第157話 ザラキエル

部屋を眩い光が満たす。

そして光が収まった時、そこには二人の人間がいた。


「凍り付いた天秤を動かす時が来た」


そう話すのは、ドン・ファーザー。

彼の手には網で捕縛された理沙がいる。


「グウ⋯!!」


唸る理沙に杖を向けるドン・ファーザー。

しかし彼はここで理沙を床に転がした。


「一度は仕留め損ねたが、もう同じミスを犯すことは無い」


理沙に対峙するドン・ファーザー。

すると彼は唐突に言い放った。


「偽りの皮を捨て、真の姿を見せるのだ」


それは、確信に満ちた言葉だった。

ハッタリでもなければ、ブラフでもない。ただ純粋に目の前の存在に対して明確な確信を持ったうえで彼はそう言っていた。


「貴女のやり方は知っている。寄生虫のように配下とした哀れな操り人形を拠り所とし、人形を使って標的を殺す。今までこのやり方で何人の命が奪われたことか」


クルクルと杖を回し、トンと床を突く。

だがその手は、普段よりも強張っているように見えた。


「地獄の業火が罪人を待っている。両翼は捥がれ、地に堕ちた天使はもう二度と空を飛ぶことは無い」


ドン・ファーザーは異能で生み出した白球で部屋を照らす。

するとそこには、世にも悍ましい光景が広がっていた。


部屋はどす黒い血に染まり、生命の気配は消え失せている。

人間だった物体が部屋に倒れ伏し、静寂が部屋を包む。

そこには死に絶えた男たちの亡骸が積み上げられていた。

その亡骸たちの胸元には『MF』というエンブレムが刻まれていた。


「利益を生み出せなくなった飼い犬に用はない。だから殺したのか?」


ドン・ファーザーがそう語りかける。

その語り掛ける先には理沙がいた。

すると、その瞬間である。


『所詮は、アタシたちの助けがなければ力を得られなかったくせに、力と命欲しさにアタシに歯向かおうとしてきたから殺し返しただけ』


それは、理沙の口から放たれた言葉。

だが何かがおかしい。今までは会話にもならないような呻き声を放つだけだった理沙が、突如として饒舌に話し始めたのである。

それも戦っている時ですら表情を浮かべなかったはずの理沙が、突然に笑みを浮かべ始めたのだ。それも見る人間を恐怖で凍てつかせるような恐ろしい笑みを。


『それは君もおんなじでしょ? ね、アルベルト』


アルベルト、という言葉を聞くやドン・ファーザーから濃い魔力が放出された。

それはその言葉が殆どの人間が知りえない言葉であるが故か。


『組織を裏切る人間は数えてらんないほどいたけど、大事な予言を盗み出した上に"生き返った人間"は君が初めてだったよ』


その時、理沙の体に異変が起きた。

彼女の腹部を突き破るようにして内部から細い腕が現れた。

体の内部から現れた腕はまるで理沙の体をビニール包装を破るかのように平然と、理沙の腹部を引き裂く。


『教えて♡ 何でアルベルトは”一度死んでるのに”生き返ったの?』


そして、理沙の体内から小さな影が現れた。

全身血まみれでも闇夜で怪しく光る赤と青の瞳だけは変わらない。

その姿を見た人間は誰しもが、それがまともでないと悟るだろう。

それほど現れた小さな影は化物じみたオーラを放っていた。


「直接会うのは、フランスで戦った時以来だね」


小さな少女、その年齢は10歳にも満たないくらいに見える。

髪は金で肩のあたりでバッサリと切られているが、今は理沙の体の血でマーブル柄に赤く染まっている。着ている服はまるで黒い喪服のようだ。


「昔からお変わりなく、大変に趣味の悪い住処を堪能されているようで何よりだ。血染めの邪眼使い、ザラキエルよ」


ザラキエル。それが少女の名前だった。

するとザラキエルは血の滴る自らの手をペロッと舐める。


「アハッ♡ 三下が言うようになったじゃない。それとも、一度死んだから頭がおかしくなっちゃったのかな?」


「確かに私は一度死んだ。マルセイユで貴女に心の臓を握りつぶされ、私は『ブドウ畑の真ん中で』死んだはずだった」


するとドン・ファーザーは上着とマントを脱ぎ捨て、自らの胸をさらけ出した。

それを見たザラキエルはニヤッと笑う。


「ゾンビみたい♡」


「人をゾンビ化する貴女にゾンビと呼ばれる日がするとはね」


『6人の悪魔は5人となり、ブドウ畑の中心で男は女に死を与えられる。女は偽りの皮を被り、同士を探しに往くだろう。気づいても、気づいてはならない。女に逆らってはならない。気づけば道化師の道を歩むだろう』


これはラミアの予言に記された未来に起こる避けられぬ真実。

確かにブドウ畑の真ん中で殺された男がいた。

そう今この瞬間に立っているこの男こそ、予言に記された男。

そして偽りの皮を被り、男を殺害した女こそ⋯⋯


自ら文字通り胸中を開かしたそこには衝撃の光景が広がっていた。

ドン・ファーザーの心臓があるはずの所には、ぽっかりと穴が開いていたのである。

しかしドン・ファーザーはこうして自らの足で立って話している。

それはまるで彼がゾンビであることを示すようだった。


「君は確かにアタシが殺したはず。なのに何で生きてるの?」


話はおよそ一か月ほど前に遡る。

フランスのマルセイユにて壮絶な戦いを繰り広げた二人がいた。

そして結果はそのうちの一人が心臓を潰されたことによって幕を閉じ命尽き果てたその人物は、そこで一生を終えるはずだった。


その二人こそ、ここにいるドン・ファーザーとザラキエルだったのである。


だが、その男は何故か生きていた。

確かに心臓は失われ、体から命は消えているはずなのに。なのにその男は生きていた。


「全ては天が私に与えた最後のチャンス。この機会を逃すわけにはいかぬ」


シャツを閉じ、胸の穴を隠すドン・ファーザー。

しかしそれを聞くザラキエルはそれ以上まるで興味がないとでも言う様な様子である。すると彼は杖をギュッと握り締めた。


「コード・ゼロが死んだそうだな」


「あ、そのこと知ってたの?」


「それは、アークテフェス社に『欠員』が生まれたということを意味する。私の持つ予言の力は先往く未来を見通す。お前たちが誰を仲間に招き入れようとするか、私の未来を視る目は確かに考えられる限り最悪の未来を示していた」


すると、ザラキエルは笑みを浮かべて言った。


「悪い話じゃなかったはずだよね♡ 君が予言を持ち逃げしたのも、組織を裏切ったことも全て忘れてあげるから、それと引き換えに君の娘を渡せって言ったら⋯⋯」


その瞬間、ザラキエルの両目の魔眼がギラリと光った。


「君は断った。だから、君を殺したんだよ⋯⋯予言通りにね」


「愛しいジャンヌに、私と同じ道を歩ませるわけにはいかぬ。今ここで、もう一度私と戦えザラキエル!」


その瞬間、ドン・ファーザーが魔力を暴走させた。

そして闇の中から三体の影人形が現れる。

すると現れた影人形が三つに合わさると、ドン・ファーザーと融合していく。


そして手に持っていた杖はいつの間にか銀色のレイピアの剣に、そしてドン・ファーザーは黒い甲冑を纏った一人の騎士の姿へと変貌した。


「この姿になるのは、私がかつて騎士王を名乗っていた時以来だ」


カチャリと音を立てて剣の先を余裕で佇むザラキエルに向けるドン・ファーザー。


「フランスで戦ったあの時の経験で貴女の力は把握している。確かに恐ろしい力を持っているが、この力を解放した私であれば⋯⋯」


八の字に刃先を動かし、ドン・ファーザーは一瞬の内に闇に溶け込んだ。

黒い甲冑は闇に完全に同化し、部屋の中を超高速でジグザグに疾走しながら剣を振り上げる。


「ここで貴女を仕留める!」


一瞬で背後を取るドン・ファーザー。

タイミング、角度、スピード、その全てが完璧。

例え仕留められずとも、刺突の一撃は確実に通る。

そんな確信の元にドン・ファーザーは渾身の一撃を放ち⋯⋯


パシッ。


「で、誰がアタシを仕留めるって?」


小さな少女の人差し指と親指が刃先をつまんでいる。

それを見るドン・ファーザーの目は大きく見開かれている。

これ以上ないほどの力で剣を押しているはずなのに、剣は前にも後ろにも動かない。


「お疲れさま♡」


それは小さな少女にはとても似合わぬ膂力だった。

甲高い金属が叩き折られる音が部屋に響き、目の前で手に持っていた剣が真っ二つに叩き折られたのを視界で捉えるドン・ファーザー。

折れた剣は元の木の杖に戻ると、そのまま窓を突き破ってビルの外に飛んでいく。


「アタシが普段、何で魔眼で作ったお人形さんに戦わせてるか知ってる?」


ザシュッ!という音と、黒い甲冑を貫く小さな白い貫手。

ドン・ファーザーは、動いたモーションすら目で捉えられなかった。


「だって、手加減するの面倒でしょ♡」


ザラキエルは、俗にいう戦闘狂である。

だが彼女が何よりも好きなのは狙った対象をじっくりと痛めつけ、絶望を見せてから息の根を止めることだった。

そのためにザラキエルは敢えて『瞬殺』しない。

力の差があるのなら、僕の人形に殺しをさせる。それが彼女のやり方だった。


「じゃ、君もお人形さんになろっか♡」


そしてザラキエルは魔眼を光らせる。

彼女は脳裏に彼女なりの最高のシナリオを描いていたのである。


「君を人形にした後、君の娘を君の手で殺してもらおっと♡ 君の顔を見て安心したジャンヌ・ルノワールが君に殺されるところを見られるなんて想像しただけで⋯⋯」


ケタケタと大笑いするザラキエル。

それに合わせるようにギラギラと闇夜を照らす彼女の魔眼は、ドン・ファーザーを自身の僕にせんと邪悪な光を放つ。


「さあ、お人形さん♡ これからは全部アタシの言うことを聞くこと♡ もし聞かなかったら⋯⋯」


だがその時だった。


「聞かなかったら、何だ?」


ザラキエルの腹を銀の光が貫いた。

血の滴るレイピアの刃がザラキエルの胸部を貫通している。


「言ったはずだ、私は既に一度死んでいると。つまり今の私は何者かの、君以外の誰かの手によって”既に”ゾンビ"にされているのだよ」


残る全ての力を結集してドン・ファーザーは、ザラキエルに刃を突き立てていた。

ケホッ、とザラキエルが声を漏らす。口からは血が滴り落ちていた。


「君の魔眼は、どうやら既にゾンビになっている人間を配下にすることは出来ないようだな」


剣をザラキエルから抜くドン・ファーザー。

見るとその傍らには残された力を使って生み出した影の三銃士の弱々しい姿があった。ドン・ファーザーは完全な死角からザラキエルを刺し貫くために『自分自身の背後から』自分ごと彼女を刺していたのだ。

そして役目を果たした影の三銃士は、その一突きを置き土産に姿を消す。


「驕ったなザラキエルよ。その一瞬の油断が君の弱点だ」


力を使い果たしたのか、膝をつくドン・ファーザー。

しかし確かな手ごたえを口にしていた。


「⋯⋯してやる」


その時、ザラキエルがボソリと言った。

だがそれは今までの人を嘲るような響きではない。


「あー、やっぱり君は面倒だね。うん、すっっごく面倒でクソムカつく」


あくまで口調はフランクだ。

まるで友人に冗談で口にするかのようなそんな口調だった。


「⋯⋯君をこの世から消してやる♥」


それは火山の噴火の前兆、巨大な天変地異の前触れだった。

自分は既に命を失い、捨て身で戦場に飛び込んだ身であると理解していたはずだ。

だがドン・ファーザーはその瞬間に感じた。

ザラキエルの単純なその一言を聞いた瞬間に、形容できぬほどの底知れぬ恐怖を。


ザラキエルはもう笑っていなかった。

最後に見たのは彼女の、色が消えて真っ黒になった瞳孔の無い瞳。


『魔法第二形態発動』


それが、ドン・ファーザーが聞いた最期の言葉だった。



=====================



「何なの⋯⋯!?」


ビルを猛スピードで駆けあがるジャンヌ。

だがその途中で彼女は、信じられない程の凶悪な魔力の波動を感じていた。

それに掻き消されかけているが、確かに最上階からは自分の慣れ親しんだドン・ファーザーの魔力も微かに感じる。


「あり得ない。こんな力を持つ人間が存在しているはずがないわ」


本能が、これ以上先に行っては危険だと警告している。

しかしジャンヌはそれでも歩みを止めない。

そして遂に彼女はビルの最上階へと到着した。


「⋯⋯!!」


その先には、階段の先で倒れ伏す男の姿があった。

外傷はないように見えるが、意識を失って倒れている。


「そんな⋯⋯まさか殺されて⋯⋯!!」


男の元に駆け寄るジャンヌ。

彼女は昔にドン・ファーザーから習った医療異能を使って男の蘇生を行おうと必死に異能を構築する。


「⋯⋯ウッ!」


すると男がパチッと目を開けた。

どうやら蘇生に成功したようだ。


「お前は⋯⋯日本人ではないな。何者だ?」


壊れかけの翻訳機から微かに漏れ出るのは中国語だ。

男の手には赤いメタリック塗装がされた銃がある。


「私はジャンヌ。アナタは?」


「職業柄、名前を名乗ることは出来ない。だが私を蘇生してくれたことには感謝する」


そう言って立ち上がるのは、炎龍風だった。

建物の崩落に巻き込まれた彼は何とか生還していたのだ。

だがその彼が何故こんなところで気絶していたのか。


「あの人間はどこに消えた⋯⋯もう追っても無駄だろうがな」


そう呟く炎龍風だったが、ここで彼は眉をひそめた。

彼もまたジャンヌ同様にこの建物に充満する凶悪なオーラに気付いたのだろう。

するとジャンヌを見て彼は口を開いた。


「ジャンヌといったな。お前はここに来る前に、妙な人間に出会ったことはあるか?」


「妙な人間?」


「顔を隠し、長いロングコートを着ていた。性別は不明瞭で⋯⋯」


少し思い出すように言葉を切る炎龍風。

暫くしてから彼は言った。


「腕に光り輝く腕輪をしていた」


「腕輪⋯⋯?」と首を捻るジャンヌ。

それを見て彼女が何も知らないのを察したのだろう。


「私はそいつに妙な力で気絶させられたのだ。奇妙奇天烈な赤と青のコスプレ野郎に仕事の邪魔をされたと恥を忍んで依頼人に報告しに行ったは良いものの、依頼主共はどこぞの馬の骨とも分からん奴に全員が殺されていたのでもう私のビジネス外だ」


「殺され⋯⋯!」と声を出すジャンヌ。

しかし炎龍風はそんなことを気に留める様子もなく続けた。


「そして、丁度私と同じ時間に奇怪な腕輪の人間が現れた。どうやら奴は私が依頼人共を殺したと勘違いをしたようで、意味不明な日本語を言っていた。『予定が台無し』とか『余計なことをするな』とか言っていたが、相当怒っていたようだ。だが、そこから先は気絶させられてしまったので詳しいことは知らぬ」


どうやら彼が気絶していたのにはそんな経緯があったらしい。

しかし彼の言葉は、後から聞こえてきた甲高い声によって掻き消された。


「加藤さん!!」


ジャンヌよりも早くに到着していた、椿の声だった。

見ると椿の目の前には一人の女性の姿がある。


「無事⋯⋯だったんですね」


そこにいるのは加藤理沙だ。

青白い腕が椿に伸ばされ、椿はそれを掴もうと同じく手を伸ばす。


「ツバキ! ダメ!!」


だがそれをジャンヌは叫んで止めた。

ピタリと止まる椿の手。突然現れた二人の異国人の存在に驚いたようだ。


「だ、誰ですか⋯⋯?」


「その人に近づいちゃダメ! その人は、その人は⋯⋯!」


「この人は椿の恩人なんです! 近づいちゃダメだなんて⋯⋯」


と、その時である。

理沙の顔が横で叫んだジャンヌに向いた。

その瞬間である。


「⋯⋯娘よ。アレは人間などではない、鬼の生まれ変わりだ」


炎龍風の声は、今までになく緊迫していた。

だがそれはジャンヌも同じ。いや、それ以上だったかもしれない。

ジャンヌを見る理沙の顔は初対面であれば絶対にありえないような表情だったのだ。まるで長年探し求めていた秘宝を見つけたかのような、強烈な欲望と執念を感じさせるような底冷えする笑みを浮かべていたのである。


そして、理沙は動いた。


ドスッ。


「⋯⋯え?」


『ジャンヌ見っけ♡』


理沙の腹部から伸ばされた腕が、椿を貫いていた。

何が起きたのか理解できていない椿。だが現実は無常に目の前で起こる事実として、彼女の前に現れることとなった。


ビリビリと裂けていく理沙の体。

まるで着ぐるみを破るかのように不自然に崩壊していく理沙の体から現れたのは小さな少女。その少女の手は椿の体を貫通していた。


『君、だれ? 死んでくれない?』


その少女、ザラキエルが椿を貫いた理由。

勝手に話しかけてきて邪魔だったから。ただそれだけである。


「かとう⋯⋯さん」


果たして目の前のそれが理沙ではないと椿が認識できていたのかは定かではない。

だが、自分が瀕死の重傷を負ったことだけは恐らく理解したのだろう。


「ごめ⋯⋯んなさい」


誰に対しての謝罪かは分からない。

それを最後に、椿は倒れた。


「ツバキ!!」


「待ってたよジャンヌ♡ 君が来てくれるのをずーっと待ってた♡」


「パパは何処! 貴方は何者なの!?」


「ドン・ファーザーはもう居ないよ。アタシが消したから♡」


「消した」というザラキエルの言葉をジャンヌが信じたのかは定かではない。

だが少なくとも、先程まで感じられていたはずのドン・ファーザーの魔力は跡形もなくなくなっていた。


「お人形になるか、アタシたちの仲間になるか。特別に好きな方を選んでいいよ♡」


「ふざけたことを言わないで!!」


その言葉は、ジャンヌの逆鱗に触れた。

目の前のそれは、完全なる敵であると断言し、そして全身全霊をもって倒すべき存在であると理解させるには十分すぎる何かを放っていた。


「娘よ。私は仕事以外では殺しをしないのだがな⋯⋯」


するとジャンヌの後ろでカチャリという金属音が聞こえた。


「昔、とある仕事を受けた時に聞いたことがある。見た目はガキだが、恐ろしく強い化物じみた女がいるとな。邪悪な魔眼を持ち、今までに数えきれん程の人間を殺しているという噂だ。その中には私の同胞、幼馴染も含まれている」


愛銃、焔麒麟をホルダーから取り出す炎龍風。


「勘違いするなよフランス娘、これはお前の手助けなどではない。無念の内に死んでいった私の同胞たちへの手向けにあのガキの首を持ち帰りたいだけだ」


フウと息を吐き、魔力を集中させるジャンヌ。

彼女の周りを強烈な冷気が渦巻き、大気にダイヤモンドダストが生じる。


「貴方が何者かなんてもう気にしないわ。私のパパを傷つけたのなら⋯⋯理由はそれだけで十分」


彼女のその言葉が、開戦の合図だった。

ザラキエルの暗黒のオーラと、炎龍風とジャンヌの魔力が重なり合う。


そして戦争が始まった。

どちらかが力尽きるまで終わらないサドンデスマッチ。

記録に残りさえすれば伝説的な一戦になったであろうそれは、

死屍累々の地獄の中でゴングの鐘を鳴らしていた。


そんな中、ピクリと椿の手が動いた。

果たしてそれが意識的な動きだったのかは彼女のみが知る話。

彼女は懐から小さな黒いブザーを取り出した。


それは臥龍から送られた物。

ボタンを押せば直人が助けに来てくれる。そう書かれていたそれを、椿は手に取っていた。


果たしてこの状況で普通の男子高校生に過ぎぬ直人を呼ぶことに何の意味があるのか。普通の状態だったら、椿はそう思って押すのをためらっただろう。


だが、椿はボタンを押した。

そしてそれを最後に彼女の手は動かなくなった。

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