第155話 真実

ホテルに戻った直人。彼は扉を固く閉じる。

試合は終わり、結果は直人の勝利という形で幕を閉じた。

だがしかし、事態は前代未聞の状況に進みつつあった。


直人は、数時間ほど前に起きた出来事に思いを馳せる。


『葉島。試合終わりのところ悪いが、警察の方がお前に話があるそうだ』


試合を終え、控室に入った直人を待っていたのは八重樫。

彼の横には、大挙してやって来た警察と数人のDHがいる。

その後ろには大会関係者の姿もあるようだった。


『君が葉島直人君で間違いないかな?』


待っていた警官の一人が、直人にそう言う。


『先程の試合で起きたことについて、君に話を聞きに来ました』


蔵王戒坐は王の御前の力によって『消滅』した。

王の御前を御しきれず、彼は自分自身の力に消されたのだ。


『僕は、殺人容疑に問われるんですか?』


そう尋ねたのは直人だ。しかしその問いに警官たちは首を横に振る。

実は直人は後になって知ったことなのだが、あの試合は後半から全国放送を打ち切られていたらしい。危険な試合になることを想定していた放送局が直人の公開処刑が起きると予期してか試合の配信を止めていたらしいのだが、結果的にその配慮は全く違う展開で生きることになった。


『そう悲観的になるな葉島。状況を見るに、あれは事故だ。警察の方の質問に嘘偽りなく答えれば何も問題はない』


そう応える八重樫の言葉に内心舌打ちする直人。

それが出来れば苦労はしない。直人の立場からすれば、警察の質問に一切の嘘偽りなく答えることは限りなく不可能に近いのだから。


『それと、もう一つ。君はあの蔵王君が使っていた能力を知っているのかな?』


そう尋ねる警官。

それに直人は平然と答えた。


『いいえ。僕はずっと操られていて何が起きたのか分かりませんでした』


『それは本当かい? 君が彼と何かを話していたように我々は見えたよ?』


直人の言葉に一抹の違和感を感じたのか、そう尋ねる警官。

だが直人は頑なにそれを認めない。

すると尋ねていた警官の上官だろうか。やや年配の警察官が直人の所にやってくる。


『嘘はつかない方がいいぞ葉島君。我々は君を信用しているが、嘘をつかれないことが前提だ。警察には嘘を見抜く異能が使える異能力者もいる。あまりにも君の態度が疑わしいようなら、異能を用いた尋問に切り替えることにもなりえるぞ』


脅しか、それとも警察の勘が直人の嘘を見抜いたのか。

いずれにせよ、直人にとっては面白い話ではなかった。


『葉島君には、後日もう一度お話を聞かせて頂くことになる。今はまだ動揺もあるだろうがまずは休んでくれたまえ。では、失礼するよ』


そう言って去っていく警察官たち。

するとそのうちの一人が、直人に袋に入ったアイスキャンディーを渡した。


『試合の後で疲れただろうし、アイスをあげるよ。これで頭を冷やすといい』


それを受け取る直人。

味はソーダ味だろうか。水色の綺麗な色だ。

それを片手に掴んだまま引き上げていく彼らを見送る直人。


『恐らく、大会始まって以来の死亡事故だ。葉島も災難だったな』


そう言う八重樫は少し疲れたように椅子に座った。


『現在、この大会をこの後も続けるかどうかを運営本部が審議している。だが、今の時点では続行されるだろうということだ。蔵王戒坐が使っていた能力の正体も結局よく分からないないまま終わってしまったが、一先ず葉島、お前が無事で何よりだ』


そう言う八重樫の手には賢者の石が転がされている。

これも直人が試合後に聞いた話なのだが、八重樫は直人が命の危機に瀕した時には直人を守るために試合に乱入するつもりだったらしい。それも八重樫だけでなく、ステージ裏には烈、陽菜、俊彦の三人まで待機していたというから驚きだ。


『僕を守ろうとしてくださったんですか?』


『蔵王の危険性は周知の事実だったからな。葉島に万が一のことがあれば、守るために最善を尽くすのは当然のことだ』


ありがとうございます、と礼を言う直人。

すると八重樫が話を変えるように直人に尋ねた。


『ところで女子の部の方だが、お前は結果を聞いているか?』


八重樫は、直人の試合の前に行われていた女子の部の結果を直人に告げる。


アンナを筆頭にした生徒会メンバーも順当に勝ち上がり、ベスト16入りを決めている。そして唯一、一年生で本戦に残った陽菜は大和橋高校の西宮瑞希と対戦した。


しかし、激闘が予想されていたマッチメイクとは裏腹に結果は意外なものとなった。

結果から言うと、拍子抜けするほどにあっさりと陽菜が勝ってしまったのである。


『星野が裏でキレていたぞ。あんなに簡単に負けるなんてあり得ないとな』


アンナもあくまで山宮学園の生徒とはいえ、仮にも昨年激闘を繰り広げた間柄とあってはあっさりと負けてしまった瑞希に苛立ちを感じているのかもしれない。

とはいえ、直人は試合を見ていないためそれ以上の詮索は出来ない。


『千宮司さんが対策をしっかりとした結果でしょう』


『俺もそう思ったのだがな。しかし星野いわく、西宮瑞希の様子は明らかに本来のものではなかったと言って聞かないから困ったものだ』


そう言いながら肩を竦める八重樫。

すると彼は立ちあがってポンと直人の肩に手を置く。


『俺はお前に何も非がないことを理解している。だから⋯⋯まずは休め』


そう言って直人から離れようとする八重樫。

しかしここで直人は八重樫に対して口を開いた。

それはもしかすると、直人が八重樫の行動の節々に少しだけ無理するようなニュアンスを薄々感じていたからかもしれない。


『⋯⋯ところで八重樫先輩。お姉さんの話は事実なんですか?』


直人はポケットから、八重樫に託された姉の形見を取り出した。

戦いの間も直人はこれを持って常に戦っていたのである。


『葉島が気にすることではない。試合中のお前に余計な情報は不要だ』


後ろを向いてそう言う八重樫。

しかし直人は気づいた。八重樫の拳が強く握り締められていることに。


『話してください。先日のお姉さんが危ない状態であるという話は事実なんですか? 形見を託されている僕なら、聞く権利はあるはずです』


すると、八重樫はポツリと言った。

それは普段の凛とした様子とは明らかに違う。


『⋯⋯事実だ。ここ数日になって、姉の容体が急激に悪化したらしい。だが両親は試合を目前にしている俺を気遣ってこのことを黙っていたらしいんだ』


その言葉に、言葉を返せない直人。

すると八重樫は言葉を続けた。


『恐らくもってあと数日。俺がここにいる間にも、姉は死に近づいている⋯⋯」


それを聞いた直人は、八重樫に言う。


『今すぐ、お姉さんの所に行ってあげてください』


『だが俺には山宮の団長としての責務が⋯⋯』


『そんなのどうだっていいじゃないですか』


ここで直人は、八重樫に続けて言った。


『僕の知り合いには、もう二度と会えない間柄になった兄妹がいます。そして先日、その兄が亡くなりました。お兄さんは大きな罪を背負った人でしたが、それでも妹は兄のことをずっと忘れずにいたんです。恐らく、それはお兄さんも同じ。きっとお兄さんは妹に会いたいと思いながら逝ったんだと思います』


それを言う直人は、僅かに唇を噛む。

それが何故なのかは口に出しては言えなかった。


『行ってください。お姉さんはきっと八重樫先輩に会いたがっているはずです』


それを直人に背を向けて黙って聞く八重樫。

だが暫くして、小さな声で言った。


『⋯⋯星野に相談する。俺が抜けても大丈夫かどうかを』


そして八重樫は部屋を出ていった。

だが何となく直人には確信があった。

きっと八重樫は姉の所に行くだろうという確信が。


軽く溜息をつくと、ふと直人は手に持っていたアイスキャンディーを見る。

部屋の気温でジワジワと溶け始めているそれを少しだけ見た後、袋を開けてアイスキャンディーを一つ取り出す直人。


冷たくて美味しそうなアイスキャンディーだ。

水色の澄んだ氷が食欲をそそる。

半ば無意識的にそれを直人は口に入れようとした。


(⋯⋯ん?)


しかしすぐに直人は何かに気付いて口からそれを放す。

とても常人には違いすら感じられないであろうほどの匂いの違い。だが直人の嗅覚はアイスキャンディーから漂う匂いに僅かな”何か”を感じとった。


(香料とは違う科学的な独特の匂い。嗅ぐだけで頭が少しだけクラリとするようなこの感覚。もしや⋯⋯)


数秒ほどそれを見つめた後、直人は深く溜息をつく。

そして袋を全開にし、控室にあった流し台に近づくとそこで袋をひっくり返した。

コロコロといくつものキャンディーが流しに捨てられていく。しかし水道の蛇口をひねり、水に当たるとそのキャンディーたちは次々と溶けていく。


するといくつかのキャンディーの中から、半透明な液体がトロっと零れ落ちた。それは明らかにキャンディーに付属していたものではない。誰かが仕込んだものだ。

部屋中に広がるツンとするような匂い。すぐに直人は換気扇のスイッチを入れる。


『超強力な自白剤。一回口に入れればすぐに意識を飛ばすレベルのものだな』


恐らく仕込んだのは、何としても直人の口を抉じ開けたかった警察関係者だろう。

グシャっと空になった袋を強く握りしめる直人。そして全てのキャンディーが溶けたのを確認した後、直人は袋をゴミ箱に投げ捨てた。


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そして、控室を出てホテルへと戻る直人。

しかし帰り際に直人は、顔を知る二人の姿を見た。


『無理したらアカンぞ瑞希。今すぐ病院行こう』


『構わんでください⋯⋯ウチは大丈夫です』


大和橋高校の寺田真と西宮瑞希だ。しかし、様子が少しおかしい。

瑞希の様子は立つのも限界という様相だ。

すると真が直人の姿を見つけると手を振る。


『おう、山宮の一年やないか。エライ災難やったな、俺も試合は見てたで』


二人に近づく直人。そして直人は真の話を聞く。

すると真は瑞希を支えながら言った。


『昨日からずっと瑞希の調子が悪いんや。お前らまさか、瑞希が周りの魔力に影響されるのを知ってトラップを仕掛けたりしたんか?』


そう言って直人を一瞬睨む真。

しかしすぐに『冗談や』というと口を開いた。


『瑞希は偉い神主さんの家の育ちで、澄んだ魔力の中で育ってきとるんや。そんで魔力の質に人一倍敏感で、魔力が濁っているところだと体調が悪うなることは珍しくないんやけど⋯⋯今回は何時にも増して酷いな』


聞くところによると、どうやら瑞希は昨日の夜から異常な体調不良に襲われているらしい。そして瑞希は生まれつき外気の魔力に敏感なために、今回の体調不良も魔力による影響が大きいと真は考えているようだ。


『俺も今日の試合は棄権せえって言ったんやけどな。どうしてもおたくの星野アンナにリベンジしたいって言って聞かんかったんや。ほんで送り出したんやけどな⋯⋯ま、試合はご存知の通りや』


そう言うと、残念そうに溜息をつく真。

因みに真はベスト16まで残っている。山宮学園のメンツが色濃く目立つようになった中で名門大和橋高校の意地を見せる奮闘を続けていた。


『山宮さんも昨日の夜は忙しくしとったのは知っとるし、セコイ真似は山宮おたくの生徒会長さんが許さないはず。それに、君もそないな真似する奴とちゃうやろ?』


そう言って瑞希の肩を持つ真。


『昨日もウチの生徒が何人も突然キレだして大変やったわ。きっと瑞希の体調が悪くなったのも、その時に妙な魔力を撒いたどこぞのアホが原因やろな』


その時、常に明るく朗らかな様子の真に一瞬だけ影が映った。

それは明らかな怒りであり、その”どこぞのアホ”に対してか。


『元凶を見つけたらブチ殺したる。だから怪しい奴見かけたら俺に教えてくれや』


すると、ここでか細い声で瑞希が直人に言う。


『星野はんには⋯⋯西宮が謝っていたと伝えてください。頼んます』


どうやら彼女もアンナと戦えなかったことは心残りだったらしい。

それに静かに首を縦に振って応える直人。


そして直人は二人に別れを告げてホテルへと戻っていった。


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そんなことがあった後に部屋に戻った直人。

するとここで、ポケットに入れていた端末が僅かに振動する。


端末を取り出す直人。

するとそこには『解除完了』と表示された通知が浮かんでいた。


「レッドメールが解けたか」


マキが生み出した渾身のパスワード解読システムでも一日以上解除に必要なほどの強力なプロテクトが仕掛けられたメール。

当然、その中に秘められた秘密は並の物ではない。


カーテンが閉まっているかをしっかりと確認し、誰も居ないし聞き耳も立てていないとは分かってはいるものの、もう一度周りを軽く見回す直人。

そして直人はメールを開いた。


『これから、君の頭の中にテレパシーとして大事なことを伝える。終わったら、このテレパシー音源はメールに内蔵されたデータ自動破壊ウイルスで破壊されるからしっかり聞くこと』


盗み聞き防止、また他者に見られないようにマキはテレパシー音源として直人にメールを送っていた。そしてマキは直人に告げる。


『MF社、マジック・フロンティア社は、オービット社と極秘契約を結んでいたよ。ほかならぬ直人なら、オービット社が何なのかを知っているだろう?』


それを聞いた直人。

普段は滅多に乱れないはずの彼の呼吸が僅かに乱れた。


『そう、オービット社はアークテフェス社の仮の名前だ。名前を変えて奴らが世界中と繋がっているのはアタシら闇の住民なら周知の事実さ。そして奴らはMF社に技術提供する代わりに莫大な額のリターンを要求していたことが分かったのよ。でもMF社はS級異能開発の失敗でそれを支払えなくなった。だからそれを補うために、榊原家から舞姫ちゃんを誘拐して身代金を奪う計画を立てているらしい』


唾を飲み込む直人。摩耶が連れ去られた件は既に解決している。

しかしあの事件の背景にそんな事態が起きていたとは予想だにしていなかった。

するとマキは話を続けた。


『だけど直人。言っちゃ悪いが舞姫ちゃんの誘拐は、きっと直人が何とかしてくれただろうよ。でも、”本当にヤバいのは”これからだ』


マキのその言葉は、今までの話そのものがこれから話す内容の前座であると告げていた。その言葉に直人も無意識の内に拳を握り締める。


『君は、ドン・ファーザーが手に入れた予言の内容を覚えているかい?』


6人の悪魔は5人となり、ブドウ畑の中心で男は女に死を与えられる。女は偽りの皮を被り、同士を探しに往くだろう。気づいても、気づいてはならない。女に逆らってはならない。気づけば道化師の道を歩むだろう。


これがドン・ファーザーが持っていた予言の内容だった。


『実はね、今から数週間ほど前にフランスのマルセイユで妙な事件があったのさ。それは凄い魔力の暴風で、近くにあった魔力測定器がエラーを示すくらいの異能の応酬。夜中だったから目撃者は居なかったけど、観測史上最悪の魔力の嵐だったらしいね。ようは、夜中に異能を使った大喧嘩をしたやつらがいたってことだよ』


一見すれば、何の脈絡もない話に思えるその話。

しかしここからマキのトーンが下がった。


『でもね、アタシはそれを聞いて妙に思ったのさ。どこの事件ファイルを見てもそれに関する記述は消されていた。つまり、この事件は何者かによって隠蔽された可能性がある。ロンドンでも似たようなことがあったけど、深夜の凄腕の異能使い同士の戦いを隠蔽するなんて妙な話だと思わないかい?』


そう語るマキの真意は一体何なのだろうか。

その後、酒を啜るような音が暫く聞こえた後にマキは話を続けた。


『だから、アタシは少し本気を出すことにしたのさ。ドンパチがあった周囲一帯の動画履歴を修復して、あの時あの場所で何が起きたのかを明らかにするためにね』


すると、それと同時に直人の端末に何か画像が送られてくる。

時限爆弾のように一定時間経過後に画像を自動で消すウイルスが添付されたそれは、AI技術で不鮮明な部分を修復された鮮明な画像だった。

だがそれを見た瞬間、直人の表情は一変する。


「これは!!」


『直人なら、もう全て分かったはずだね。そいつはアタシが全技術を結集して修復した、当時の光景を記録した写真。そしてそこには二人の人物が映っているはずさ』


直人は、その人物を二人共に知っていた。

そして同時に理解した。予言が記していた真実の一端を。


6人の悪魔は5人となり、ブドウ畑の中心で男は女に死を与えられる。女は偽りの皮を被り、同士を探しに往くだろう。気づいても、気づいてはならない。女に逆らってはならない。気づけば道化師の道を歩むだろう。


『直人、ここから先は君でなきゃ解決できない領域だよ。頼れるのは君しかいない』


その言葉を最後に、マキからのメッセージは途切れた。

それに対して「分かってます」と小さく呟く直人。


直人のその手は手に持つ端末を手が白くなるほど強く握りしめている。

もう一度端末を見て、その画像を目に焼き付ける直人。


そして端末に表示されているそれは、マキのウイルスによって瞬く間に消去された。

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