第136話 八重樫慶 vs 葉島直人

予選会決勝。昨年度王者の八重樫慶に対する注目度はマックスだった。

全国各地で行われている予選会の中でも注目の試合はテレビやネットでも中継されているが、八重樫の予選会はまさに垂涎の的。


誰もが勝利を疑わない。八重樫という男に死角はない。

そして『賢者の石』を破った同学年生は誰もいない。

勝利を前提として行われる彼の試合は、賭けが成立しない程の圧倒的な『八重樫慶の勝利』という仮定の元に行われるのである。


そして迎えた予選会決勝戦。

八重樫慶の前にいるのは、謎の少年だった。


余りにも無名すぎてデータがない。当然、どんな戦術を使うかも分からない。

だが世間は、それでも八重樫の圧倒的な勝利を疑わない。

唯一勝利を疑っていたのは、対峙する八重樫自身だったかもしれない。


「葉島直人。やはり決勝まで残ったか」


八重樫の手には赤い石が握られている。

彼の持つ固有能力『賢者の石』によって具現化されたものだ。


「予選会で賢者の石を使うのは初めてだ。それは何故だか分かるか? お前が、それほどの脅威だと俺自身が認識しているからだ」


「⋯過大評価しすぎですよ」


「いや、過大評価ではない。それはお前自身が一番分かってるだろう?」


スタジアムの端と端に立つ、八重樫と直人。

レフェリーがバッと手を挙げる。


「それでは、始め!!」


カーン!という音と共に試合開始のゴングが鳴った。

すると、八重樫の持つ賢者の石が途端に強烈な赤い光を放ち始める。


「葉島直人。お前に、俺の賢者の石の効力を見抜くことが出来るか?」


直人と八重樫の間は、20メートルほどの距離がある。

だが直人は直感していた。八重樫に対して不用意に踏み込むことは出来ないと。

何故なら彼の経験が、賢者の石の特性を早くも見抜きつつあったからだ。


「賢者の石は、『範囲』が大きく関わる異能力。僕はそう判断します」


石を中心とした範囲内で何かが起きる。

そしてその範囲内にいる限り、八重樫は賢者の石を恩恵を受け続ける。


すると、ここで八重樫が動いた。


「そうか? なら、お前は俺の力を全く分析できていないということだな」


その瞬間、八重樫は目にも止まらぬ速さで熱光線を放った。

異能ランクはB級相当。高熱で相手にダメージを与える異能だ。

だが直人はそれを躱す。跳躍して躱すと、直人の足元が高熱で溶けた。


「お前にヒントをやろう」


すると、八重樫は僅かに一歩ほど後ろに下がった。

見ると八重樫の足元のスタジアムのタイルが、僅かに抉れている。


(タイルが⋯⋯なくなっている?)


「葉島に与えられるヒントはこれだけだ。さあ、ここからは手加減無しの真剣勝負を始めるぞ!!」


風、強化障壁、炎。

ありとあらゆる属性の異能力が一斉に八重樫を包む。

異能力がスタジアム全体に放たれ、フィールドを破壊した。


「俺を楽しませてみろ! 葉島直人!!」



==================



そして視点が切り替わる。


瑛星学園のみどり、静、真白そして昭雄の四人は呆然とフィールドを見つめていた。

目の前で起こっているバトルは、彼らの理解を越えていた。


「今、八重樫さんは何をしたの?」


「ウヒッ⋯⋯全然見えない」


「葉島殿も何故今の攻撃を躱せるのでゴザルか? 拙者には、八重樫殿のモーションすらも目で捕えることが出来なかったでゴザルが⋯⋯」


フィールドの3分の1が崩壊し、熱と冷気の入り混じる修羅の世界。

ありとあらゆる異能力を、無制限に放ち続ける八重樫の魔力総量は最早常軌を逸脱している。普通ならとっくに魔力切れをおこしているはずなのに、魔力が尽きる気配がない。


だがその異能の嵐を、傷一つ負わずに逃げる直人もまた超人だ。


「八重樫慶。確かに強いな」


翔太郎から見ても、八重樫の火力は相当だった。

何より魔力をあれだけ無制限に放ち続けることは翔太郎でも出来ない。


「キワミを極めているのか? でなければ、あんなことは出来ないはずだ」


「キワミってえ⋯⋯なに?」


「異能を使うときの魔力消費を大幅に減らす技術だよ。もしかしたら、八重樫慶はその技術を持っているのかもしれない」


真白の言葉にそう返す翔太郎。

だが、彼は一抹の違和感を感じていた。


「⋯⋯何かがおかしい」


すると翔太郎は、彼らの立つフィールドを目を凝らして観察した。

一見すれば、フィールドは八重樫の異能によってボロボロになっている。しかし、翔太郎はそのフィールドの傷つき方に違和感を覚えていた。


「葉島の居るところは、それほど床がダメージを受けていない。なのに、何故か攻撃している側の八重樫慶の方が床のダメージが大きいように見える」


異能の攻撃によるダメージでフィールドが傷ついているのだろうか。

だがそれならば、直人の立つ側の方が傷ついていなければおかしい。

何故なら攻撃を受けているのは直人なのだから。


「⋯⋯キワミじゃない。これは、八重樫の持つ何らかの力が異能力を無制限に使わせているんだ!」


「ということは、その根源を断たない限り八重樫殿の攻撃は永遠に続くということでゴザルか!?」


「そうだ。それを何とかしないと葉島は攻撃を受ける一方になるし、このままじゃ攻撃を躱すことは出来ても、判定に持ち込まれたら葉島が負けてしまうよ」


八重樫の手に握られた赤い石。

それが何らかの作用を及ぼして異能力を無制限に使わせている。

翔太郎はそう推理していた。


対して、逃げるだけの防戦一方となっている直人。

するとここで八重樫が口を開いた。


「距離を取っていればダメージはない。そう言いたげな様子だな」


すると、八重樫は右手を出す。


「その浅はかな考えに終止符を打ってやろう」


パチン!と指を鳴らす八重樫。

その瞬間、直人の予想外な事態が起きた。


「ようこそ。歓迎しよう」


直人は八重樫の目の前に立っていた。

そしていつの間に、八重樫の手には如意棒のような棒が握られている。


そして振り下ろされる如意棒。だが直撃した一撃は、直人のマトイで粉砕される。

しかしそれは、直人に対する初めてのクリーンヒットだった。


返しのカウンターを浴びせようとする直人。

しかし気付いた時には八重樫の姿は目の前から消えていた。

八重樫の姿は、直人から10メートル以上離れたところにある。


「⋯⋯瞬間移動か?」


直人は考える。ふとここで、直人は床を見た。

ここで彼はあることに気付く。


(瞬間移動じゃない。俺は八重樫先輩の目の前まで『移動させられた』んだ)


何故なら、八重樫の如意棒の一撃を受けた時は床が今よりも荒れていた。

つまり八重樫が直人の場所まで移動して来たのではなく、『直人が』八重樫の位置まで移動させられた。つまり厳密には純粋な瞬間移動ではなく疑似的な瞬間移動。何らかの過程の中で結果的に瞬間移動したのを、八重樫は瞬間移動に見せかけたのだ。


そして、その何らかの過程こそが八重樫の力の根源。

つまり『賢者の石』の真髄であると直人は考える。


ここで、直人はあることを思い出した。

かつて直人たちが生徒会室にて種石快の陰謀によって幽閉されそうになった時に、八重樫は何らかの力を使って直人を除く全員をその場から脱出させた。

直人はそれを、マキを通じて大道和美から聞いていた。


(その時の瞬間移動も、今のと同じカラクリか?)


そして次に直人は、荒れ続けるスタジアムの床に目を向ける。

八重樫を中心としてスタジアムのステージはどんどん傷つき、ひび割れていく。一見すればそれは、八重樫の放つ異能によるものに見える。


崩壊していくフィールド。疑似瞬間移動。

そして、尽きることの無い魔力。


(⋯⋯⋯成程。理解したよ)


直人は理解した。


八重樫慶が持つ賢者の石の力。その真髄を。



=========================




八重樫はどうしても知りたかった。

目の前の男。葉島直人がどれほどの強さなのか。

そして彼から放たれる得体の知れない何かの正体を。


賢者の石。それは、彼の持つA級+ランク相当の固有能力。

悪意を持ってこの力を使うことは許されず、違法に使えば永久に異能を使うことを禁じられる。それほどの強力な力だった。


当然ながら同世代では敵なし。

既にスターズ・トーナメントを二年生ながら制し、最強高校生の名を不動のものにしているこの男に勝てる人間はいない。

そう、そのはずなのだ。


「八重樫先輩。貴方の賢者の石の力を見抜きました」


だが、目の前のその少年はそう言い切った。

それは虚言の類ではなく、明確な確信の元に放たれた言葉。

彼は、言い放った。


「賢者の石は、『物体を魔力に変換する力』です」


それは、八重樫の決して揺るがぬはずのメンタルを大きく揺さぶった。

直人が床に転がる石を拾ったのすら一瞬見落としかけてしまうほどに。


次の瞬間、直人は凄まじいスピードで八重樫に石を投げつけた。

だがそれとほぼ同時に石が赤く光る。すると石はまるで幻のように消えてしまった。


「今、僕が投げた石は先輩の魔力になったんです。壊れていくスタジアムを見て確信しました。スタジアムが壊れていったのは、先輩が異能で壊したからじゃない。先輩がスタジアムの床、言い換えるなら『物体』を自身の『魔力』に変換したからです」


八重樫が無尽蔵に魔力を使えた理由。

それは彼の魔力総力が飛び抜けていたからではなく、足りなくなった魔力を周りの物体を魔力に変換することで補っていたからだ。


「また、先輩は逆に魔力を物体に変換することも出来る。だから無の状態から棒を生み出すことが出来たんです」


だが、それを聞いた八重樫はフッと僅かに笑って言った。


「それだけでは説明が不十分だな。なら俺はどうやって、葉島を瞬間移動させたんだ?」


すると、直人は言った。


「物体を魔力に変換し、そしてもう一度物体に変換したんでしょう? ここで言う物体とは僕自身、つまり人間のことですよ」


直人は話を続ける。


「瞬間移動とは、物体が別の場所に移動することです。でも先輩の瞬間移動は、物体が移動するまでの間に別の工程がある。そう、物体を魔力に変換するという工程が」


何故、直人が瞬間移動したのか。

それは、八重樫の賢者の石が直人を物体と認識して魔力に変換し、そして瞬時にその魔力を肉体として再生させたからだ。そう、八重樫の目の前にである。

離れる時も同じ理屈だ。目の前にある直人の肉体を魔力に変換し、座標を10メートル離して肉体を再構築した。


種石快の幽閉計画から逃れたのも同じ理屈だ。

賢者の石の力で全員の肉体を魔力に変換し、遠く離れた場所で再構築する。

これによって疑似的な瞬間移動が成立したのだ。


「どうですか? 八重樫先輩」


フウと、息を吐く八重樫。

それはある種の観念に近いものだった。

同時に、直人の言葉が正しいものであることも示していたか。


「満点回答だ。俺の賢者の石の能力は物体を魔力に、また魔力を物体に変換する力だ。だが束縛もあり、生命ある物には自動で魔力に変換した後、強制的に物体に再構成させられるオプションも付いている」


もしそれが無ければ賢者の石の力が及ぶ範囲の全ての人間を魔力に変える、つまり消失させることが可能になってしまう。それを避けるための追加効果だろう。


「だが、それが分かっても問題は解決していないぞ?」


ガガガッ!!という音と共に激しく抉れるフィールド。

それは八重樫が魔力を充填した証拠だった。


「俺を倒す術をお前は持っているのか? さあ、見せて見ろ葉島!! お前の全てを、この俺にぶつけてみろ!!」


鳴り響く指パッチン。

直人の体が再び瞬間移動する。


移動した先は八重樫の上空10メートル。

そして八重樫は、A級異能を唱えた。


『龍舞竜巻《ザ・タイフーン》!!』


まるで空中をミキサーでかき混ぜるが如く、真空刃を伴った竜巻が生み出される。

異能障壁で守られているはずの観客席から伝わる衝撃は、その能力の凄まじさを如実に表していた。


だが、直人のマトイはそれをも跳ね返した。

竜巻の渦をマトイのパワーが吹き飛ばし、空気の渦の監獄から脱出する直人。

そして狙うは、真下にいる八重樫。


「まだ試合は終わらないぞ!!」


その瞬間、八重樫の持つ賢者の石が赤く光った。

直人に向けられるその光は、瞬間移動の兆候。

危機を察知した八重樫が、直人を移動させようとしたのだ。


だが、ここで八重樫にとっての不測の事態が起きた。


「移動しない⋯⋯だと!?」


発動しているはずの賢者の石。

だが直人は飛ばされない。そのまま八重樫目掛けて落ちてくる。

直人は賢者の石が持つ瞬間移動能力を破るための方法を既に編み出していたのだ。


「賢者の石の瞬間移動から身を守る方法。それは、賢者の石に『物体』であると認識されないようにすることです」


五大体術の一つ、ハライ。

幻術を打ち破る力であり、魔力の痕跡を消すのにも用いられる力。

同時にそれは、人の気配を消すのにも用いられる力であった。


「ハライを極めた僕の存在を、先輩の持つ賢者の石は認識することが出来ない。物体を認識できなければ、僕を転送させることは出来ません」


拳を振り上げる直人。

その手にマトイは込められていない。だが、それで十分なことは分かっていた。


「勝ったのは、僕です」


そして直人から放たれたパンチが八重樫を貫いた。

粉砕されるシールド。八重樫は直人のパンチが、予備の二つのシールドも纏めて破壊したことをその強烈なパンチの力越しに理解していた。

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