第154話 異能の反逆
その試合は、異様な空気感に包まれていた。
どんな素晴らしい戦いが繰り広げられるだろうかという期待感以上に、
一体この試合がどうなってしまうのだろうかという不安感が渦巻いている。
スターズ・トーナメントのこの日最後の試合。
葉島直人対蔵王戒坐のマッチが始まろうとしていた。
「葉島君⋯⋯」
観客席でそう呟き、祈るようにステージを見るのは中村健吾だ。
バックスクリーンには、両者の過去の試合の映像が映っている。
順当に相手を倒して勝ち進む直人のハイライトとは対照的に、蔵王戒坐のハイライトは異能を良く知らぬ人間が見てもそれと分かるほどの異質さがあった。
蔵王戒坐が対戦相手に何かを呟くと、突然に相手は自ら自身を守るシールドを破壊し始める。またある時は自ら蔵王の前に這いつくばり、『貴方の手で私を倒してください』と懇願し始める。それは最早狂気の光景だった。
今日もレベル1クラスの面々と、瑛星学園で直人と同班だった一同は客席で試合を観戦しているが、その空気は今までの高揚したものとは違っていた。
「葉島、ホントにアイツに勝てるのかな?」
そう言うのは新だ。いつもポジティブな彼でも今日は流石に不安げである。
すると横から分厚い眼鏡を掛けた丸井昭雄が言う。
「葉島殿。絶対に無理だけはしないでくだされ⋯⋯」
試合開始の時間が近づくにつれて緊張感が高まり続ける会場。
すると、ここで誰かが言った。
「あったわ。もしかして、これがあの男の能力じゃないかしら?」
そう言ったのは、夏美だった。
その手には分厚い古文書のような書物が握られている。
「ほら『王の御前』って書いてあるじゃない。中村君が言っていたものと同じよ」
「わ、若山さん、それ何処から持って来たの!?」
「私は欲しいものがあったらどんな手段を使っても手に入れるのよ。詳しいことはそれ以上聞かないで頂戴」
古い本の表紙には、『魔法大辞典』と書かれている。
すると、それを見た真理子が不思議そうに口を開く。
「異能じゃなくて、『魔法』と書いてありますね。これってどういうことなんでしょうか?」
するとウヒッ、と声がした後に真理子の横にいた闇内静が言った。
「ウヒッ⋯昔は、異能のことを魔法って呼んでた人たちもいた。だから、古い本だと異能のことを魔法って呼んでることもある⋯⋯」
どうやら静は昔の異能事情に詳しいらしい。
すると夏美は本をパラパラ捲りながら言う。
「ここに面白いことが書いてあるわよ中村君」
それを聞いて本に視線を向ける健吾。
「見てみなさい。『王の御前とは魔法の一種であり、理に縛られぬ超常的側面を持つ力である』と記載されているわ」
魔法の一種であり、理に縛られぬ超常的側面を持つ力。
その言葉の意味を理解できないのか、少し首を捻る一同。
「つまり、王の御前という能力は『異能』という物とは少し意味合いが違う部分があるということかしらね」
そう言って、パタリと本を閉じる夏美。
すると彼女は席を立った。
「少し熟読するお時間を頂くわ。まだまだこの本には隠されていることがたくさんありそうだし。それに⋯⋯」
少し間を開けて、彼女は言った。
「この本、近くの博物館から盗ってきた物だからDHに見つかるとマズいのよね」
シレっととんでもないことを言い残して、夏美は消えていった。
どうやら彼女の中での優先事項は、目の前の試合よりも古代の魔法書を読むことの方が優先度が高いようだ。
「試合が始まるようですぞ」
すると会場の電気が消え、この日最後の試合の始まりを告げる。
葉島直人対蔵王戒坐。二人の対決の時間がやって来た。
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対面する二人。直人と、蔵王戒坐。
両者の視線が交わる時、その境界に火花が散るような錯覚を感じさせる。
二人は既に臨戦態勢だ。もういつでも試合を始められる状態である。
ここで直人は、軽く周りを見回した。
ここまでの試合で蔵王は、対戦した全ての選手を病院送りにしていた。そして直人もまた、そうなる未来があると思われているに違いない。
それはステージ横で待機している医療異能力者たちの数が如実に示していた。
「試合始め!!」
ゴングと共に試合開始の合図が鳴らされた。
それと同時にレフェリーはステージから避難する。
何故なら蔵王の攻撃でレフェリーまでもが危険に晒される可能性があるからである。
それを直人は無表情で見送った。
「葉島直人。私は貴様を葬る日を楽しみに待っていたぞ」
すると含み笑いと共に、ジリジリと近づく蔵王戒坐。
直人はそれを見て蔵王と同速で後ろに交代する。
『逃げるな』
直人に命ずる蔵王戒坐。
その瞬間、直人の体が張りつけにされたようにビタッと止まった。
「私の王の御前の力を耐えることは不可能だ。お前に私の言うことに従う他の選択肢は用意されていない」
命令する力であるという王の御前。
その力が直人を縛っているのだろうか。
すると、蔵王はポンと直人の肩に手を置いた。
「葉島よ。お前は一度私の命令に背いたことがあったな?」
「⋯⋯何のことか分からないな」
「とぼけたことを。王の前で嘘を吐くとは、まだそんな余裕があるのか」
すると蔵王は直人の顔を右手で掴んだ。
それを見るや客席の至る所から悲鳴が聞こえてきた。
何故ならそれは、今まで数多の選手たちが散っていった処刑の前兆であったからだ。
「私の今までの試合を見たであろう貴様なら、私が何をしようとしているか分からないわけではあるまい」
ググッと右手に力を込める蔵王。
その瞬間蔵王の魔力が上昇し始めた。
「貴様には、自ら呼吸を止めてもらう。気絶しようと痙攣しようと、私の王の御前の命令に貴様が逆らうことは出来ない。その命が果てるまで貴様の体に、自らの意志で酸素が取り込まれることはなくなるのだ」
人に絶対的な服従を強制する王の御前。
この力には何人も逆らうことはできない。
今までの対戦選手は全員が、蔵王に凶悪な要求をされた末に倒されていた。
「⋯⋯だが、貴様が助かる道は一つだけ残されている」
だがここで突然、蔵王は直人を解放した。
しかし直人は動けないため、そのまま地面に横倒しになる。
「私に幾度となく無礼を働いた貴様をただ打ち倒して終わるのは味気がない。よって、貴様には屈辱に苦しみながら究極の二択を選んでもらおう」
すると、蔵王はニヤリと笑いながら言った。
「お前が私をご主人様と呼び、私の靴をペロペロと舐めながら犬の真似をして自ら棄権することを宣言したならば、お前に何もすることなく開放してやろう」
その発言は、マイクを通じて会場中に響き渡った。
その途端、会場にいた感染者の一人が蔵王に怒鳴る。
「そんなことして何が楽しいんだ! このクソ野郎!!」
それを皮切りに会場中からブーイングの嵐が飛ぶ。
その全ては蔵王戒坐に向けられていた。
『黙れ』
だが、それも一瞬だった。
王の御前はその一言で、会場の全員を黙らせてしまったのである。
「口を開くな愚民共。力無き民が王に楯突くなど無礼も甚だしい」
その力は圧倒的すぎた。
誰一人いないのかと感じてしまうほどに、全員が黙らされてしまったのである。
「しかし、あまりに早く勝負を終わらせてしまっても興に欠けるというものだ。
ここは一つ葉島直人、貴様に昔話をしてやろう」
すると突然、蔵王戒坐は話し始めた。
「私はかつて有象無象の一人、何処にでもいる愚民の一人であった。だがある日私に天恵が与えられたのだよ。神の使者が私の前に舞い降り、私に『王の御前』と名付けられた力を渡したのだ」
まるで夢の中の記憶を呼び起こすかのように、目を閉じて思いを馳せる蔵王。
「私に能力を与えたのは美しい女性だった。彼女はこの力を私に与えるためにある者から奪ったと私に告げ、そして彼女は私に光り輝く石を
まるで達観するように横倒しになる直人の周りをゆっくりと歩く蔵王。
「あの女性が何者かは知らない。私に力を与えたブレスレットが一体何だったのかもな。だが、恐らくはこの選ばれた王たる私すら及びもつかぬ存在なのだろう」
そう語る蔵王は、身動きとれぬ直人に近づくと指をパチンと鳴らす。
すると動けるようになったのか、直人はゆっくりと立ち上がった。
「では、貴様の返答を聞こうか。私に許しを求めるのか、それともこのまま私に倒されるのか。さあ、『答えろ!!』」
そして直人は、命令されるがままに言った。
蔵王の目を見て、はっきりと。
「どちらでもない。つまらない余興はもう終わりだ」
直人はゆっくりと蔵王に向かって突然歩き出した。
それを見て驚愕の表情を浮かべるのは蔵王戒坐だ。
『止まれ!!』
だが、直人はその命令を跳ね除けた。
「三文芝居も見抜けない王に、人の上に立つ資格はない」
直人は止まらない。
蔵王の命令に、直人は平然と抗っていた。
「貴様、私の王の御前に縛られているはずではなかったのか!!?」
「お前の勝ち誇った顔が困惑に変わるその瞬間を見たいから、芝居を打っただけだ。
結果的には王の御前の秘密の一端も聞けたしな」
ズンズンと蔵王に迫る直人。
その直人に『止まれ!』や『引き返せ!』と必死に命じる蔵王だったが、もう直人の足を阻むものは何もない。
「何故だ!? 何故貴様は私の命令に逆らえるのだ!!」
「さあな。もしかしたらお前が、本当は王じゃないからかもしれないな」
その言葉は、蔵王の心を激しく揺さぶったようだ。
「そんなはずがあるかアアアアアアアッッ!!」
すると蔵王は手を天に向けると叫んだ。
『
その途端、蔵王の手に金色の小さな球が生み出された。
しかもまるで金色の糸のように、至る所から球を中心として無数の糸が現れては球に結びついていく。
「命令に背いたからといっていい気になるなよ葉島!! 例え命令が通じなくとも、私には貴様を殺す最強の武器、『王玉』があるのだ!!」
すると観客の一人、そしてまた一人と疲労感を覚えるかのように会場全体にいる人々が俯いていく。ある人は症状が酷いのか、倒れ伏す人までいる。
「分かるか葉島。これはここにいる愚民共から搾取した魔力の結晶体だ!! 王が民に課すは税である! これはカス共から巻き上げた魔力で生み出した莫大な熱と振動のエネルギーを秘めた破壊兵器なのだ!!」
王玉とは、王の御前で集めた周囲の人々の魔力を燃料とした熱弾のことである。
これを一度使えば、極大の熱と振動で大抵のものは破壊される。
たとえそれが、高い強度を誇るスタジアムであってもだ。
「死ねエい!! 葉島ア!!」
蔵王は王玉を撃ち放った。
それを直人は躱す。敢えて、真正面から受けることはしなかった。
そして王玉は爆発した。
途轍もない爆風と、地震を思わせる轟音と振動。
その場にいる全員が立っていられない程の衝撃と光。その全てがスタジアムを破壊せんとする衝撃波として広がっていく。
だがしかし、その衝撃波は途中で何かによって遮られた。
見ると試合場を囲うようにして透明なシールドのようなものが張られている。
「チッ、DH共が保護シールドを強化したのか。だが、この王玉の爆発を二度も耐えきる保護シールドなど存在しない」
蔵王はもう一度王玉を生み出さんと手を掲げる。
だがここで、直人は蔵王の前に立つと言った。
「やめろ。あれほどのエネルギーをもう一度観客から奪えば、魔力欠乏症で命に関わるダメージを負う人が現れるぞ!」
「だから何だ? 王の望みを果たす礎になれるのなら、カスの愚民であれど多少の存在意義は生まれるというものだ。むしろ喜んで死ねと言うべきではないのか?」
その時初めて直人に明確な怒りの色が浮かんだ。
すると直人は一歩前に出ると言う。
「なら、俺から魔力を奪え。お前の王玉に必要なエネルギーをこの俺から持っていけ!」
それは蔵王にとっても予想外の直人の言葉だったようだ。
それを聞くなり蔵王は腹を抱えて笑い出す。
「ハッハッハッ!!! まさか自分が死ぬためのエネルギーを、自ら差し出すというのか!! これは傑作だ! ハッハッハッ!!」
だが、直人はそれに決然と言い放った。
「そうだ。”自称”王のお前に、この俺が魔力を恵んでやるということだ。
つまり、お前は愚民から施しを受ける愚民以下の存在だということだな」
それを聞いた蔵王。
それと分かるほどに怒りで髪が逆立っていく。
直人を見る目はもはや人を殺すことを厭わぬ人間の目だった。
「減らず口を叩くな!ならば貴様の魔力を吸い取り尽くしてお前を干からびたカエルの如き無様な姿に変えてやろうぞ葉島!! 王を侮辱した報いを受けるがいい!!」
ハアッ!と声を上げて手を掲げる蔵王。
すると金色の糸が直人から伸び始めた。
直人から魔力を奪い、そして王玉が形作られていく。
しかしこの時、そこにいる全員が直人の行動に気付かなかった。
いつも指にはめているリングを、直人が密かに取ったことに。
直人の魔力を抑制している『枷』を直人が外したことに。
「⋯⋯何だ!?」
そして、事態は起きた。
突然王玉が不安定に震えた後に、急激に膨れ始めたのだ。
「ま、待て!! こんなに大きくするはずでは⋯⋯!!」
しかし、直人から流れ込む魔力はどんどん増えていく。
しかもその熱量に気圧されて蔵王はみるみる焦っていく。
するとそれを見た直人は言った。
「まさか、お前は王の御前を全く操れていないんじゃないのか?」
「違うッ! そんなはずがないッ!!」
「なら何故王玉は膨張し続けるんだ。このままではお前自身が焼かれるぞ?」
先程生み出した王玉は、野球ボールほどのサイズだった。
しかし今の王玉は既にバスケットボールくらいの大きさになっている。
それは直人が隠し持っていた莫大な魔力ゆえにだろうか。蔵王戒坐は、直人の魔力で形作られた王玉の圧倒的なパワーを御しきれなくなっていたのである。
「きっ、貴様ッ!! 貴様の魔力係数はいくつだッ!?」
だが直人は、それに一言も答えない。
それに焦ったのか遂に蔵王は球を放出するため球を投げようとしたが、何故か手に持っている球は蔵王の手から離れる気配がない。
それに焦る蔵王戒坐の姿は、まるで自分の言うことを聞かない馬の上で恐怖する騎手の如く、その力の制御が効かなくなっていることを示していた。
「何故だ! 私の言うことを聞け!! 王の御前よ!!」
すると、ここで直人は蔵王に尋ねた。
それはまるで何か重大なことに気が付いたかのような様子だ。
「もしかしてだが、お前の持つそれは『魔法』か?」
「何を言っている!! これは異能だ! 私が神の使者から手に入れた異能だ!」
その瞬間、直人の目が一瞬だけ怪しく光る。
そして直人は呟いた。
「全て理解したよ。お前のそれは異能ではなく、魔法だ。そしてお前は見限られた」
「どういう意味だ!!」
「お前は、自分の能力そのものに格下だと思われたってことだ。真の王が御するのが王の御前なら、格下の言うことを聞くはずがない。 だから、俺の魔力に耐えられないお前を王の御前は能力を使うべき器ではないと判断した。そして偽りの王でしかないお前がその力を使おうとするのなら⋯⋯」
直人は、冷徹に思える口調で静かに告げる。
「王の御前は、お前自身に牙を剥く」
その瞬間、王玉が光り輝いた。
それは爆発の予兆だとそこにいる全員が理解する。しかし唯一今までと違うのは、まるで鎖につながれたかのように球が蔵王戒坐から離れないのだ。
「王の御前が、私を裏切ったのか!!!??」
「もう無駄だ。王の御前は、お前を不要と判断したんだ。能力に見捨てられた仮宿は、能力自身によって処理される」
その瞬間、誰もが目を疑う異様な事態が起きた。
何と王玉が突然形を変え始めたのだ。
それはまるで蛇のようで太く長い大蛇のような何か。
それは生物なのか、それとも何かの魔法なのか。
ただそれは、その頭を目の前にいる蔵王に向けた。
その光景を見た蔵王は強い恐怖を感じたのだろう。
敵であるはずの直人に突然懇願し始める。
「嫌だ!! 嫌だ死にたくない!! 助けてくれ!!」
だが、直人の言葉に慈悲はない。
「お前が倒してきた人たちもお前に懇願したはずだ。お前はその声を聞いたのか?」
そして、王の御前はその矛先を蔵王に向けた。
王玉がパカリと割れた。それはまるで捕食する口のように。
その口からは超高熱のエネルギー波が放出されんとしている。
「私を⋯⋯私を殺さないでくれエエエエエッッ!!」
それは、蔵王の最後の断末魔だった。
直人から奪った魔力は、蔵王の身を焼き焦がす炎となって偽りの王に牙を剥く。
それは、王の御前から見捨てられた者の定め。
王の座から引きずり落とされた人間に待つ等しい運命。
「お前のそれは天恵なんかじゃない。真の所有者以外の全てを破壊する黒魔法だ」
その直人の言葉の真意を、蔵王が知る日は訪れなかった。
光を放つ大蛇が、蔵王の体にまとわりついて眩い光を放ち始める。
遠くからDH達がそれを止めようとする姿が見えたが、もう遅かった。
そして、王玉はそのエネルギーの全てを使い果たす大爆発を起こした。
シールドは吹き飛び、魔力による地震をも引き起こしたそれはスーパー・スターズ・スタジアムを揺るがす前代未聞の大爆発だった。その最中に微かに蔵王の断末魔のようなものが聞こえた気がしたが、それが本当に彼の断末魔だったのかを知ることは遂に出来なかった。
そして大爆発の爆炎と煙がようやく収まった後のステージ。
そこに蔵王戒坐の体は何も残されていなかった。
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