第153話 意地の戦い
スターズ・トーナメントは遂に決勝32名による決戦を迎えた。
この三日間は大会期間中でも最も注目が集まる期間であり、その注目度は今までのそれとは比にならないものがある。
男子の部、第一試合は目黒俊彦対仁王子烈。
そして男子の部の最後に、葉島直人対蔵王戒坐のマッチが予定されていた。
そんな中、関係者以外の立ち入りが禁じられているとある場所にて。
一人のDHのスーツを着た少女がスタジアムを見ていた。
彼女の名前は、中村椿。
中学生にしてDB討伐のエキスパートの一人として名を数えられている彼女は、
俗に言うVIPルームと呼ばれる場所で観客がギッシリ詰まったスタジアムを眺めていた。
「椿。いつまでここにいるつもり?」
「⋯⋯NO4さん」
その部屋は、本来であれば相応の地位を持つ人間を招待した上で、VIPルームとしての役目を果たしていただろう。
だがこの部屋は大会期間中は閉鎖されることが決定していた。
「加藤さんはまだ見つかりませんか?」
そう言う椿に、NO4ことアリーシャは首を横に振って応える。
「あれ以降、目撃情報すらないわ。本部はもうあの人は帰ってこないものと思っているみたいよ」
椿は、未だにあの光景を信じることが出来なかった。
自分を教え導いてくれた理沙が、まるで獣のようにここから逃げ去っていったことが受け入れられない。椿はあれ以降、ずっと仕事の合間を縫って何処かへと消えた理沙を探し続けていた。
「加藤さんは必ず何処かにいるはずなんです! だから、見つけたら絶対に治療して元の優しくてかっこいい加藤さんに戻してあげないと!」
気合を入れるようにパンパンと自分の頬を叩く椿。
「警備の仕事に行ってきます!」
そう言って、椿は部屋を出ていった。
それをNO4は何も言わずに見送る。
「⋯⋯中村には、言わなかったのか?」
「何をよ?」
ここで、ポケットに手を突っ込んでNO4の後ろに立っていた大男が言う。
その男はNO5だ。だがその声は、いつもの迷いのない様子とは違う。
何かを躊躇するような、そんな声だった。
「あの子は加藤さんが大好きだし、何よりまだ小さい女の子よ」
「それは、加藤がもう帰ってくる見込みがゼロだと認める発言と捉えて構わないということだな?」
それは、事実上の諦めに等しい発言。
椿はそれをまだ知らなかった。
「加藤は恐らく何らかの理由で重度の精神汚染を受けている。それも治療はほぼ不可能なレベルのものだ。そして、DHには暗黙の掟がある」
DHに課せられた絶対的な掟。
アンリトゥンルールの中でも特に強力な、明記されていない掟。
「敵の術中に嵌ったDHがもう助かる見込みがないと判断された場合、そのDHは
責任をもって同じDHの仲間が始末せよ、とな」
拳をポキポキと鳴らすNO5。
だがその目は悲しみの色を浮かべていた。
「それが俺達異能力を司るDHの使命だ。この力は人を守るためにあり、それが罪のない他人に向けられた時はただの凶悪な犯罪者でしかなくなる」
「分かって⋯⋯るわよ」
しかしNO4は、どこか迷っているようだった。
それは彼女が胸の奥に何かを隠しているからだろうか。
「加藤は、その力をいずれは一般人にも向けるだろう。それが起こってからではもう遅い。本部は加藤理沙を再起不能戦闘員と判断し、俺達に極秘の命令を下した」
するとNO5は、親指をピッと首元で横にスライドさせた。
「見つかり次第、始末しろと」
加藤理沙は、もう助けるべき対象とは見なされていなかった。
本部直々のその勅命により、会場にいる全てのDHには加藤理沙が確認され次第排除せよという命令が下っていたのである。
ただ一人、中村椿を除いて。
「椿にこのことは知らせちゃダメ。この後始末は私達で付けましょう」
「言われなくても、そうするつもりだ」
それは本部が、椿がこの命令を実行できないと予想していたが故の判断。
そう決意を新たにした二人は、静かにVIPルームの扉を閉めた。
=============================
割れんばかりの歓声。地響きのような拍手。
その全てが会場の中心にいる二人に向けられたものだ。
「山宮学園のスーパールーキーが遂に対決だ! 魔眼使い、目黒俊彦対青銅の騎士、仁王子烈! ベスト16に残るのはどっちだッ!」
強力な魔眼を操り相手を幻惑する俊彦と、桁外れのパワーで相手を圧倒してきた烈。
両極端な性質を持つ二人が戦いの時を迎えた。
「俺が勝っても恨むんじゃねえぞ俊彦」
「僕は負けません! 対戦よろしくお願いします!」
バックスクリーンに、カウントが現れる。
3、2、1。そしてレフェリーのサインが試合開始の時を告げた。
「いくぞ! 俊彦!」
青銅色に変わっていく烈の体。
最強の盾にも矛にもなるそれを纏った烈は一直線に俊彦目掛けて突進していく。
「ブロックです!」
対して俊彦は防護壁を発動した。
加えて試合場の土を使って土壁を作り、より強度を上昇させる。
「それじゃ俺は止められねえよ!」
だが烈は、青銅の騎士を纏った渾身のタックルで壁を吹き飛ばした。
粉々に粉砕された土をかぎ分けて壁を突破すると、拳を握る烈。
「吹っ飛べやああアアアアッ!!」
俊彦のシールドを破壊するため、パンチを放つ烈。
しかし放たれたパンチは空を切る。
すると俊彦の声が聞こえて来た。
「僕はパワーじゃ仁王子さんには絶対に勝てない。それに僕は非力すぎて、仁王子さんのシールドを破ることすら出来ないんです」
それは白旗宣言にも聞こえる俊彦の言葉だ。
だがしかし、烈は直ぐに気づく。
俊彦には烈を倒すための秘策があるということに。
「だから、”仁王子さん自身に”破ってもらうことにしました」
その時烈は見てしまった。
土埃の舞う舞台の向こうで、光り輝く赤い眼がある。
(クソッ! 魔眼を見ちまった!!)
「顔を伏せても遅いです! もう仁王子さんは僕の魔眼で捉えました!」
一瞬顔を伏せようとする烈。
だが目を見てしまった時点で魔眼の術中だ。
「僕を倒してみてください。仁王子さん!」
すると俊彦は、まるで抵抗しないと宣言するかのように手を広げて烈の前に立ちはだかる。間違いなく何かを企んでいるのは明白だ。だが烈はそれに乗った。
「だったら、受けてみろや!!」
丸太のように太い腕が唸りを上げて振り上げられる。
そして渾身の力を秘めた青銅の拳が、俊彦に向けて突き刺さり⋯⋯
『
烈のシールドが砕けた。
それだけではない。まるで見えない何かの攻撃を受けたかのように烈は吹き飛んでいき、壁に衝突したのである。
「何⋯⋯だと!?」
そこには、無傷の俊彦が一人立っている。
烈だけでない、そこにいる全員が目を疑っている。
「俺は、確かに俊彦を攻撃したはずだ!」
「これは僕の幻術です。僕に対して向けられた攻撃は全て、仁王子さん自身に跳ね返ります」
『身返形代』
攻撃によって生じたダメージを全て攻撃者に跳ね返す高度な幻術である。
俊彦の火力では烈にダメージを通すことは難しい。だが烈自身の火力ならば、難攻不落の彼自身の防御力を上回ると俊彦は考えたのだ。
そしてその目論見は成功した。
一枚を残して烈のシールドにはヒビが入り、残ったシールドも砕ける寸前だ。
そして俊彦は
(すげえ隠し玉だぜ、俊彦)
自身の火力を利用して攻撃する。そんなことをされるとは予想していなかった。
そして近接攻撃が得意な烈にとって、俊彦の使う身返形代の相性は最悪。
烈をしても限りなく詰みに近い状況であると認めざるを得なかった。
『⋯⋯くん』
(何だよ。こんな時に走馬灯か?)
だがここで、烈の脳裏にある記憶が呼び起された。
やるきのなさそうな男性の声だ。これはいつかの記憶だろうか?
『仁王子君。君にマトイを教える前に伝えておきたいことがあるよお』
思い出した。あれは夏休みの補習の時だった。
マトイを大吹に教わる時に、烈が言われたある言葉が思い起こされていた。
『僕らみたいな近接戦闘系の異能力者にとって、天敵になるタイプの異能力者っていうのはいっつも同じだよ。例えば直接触ると大ダメージを負うことになる異能を持っている術者なんかが典型だねえ』
マトイが制御できず、床でダウンしていた烈に大吹がそんなことを言ったのだ。
あの時は何を言ってやがるんだとムカついていたが、なぜ今になって急にそれが脳裏に思い起こされたのだろうか?
『でもね、仁王子君。そういう異能力者はまず間違いなく何らかの『異能具』をもっているよ。それは僕の長年の経験が言うんだから間違いないさ』
そんなことを言って大笑いしていた大吹の顔が浮かぶ。
(何で今そんなことを思いだして⋯⋯)
ここで、烈は気づく。
烈はこの異能力が俊彦の魔眼によって引き起こされたと思った。
だが、もしそれが見当違いの解釈だったとしたら?
その時、烈は考えるより先に動いていた。
ジグザグに空気銃による狙撃の的を絞らせない動きで、烈は俊彦に近づく。
「俊彦お。お前のそれは、魔眼を使ってるわけじゃねえんだろ?」
それは理論ではなく野生の勘だった。
魔力を集中させ、指もとに炎を灯す烈。
烈の狙いは俊彦の制服の上着のポケットである。
「燃えろ!!」
そして火球を撃ち放った。
その素早さに俊彦はついていけない。火球は俊彦の制服のポケットに引火し、烈の放った火は瞬く間に上着に燃え移った。
「うわっ!」
慌てて上着を脱ぐ俊彦。
しかし、ここで烈はポケットから焼け焦げた紙の人形が顔を覗かせているのを見逃さなかった。
「お前の使っていた身返ナントカのトリックはそれだな?」
プスッと音を立てて真っ黒になった人の形を模った紙が地面に落ちた。
身返形代とは俊彦の魔眼による作用ではなく、術式を刻んだ紙の人形を媒体に異能を行使することで発動する異能力だったのである。
「大吹のヤロウの話を聞いといて良かったぜ。魔眼でこんな事されてんならお手上げだったけどよ、異能具を使ってたならこうすりゃいいんだろ?」
身返形代の消滅が魔力を通じて伝わってくる。
それは俊彦を守っていた異能力が消えたという意味でもあった。
「オラアアアッッ!!」
烈の容赦のない一撃が俊彦を襲う。
今度は攻撃が通った。シールドが一枚割れ、俊彦は思わず膝をつく。
「おいお前、まさかこのままボコられて終わりじゃねえよな?」
しかしここで、烈は突然拳を止めた。
渾身の隠し手を破られたことに俊彦は強く動揺している。
俊彦は灰になった紙の人形をただ見つめているだけだった。
「ちったあ根性見せやがれ俊彦!」
その様子を見かねたのか、烈は檄を飛ばした。
「そりゃあよ、お前と俺とじゃパワーに違いはあるぜ。でもよ、勝負はまだ終わってねえだろうが!」
ドンと俊彦の胸を強く小突く烈。
その時、俊彦の拳が強く握り締められた。
「諦めてんじゃねえ! 最後まで足掻いて見せろや!」
烈がそう言ったのと、俊彦が異能を発動したのはほぼ同時だった。
「諦めてなんかない!!僕は、仁王子さんを倒す!!」
魔力を全て使って、俊彦は巨大な空気の弾を生み出していた。
これは
「僕は勝つ! 勝ってみせると誓ったんだ!!」
「いいぜ、その勝負受けてやるよ俊彦!!」
こちらも魔力を全開にして応える烈。
どちらもシールドを顧みない捨て身の一撃だ。
「オラアアアアアッッ!!」
「アアアアアッッ!!」
咆哮と共に放たれる両者の攻撃。
そして青銅の怪物と化した烈のパンチと、俊彦の空気砲がぶつかった。
========================
そして控室にて。
「グスッ⋯ヒクッ」
控室にて、一人泣く姿を見せている人影がいる。
砕け散るシールドは敗者が決まったことを知らせ、勝負は終わりの時を告げた。
「いい勝負だったよ。あの試合は思わず俺も目を奪われた」
その後ろで、静かにそういうのは直人だった。
「直人⋯⋯さん」
「俊彦はベストを尽くした。それはここにいる全ての人が知っている」
勝者は仁王子烈。
そして俊彦はこの試合をもって脱落となった。
「俊彦、頑張ったよ」
すると控室に千宮司陽菜が入って来た。
その後ろには勝者となった烈もいる。
「メソメソ泣いてんじゃねえよ。勝って申し訳ねえと思っちまうじゃねえか」
そう言う烈だが、そんな彼もどこかいつもより遠慮がちな様子である。
そんな烈の頬を小さな手で軽くぺちっと叩く陽菜。
「それより俊彦、一つ聞いていいか」
するとここで、直人が口を開いた。
「何故、仁王子に魔眼を使わなかったんだ。大会を通じても殆ど魔眼を使っていなかったが、まさか魔眼が不調なのか?」
だが俊彦は、首を横に振る。
「なら、何故⋯⋯」
と、ここで俊彦は口を開いた。
「魔眼は、悪しき存在や脅威に対してのみ使うべきである。ずっと僕は家族からそう教えられてきました。善を守る存在でなくなった魔眼は悪を越える巨悪であり、如何なる理由があっても決して許されないと、僕のお母さんが言ってたんです」
「だから⋯⋯」と俊彦は言葉を続ける。
「どうしても、仁王子さんには魔眼を使えませんでした。たとえ大会だったとしても、僕の友達の仁王子さんに魔眼を使っちゃったらもう後戻りできなくなるような気がして⋯⋯」
それは、俊彦の優しさが原因なのか。
はたまた魔眼使いとしての掟を守る使命感が原因なのか。
直人も陽菜も、そして烈も俊彦のその言葉を否定することは出来なかった。
「フン。弱さを肯定するには丁度良い理由を見つけたということか?」
だが、ここで後ろから声がした。
底冷えするような声と共に、ひょろ長いやせ細った長身が姿を見せる。
「そんなに自分の弱さが嫌なら、『命令』してやってもよいぞ? お前が好きに魔眼を振るえるように私の王の御前で貴様の心を作り変えてやろうか。弱い愚民に、施しを与えるのも王の責務であるのでな」
現れたのは蔵王戒坐だった。
まるで俊彦を見下すように冷徹な視線を向けるその男は、俯いている俊彦を見て鼻で笑う。その途端、烈のこめかみにピキリと血管が浮かんだ。
「オイ、テメエ今何て言った。俊彦が弱いだあ? ふざけんじゃねえ!! 俊彦は最後まで俺と戦い続けた強い男だ!!」
「だが負けたではないか。負けた人間に何の言葉をかけるというのかね? 慰めか? それとも励ましか? 弱者同士の傷の舐め合い程見るに堪えぬものはないがね」
「テメエ⋯⋯ブッ殺す!!」
ブチ切れた烈。しかし、陽菜が念動力で何とか抑える。
だがその陽菜も、蔵王戒坐の言葉に強い不快感を覚えたようだ。
「最低⋯⋯酷い人」
「ふむ、しかし貴様らからも愚民の匂いがするぞ? 実に育ちの悪い、クソの肥溜めの様な匂いが。さぞ恵まれぬ駄犬のような日々を過ごしたのであろうな」
「もう我慢ならねえ!! 俺と勝負しろクソが!!」
最早烈は暴れ馬の様な状態になっている。
それを騒ぎを聞きつけた警備員と係員が陽菜の力を借りて何とか連れ出す。
すると陽菜は去り際に、直人に言った。
「直人⋯⋯ぜったいアイツ倒して」
パタンと閉まる扉。
そして直人と蔵王戒坐の視線が交差する。
「光栄に思え葉島直人。貴様は私が唯一この大会の参加者の中で覚えている名前だ」
クックッと不気味な笑い声と共に直人に詰め寄る。
「お前の幸運も、この蔵王戒坐に出会った瞬間に終わりを告げた。安心しろ葉島直人。お前は今日の試合を最後にこのスタジアムから出ていくこととなり、荷物を纏め、敗北者という一生消えぬ無様なレッテルを背負いながら帰宅することに⋯⋯」
しかし、ここで直人はポツリと言った。
「お前、今まで戦ってきた人たち全員にそうやって絡んでいたのか?」
「何が言いたい、葉島直人」
「別に。ただ、王を名乗る人間にしては小さい肝っ玉だと思っただけだ」
それは、挑発というより侮蔑に近いニュアンスがあった。
「俊彦は葛藤しながらも最後まで戦った。だがお前は、俊彦の戦いに唾を吐いた。
それは、俺がお前を倒す理由には十分すぎる」
「ほう? まさか、この私に貴様が勝てると本気で思っているのかね?」
蔵王に詰め寄る直人。
感情の希釈された直人にしては珍しく、その目には僅かな怒りの色があった。
「そうだ。”自称”王様のお前をこの俺が叩き潰してやる」
「面白い。薄汚れた愚民風情が選ばれし王であるこの私を相手にどこまでやれるのか、王の御前の恐怖を目の当たりにせぬうちに精々夢想しておくのだな!」
ハッハッハッ!と高笑いして消えていく蔵王戒坐。
それを見送る直人の目は、今までのものとは明らかに違う。
相手を敵とみなし抹殺する。捕食者の目へと変わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます