつも目も合わせねえでシカトだ。気分悪りい」


「協力して倒す?」


部屋内の空気がトゲトゲしいのを感じてか、烈は気が立っている。

するとここで烈の背を誰かが叩いた。


「あン? 何だよテメエか」


肩を叩いたのは直人だった。

しかし直人は、どうにも様子がおかしい。


「オ、オッス」


「何だテメエ、変なモンでも食ったか?」


「な、何だよ、俺達友達だろ?」


「直人君がそんなことを言うなんて珍しいね。やっぱり君も緊張してるのかい?」


「あ、いや、あの、いい勝負をしようぜっ!」


「「???」」


違和感を通り越して困惑している雅樹と烈。

直人が緊張でガチガチなのだと思ったのだろうか。励ますように雅樹が言った。


「直人君の強さは僕らも良く知ってる。だから今日は直人君の胸を借りるつもりで僕も戦うよ。お互い、いい勝負をしよう」


すると直人は不器用なサムズアップを見せながら、二人の傍から離れていく。


「何だアイツ? 頭でも打っておかしくなっちまったのか?」


「きっと僕らの緊張をほぐしたかったんじゃないかな?」


すると会場の案内人が控室に到着し、試合が間もなく始まることを告げた。

表情を引き締める雅樹。烈はポキポキと拳を鳴らす。


二人が控室を出ると、出場選手らを見送る人々の姿がある。

そこには女子の部の決勝を控える陽菜と、俊彦の姿もあった。


「烈、頑張って⋯⋯」


「皆さん応援してます! 山宮ファイト!」


そんな二人の激励に応える雅樹と烈。

さらに陽菜と俊彦の横には、直人が所属する山宮レベル1クラスのメンバーもいた。


「葉島あ!! 一発かましてこいよ!!」


元気に大声で応援するのは新。さらに修太と真理子もいる。

だが、彼らの中に夏美と健吾の姿は無かった。

それを見た直人は一瞬虚を突かれたような反応だったが、親指を立てて「応援ありがとよお前ら!」と言って新からやんややんやの喝采を受けた。


「葉島さんって、あんな感じでしたっけ?」


「試合前でテンションが上がってるのかも」


そんな会話が修太と真理子の間であったのだが、それはここだけの話だ。


そして選手たちは、ステージ横に集まる。

彼らの目の前には光り輝く最後の戦いの舞台が見えている。


「優勝するのは僕だ。光城家の名に懸けて、絶対に勝って見せる」


「勝つのは俺だぜ。一番強えのは俺の青銅の騎士だ」


勝つのはたったの一人だけ。

その座を奪うため、雅樹と烈は光り輝くステージへと足を踏み入れた。



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『スターズ・トーナメント ファイナルステージ』


そう表示された電光掲示板をバックに、16人の選手たちが姿を現す。

ステージは16人が一斉に戦うことを考慮して通常よりも大きく拡張されており、16人全員には、身を護るシールドが一枚だけ装備されている。

これはシールドの残り枚数によって狙う相手を意図的に変えるなどの、戦略的な長期戦を防ぐための対応策だった。


すると会場のMCがハイテンションで出場選手の紹介をしている中、雅樹の横にいた人物が雅樹に向けて口を開いた。


「雅樹と戦えて嬉しいよ」


「海野先輩。僕も負けません」


海野修也もファイナルステージの舞台に辿り着いていた。

また烈の横には、寺田真もいる。


「お前とは決着をつけなあかんと思ってたところや、仁王子」


「やれるモンならやってみろよ。捻り潰してやるぜ」


真の言葉に挑発的に返す烈。

選手全員の紹介が終わり、試合開始の時が近づく。


選手がそれぞれ所定の位置に案内される。

まるで図ったかのように雅樹の近くには修也。そして烈の一番近くには真がいる。

そして、ファイナルステージ開始のゴングが鳴った。


『捕縛』


誰よりも早く動いたのは修也だった。

何処からともなく取り出したのは長い鎖。それを修也は雅樹目掛けて投げつけた。


(この鎖、触ったらダメだ!)


雅樹はそれを異能で具現化させた白い警棒ではじく。

鎖の詳細は雅樹も知らないが、鎖を素手で掴むのはマズいと判断したのだ。


「不意打ちはダメだったか。やっぱり雅樹は勘が良いね!」


すると修也の鎖がまるで意志を持っているかのようにグニャリと動くと、今度は逃がすまいと雅樹の足首を狙って伸びていく。

しかし雅樹は大きく跳躍すると、警棒を更に長く伸ばして鎖を再びはじいた。

クルクルとバトンのように棒を回して、雅樹は構える。


「雅樹はそんなこともできるんだ」


「祖父から習った棒術です」


すると、鎖に喝を入れるように修也は鎖をしならせた。


「まだまだこれから!」


すると鎖が高速で動きながら、四方八方ほぼ全域から雅樹を攻撃し始める。

それを操る修也は額に汗を滲ませながら必死に雅樹の動きを目で追っていた。


(海野先輩は鎖を動かすだけで精一杯みたいだ)


見ると修也は完全に足を止めている。

高速で動く雅樹の動きを捉えるためには、鎖を動かすのにも相当な集中力が必要なのだろう。しかし多人数の戦闘の中で足を止めることは狙い撃ちをされる可能性を上げる。修也はそのリスクを冒してでも雅樹を倒そうとしていた。


と、その時である。


「喰らえ!!」


空気弾が雅樹を襲った。

ここでハッと気づく雅樹。何とか横っ飛びに躱した。

しかし空気弾が掠った雅樹のシールドには少しだけヒビが入る。

すると空気弾を撃った選手が残念そうに言った。


「ああ! もう少しで光城を倒せたのに!」


その言葉を聞いた雅樹は足を止めた。

そこには、烈、真、直人を除く11人の選手たちがいる。


だがこの戦いはサドンデスバトルのはずだ。

なのにその11人は何故お互い戦おうともせず雅樹を見ているのか。

さらに言うなら、完全に足を止めていた修也を何故彼らは狙わなかったのか。


「⋯⋯そういうことか」


11人の中には山宮の3年生もいる。

だがそれを見た修也は意味ありげに呟く。

まるで隠された意図に気付いたように。


「つまりこういうことだよね? 優勝できなくても、注目度の高い雅樹を倒せればそれだけで自分をアピールするには十分。だから君たちは俺が雅樹の注意を引いている間に、隙を突いて雅樹を倒そうと思ってたんだろ?」


ここで雅樹は思いだす。

試合前に烈が言っていた『協力して倒す』という言葉の意味。

あれは雅樹一人を手を組んだ全員が協力して倒すという意味だったのだ。


ヒューと小さく口笛を吹く修也。

それはまるで彼らを侮蔑するような響きだ。


「一年の雅樹を多人数で潰すなんてダサくない?」


先輩だろうが関係ないと修也は痛烈に言い放つ。

すると修也は雅樹に促した。


「続けよう。こんな人たちに付き合う必要なんてないからさ」


だがその時、バレたならもう構うことは無いというように11人の内の3人が雅樹と修也に向けて異能による氷と炎の弾を放った。

それに対抗するため防護障壁を発動しようとする雅樹。


しかしその弾は突如、何者かによる介入によって止められた。


「11対1。ハンデには十分かな」


間に割って入る形で現れたのは直人だった。

今の今まで戦いに参加していなかった彼が動いたのである。


「直人君! まさか彼らと一人で戦う気なのかい!?」


「ああそうだ!! 俺は今からそこの卑怯な11人を全員ブッ倒してやる!!」


「直人ってあんな感じのキャラだったっけ? キャラ変?」


そう言う修也と、迷うように視線を宙に彷徨わせる直人。

すると直人は小声で「あれ、アイツこんなんじゃなかったっけ⋯⋯」などと言っていたが、声が小さすぎてそれは誰にも聞かれなかった。

すると修也は、直人に向けてグッと親指を立てる。


「よろしく頼むよ直人!」


彼は直人を信じることにしたようだ。

そして直人もまた11人を相手にせんと向き直る。


「俺も全力で雅樹を倒す!」


修也の鎖がうねり、一気に網目のように鎖が絡まった。

そして修也が鎖を引くと、雅樹を覆うようにして鎖が飛んでいく。

細かな編み目になったそれは棒だけで逃げられるものではなかった。


(これじゃ、棒で叩くだけじゃ逃げられない!)


何とか網目を棒で無理やり抉じ開けると、その隙間から抜け出さんとする雅樹。

しかし遂に修也の鎖が雅樹の右腕を捉えた。


「捉えた! もうこの鎖からは逃げられないよ雅樹!!」


するとまるで草のツルが大木を下から覆っていくように、雅樹の体を這うようにして修也の鎖が雅樹の体をあっという間に縛ってしまった。


「クッ、やられた!」


「もう逃げられないよ。でもね雅樹、俺の鎖の本当の見せ場はここからだ!!」


その時である。

雅樹は軽いめまいを覚えて思わずクラリとよろめいた。しかし雅樹はこの感覚に覚えがある。何度も異能の練習をして、幾度となく魔力が欠乏した時のあの感覚だ。


「これは⋯⋯僕の魔力が奪われている!?」


「その通りだよ雅樹。この鎖は捕縛した人間の魔力を吸い取ってしまう力がある。このまま雅樹の持つ魔力を全部吸い取らせてもらうよ!」


このままでは雅樹は倒れて戦闘不能になる。

しかしこの状況を打開する方法が彼には思いつかなかった。


目を閉じる雅樹。

危機の時ほど心を落ち着かせ、そして活路を見いだせ。それは祖父の教えだった。

魔力がジワジワと吸い取られていき、どんどん足元の感覚がなくなっていくのが生々しく伝わってくる。


(⋯⋯まてよ?)


だが、ここで雅樹は閃いた。


(今、海野先輩は僕の魔力を吸収している。つまり僕の魔力を先輩の方に引っ張っているってことだ。でもそれって逆に⋯⋯)


時間がない。もうすぐ魔力が全て奪われてしまう。

理屈ではなく感覚で。雅樹は己の才覚に全てを委ねる覚悟で行動を起こした。


(うまくいってくれ!!)


そして雅樹は自身の魔力に意識を集中させた。

修也によって奪われていく魔力。だが雅樹は修也の方に引っ張られていく魔力を、一か八かで逆に”引っ張り返した”。


「うっ!!」


感覚としてそれは修也に伝わった。

同時に雅樹は作戦が成功したことを理解する。


「先輩の鎖の攻略法が分かった!」


すると今度は修也の息が荒くなってきた。

そして雅樹の魔力が猛烈な勢いで回復していく。


「先輩の鎖はいわば僕と先輩の魔力タンクを繋ぐパイプのようなもの。なら先輩が僕のタンクから魔力を持っていけるなら、その逆だって出来るはずです」


それを聞いた修也は思わず呟く。


「じょ、冗談キツイって雅樹。俺が自分の魔力を完全に制御できるようになるまで5年もかかったのに、それを即興でやっちゃうとか⋯⋯それも俺より強い力で」


そう言っている間にも、今度は雅樹によって修也の魔力が奪われていく。

このままでは逆にやられてしまうと判断したのか、修也は雅樹を縛っていた鎖を自ら解いてしまった。


そして自由を得た雅樹は、修也の魔力を吸収してより強力になっている。


「マジかよ。八重樫先輩にだって俺の鎖を攻略されたことないのに」


思わずガクリとうなだれる修也。

魔力のほぼ全てを雅樹に強奪された修也はもう異能を発動する余力もなかった。


「ミイラ取りがミイラになったってことか⋯⋯」


すると修也は「さあ、俺にとどめを刺してくれ」とその場で大の字になった。

しかし雅樹は動かない。とどめを刺すのをためらっていた。


「無抵抗の人間を倒すのは嫌だ、ってことだろ?」


「⋯⋯はい」


すると修也は、何と自ら自身を保護するシールドを外した。

シールドの解除は試合放棄と同義。つまり失格だ。


「あーダッセ。家帰ったら姉ちゃんに殺されるだろーな」


そう言って修也は、自らステージを降りていく。

対して、突然の修也の行動に困惑している雅樹。

すると修也は雅樹に言った。


「一度ガチで戦って知っておきたかったんだよ。皇帝とか、100年に一人の天才とか言われている雅樹の力ってやつをさ。それに⋯⋯俺は異能勝負では雅樹に勝てない」


修也は雅樹と自分との間に既に差があることを分かっていたのだ。

だから鎖で弱体化を図ることで雅樹を倒す道を選び、そして失敗した。


今の雅樹は魔力が漲りすぎて体全体に火花が走っている。

それはどれほど強力な異能が放たれるか、今の雅樹の状態からは推し量れない程だ。

すると修也は彼にしては珍しく肩を落とし、力無く笑った。


「八重樫先輩と戦った時でもこんなに絶望感は無かったよ。雅樹やべーわ」


修也は会場を去っていく。まるで自分のやるべきことは終わったというように。

こうして雅樹と修也の戦いは終わり、修也は自ら敗北を認めたのだった。


そしてもう一方の戦いは既に佳境に入っていた。


「オラ!! ぶっ飛べや!!」


「アア? パワーが足りねえんじゃねえのか?」


青銅の騎士を纏った烈と、真が壮絶な殴り合いを続けていた。

よく見ると真の体は強化障壁とマトイで覆われている。彼の使うマトイは、高校生としては十分すぎるほど高水準の出来だった。

だが彼らは互いに死力を尽くした結果か、両者ともにシールドは壊れる寸前だった。


「お前の青銅の騎士。まさかこの俺のマトイを受け止めるほどとは驚いたわ」


「テメエこそ⋯⋯やるじゃねえか」


烈のマトイはまだ不完全で安定していない。その点、安定した強度を誇る真のマトイとの性能差は雲泥の差だった。だがそれを青銅の騎士で補うことで、真とやりあえるだけのパワーと防御力を生み出していたのである。


「だがな⋯⋯俺はここで負けるわけにはいかないんや!! 俺の活躍を楽しみにしてる大事な家族に、俺は優勝トロフィー持って帰るって誓ったんや!!」


寺田真は大家族の長男だった。

家は貧しく高校の学費を出すことすら難しい状況の中で真は必死に異能を習得し、西の名門校である大和橋高校に特待生として入学を許された過去があった。


「俺は絶対にごっつい有名なDHになって大金稼いで、家族を楽にしてやるて決めとるんや!!」


そのために、スターズ・トーナメントで優勝して協会のスカウトに認められたい。

それが彼が今ここで戦う理由だった。


「そうかよ。けどな、家族のいねエ俺にそんなこと言われても同情できねえな」


だが、烈にはそもそも家族がいない。

彼は生まれた時からずっと孤児院で孤独な生活を強いられていた。

すると烈は大声で言った。


「優勝したい理由なんて一つだろうがよ! 勝ちたい、ただそれだけだろうが!」


すると、真もそれに頷く。


「その通りや。優勝もDHになる夢も勝ちさえすれば叶う。簡単な話やな」


ニヤッと両者が笑う。

それは志が一致した証だろうか。


「負けても恨むんじゃねえぞ!!」


「こっちのセリフや仁王子イ!!」


そして両者の拳が交わった。

全力の一撃がぶつかり、シールドが割れる音が聞こえる。


ある者はその瞬間に勝利を、ある者は敗北を悟った。


「へへ⋯⋯俺は全力出し切ったで」


「俺もだ」


ガキッとシールド機器が故障する音が聞こえる。

余りの威力に耐えきれなかったようだ。


「お前もっとるなあ⋯⋯最後の最後に、お前のマトイが安定しおったわ」


壊れたシールド機器が落ちる。

壊されたそれは、真のものだった。


「いや、これは偶然やない。必然だったのかもしれんなあ⋯⋯」


ハア⋯⋯と溜息をつく真。

そして彼は言った。


「楽しかったで、仁王子」


バタッと倒れる音。烈と真の一騎打ちは烈に軍配が上がった。

烈はそれに振り返ることなく雅樹に視線を送った。


「皇帝様は川野とはもう終わったのか?」


「海野先輩ね」と訂正してから雅樹は口を開く。


「やっぱり、最後は仁王子君と⋯⋯」


すると雅樹はもう一人の人間に視線を送る。

パンパンと手を叩いて、服に付いた土を掃う直人がそこにいた。

直人の後ろには見事に積み上げられた11人の気絶者もとい人間ピラミッドがある。


「こうなると思ってたぜ。だがお前らにも俺は容赦しねえ」


今の烈は安定したマトイがある。

また雅樹には修也の分も合わせた魔力がある。


「僕だって本気で戦うよ。だから仁王子君、直人君。君たちにも全力でかかってきてほしい」


そして雅樹と烈の視線が同時に直人の方を向く。

すると一瞬だけ直人がフッと笑う。

だがその時、突然直人の体に異変が起きた。


「うっ! やっぱり11人を相手にするのは難しかった⋯⋯」


突然倒れる直人。

見ると、彼の体を覆っていたシールドがいつの間にか割れている。


「直人君!」


「テメエ、抜け駆けは許さねえぞ!」


「ゴメン⋯⋯どうやら俺はここまでみたいだ」


「やっぱり11人を一斉に相手にするなんて無茶だったんだ。僕の力が及ばなかったばかりに⋯⋯!」


「き、気にするな光城。後は⋯⋯二人だけで勝者を決めてくれ」


そしてガクッと力尽きる直人。だが、どことなくその仕草は嘘くさい。

無理矢理立ち上がらせようと烈が直人の襟首を掴もうとしたが、それよりも先に医療班が間に割って入ると力尽きた直人を担架に乗せてステージ下へと連れて行った。


「あのバカ野郎が。後でシメてやる


「直人君、助けてくれてありがとう。この借りはいつか必ず返すよ」


何となく違和感を感じている烈と、直人が死力を尽くして雅樹たちを守ってくれたと感じている様子の雅樹。彼らは両者各々の反応を見せた後に向かい合う。

そして烈は青銅の騎士にマトイを、そして雅樹は異能を発動する。


「お互いの全力で全てを終わらせよう!」


「勝つのは俺だ!! 最強の座は俺の物だ!!」


雅樹の右手が虹色に光り始める。

これは異能ランクA級+の超高難度奥義。

それに溢れんばかりの魔力を乗せて、雅樹は異能を発動した。


流星超斬メテオバスター!』


「オラアアアアアアアアッッ!!」


強大な魔力の渦が生まれ、そして両者が衝突する。

青銅の騎士と虹色の矛が交わり、そして眩い火花と閃光が会場を包んだ。


会場にいる観衆もその閃光の凄まじさにどちらが勝ったのかがまるで分らない。

だが両者がぶつかり、光が収まってきたその時にその場に居る全員が確かに見た。


ステージの中央にて倒れている人影が一人。

そして右手を高々と突き上げているもう一人の姿を。


「勝った⋯⋯!!」


極限まで魔力を圧縮していた右手からは煙が立っている。

だがそれでも彼は、自分が勝者であると誇示することを止めなかった。


目の前で倒れている男から青銅の輝きが失われていく。

そしてその男、仁王子烈を覆っていたシールドが砕けた。


「勝ったのは⋯⋯僕だ!!」


この瞬間スターズ・トーナメント個人戦、男子の部優勝者が決定した。

右手を突き上げ、スポットライトの中央で勝利の余韻を噛みしめる。


幾多もの戦いに勝利し、栄冠を掴んだのは雅樹だった。



===========================



なお、試合終了後。


会場を出て、スタジアムから大歓声が聞こえてくるのを外から聞く直人。

人気の少ない裏道に入ると彼はゆっくりと歩く足を止めた。

そして周りに誰も居ないのを確認すると、彼は深々と溜息をついた。


「葉島⋯⋯この借りはきっちり返してもらうからな!」


すると直人は顔を覆っていたマスクを剥ぎ取った。

その下から現れるのは、直人とは全くの別人。


『お前は俺と背格好が似てるし実力もある。だから俺の代わりに試合に出てくれ』


『ふざけるな葉島!! だれがそんなことするか!』


『そうか、なら仕方ない。実はお前があのコスプレ衣装に着替えている姿をこっそり写真に撮って保存しておいたから、それをお前が仕えている櫟原凜に送ってやろう』


『な、な、な、なななな⋯⋯!!』


『一生の黒歴史だな。でもお前がこの提案に賛同しないなら仕方がない。ついでにお前が女子高生もののコスプレをしているコラ画像も作ったから全部送ってやる』


『分かった! 分かったからそれだけはやめてくれ!!』


『俺は決勝には出れない。だからうまくやっておいてくれ』


というメールでのやり取りと、大会前の完璧なタイミングで彼の元に送られてきた直人の顔を完璧に再現しているマスクと大会の参加証、そして山宮の制服。

それはまるで事の全てが直人によって操作されていたかのだった。


「試合に出るとは言ったが、お前の代わりに優勝する義理なんてない!」


何故直人の皮を被った彼が途中で戦線離脱したのか。

それは単純に、直人に優勝の称号を与えるのだけは我慢ならなかったからだった。


「覚えてろよ葉島!!!」


そんな脅迫じみたやり取りの末に大会に直人の代役をやらされた哀れな少年の名は赤城原翔太郎。彼は直人のマスクを剥がし何回かマスクを足で踏みつけ、参加証を破り捨ててゴミ箱に捨てる。そして翔太郎は肩を怒らせてそのまま会場を去っていった。

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