第140話 夢の舞台と拒絶
一年に一度行われる夢の祭典の舞台。
その名も、スーパー・スターズ・スタジアム。
日本に数十万といる異能力を持つ高校生たちの中でも、選ばれた人間しかその舞台に立つことを許されない。それ故に、そこに立つ人間はそれだけで絶大な栄誉を手にすることになるのである。それが、スターズ・トーナメントだ。
その本戦の舞台に立つ人間は、スタジアムに行くだけでも超VIP待遇だ。
それは、今の彼らの佇まいがそれを表している。
「オイ、いい加減コイツを早く脱がせてくれ」
200キロを越える速度で走る超高速車。
最大6人が乗れるその車の内部は、高級ホテルのように華々しく彩られている。
その中で、ドレスとタキシードを着た6人が座っていた。
「我慢しよう仁王子君。会場に着いたらすぐに交流パーティがあるからね」
「チェッ、面倒くせえな。おい陽菜、ゲームしようぜ」
彼らは山宮学園第1学年の本戦出場決定者。
光城雅樹、榊原摩耶、仁王子烈、目黒俊彦、千宮司陽菜のレベル5の面々。
「烈、もうこれで34連敗⋯⋯」
「クソッ! もう一回だ!」
格闘ゲームで陽菜にボコボコにされているのは烈。
対して、両手小指のみで烈を圧倒しているのは陽菜だ。
なお今日の彼女は、水色のドレスを着ている。
「うう⋯⋯緊張する」
水が入ったグラスを片手に青い顔をしているのは俊彦。
因みに各々がジュースやクラッカーを手にしている中で俊彦だけ水を飲んでいるのは、それくらいしか喉を通らない位ガチガチに緊張しているからだ。
その俊彦の背中を横から擦るのは直人だった。
彼もまたタキシードを着て、この面々と共に本戦の舞台に向かっている。
「直人さん⋯⋯ありがとうございます」
直人が本戦に出場するというのは、彼らも全員が知っていた。
その知らせを聞いた時の、各5人の反応はこれだ。
「葉島君の実力は知っているし、僕は驚かなかったよ」
「臥龍様のお弟子様なら当然のこと。流石だわ」
「俺を倒したテメエに負けられちゃ困んだよ。オイ、俺と勝負しろや」
「直人強い。烈倒しただけある」
「八重樫先輩を倒すなんて凄い! 直人さん流石です!」
そんなやり取りが起きていた。
因みに余談だが翔太郎は決勝後に『腕が落ちたんじゃないのか?』と言っている。
それに対して直人は、『それでもお前には負けない』と返していた。
そして数時間ほど経って、徐々に決戦の舞台が6人の目の前に見えてきた。
スターズ・トーナメントの最終ステージ、スーパー・スターズ・スタジアムである。
遠くからもそれと分かる赤と青のライトと、巨大なスタジアム。
そしてその周りを囲む大きな建物群は、大会の出場者や観戦に来た人々を泊めるためのホテルだ。
専用通路を通り、6人を乗せた車はホテルの入り口で止まった。
自動で扉が開き、直人を先頭にしてホテルに降り立つ一同。
入り口には『交流会会場はこちらです』と書かれた看板と、案内役とみられるホテルマンが何人かいる。
すると、ホテルの入り口に続々と新たな高速車が到着してきた。
その全員が、今回のスターズ・トーナメントの本戦出場者だ。
「おおきにありがとう。これ、貰っておいて」
そんな中、直人たちの後に入って来た一団がこちらを見る。
すると一団の先頭にいた男子が、こちらを見て言う。
「山宮の一年生やないか。おお怖い怖い、手合わせの時は手加減したってや」
見たところ、年上だろう。その横には女子もいる。
和服に身を包んでいる女子と、パリッとしたタキシードを着た男子だ。
その後ろには「
「もしかして、大和橋高校の人ですか?」
そう尋ねるのは雅樹。
大和橋高校は、西の雄と謳われる日本屈指の名門校だ。
毎年のスターズ・トーナメントでは、大和橋高校と山宮学園が熾烈な争いを繰り広げることでも良く知られている。
「そうや。俺は、大和橋高校2年の
「お手柔らかにたのんます。前回はウチは、山宮の星野はんにやられとるんよ」
すると、その横にいる西宮瑞希と呼ばれた女子は穏やかに笑う。
ただし、その目は笑っていない。
「星野はんに会ったら、言うとっておくれやす。『次に会うたらぶちのめしたるさかい、覚悟しておくれやす』と西宮が言ってたと」
ホホホ⋯⋯と笑いながら会場に向かう瑞希。
彼女からはアンナへの隠しきれない殺意が溢れ出している。
すると真が、雅樹に尋ねた。
「それと、八重樫さんを倒したって評判の子はどこや?」
すると雅樹は、直人に視線を向ける。
それを見た真は直人に歩み寄る。
「俺が倒そう思うとったのに、先に倒されてもうた。こうなったらもう、君を狙うしかないなあ」
そう言うや、直人に向けてメンチを切る真。
対して、直人は特に表情を変えずに見つめ返した。
「なんや肝が据わっとるやないか。俺に睨まれた奴は、大体ビビるんやけどな」
「ケッ、その程度で脅してるつもりかよ。そいつはこの俺を倒したんだぜ? お前程度じゃ遊びにもならねえよ」
すると烈が直人と真の間に割って入る。
「暇なら俺と遊ぼうぜ。相手してやるよ」
「君が『青銅の騎士』、仁王子烈か。噂に違わない危ない野郎やな」
「危ないかどうかは戦ってから判断しろよ。今なら、病院で楽におねんねさせてやるぜ?」
「ほーう、年上への口の利き方を教えてやろうやないかクソガキ!」
喧嘩の気配が漂ってきた二人。
すると、烈と真の耳を同時に引っ張る人影がこれまた二人いた。
「烈、お座り」
「厄介な事しいひんでください。喧嘩しに来たわけちゃうやろ」
「「痛い痛い!!」」
後ろから戻ってきた瑞希が真の耳を引っ張り、念動力で烈を止める陽菜。
両者ともに「ケッ!」と舌打ちして一先ずは手打ちとなった。
「今年こそ勝つさかい、よろしゅうおたのもうします。ほな、ごめんやす」
瑞希のその言葉を残して、彼らは去っていった。
すると彼らのほかにも、他の学校の生徒たちは遠目に雅樹たちを眺めているのが目に入る。どうやら、山宮学園は既に他方向からマークされているようだ。
「僕らも会場に行こう。先輩たちはもう行ってるみたいだ」
雅樹を先頭に、6人は会場へと歩みを進めた。
好きに会場にある物を食べるビュッフェ形式で、見ると山宮の上級生はほぼ全員揃っているようだ。6人の到着は遅い方だったらしい。
直人は、ここでゆっくりと他の5人から距離を取る。
そして会場にいる全員の様子を軽く見回す。
(蔵王戒坐は⋯⋯いないか)
気配を集中させ、異質な魔力がないかを探る直人。
どうやら、王の御前を持っている蔵王戒坐はまだこの会場内にはいないようだ。
直人がこの会場に来た理由は、蔵王戒坐がどんな人物なのかを確認するためだけだった。居ないのなら、直人がここにいる理由はない。
(ここには来ない可能性が高いな。なら、退散するか)
と思い、踵を返そうとしたその時だった。
何の気配もなく横からスッと、直人の前にティーカップが差し出された。
「待ってたわ。ナオト」
カップを受け取る直人。フウと溜息をつくと振り返る。
振り返るとそこには、銀色のドレスを着たジャンヌが居た。
会場のライトを浴びて輝く彼女は普段にも増して輝いている。
「ファンがたくさんいるようだなジャンヌ。そっちの方に目を向けてあげた方がいいんじゃないのか?」
直人は周りにいるメンズたちに目を向ける。
どうやら直人が来る前から会場の注目を存分に引き付けていたらしいジャンヌを見る視線は至る所から感じる。だがジャンヌは少し笑うと、お茶菓子を直人に渡した。
「少し歩かない? 人の少ない所に行きましょう」
それは、彼女の直人と二人きりで話したいという意思表示だった。
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ジャンヌについていく直人。
会場を出て、彼らはホテルの静かなラウンジの一角に辿り着いた。
「私は貴方を待っていたのよ。やっぱり、普通の人じゃなかったみたい」
だが、直人はニコッと笑うジャンヌにハッキリと言った。
「何故俺ばかりにそこまでしつこく付きまとうんだ。ここには強い人はたくさんいるだろう。俺以外にも見るべき人はいるはずだ」
だが、ジャンヌは少しだけ首を横に振る。
「嘘が下手ねナオト。私はいろんな人を見て来たわ、でも貴方ほどミステリアスで底が見えない人に会ったのは初めてなの。非凡な人、才能豊かな人、パワフルな人、いろいろな人に会ったけど、ナオトはそのどれにも該当しないの。何故なのかしら?」
ピタッと直人に肌を寄せるジャンヌ。
直人をもう逃がすものかという様な彼女の様子。
「貴方がそういう次元を超越しているからかもしれないわ。こんな人にはもう二度と出会えない、そんな確信が私にはあるの」
それは、直人に対する明確なアプローチだった。
しかし直人は、そっけなく言う。
「悪いが、俺は一人が性に合っている。心に余計な感情を入れたくはない」
「私はその余計な感情を、この世で一番尊いものだと心の中で感じてるわ」
「価値観の違いだ。君が今感じているものが、俺にも同じく感じるとは限らない。俺にとって『それ』は不要な物なんだ」
自分の胸に手を当てる直人。
感情。それは直人がこの境地に至るまでの過程で真っ先に削ぎ落したものだ。
何故ならそれがあってはここに至るまでの過程を耐えることが出来なかったからだ。
「俺は機械、マシーンだよ。だから放っておいてくれ。君の感情に共感する力をもう俺は持っていないんだ」
カップの紅茶を少し口に含むとトンと置く直人。
人間らしくあっては、ここに至るまでの道を走り切ることなど出来なかった。全ては強さのため、そして最強が最強であり続けるため。そのための犠牲だった。
しかし、ジャンヌは言った。
「私ね、何でここに居ると思う?」
対して、直人は口を開く。
「ドン・ファーザーからの命令だろう? 俺を監視し、ついでにスターズ・トーナメントを通して君のような有望な人間を引き抜く。もしかしたら、それ以外にも『表立って言えないこと』があるのかもしれないが」
ドン・ファーザーが持っている予言。
それに綴られた未来を捻じ曲げるためにここにいるのではないのか。
そんな確証の無い予想を胸に秘めて、直人はそう口にする。
するとジャンヌは言った。
「つまり、私は仕事のためにここにいると。そう思ってる?」
「違うのか? 俺は君の動きの全てがドン・ファーザーの命令によるものに見えるんだ。過度のアプローチも、しつこく俺に付きまとうのも、全てが俺には彼の命令に見える。俺はそういう機械なんだ、疑り深い狂った戦闘マシーンなんだよ」
その時、ほんの少しだけジャンヌの瞳が揺らめいた。
それは彼女自身の感情の揺らぎが影響しているのかもしれない。
それとも、直人の言葉にショックを感じたのか。
「⋯⋯私が総帥から託された任務は、マヤ・サカキバラの監視よ。総帥は、あの子が将来凄腕のDHになる可能性があると思っていらっしゃるの」
しかし彼女はまだ続けた。
「でも、貴方の監視なんて総帥は一切私に命じられてはいないわ」
「⋯⋯⋯」
「私がここに居るのは全て私の感情が原因。この大会に参加するのを決めたのも、私自身がそれを決めたから。これは理性じゃなくて、本能なの」
ジャンヌは自ら、直人の右腕を手繰り寄せると抱きしめた。
「マシーンなんかじゃないわ。だってナオトの手はこんなに暖かいもの」
「俺は、君が思ってるほど⋯⋯」
「そんなのどうだっていいわ。これは神様が私にくださったチャンスなの。人生で初めての一目惚れを、私はそんなに簡単にあきらめたくないんだから⋯」
そして顔を近づけてくるジャンヌ。
だがそれでも、直人の心は揺れることは無かった。
「ダメだジャンヌ。俺は、君と一緒にはいられない」
パッと離れる直人。
知らずの内に、彼は自らジャンヌの手を振り払っていた。
「君が俺のことを純粋に好いてくれているのは分かった。でも、それ以上はダメだ。俺が背負っている巨大な宿命を、君に背負わせるわけにはいかない」
「ナオト⋯私は⋯⋯」
「もうやめてくれ。俺に関わるのも金輪際止めるんだ。これ以上俺という存在に深入りしたら、君は途轍もない不幸に巻き込まれるかもしれない」
君のためを思って、などとは口に出来なかった。
流石の直人も、自分の一挙一動が彼女を傷つけていることは理解している。
だが、ここでジャンヌを拒絶しなければ彼女はついてきてしまうかもしれない。
そうすればもう、取り返しがつかない。
素性を明かせない直人には、こうするのが精一杯だった。
「頼むから⋯⋯一人にしてくれ」
それは命令ではなく、ある種の懇願。
直人という一人の強者が、初めて人に何かを願った瞬間だったかもしれない。
するとジャンヌは、今にも消え入りそうな声で言った。
「ナオト⋯⋯それでも私は諦めないわ」
そう言い残して、ゆっくりと静かに去っていくジャンヌ。
直人にこれ以上言葉を掛けることが何も生み出さないことを察したのか。
彼女の目には僅かに涙が浮かんでいた。
そして一人になる直人。
ふと無意識に、直人は置いてある紅茶を手に取った。
暖かかった紅茶は、もうとっくに冷めきっている。
カップに残ったお茶を全て口に流し込む直人。
だが何故だろう。先ほどまで美味しかったはずのそれは、全く味がしなかった。
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