第141話 帰り道にて

ホテルの通路を通り、会場へと向かう直人。

だが既にパーティは終わってしまっていたらしい。各々の部屋に戻る本戦出場者たち。その中にも直人の知っている顔がいる。


「直人さん! どこに行ってたんですか? 会場にいなかったみたいでしたけど⋯⋯」


直人に向かって駆け寄ってくるのは俊彦だ。

よく見るとちょっとだけタキシードに料理のソースが付いている。

どうやら彼は料理を堪能していたようだ。


「ちょっと外を歩いていただけだよ」


「光城さんも仁王子さんも先に帰っちゃいました。榊原さんと千宮司さんは僕らとは別のホテルみたいですし⋯⋯」


「分かった。俺達も早く帰ろう」


少しだけ辺りを見回す直人。

ジャンヌの姿を探したが、彼女の姿も見当たらない。


「どうしたんですか?」


「何でもない。帰ろう」


ポケットに手を入れて、外に出る直人。

後から俊彦もついてくる。外に出ると、冷たくなった夜の風が肌を撫でる。

時刻は夜8時。見上げれば、神々しい光を放つ巨大なスタジアムが見える。

また横を見れば、煌めく高層ホテルがいくつも立ち並んでいる。


「キラキラ光って綺麗ですね。見ててうっとりしちゃいます」


「ここは大会期間外はリゾート施設らしい。少し先に行けば、屋内プールや遊園地もあるみたいだぞ」


キョロキョロと忙しなく周りを見回している俊彦。

彼は立ち並ぶ建物群に目移りしてしまっている。


数分ほど歩くと、その中でも特に一際大きなホテルが前に現れる。

ここは男子の本戦出場者が泊まるために指定されているホテルだった。

認証コードを入り口のスキャナーに通し、中に入ろうとする直人と俊彦。


するとここでホテルから少し離れたところから、誰かの声が聞こえて来た。


「お前だな! 俺たちのユウジをあんな目に遭わせたのは!」


見ると、ホテルの裏側に5人の人影がいる。

その5人は、陰に隠れている誰かに向けてそんな言葉を向けていた。


「ユウジ? 知らない名前だ」


「しらばっくれんな! お前が予選会でユウジにあんなことをしなければ⋯⋯」


「すまないが、弱い人間は名前を覚えるのも苦痛なのだ。私が覚えていないということは、その程度の存在だったということだろう」


「お前⋯⋯!!」


どうやら、口論になっているようだ。

見ると、5人は大和橋高校の制服を着ている。恐らく彼らは本戦出場者ではないだろう。もしかしたら、真や瑞希たちの応援に来ているのかもしれない。


「直人さん⋯⋯どうしますか?」


「放っておこう。他校の揉め事に首を突っ込むと面倒だ」


止めようか悩んでいる俊彦。

しかし直人は知らぬ存ぜぬという様子でホテルに入ろうとする。


しかし彼らはどんどんヒートアップしている。

魔力の波が生じ始めているのを感じる。下手をすれば、異能を使っての喧嘩が勃発しそうな様子だ。


「ユウジの仇を討ってやる!」


ボッと彼らの手に火が灯り、また強化術式を発動する。

このままでは、大事件にも発展しかねない。


「ぼ、僕警備員さん呼んできます!」


危険を察知した俊彦が、駆け出していく。

どうやら彼らを止めるために援軍を呼びに行ったらしい。

すると直人は、ゆっくりと彼らに向けて近づいた。

敢えて声はかけず、彼らに気付かれないようにゆっくりと⋯⋯


「全くもって愚かだ。何故圧倒的な差があるのにも関わらず、君たちは自ら死に向かって進もうとするのか⋯⋯」


すると囲まれていた男が立ちあがる。

立ち上がるその男の身長はかなり高い。直人より頭一つ分くらい大きいだろう。

雅樹よりもさらに少しだけ高いかもしれない。


すると、突然男は手に火を灯した少年を見ると言った。


「君に命じる。今灯したその火で、『自分を焼け』」


「な、何を言って⋯⋯」


しかしその時、異変が起きた。


「アアアアアアアアアアッッッ!! 熱いイイッッ!!」


突然彼自身の手が、まるで制御を失ったように彼自身の体に火を点けたのだ。

さらに火を纏った手が突然彼自身の顔を掴む。ジューという、肉が焼ける音と共に嫌な異臭が辺りに立ち込めた。


「さらに君に命じる。強化術式を纏ったその手で、自分自身を殴るのだ」


その途端、大砲が撃ち放たれたような音と共に誰かが吹き飛ぶ。

吹き飛んだのは男が声を掛けた少年だった。何と少年は、男に言われるがままに自分自身の顔を殴り飛ばしてしまったのである。


「そして残った諸君。君たちに一つ面白い話を教えてあげよう」


2人が倒れ、残された3人。

慌てて彼らは逃げようとするが、男が『止まれ』というとピタリと止まった。


「私は、『赤い靴』という童話が大好きなのだよ。不遇な娘が赤い靴によって思わぬ幸運を手に入れ、またかつては己を救った赤い靴の魅力に囚われたがゆえに一生踊り続ける呪いをかけられてしまう。実に皮肉な話だ。だが私はそれが愉快でたまらない」


磔になったように固まる少年たちを眺める長身の男は、夜の闇にも相まって危険なオーラを放っている。少年たちも待ち受ける恐ろしい未来を予期してか、3人全員が恐怖による涙を流している。


「君たちにも、踊り続けてもらおうか。命ある限り永遠に⋯⋯」


だがその時だった。

ザッ、という足音と共に男の肩に誰かの手が置かれる。


「やめろ。そんなことをして何になる」


動いたのは直人だった。

肩に置かれた手は強い力で男の肩を掴んでいる。それは警告に近いモノだったかもしれない。


「⋯⋯全く気配がしなかったな。どうやら、君も私と同じ本戦出場者のようだ」


「重大なトラブルは大会の運営にも差し支えるぞ。事情は知らないが、大事にしたくないならこれ以上のことは止めろ」


しかし男は、直人の言葉を無視するように男たちに視線を向けた。


「下がってもらおうか。私は彼らを罰する義務がある」


「罰する義務だと? お前は自分が王様にでもなったつもりか?」


すると男は言った。

さも当然のように、当たり前のことを口にするように。


「その通り、私は王だ。愚民がいるなら排除するのも王の義務だ」


そして3人に目を向ける男。

ホテルの光越しに見える男の横顔は、まるで死神のようだった。


「お前たちに命じる。命尽きるまで永遠に踊⋯⋯!」


だが、ここでパッと遠くから光魔法による照明がこちらに向けて照らされた。

そして駆け寄ってくるのは、トーナメント会場を見張る警備員とDHたち。

彼らを案内しているのは呼びに行った俊彦だった。


「あそこです! もう何人か倒れてます!」


「何をしている!」という叫び声を聞いた男は僅かに舌打ちする。

ここで下手に動くのは悪手だと判断したか。すると男は肩を掴む直人に言う。


「離せ。鬱陶しいぞ」


だが、直人の手は離れない。

一瞬直人の顔を見る男は、もう一度語気を荒らげて言った。


「離せと言っている!」


「分かった」


直人はその手を離した。

だが直人の様子に何か強い違和感を覚えている様子の男。

すると男は、少しだけ直人から離れると言った。


「お前の名を聞いておく。名を名乗れ」


「⋯⋯葉島直人だ」


これも同様に男は僅かに眉をしかめる。

青白い男の顔が、僅かに赤みを帯びているように見えた。


「お前は今、自分の意志で自分の名前を口にしたのか?」


「そうだ。それ以外に名を名乗る理由があるのか?」


するとそれを聞いた男は、踵を返した。

それは彼自身が頭に描いていた未来と現実に、剥離が生まれているが故にだろうか。


「葉島直人、王の義務を妨害したお前の名はよく覚えておくぞ。本戦で会うときは、その報いを存分に受けさせてやる」


「お前は名前を名乗らないのか?」


「王に指図をするな。殺すぞ」


そう言い残して去る男。

去っていく男と入れ違うように、今度は警備員がこちらに向かってやって来た。


「今のは⋯⋯やっぱり彼は本戦出場を許可するべきじゃなかったな」


警備員の何人かとDHがそんなことを言っている。

治癒異能を使えるDHは顔に大火傷を負った少年を治療し、ホテルの隅で転がっていたもう一人の少年は医療班が担架に乗せて運んでいった。

その理由を尋ねる俊彦。するとDHの一人が言った。


「君たちも聞いているよね。予選会でスタジアムを破壊して、予選参加者を何人も負傷させた人がいるって話。アレをやったのは彼だよ」


遠くなる背中を見る直人。

それをやった男の名前を、直人は既に健吾から聞いている。


(今のが蔵王戒坐か⋯⋯)


だが、スタジアムを半壊させるほどの脅威は感じなかった

もしかしたら、まだ彼には隠された力があるのかもしれない。


するとここで、直人の第6感が人の気配を感じ取った。

蔵王戒坐ではない。第3者の気配を。


「直人さん。どうしました?」


「⋯⋯誰かの視線だ。俊彦、取り敢えずホテルに入るぞ」


「は、ハイっ!」


認証IDカードをポケットから出すと、ホテルの入り口でスキャンする直人と俊彦。

すると扉が開き、二人はホテルの中に入ることが出来た。

そしてそれと同時に、直人が感じていた視線も消えた。


「俊彦。もう今日は、外には絶対に出歩くな」


「えっ!? な、何でですか?」


「誰かが俺達を見ていた。しかも、かなりしつこくな。もしかしたら、悪意を持って俺達をストーキングしている可能性がある。他の人たちにも言っておいてくれ」


「分かりました!」というと、雅樹や烈がいるフロアに向かう俊彦。

そしてそれを見送ると、再び外を見る直人。


(⋯⋯嫌な匂いがするな)


そう心で呟きながら、上のフロアに上がる階段を昇る直人。

だが流石の彼でも、そこまでは気づくことが出来なかったようだ。


遠く離れたホテルの一角から、一人の人影がずっとこちらを見ていたことを。

赤と青のツートンカラーの瞳が、闇夜で怪しく煌めていたことを。

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