第133話 臥龍の手紙

ここは、DH協会本部にある部屋の一室。

いくつかのデスクが並んでおり、そのなかの一つに手紙がいくつか置いてあった。

そしてデスクに座って早々に、それを見つけるのは小柄な少女だ。


「ゴールデンナンバーズ入りおめでと。歓迎するよ」


「DH最高戦力の一人としての自覚を持つのだ。中村のナンバーズ入りを歓迎する」


表にNO4、NO5と書かれた手紙を見るのは椿だった。

それに付属される形で、銀色のバッヂが机に置いてある。


「若いのに凄いわね。もうそんな所まで来ちゃったなんて」


するとその様子を見た一人の女性が椿の元にやって来た。

彼女の名前は加藤理沙。DHになりたてだった頃の椿の元教官だった人でもある。


「加藤さん! 来てたんですか!?」


「スターズ・トーナメントの見張りの仕事でね。貴方も聞いているでしょう?」


ドン・ファーザーの日本入国はDH達の間でも全員が知る所となっていた。

それもあり、各予選会場ではDH達が怪しい人物がいないか巡回している。

因みに椿はスターズ・トーナメントの本戦でNO4、NO5と共に大会の見張りをすることになっている。本戦の監視は過去最大規模に大きいものになっていた。


「あらあら、貴方またそれを見てたのね?」


ふと、椿の机の上に置いてあるタブレットを見る理沙。

すると椿の顔が途端に真っ赤になった。


「もう、何百回も見てるじゃない。なのにまだ見足りないの?」


タブレットに映っているもの、それは椿の憧れだった。

数年ぶりに現れ、驚異の剣技を見せた伝説の男の姿を彼女はもう何百回も見ていた。

氷の大地の上で、S級を討伐したその威風堂々たる姿にくぎ付けになってしまう椿。


「⋯⋯椿、分かったんです。やっぱり自分はまだまだ弱いって」


椿は正直だった。

その男、臥龍の太刀筋は目に焼き付くほど見たはずなのに。なのに、もし自分が戦う側になって臥龍と対峙したらどうなるか彼女は分かっていた。


「臥龍さんの剣、何回見ても避けられる気がしないです。あまりにも速すぎて⋯⋯」


「同じことを羅刹も言っていたわ。人には見せられない顔でね」


フフッ、と笑う理沙。

ある一説では、臥龍は体の衰えが理由で引退したという噂話まであった。しかし今回のパンドラ討伐でそれらの話が全て一蹴される。彼の剣は全く錆びていなかった。


「最後まで彼らしかったわね。特級朱雀賞も結局受け取らなかったようだし、また雲隠れしてしまったし。ああ、それと⋯⋯」


すると理沙は言葉を続けた。


「臥龍から、椿宛てに手紙が来てるわよ」


「ええっ!?」


「彼と面識あったの? 彼から手紙なんて今まで誰も貰ったことないのに」


そう言いながら、理沙は椿に白い封筒に入った手紙を渡す。

匿名でDH協会の事務所に送られてきたものらしい。手紙の最後に記されたサインの筆跡と、付属で渡された椿へのプレゼントでそれが臥龍本人の物と分かったようだ。


高まる心臓の鼓動を感じる椿。

震える手で封筒の封を開けると、そこにはペンで書かれた手紙が入っていた。


『椿、ゴールデン・ナンバーズ入りおめでとう。君を最初に助けたその時から、こんな時が来ると思ってたよ』


「⋯⋯⋯!! 覚えていてくれたんだ!」


昔、椿は臥龍に命を救われていた。

蟷螂型のDBにダンジョンの内部で襲われ、彼女は命を落としかけた。そこを助けたのが臥龍。そしてそれをきっかけに、彼女は臥龍に憧れるようになったのだ。

しかし、椿はそれを臥龍は覚えていないと思っていた。


『あの時落とした小刀を、君は持っていてくれてるんだろう? 僕の弟子の、直人から詳しい話は聞いているよ。直人は君のお兄さんの同級生らしいね』


「直人さんが⋯⋯臥龍さんの弟子!?」


驚く椿。兄の同級生である直人と臥龍に、師弟関係があるとは想像もしていなかった。だが思い返してみれば、直人は少し普通の人と発言が違ったような気もする。

それは臥龍から、普通は知りえない情報を聞いていたからなのだろうか。


『直人は僕の弟子だ。異能力は使えないけれど、その強さは僕が認めているよ。もし困ったことがあったら、彼に頼るといい。きっと助けになってくれるはずさ』


そこからは、暫く直人から聞いたという臥龍の話が続いた。

学校では健吾が生徒会の一員になったこと、また健吾と直人は仲良くやっていることなど、他愛もない話が続く。


しかし数文ほど進んだところで、話が徐々に変わっていく。


『実は今、非常に危険な人物が君たちの周りにいることが分かった。その人物の性別は恐らく女性で、椿と君のお兄さんを狙っている可能性がある』


「椿と、お兄ちゃんを狙ってる⋯⋯?」


『もしかすると、君よりも強い力を持っている可能性もある危険な人物だ。だから僕から直人に、万が一のことがあったら君たちを守るように言っておいた』


すると封筒の奥からコロンと小さく黒いブザーの様なものが転がり出てきた。


『手紙と一緒に入れてあるのは、直人と直接繋がっているトランシーバーだ。そこにあるスイッチを押せば、直人にSOSのサインが届く。彼は強い、間違いなく君を助けてくれると僕が保証するよ。困ったら遠慮なく押してくれ、それほど危険な相手だ』


封筒に入っていたのは、直人に助けを求めるためのトランシーバーだった。

すると手紙の最後に、臥龍はこう綴っていた。


『いつか、君と直接会える日を楽しみにしている』


そっと、手紙を閉じる椿。

慎重に手紙を封筒に戻すと、鍵付きの引き出しに封筒を入れた。


「どんなこと書いてあったの?」


理沙が早速手紙の中身を聞いてくる。

椿は、危険な人物が椿の近くにいる可能性があるということを理沙に伝えた。

そして、ボディーガードとして直人に繋がるトランシーバーを渡されたことも。


すると、理沙が椿にポツリと言った。


「大事にされてるのね」


「えっ?」


「臥龍って現役時代は凄くぶっきらぼうで、ゴールデンナンバーズの人たちからはかなり嫌われていたって聞いたことあるの。でも、貴方に対してだけは違うみたい」


すると廊下を、一人の人影が通り過ぎる。

通るのは、NO1、またの名を羅刹。日本最強のDHだ。

理沙は少し声を小さくする。


「特に、桜は臥龍のことが本当に嫌いだったみたい。模擬戦でもずっと勝てなくて、控室であの子が泣いているのを何度も見たことがあるわ。そして臥龍からNO1を受け継いでからは連日力不足と言われ続けて⋯⋯相当辛いはずよ」


「桜って⋯⋯?」


「あら、羅刹の本名を知らない? 羅生院らしょういんさくら。それがあの子の本名よ」


すると理沙はポケットから煙草を取り出すと、カチンとライターで火を点ける。


「羅刹って名前も、元々臥龍に名前負けしないために協会の上層部があの子に無理やり付けさせたって聞いたことがあるわ。でも、あの子の中は未だにそれを飲み込めてないのかもしれないわね」


数分ほど何も言わずに煙草を吸った後、灰皿に煙草を押し付ける理沙。


「私たちDHは孤独な仕事よ。皆苦しんで、葛藤しながら毎日戦ってる。でも臥龍だけはそう見えなかったのが、皆の怒りを買ったのかもしれないわね」


理沙の言っている意味を理解しかねている様子の椿。

すると灰皿を洗いながら彼女は続けた。


「貴方の憧れの人はね、本当に強いの。強くて強くて、強すぎて、それで何でもできちゃう人だったのよ。そういう人がいると自ずと周りからも要求も上がっていく、そして私たちはどんどんパンクしていく。そう、臥龍以外の全員がね⋯⋯」


昔の記憶に思いを馳せる理沙。

きっとそこには、臥龍が居た時代の記憶があるのだろう。


「私は、中村さんに臥龍についていける人になってほしいと思ってる。私達が出来なかったことを、きっと貴方なら出来る。そう思うわ」


灰皿を机に置くと。そう言って理沙は去っていった。

そして残されるのは、理沙の言葉の意味を今一つ理解しきれていない椿。


だがそんな彼女の耳に、早速DH隊員召集のブザーの音が聞こえて来た。


『C地区南西にてダンジョン発生、至急急行せよ』


「いけない! 遅刻しちゃう!!」


立ち上がり、部屋を出ようとする椿。

すると机に封筒に入っていた黒いトランシーバーが置いてあることに気が付いた。

一瞬、持って行こうか悩む椿。でもすぐに、彼女は臥龍の手紙に従った。


ポケットに小さな黒いそれを入れる椿。

そして、スーツの襟を正すと彼女は部屋を出て行った。

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