第131話 要注意人物
スターズ・トーナメントの予選会は短期間で一気に行われる。
普段であれば、毎年数週の間を開けた後に順序を追って行われるのだが、今年はパンドラ襲来の影響で、日程が大幅にずれ込んでいるのが大きな要因だ。
全国各地で行われた第二次予選の時点での合格者はおよそ10000人。
そして第三次予選ではそれが更に10分の1になり、四次予選では200人まで絞られる。ここまで来ると、もう残るのは相応の実力者だ。
「志納。まずは予選会ご苦労だった」
「⋯⋯⋯⋯」
「本当に喋らないわね、この子⋯⋯」
「志納玄聖に長く抑え込まれていたからな。人とのコミュニケ―ションに慣れるまではもう少しかかるだろう」
ここは生徒会室。そこには生徒会の三年生の三人がいた。
しかし団長の八重樫慶、副団長の星野アンナの二人とは別に見慣れない人物がいる。
鉄仮面かと思わせるほどに表情がピクリとも変わらず、銀色の髪を肩辺りでバッサリと切り揃えている女子。また、口も堅く閉ざされている。
彼女の名前は志納篝。この生徒連合団の正式な広報委員長である。
彼女には非常に厄介な固有スキルが備わっており、その影響で彼女の体は長く志納玄聖という別人格によって支配されていた。
また人前では滅多に口を開かず、人とのコミュニケーションはたまに見せるボディランゲージか、仲の良い一部の女子に対して漏らすほんの僅かな言葉のみ。
そんな彼女がよりにもよって広報委員長という座に就いているのには理由があった。
「テレパシーは、まだ使えない?」
コクリと頷く篝。彼女はテレパシー越しなら、一気にペラペラ饒舌になるのである。
しかし今は玄聖に体の主導権を渡していたせいか、テレパシーの精度が良くない。壊れかけのラジオの如く、強烈なノイズが混じる雑なテレパシーしか使えないのだ。
「もう少しすれば、志納も話せるようになる。それまでは筆談だな」
そう言って、八重樫は生徒会室のプロジェクターを起動した。
するとそこには、山宮学園の第二次予選合格者の名前がある。
「全学年のレベル4以上の生徒はほぼ全員合格だ。また下位クラスにも多くの合格者がいる。また、全体の高得点者だが⋯⋯」
高得点者とは、合格者の中でも特に予選会の内容が良かった人たちのことだ。
一次予選なら障壁を破れたか、またより早く課題を終わらせたかなど。二次予選も同様にどれだけ早くボールを回収できたかが評価基準だ。
「山宮学園の総合一位は榊原摩耶。二位は光城雅樹。三位は俺で、四位は星野」
まさかの一年生がワンツーを独占する前代未聞の事態。
加えて、彼らにとってもさらに予想外な事態が起きていた。
「五位は仁王子烈、そして六位は⋯⋯若山夏美だ」
若山夏美。今年の一年生のある意味最大のビッグサプライズ。
レベル1クラス生が山宮の全体六位、それもこのままの成績ならば団体戦の本戦メンバーにもなりそうな勢いだ。
「さらにレベル1クラスからは中村健吾、また葉島直人が三次予選に進んでいる」
「流石に彼らは本戦に進むことはなさそうだけど⋯⋯三次予選にレベル1クラスから三人も進むのはここ近年では例がないわね」
パチッとプロジェクターを閉じる八重樫。
彼が今日、アンナと篝をここに呼んだ理由。それは一つだった。
「実は、先程大会本部から一通の通達があった。6月の山宮の合宿で使われたDBロボットが、今回の大会で使われる予定だったロボットとほぼ同種だったらしい。それは不公正なのではないかと他校から意見があったという話だ」
これは、あまり珍しい話ではない。
もともとDBロボットはそれほど種類が多いわけではなく、また常に最先端のロボットを教育に使っている山宮学園だけに、ブッキングが起こることはよくある。
そういう場合は、新たに別種のロボットを使って予選会を行うのが恒例だ。
「だが今年は、新しくロボットを用意する時間がない。ただでさえ日程が煮詰まっている状況で、一からロボットを用意するのに数か月は時間がかかることを考えると、三次予選のロボット討伐試験は行うことが出来ないと運営が判断したそうだ」
つまり、学校間の不平等が是正されない状態で三次予選を行えないと判断されたようだ。となると、ここから先の予選はどうなるのか。
「じゃあ、ここからの予選会はどうするの?」
すると、八重樫は言った。
「恐らく四次予選のリーグ別総当たり戦を10000人規模で行うことになるだろう。詳細は今日中に運営から連絡として渡される」
どの道、彼らにとってはあまり支障のないことである。
彼らは日本最高峰の実力者。どんなイレギュラーなことにも対応できるだけの実力も引き出しも持ち合わせているのだから。
「それと、一つ気になる話を聞いた」
すると、八重樫はある写真を端末に映すと二人に見せる。
「中村健吾の過去について最近興味深い事実が分かった。どうやら小学校時代は、非常に凶悪な固有能力を操っていたらしい。これが、その証拠だ」
写真を見せる八重樫。
するとそこには、半壊した家屋が映っている。
家の土台も崩壊し、コンクリートもまるで隕石が落ちたクレーターのように抉れている。これを小学生がやったとはとても信じられない。
「⋯⋯これを、中村君がやったの?」
「ああそうだ。どうやら、『王の御前』という名前の能力らしい。異能力ランクはS級で、国指定の機密能力だったが、突然失われたとのことだ」
「どんな能力なの? こんなことを出来るなんて普通じゃないわ」
「それは流石の俺でも調べきれなかった。中村健吾に関する過去の記録はかなり厳重に守られていて、そう易々と手に入れられる物じゃないからな」
「でも気になるわ。あとで中村君に直接聞いてみようかしら?」
「聞きたければ聞いてみればいいと思うが、恐らく話さないだろうな」
淡々とそう述べる八重樫。
するとここで、何者かの声が聞こえて来た。
声のする方に目を向ける八重樫。するとそこには健吾の姿があった。
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「中村健吾オ⋯⋯お前、どんなセコイ手段で合格したんだ?」
そこに居るのは健吾。彼は生徒会の仕事のためにこのレベル5専用校舎に来ていた。
しかし、彼はレベル5クラスの3年生に絡まれている。
「あのレベル1のイカレ女はまだいい。でも、オマエとその金魚のフンは第二次予選をクリアできる訳ねえだろ!!」
金魚のフンとは、直人のことだろう。
彼らは健吾と直人が予選を突破したことが納得できないようだった。
「なあ、正直に言えよ『不正しました』ってな」
「ぼ、僕はそんなこと⋯⋯」
「言いたくねえなら、無理やり言わせてやってもいいんだぜ?」
バチバチッ、と彼らの手に火花が散る。
電気系の能力者なのだろう。健吾に複数でジリジリと迫る男子生徒たち。
だが、その時だった。
「うわっ!!」
突然、彼らと健吾の間に火柱が巻き起こった。
そして間に割って入るように、一人の女子が立ちふさがる。
「し、志納⋯⋯!!」
「⋯⋯⋯⋯」
彼女の目を見るや、途端に怯え始める男子生徒たち。
志納篝の存在は、アンチ下位クラスの面々にとっては相当に恐れられていた。
「お、お前、玄聖さんに抑え込まれてたはずじゃ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
ボッ、と篝の手に炎が灯る。
彼女は炎を操る、炎系能力者。絡め手や虚を突くような戦法を好む八重樫やアンナとは真逆の、火力で相手を殲滅することを得意とする超火力少女。
そして、下位クラス排斥運動に強く反対する一人でもあった。
「お、覚えてろよ!!」
そんな捨て台詞を残して、逃げ去っていく男たち。
人数で優っているという事実など、篝の前では何の役にも立たない。
彼らが彼女に勝てる道筋は残されていなかった。
「あ、ありがとうございます」
「⋯⋯⋯」
何も言わず、引き返そうとする篝。
しかし彼女はここで急に足を止めた。
「⋯⋯⋯志納先輩?」
すると突然、彼女は健吾の目を食い入るように見つめ始めた。
反射的に目を逸らしそうになる健吾。しかし、彼女の視線から何故か目を逸らせない。磁石の磁力で固定されたように、視線をピクリとも動かせない。
『う⋯⋯⋯そ』
「な、何ですか?」
『うそ⋯⋯ついてる⋯⋯め』
ノイズの酷いテレパシー。しかし、何を言ったのかははっきり分かった。
嘘をついてる眼。彼女は健吾に嘘をついていると言っていた。
『ふせい⋯⋯した?』
「そ、そんなことは⋯⋯」
『うそ⋯⋯つくなら⋯⋯焼く』
彼女の手にはまだ火が灯っている。
健吾は直感した。これは、本気だと。
『かがり⋯⋯うそみぬく。ふせいしたなら⋯⋯焼く』
「違う、違うんです!! 僕は誰かにハメられて⋯⋯!」
「どうした? 騒がしいな」
すると表に八重樫とアンナも現れた。
するとたどたどしいテレパシーで篝が二人に説明したらしく、途端に八重樫の視線が鋭く、そして威圧的な物へと変わった。
「不正だと? まさか中村、お前は意図的に不正に手を染めたのか?」
「違います!! 僕のボールが、誰かに意図的に操作されたんです!!」
篝が八重樫に目で合図を送る。どうやら嘘ではないと伝えているようだ。
「故意でないことは認める。だが、これが事実なら大会運営委員会に報告しなければならない。当然、中村の二次予選通過も無きものになる可能性が高いだろう」
「⋯⋯はい。覚悟しています」
「でも、だとしたら誰がそんなことをしたのかしら? それに、中村君を意図的に合格させたいと思う様な人なんて⋯⋯」
すると、八重樫は淡々と言う。
「可能性の話をするなら、ない話でもない。ボールの操作を限りなく違和感ない形で操作でき、中村を合格させたいと個人的な私情で考えそうな存在はいるからな」
間を置いて、彼は言った。
「例えば中村椿。彼女が裏で糸を⋯⋯」
その瞬間だった。
健吾の手が八重樫の胸倉に飛んだ。
そして力一杯ガッと、引き上げる。
「椿は関係ない!!! 先輩でも言っていいことと悪いことがあります!!」
怒りに燃える健吾の目。
すると胸倉を掴まれた状態で、八重樫はホッと息を吐く。
「限りなく薄い、ゼロに近い世界線の話をしただけだ。それに、嘘をつける性格でない中村がここまで怒るということは、それは事実なのだろうな」
健吾の背後に目を向ける八重樫。
見ると、そこには健吾を止めようと鏡異能を使いかけていたアンナの姿がある。
異能を抑えるように彼女に手で合図をすると、八重樫は健吾に言った。
「⋯⋯すまなかった。部下に対する配慮が欠けた発言だったな。謝罪する」
その言葉で、健吾もハッと我に返る。
「す、すみませんでした! 元はと言えば僕が全部悪いのに⋯⋯!」
慌てて手を離すと、光の速さで土下座体勢になった健吾。
すると八重樫は、アンナと篝に言った。
「この件は、絶対に他言するな。他の生徒会団員の耳にも入らないようにしろ。運営には報告するが、下手をすれば中村に対する中傷問題にもなりかねん。あくまで明確な結果が出るまでは、極秘事項にするんだ」
「分かったわ」
「⋯⋯⋯」
パンパンと手を叩く八重樫。
どうやらこれで話を終わらせる、という合図のようだ。
「それと、中村。お前に聞いて分かることではないかもしれないが⋯⋯」
すると最後に一つだけ、八重樫は健吾に尋ねた。
「お前は、葉島直人についてどれくらいのことを知っている?」
「葉島君⋯⋯ですか?」
「ああ。葉島も今回の二次予選はクリアしているが、中村と同じことをされた可能性があるかもしれないからな」
「でも⋯⋯葉島君は、実力でクリアしたんじゃないかと僕は思っています」
「何故そう言い切れる? 決して貶めるわけではないが、彼はレベル1クラスの、それも異能実習の成績は毎回最低レベルの生徒だ。なのに、予選をクリア出来たというのは、何か裏があるとは思わないのか?」
すると健吾は言った。
「葉島君は、僕のボールに細工がされたのを見抜いていたようでした。それに何か⋯⋯僕は葉島君が、普通の人間には思えないんです。常に何かを見透かしているような感じもするし、何かを隠しているような時もあったり。上級生の先輩に襲われた時は助けてくれたり、掴みどころがない人なんです」
「つまり、彼は本来の実力を偽っていると?」
「それは分からないけど⋯⋯でも、普通じゃない感じがするんです」
八重樫は、ポケットの中のある物を掴む。
それは数か月前に直人から八重樫が受け取った、伝説の情報屋との取引に必要な情報譲渡許可証。彼はそれを何の惜しみもなく八重樫に渡した。
「分かった。今日はもう全員帰れ」
八重樫のその言葉で、アンナ、篝、健吾は生徒会室を出る。
しかし八重樫だけはそこに残った。
「葉島直人⋯⋯」
そして彼は手に持つ端末で、とあるサイトにアクセスする。
それは所謂ハッカーの巣窟で、闇サイトに近いものだ。
仮想通貨で情報の取引が行われており、伝説の情報屋ほどではないにせよかなり信ぴょう性の高い情報が多く出回っている。
その中のサイトの一つ、名前検索を八重樫は使う。
健吾に関する情報も、彼はこのサイトで手に入れていた。
例えば、名前を打ちこむだけでその人物の国籍、住所、身体的特徴に至るまで何もかもを知ることが出来るのである。
彼は早速、打ち込んだ。
『葉島直人』
同姓同名の名前がいくつかあるが、その中の一つをタップする。
するとその一つに見慣れた顔が表示された。自分が知りたい葉島直人の顔である。
「これだ。よし、早速ダウンロードを⋯⋯」
しかしここで、突然赤い警告画面と共に文字が表示される。
『この人物の情報は、ダウンロードできません。サイトマスターに許可を申請の上、再度お試しください』
いくつもの、見知らぬテロップが表示される。
その全てが真っ赤で、八重樫でも見たことが無いような言語で書かれたものがあるのを見るに、どうやらこのサイト内でも屈指のトップシークレットのようだ。
しかもそのテロップのいくつかは、金銭を要求しているものもある。
額は少なく見積もっても一億ドルを下らないようだった。
何も言わず、サイトを出て端末の電源を落とす八重樫。
そして、生徒会団員の名簿を取り出すと、そこの一角にある『代理補佐 葉島直人』と書かれた文字の横に赤ペンでこう書きこんだ。
『要注意人物』
そして彼は名簿を本棚の奥に仕舞うと、何も言わぬまま生徒会室を出て行った。
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