第135話 最後の予選

最終予選会。この予選で勝ち上がれば夢の舞台スターズ・トーナメントの本戦だ。

その予選会場に姿を現す少年が一人、そう直人である。


最終予選はトーナメント。そしてこのような形の予選形式になっていた。

内容は異能を用いた真剣勝負。ただし、命に関わるようなダメージを受けることを避けるため、予選参加者は全員特殊なシールドマシーンを装備することになっている。

そのマシーンは衝撃や異能から体を保護してくれるもので、体全体を包み込むようにして覆うようにシールドが張られるよう設計されていた。


なおシールドは一定のダメージを与えられるとすぐに壊れてしまうが、予備として二つのシールドが追加内蔵されており瞬時に充填される。予備も含めたシールドも壊されてしまった場合は強制終了で、破壊した側の勝利となる。

制限時間は10分。10分経って強制終了とならなかった場合は壊されたシールドの枚数で勝敗を決め、枚数が同じ場合は試験官による判定で勝敗が決まる。

なお、決められた競技場の範囲を出ると自動で失格となる。


つまり、相手にどれだけダメージを与えられるかが勝敗のカギを握る、ある種最も直接的で分かりやすい競技となっていた。


トーナメント表によると、直人の決勝までの道のりは主にこんな感じだ。

一回戦を戦った後は、二回戦で早速本戦出場経験者とあたる。そして、それも撃破した場合はベスト16だ。なお第一シードの八重樫はベスト16から参戦する。

お互い順当に進めば、決勝で二人は戦うことになっていた。


会場に着いた直人は、係員の指示に従って控室に入る。

するとここで、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「葉島殿! 葉島殿ではござらぬか!!」


厚い眼鏡のレンズに、丸刈りの頭。

更衣室の隅で戦艦雑誌を読んでいた男がこちらを向くのを直人は見る。


「君は、瑛星学園の⋯⋯」


「丸井昭雄でゴザルっ!! 大和魂を引っさげ、根性でここまで這い上がってきたでゴザル!!」


何と3次予選会場にいたのは、瑛星学園で直人と同じ班だった丸井昭雄だった。

話を聞いたところ、彼は本当にここまで根性のみでやってきたらしい。


一次予選は心停止しかけるまで魔力を使ったことで何とか規定の距離まで岩を動かすことに成功し、二次予選は四肢が複雑骨折する重傷を負うのを厭わず、ボールを確保したらしい。異能による回復技術が無ければ、本当に再起不能になっていただろう。


「トーナメントの初戦が葉島殿と聞いた時は驚いたでゴザルよ!」


内心「マジで?」と思いながらトーナメント表を見る直人。

すると確かに、初戦に『瑛星学園 丸井昭雄』と書いてあった。

全然気づいていなかったとは言えない直人。すると、昭雄は右手を差し伸べる。


「良い試合をしようではありませぬか! 我らは既に同士ですからな!」


そう手を差し伸べる昭雄の手を固く握る直人。

純粋に、一人の友として昭雄は直人と戦うつもりなのだろう。


「あれ、君何でこんなところにいるの?」


するとここで、後ろから声が聞こえて来た。

この声も聞いたことがある。


「ダメだよ、ここは部外者は立ち入り禁止なんだから」


そう言ってくるのは、昭雄と同じく瑛星学園の制服を着た男子たち。

そしてかつては山宮学園の生徒だったはずの二人だった。


「小野寺。葉島は3次予選に残っているぞ」


「あーそうなんだ。知らなかったよ」


天野時丸と小野寺玲だった。

しかも、順当にいけば直人は3回戦で玲と当たる可能性があった。


「俺は八重樫先輩のブロックに入ってるから、どの道行けても3回戦までだろうな」


そう言う時丸は、ジロリと直人を見る。

彼は直人がここにいるのが理解できないといった様子だ。


「健吾は分かるし、若山が勝ち上がるのも分かる。でも、葉島が3次予選に残るとは思わなかった」


「確か、不正が疑われた人がいたんだよね?それって葉島くんのことじゃないの?」


そういってくる二人に、直人は素っ気なく言葉を返す。


「人の不正を疑う前に、自分たちの心配をした方がいいんじゃないか?」


すると玲が僅かに薄い笑みを浮かべる。

まるで、「何言ってるの?」とでも言うかのように。


「まあ、僕は勝ち組だからね。葉島と違って」


僅かに眉を顰める直人。

その言葉からは、人を嘲るような雰囲気を感じたからだ。


「何でかって? 確かに個人戦は無理ゲーさ。八重樫先輩がいるしね。でも、今年は瑛星学園は団体戦に出場していない。つまり、僕らには団体戦で、地方大会で好成績を収めた生徒の中から選ばれる『選抜チーム入り』の可能性があるんだよ」


「どういう意味か分かる?」と肩をすくめながら直人に言う玲。


「今回の予選大会でベスト8に入れば、選抜チーム入りは確定したようなものさ。どうせ予選上位は各校の団体戦でも団体戦メンバーになっているような人たちばかりだしね。1回戦と2回戦の相手が大したことないのは既に情報収集で分かってるし、だから僕は3回戦に勝ちさえすれば、本戦出場のノルマが果たせるわけだけど⋯⋯」


トーナメント表を見た後に、玲は直人と昭雄の顔を交互に見る。

順当に進めれば、玲と当たるのは3回戦。つまり、二人のどちらかになる可能性があるわけだが⋯⋯


「安心したよ。楽な相手でさ」


「そ、それは我々が弱いと申すのか!?」


玲からの挑発的な言葉にそう声を上げる昭雄。

しかし玲はそんな昭雄を冷めた目で見る。


「当然でしょ。君は死にかけながらここに来ただけだし、そもそもクラス的にも格下じゃん。葉島君は⋯⋯よく分かんないけど、見た目凄く弱そうだよね。健吾はいい奴だったから倒しにくいけど、君には特に思い入れもないからね」


まるで、すでに勝利が約束されているかのような様子の玲。

何より直人と昭雄を敵とも思ってないのが伝わってくる様子だった。


「山宮で無理して生きることに何の意味があるの? 賢く生きることを覚えなよ、葉島君。どんな方法でここまで来たか知らないけど、僕はこれで本戦出場者の肩書を貰える。まあ、これも僕のここが君より遥かに上だからだね」


トントンと、自分の頭を人差し指で叩く玲。

すると、係員の一人が予選一回戦の案内を行いに玲の所までやって来た。


「じゃあ、せいぜい僕の踏み台になってよ。ね、葉島くん?」


そんな言葉を残して去っていく玲。また時丸も同じく去っていった。

彼の言葉は終始、山宮に残った直人を嘲るような意味合いを含んでいた。


「何と失礼な人でゴザルか! 拙者は兎も角、葉島殿まであのように罵るとは!」


それを聞いて怒るのは昭雄だ。

するとそれと入れ違うようにして、今度は別の係員が直人と昭雄の所にやって来た。


「葉島直人さん、丸井昭雄さん。お時間です」


控室の扉が開き、スタジアムの中への通路が見える。

通路の上には『1回戦 葉島直人 vs 丸井昭雄』と書かれた電光表示板があった。


「行きますぞ葉島殿! 先程の無礼な輩に我らの戦いを見せつけてやろうではありませぬか!!」


「⋯⋯ああ」


二人は、スタジアムに向かって歩いていく。

そして第1回戦、直人対昭雄の戦いが始まった。




=========================



「グホッ⋯⋯お見事でゴザル⋯⋯」


パンチ3発、予備のシールドも粉砕した直人。

TKO勝ちの完全勝利で、直人に軍配が上がった。


昭雄も抵抗しようと立ち上がったが、それより先にレフェリーが昭雄を止めたのだ。直人の強烈なパンチで昭雄はシールド越しでも小さくないダメージを受けていたのである。だがそれでも、昭雄は最後までファイティングポーズを降ろさなかった。


昭雄は、試合終了と同時に大の字になる。

しかし観客席からは、健闘を称える声が聞こえて来た。


観客席には、直人も知っている顔が何人かいる。

特に前席で座っているのは、合同練習でも同じだった瑛星学園の生徒たちだった。


「丸井くーん! 頑張ったね!」


その声の主は、上里みどりだった。

更にその横には、相変わらず不気味なオーラを纏っている闇内静と、スタジアムの歓声の中でも爆睡している打良木真白。そして赤城原翔太郎がいた。


どうやら彼らも昭雄の応援に来ていたらしい。

因みに翔太郎は現在停学処分を受けているため、大会への出場権がない。


「葉島さーん! 応援してるからね!!」


「頑張って⋯⋯ウヒッ」


「ZZZ⋯⋯⋯」


『早く負けろ葉島。僕は凜様の応援に行かないといけないんだ』


約一名のテレパシーを除けば、昭雄を倒した直人に対しても好意的な様子だ。

しかしテレパシー越しにそうは言うもの、翔太郎は自ら席を立とうとはしない。

何やかんや言って、彼も直人を応援する気持ちがあるのかもしれない。


『応援ありがとう、と言うべきか?」


『勘違いするなよ葉島。僕は、自分を倒した人間が大したことの無い人間に倒されるのが嫌だから、仕方なくお前の試合を応援しているだけだ』


そんなやり取りが二人の間で交わされる。


翔太郎に目を合わせないようにしながら、横の三人に手を振る直人。

こうして直人は、2回戦への切符を掴むことに成功した。



==================



次の2回戦は、個人戦で本戦出場経験のある生徒だった。

前評判ではこの男子生徒と八重樫が決勝でぶつかる可能性が高いと言われていた。

因みに、直人はその生徒の名前すら把握していない。


「いざ正々堂々と勝負!! 山宮の葉島な⋯⋯!!」


ドガッ、ボカッ、グキッ、という鈍い音三連発が響く。

シールドが砕かれ、垂直落下した男子生徒はそのまま戦闘不能になる。

パンパンと手を叩く直人の先には、頭から地面に埋まった哀れな男の姿があった。


「し、試合終了!! 勝者、葉島直人!!」


カンカンと鐘の音が鳴るや、救急班が地面に埋まった男を助け出す。

それをバックに直人は、控室まで戻っていった。


まさかまさかの大番狂わせ。

直人はベスト16まで勝ち進み、そして迎えうつは⋯⋯


「やあ葉島君」


余裕たっぷりの様子の玲がいた。

彼もまた危なげない試合運びでベスト16に残っていたのである。

そしてすぐに始まるは第3試合。玲と直人の戦いだ。


「僕さあ、君に負ける要素が無いんだよね」


「⋯⋯何故だ?」


すると玲は言った。


「君は知らないだろうけど教えてあげるよ。僕は瑛星学園に来て、『マトイ』っていう凄い技術を教わったんだよ」


見ると、玲の体は薄い魔力の鎧が纏われていた。

どうやらこれで劇的な身体能力の向上を達成したらしい。恐らく先ほどまでの自信満々な様子は、それによって自信を得たからなのだろう。


「マトイを手に入れてからは、まるで生まれ変わったような気持ちだったよ。すぐに君にも教えてあげるよマトイの力を!」


だが直人は、玲にある種の憐みを感じていた。

余りにも矮小な世界の中でマウントを取ろうとするちっぽけな存在、ほんのごく僅かな力を得ただけで全能の神になったと錯覚する玲を感情の無い目で見つめる。


そしてスタジアムの中心にて、二人は向き合う。

ゴングの鐘の音と共に、戦いが始まった。


「マトイと強化術式を合わせた渾身の一撃を喰らえ!!」


マトイを得たことで身体能力が向上している玲は、空中を大きく跳躍して直人に蹴りを浴びせる。それを直人はひらりと交わした。

そして直人が前屈みになったほんの僅かな隙を、玲は捕える。顔が下を向き、完璧な死角になった角度から渾身の右フックを直人に浴びせようと拳を振りあげた。


「悪く思わないでよ葉島君! 全部君が弱いのが悪いんだからさ!!」


勝利を確信したが故のその言葉。

だが、それは叶わなかった。

ゴキッ!!という鈍い音と共に直人の顔に直撃する玲のパンチ。


「痛アアアアアッッ!!??」


そして砕けた。ただし直人の顔ではなく玲の拳が。

同時に玲が持っていたシールドが二枚同時に砕け散る。

拳のエネルギーがそのまま玲自身に跳ね返り、シールドが割れたのだ。


「お前に一つ言っておく」


直人の顔には傷一つない。

だがそれも当然だ。玲のマトイと直人のマトイは、いうなら綿菓子とチタン合金以上の強度の差があるのだ。それほどの差がある状態で玲が直人を殴っても、そのダメージは全て自分に跳ね返るだけである。


「お前が俺の名前を憶えていなかったように、俺もお前の名前は憶えていない。それは何故だか分かるか?」


人智を越えた力で顔をガッチリと掴み、玲を宙に浮かせる直人。

玲の顔に恐怖が映る。自分が、途轍もない相手に喧嘩を売っていたことに気付いたのだろう。


「俺が名前を憶えていない理由。それはお前が、記憶するだけの価値もない人間だからだ」


「ゆ⋯⋯ひゅ、ひゅるして⋯⋯!!」


「何故俺に許しを請うんだ? 俺は既にお前を許している。『無関心』という名の究極の罰で、お前を許しているぞ。それが俺から見たお前の評価だ」


玲の額に人差し指を当てる直人。

親指と人差し指をくっつけて、手に輪を作る。


「あと20年、マトイの修業をしてから出直して来い」


そして、デコピンが放たれた。

ある程度手加減したデコピンだったが、それでも威力は十分すぎたらしい。


無惨に砕け散る三枚目のシールドと、空中で10回転の衝撃映像と共に地面に墜落して気絶する玲。

最早テンカウントを数えるまでもない。勝者は明らかだった。


「勝者、葉島直人!!」


どよめく会場。そしてその次に沸き起こるは割れんばかりの大歓声。

突然現れたダークホースの存在に、会場は色めきだっていた。


「やはり葉島直人。ただのレベル1クラス生ではなかったな」


そんな中、控室の隅で一人テレビを見ながらそう呟く人影が一人。

彼もまた同様に、予選会をまるで単純作業の如く平然と突破していた。


彼の手には、赤く光る石のようなものが握られている。

そして彼はフッと、僅かに笑う。


「俺の賢者の石の出番が来たようだな。葉島はそれに値するだけの相手だ」


そして予選会は進み、遂に注目のマッチアップが実現する。

勝った方が本戦出場の大一番、予選会トーナメント決勝。


昨年度の男子個人戦王者の八重樫慶と、ダークホース葉島直人。

二人の直接対決の時がやって来た。

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