第132話 アークテフェス社
いつものバー、フォールナイトにて、
「ちょっと、どうしちゃったんだい直人。君が二次予選通過って聞いた時は耳を疑ったよ。君のことだからわざと脱落しそうだと思ってたのに」
マキに今日起こったことについて説明する直人。
二次予選で脱落するつもりが、ジャンヌに干渉されて結果的に通過してしまったこと。そして、ドン・ファーザーが残した書置きのこと。
「予言に従って動いている、ねえ⋯⋯」
「ラミアの予言は僕も知っています。でも、ブルースは確か対になるもう一枚の予言があると言ってたのでは?」
「ああそうさ。もしかしたらあのオヤジは、もう一枚の予言書に従って動いているのかもしれないねえ」
『6人の悪魔は5人となり、ブドウ畑の中心で男は女に死を与えられる。女は偽りの皮を被り、同士を探しに往くだろう。気づいても、気づいてはならない。女に逆らってはならない。気づけば道化師の道を歩むだろう⋯⋯』
これがブルースが見つけた予言の内容だ。
そしてこれと対になるもう一枚の予言が存在しており、恐らくドン・ファーザーはそのもう一枚の予言と重ねて何らかの未来を見通した。その結果、日本にやってきて何かをしようとしている。マキはそう考えていた。
「アタシが知りたいのは、予言に書かれた『女』の正体さ。男に死を与え、偽りの皮を被り、同士を探しに行く女ってのは誰のことだい?」
「逆らってはならないというのも気になります。それに女に殺される男とは誰なのかも気になりますね。つまり、仮にその女に正体を見抜いたことを知られれば、何らかの危害を加えられる可能性があるということでしょう」
「つまり、口封じってことかい?」
「迂闊に相手をして良い存在ではないということでしょう。恐らくその『女』はかなりの脅威。そして、恐らく人殺しも厭わない冷酷な存在です」
そんな人物が、今日本に居る。そして誰かを狙っている。
実に恐ろしく、そして危険な状況と言えた。
「6人の悪魔が5人になる⋯⋯というのはどういうことだい?」
「分かりません。悪魔というのが誰を指しているのか、この予言には全く具体的なことが書いてありませんから」
「いずれにせよ、もう一枚の予言を早く手に入れたいところだね。直人は、予言の在処について思い当たる節はあるかい?」
しかし、直人は軽く首を横に振る。
「僕がドン・ファーザーだったら、肌身離さず持って置くでしょう。もしそうでないのなら、それ以上に信頼のおける人に預けるか隠しておきます」
「それが当たり前だね。しっかし、そんなモンを見つけ出すなんていくらアタシらでも出来ることと、出来ないことがあるってのさあ⋯⋯⋯」
早くもお手上げとばかりのマキ。
しかしここで彼女はふとこんな事を言い出した。
「ところで、直人。君、舞姫ちゃんに何かやったかい?」
「⋯⋯? 別に、何もしていませんが?」
「あの子ね、最近瞑想する時間がやたらと長いんだよ。集中力が高いのは悪いことじゃないんだけど、なんか気になってねえ⋯⋯まるで嫌なことを無理矢理忘れようとしているみたいでさ」
「もしや、榊原の当主から何らかの攻撃を受けているのでは? なら、今すぐにでも撃退する必要があります」
瞑想室に目を向ける二人。
摩耶特設の瞑想部屋は、彼女が異能の練度を高めるために作られた個室だ。
中には瞑想の深さに応じて花が咲くマキが開発した木がいくつか用意されている。
「そうかい? 前に君が居ない時に話した時は、何か妙なことを言ってたけどねえ」
「妙なこと?」
「確か、『チューしてた』とか『私も頑張ればあれくらい⋯⋯』とかブツブツ言ってたよ。最初は気がおかしくなっちゃったのかと心配したけどね、でも話を聞いてたらどうやらその原因は君にありそうなんだよねえ」
その刹那、少しだけマキの目が怪しく光る。
するとマキは、直人の前に一枚の写真を見せた。
そしてそこに映っていたのは⋯⋯
「⋯⋯⋯!!」
「説明してもらおうか直人。いや、プレイボーイ君」
そこには、金髪美少女とイチャコラしている直人の姿がある。
どこで撮られたのか、そもそもこれは何なのか。
「何があったのか口では言えないって言うから、アタシが作った念写カメラであの子の頭の中にあるビジョンを映し出したのさ。で、この子は誰だい?」
「ちょ、ちょっと待ってください! これは完全な誤解で⋯⋯!」
「ホー、言ってくれるじゃないかい。アニイちゃんでは足りずに、第2のガールフレンドを用意するなんてさ。これがあの子に知られたらどうなるかねえ」
あの子とはアニイのことだ。彼女にこれを知られたらどうなるか。
きっとユーラシア大陸が吹き飛ぶくらいのことはあるかもしれない。
そんなことを思いながら、直人は反論する。
「この人は、ドン・ファーザーの遣いです。名前はジャンヌ・ルノワール。マキさんも名前を聞いたことはあるはずです」
「水王だろ? へえ、この子がジャンヌ⋯⋯派手な子だねえ」
陽の化身の様なジャンヌを見て、マキは何を思うのか。
一先ず、写真を置くマキ。
「つまり、そのジャンヌが向こうから言い寄って来ただけだと?」
「そうです。突然現れて、あっという間に去っていったんですよ」
「ジャンヌを見て「可愛いなあ」とか「付き合いたいなあ」とは思わなかったと?」
「それはまあ⋯⋯綺麗な人だと思いましたが」
瞑想室から、妙な異音が聞こえてくる。
バキバキ⋯⋯という背筋に寒気がするような音だ。
加えて心をギュッと握られるような、謎の魔力波も漂ってくる。
「⋯⋯中に、いるんですか?」
「全部会話も聞こえてるかもねえ」
固く閉じられた瞑想室の中に誰が居るのか、名前を言わずとも明らかだ。
直人は、フウと息を吐いた後に話を続ける。
「ジャンヌが何を考えているかは知りませんが、彼女についていく気はありません。何より彼女がドン・ファーザーの手の者であるのが明らかな以上、警戒すべき存在であることは間違いないですから」
チラッと、瞑想室を見るマキ。
先程までの魔力波が少しだけ穏やかになっていた。
するとマキは直人に言った。
「アタシも同意見だよ。何より、ジャンヌ・ルノワールはフランス全土でも屈指のDHの一人。そんな子をここに連れてくるというのは、本来国防的観点から見てあまり良いことじゃない。じゃあ、何でここにジャンヌを連れて来たんだろうねえ」
「何らかの意図がある⋯⋯ということですか?」
「意図自体は割と分かりやすいと思うわさ。そもそもドン・ファーザーのオヤジ自身も相当な使い手。並のことだったらオヤジ一人で何とか出来る、そこにジャンヌを呼んだってことは、オヤジ一人では不安なことが起きている可能性があるのさ」
今一つ、マキの言わんとしていることを掴み切れない直人。
するとマキは、はっきりと言い切った。
「アタシはこう思うよ。恐らくドン・ファーザーがやろうとしていることは二つさ」
マキは人差し指を立てて続ける。
「まず一つ。それは、日本にいる有望で若い異能使いの引き抜き。例えば中村椿ちゃんとか、君の同級生で王の御前とかいう力を持っている中村健吾君。異能力マニアなオヤジの性格を考えると、真っ先に狙いそうなのはそこだね」
「それは非常に可能性が高いと思いますが⋯⋯もう一つは何ですか?」
するとマキは、少しだけ声のトーンを落とす。
瞑想室にいるであろう摩耶には聞こえない位の声量だ。
「予言に書いてある『女』を返り討ちにしたがってるんじゃないかい? じゃないと、自分がその女に殺されちまうと考えてさ」
「それって⋯⋯女に殺される男がまさかドン・ファーザーだと?」
「きっと、対になるもう一枚の予言に自分が殺されると書いてあったんだよ。そしてその女が日本にいるという何らかの確信があるんだろうね。だから、先手を打ってあわよくば先に、その女を殺してやろうとしてるんじゃないかい?」
「しかし、ドン・ファーザーとジャンヌ。この二人でなければ、倒し切れない可能性がある存在とは、一体どんな人物なんでしょうか?」
すると、マキは何も言わずただ直人を見つめる。
そしてそれを直人もまた同様に見つめ返す。
ジワジワと、二人の間で何かの共通認識が広がりつつあった。
「オヤジとジャンヌの二人がかりでなければ太刀打ちできないレベルの化物。アタシらは、それに該当するレベルの連中と戦ったことがあるじゃないか」
その名前は二人の口から同時に飛び出した。
「「コードゼロ」」
闇の世界でも屈指の怪物にして、脅威の象徴だったコードゼロ。
だが彼は臥龍の斬撃の前に沈み、そして息絶えた。
『6人の悪魔が5人となり』
もし、その『女』がコードゼロの仲間だとしたら?
失われた悪魔の一人がコードゼロだとしたら?
『女は偽りの皮を被り、同士を探しに往くだろう』
欠席となったコードゼロの後釜を探すために、女が日本にいるとしたら?
『全ては巨悪から若い才を、そしてジャンヌを守るためだ』
ドン・ファーザーはこう言っていた。
巨悪から才を守るため。もし巨悪が偽りの皮を被った女のことを指すとするなら。
「女は、アークテフェス社の関係者かもしれません」
アークテフェス社。
それは、臥龍の永遠の宿敵。そして最凶の戦闘集団。
全ての巨悪の根源でありその中心に座るのは6人の幹部たち。
そしてコードゼロもまた、その幹部の一人だった。
その全員がS級DBに匹敵、または越える力を持ち、闇社会ではもはや知らぬものは存在しない。いや、それは闇社会に限らない。各国の首脳、大統領、首相、国王に至るまで、そのほぼ全員がアークテフェス社の軍門に下っている。
何故なら下らぬ者は、そもそもその地位まで辿り着くことは出来ないからだ。
表も裏も、世界の全てを牛耳る存在。世間一般には知られず、権力者の間では名が轟くまるで都市伝説の様な最高権力組織。それがアークテフェス社なのである。
「コードゼロを殺した僕への復讐ではないのですか?」
「違うね。奴らはそんなみみっちいことをするタマじゃない。日本に来た理由は恐らく仲間集め。つまり『アークテフェス社の幹部になりえる人材』がいるんだよ」
「この日本に⋯⋯ですか?」
「ドン・ファーザーのオヤジはそれを止めに来たのさ。だから、君に余計な手出しをするなと言ったんだ。きっと君の介入が面倒な事態を招くと思ってるんだろうね」
するとここで、直人はハッと気づくように言った。
「まさか、椿と健吾がその幹部候補なんじゃ⋯⋯!!」
「可能性はあるね。もしそうなら最悪だよ」
こめかみを押さえるマキ。
全く同じアクションを直人も起こしていた。
「偽りの皮を被った女。変装なのか、本当に文字通り皮を被ってるのかは分からない。けどそいつがアークテフェス社の幹部級だったら、この日本でそいつを止められるのは直人、君だけだよ」
「ええ。分かっています」
コードゼロと同等の力をもつ存在であれば、倒せる存在も限られる。
「スターズ・トーナメント本戦までに偽りの女を探し出す。これがアタシらの最重要事項ということでいいかい?」
「了解しました。それと椿、健吾の身辺保護も行いましょう」
偽りの女。そしてドン・ファーザー。
巨大な二つの思惑の中で、それらが少しずつ一カ所に集まりつつあるような。
そんな兆候が訪れつつあった。
軽く頷いてパンパンと手を叩くマキ。話の終わりを知らせるものだろうか。
するとキイッ⋯と不気味な音を立てて瞑想室の扉が開いた。
「お疲れ。瞑想は順調かい?」
「⋯⋯⋯⋯」
魔力のうねりで、艶のある長い黒髪がウェーブしている。
まるでメデューサを思わせるような様相の摩耶が現れた。
「良かったね。直人はまだ誰のモノでもないってさ」
「何ですか、その売れないアイドルみたいな⋯⋯⋯」
しかし摩耶は何も言わず、直人とは視線も合わせずに自室に入るとバタン!と扉を閉めてしまった。アレ以降、直人と摩耶は一言も言葉を交わしていない。
「⋯⋯何で、怒ってるんですか?」
「何でだと思う?」
直人の質問に、質問で返すマキ。
困惑する直人を見るマキは、何か面白がっているようなそんな様子だった。
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