第130話 残されたメッセージ
夕焼けが陽の沈みかけた空を赤く染める。
スタジアムは二次予選を終え、ある人は泣き、ある人は喜びの顔を浮かべている。
「終わっちゃったな⋯⋯俺達」
「出来ることはやったよ。僕は後悔してない」
レベル1クラスの面々もその一人だった。
後悔してないと言いつつ、少しだけ鼻を啜る修太。対して新と真理子は、自分たちがまだまだトップレベルには遠く及ばないことを明確に認識させられたからか、どこかがっかりしつつも納得した様子だ。
「健吾も若山も、三次予選頑張れ。レベル1の意地見せてやれ!」
フッと少しだけ笑う新。
軽く手を挙げると、彼はそのまま家へと帰っていった。
「⋯⋯新は強がってるけど、絶対悔しいはずだよ」
修太は知っていた。
二次試験が終わり、通りがかったトイレにて、
個室から新の咽び泣くような声が聞こえていたことを。
それは新だけではない。
色々な学校の異なる制服を着た人たちの殆どが、そこにいた人の多くは泣いていた。
所謂『参加程度』の生徒は午前の部の一次試験で落とされる。二次試験に残る生徒は、本気で本戦を狙う人が殆どなのだ。
「三次試験に残ったのは、全国総勢1万人。今年の参加者はおよそ25万人だから、今日の試験で全体の96%が落とされたことになります⋯⋯私もその一人」
そう言う真理子もまた敗者の一人。
しかし彼女はどこか納得したようだった。
「自分に何が足りないのか、もっと深く考えてみようと思います。でないと、その先には行けないと思いますから⋯⋯では皆さん、ごきげんよう」
そして真理子も去っていく。
続くように修太もその場を去っていった。
「中村君は、三次予選の対策してる?」
そんな中、夏美が健吾に尋ねた。
健吾はその言葉に首を振る。
「ううん、まさか三次に行けるなんて思ってなかったし⋯⋯」
「三次予選は、DBを模したロボットを撃破してそのスコアを争うらしいわ。つまり、6月の合宿でやったのとほぼ一緒ね。大事なのは、あの時と違って今回は個人戦だということだけど」
合宿では個人最下位の成績だった健吾。
対して夏美は高得点をマークしていた。
「葉島君はどうなのかしら?」
しかしここで二人は気づく。
何故か先程から直人の姿はどこにも見当たらなかった。
「先に帰ったのかしらね。じゃあ、私も帰るわ」
二次予選終了にも、特別感慨深くなることなくそう言う夏美。
本戦を目指している彼女にとっては、ここまでは当たり前のことなのだろう。
人の少なくなり始めたスタジアムを去り行く健吾と夏美。
しかしその中で健吾だけは、一抹の違和感を感じているようなそんな様子だった。
二次予選の最後、彼が手に持ったボールは明らかに威力が弱かった。それは直接ボールを受けた彼だからこそ良く分かっている。
どうしても拭えない不安を感じながらも、健吾はその場を去ることを決めた。
============
「ご苦労だったジャンヌ。ケンゴ・ナカムラは大事なマスターピースだ。ここで脱落されては私の計画が台無しになってしまう」
「お褒め頂き光栄です。総帥」
ここはスタジアム一帯を展望できる高層ビルの一角。
所謂VIPルームというもので、完全な密室空間となっていた。
そこでは、杖を机の横においてディナーを楽しむドン・ファーザーと、ジャンヌの姿がある。
「忠実に任務を遂行してくれたからには相応の礼をせねばなるまい。どうだジャンヌ、欲しいものがあるならいくらでも言いたまえ」
そう言うドン・ファーザ―は、どこか柔らかな様子だ。
フォークとナイフを置き、横のジャンヌに話す彼に対してジャンヌは言った。
「総帥の御命令を忠実に遂行することが私の望みです」
「今はそう固くならなくていい。総帥ではなく、いつものように呼んで構わないぞ」
すると、少しだけ間を開けるジャンヌ。
その後に彼女は、少しだけ雰囲気を変えて言った。
「欲しい物はないわ、だから大丈夫。パパ」
「そうか。いつでも私を頼ってくれて構わないぞ」
ドン・ファーザーとジャンヌに血の繋がりはない。
しかしジャンヌはかつて、両親をDBの襲撃によって失っていた。そして彼女もまたDBに餌食になりかけていたところを、ドン・ファーザーによって救われたのだ。
その後ジャンヌは、ドン・ファーザーを親代わりとしながら成長していった。そして今では、彼を父と呼んで慕うほどになっている。
またドン・ファーザーも、彼女のことを実の娘のように慕っていた。
因みに彼には妻がおらず、未婚で子供もいない。それだけに、ジャンヌに対する愛情も、人一倍強いものになっていた。
「ねえ、パパ。一つ聞いていい?」
するとここで、ジャンヌが尋ねた。
「私、すごく面白い人に会ったんだ。強いのに、何故かそれを表に出したがらないの。さっきもそう、余裕で勝てるはずなのに自分から負けようとしてて。だからちょっとイタズラしちゃった」
「⋯⋯ほう、それはなんという名前だ?」
「ナオトっていうの。面白い人でしょう?」
するとほんの少しだけ、ドン・ファーザーの眉がピクリと動く。
「日本人には何を考えているか分からない者もいる。そんな輩には関わるな」
「でも、凄くミステリアスで面白そうな人だと思うの。私の『ハライ』を使った身隠しもすぐに見抜いたし、間違いなく強い人だわ」
「強い、強くないの問題ではないぞジャンヌ。お前には然るべき人をいずれ紹介してやる。貴族でもフランス屈指のDHでも、王族だって紹介できるぞ?」
ドン・ファーザーは内心、とてもセンシティブになっていた。
小さい頃から可愛がっていたジャンヌもいずれはパートナーを作り、自分の元から去る。例えいかなる理由があっても不安など表には出さない彼だけにジャンヌに面と向かって言うことは無いが、本音を言えば意地でも干渉したかった。
因みに、ジャンヌのボーイフレンド『候補』を挙げればキリがない。
ただ、彼女はすぐに言い寄る彼らの言葉にNOの返事を返してしまうのだ。
彼女に備わる先見の明と言うべきか、ジャンヌは付き合ったその先の未来まで見えてしまう。彼女に言い寄る男の殆どは、容姿を強く気に入っての行動であるのが彼女には分かってしまう。それ故にある種の嫌悪に近いものまで感じるようになっていた。
それは自分の器を気に入っているだけで、中身を見てくれてはいない。
彩られたボトルを好んでいるだけで、中のワインの価値には見向きもしていない。
彼女はそれが嫌だった。
「でも、私は自分のボーイフレンドくらい自分で選びたいわ」
「そう、か。そうかそうか⋯⋯」
明後日の方向を向いて、精一杯放任主義を盾にした自由を見繕うドン・ファーザー。
出来るものなら、ありとあらゆる彼のコネクションを使ってジャンヌが変な男に引っかかるのを未然に防ぎたいという欲求が胸中に渦巻くのを、理性で抑えた。
「なら、私はとやかく言わん。好きにしろ」
「ありがとう。愛してるわパパ」
内心、ジャンヌにもしものことがあったら男の一族を根絶やしにしてやろうと決意しているのはここだけの話だ。
しかしそれを知らないジャンヌは、ドン・ファーザーの頬に軽くキスをする。
しかしここで、彼女は何者かの気配を感じ取った。
「パパ! もしかして⋯⋯」
「この国の警察もバカではないということだな」
杖を持って立ち上がる、ドン・ファーザー。
しかしここで彼は突然ナイフを手に持つと、料理のソースが付いた皿にナイフで何かを走り書きする。そしてジャンヌに自らの杖を向けた。
「捕まると面倒だ。ジャンヌ、私の杖を持て」
ジャンヌは、彼の持つ杖に手を乗せる。
表から聞こえる足音はどんどん大きくなる。
そして、バン!と大きな音を立てて扉が開き、外からコートを着た男二人が現れた。
「警察だ! 少し話を聞かせて⋯⋯」
だが、そこには人っ子一人として誰も居ない。
なだれ込んで来た二人は、食べかけの料理を見て逃げられたことを察した。
「クソッ!! やっと居場所を掴んだと思ったのに⋯⋯!!」
入って来たのは刑事の坂上真一と横田成之だった。
手には拳銃が握られており、場合によっては戦闘になっても話を聞くつもりだったのが窺える。
するとここで、横田が隣の真一に尋ねる。
「坂上さん。ドン・ファーザーとはどんな人物なんですか?」
「見ての通りだ。まるで雲を掴もうとしているかのように、何度捕まえようとしても必ず逃げられる厄介な犯罪者。得体の知れない能力を数多く保有していて、欧州の数多のマフィアともコネクションを持つ闇世界の
料理はまだ温かい。
逃げたのはごく僅かな前なのは容易に想像できた。
「かつては騎士王で国の英雄だったが、ある時を境に闇の世界に深く入り込むようになったそうだ。それからは、暗殺、人身売買、違法賭博、窃盗、ありとあらゆる悪事に手を染めていると噂されている」
「あくまで噂なんですか?」
「そうだ。それにかつては騎士王だったほどの男が自分が犯した犯罪の証拠を残す訳がないだろう?だからあくまで『噂』だ。だから奴をムショにぶち込むことも出来ないし、下手をすれば英雄に対する反逆罪でこっちがやられる。まさに無敵の男だよ」
「だったら⋯⋯僕らも彼を逮捕することは出来ないんじゃないですか?」
しかし、真一はそんな横田の言葉に首を振った。
「日本は、奴を永久追放処分にしている。つまりこの国に奴がいることはその時点で立派な『違法入国』だ。今、ここで現行犯で捕えられれば身柄を拘束できる」
しかし、結果は逃げられた。
苛立つ真一は、思わず地面を蹴る。
「チョロチョロと逃げ回って、アイツらはこの国で何をしようとしてるんだ!?」
だが、その答えは分からない。
彼らが何を望んでここに居るのか。何を狙っているのか。
店の店員に警察手帳を見せて事情を説明した後に、その場を後にする二人。
しかし彼らと入れ違うようにして、気配を完璧に消した一人の少年が店に入っていくのを見た者は誰も居なかった。
まるで忍者のように、するりと店内に入ったその少年。
すると彼は探していた物をすぐに見つけた。
食卓に置いてある皿の一枚の上に、ソースをナイフでなぞって字が書いてある。
フランス語で書かれたそれは、日本語に訳すとこう書いてあった。
『私は予言に従って動いている。全ては巨悪から若い才を、そしてジャンヌを守るためだ。だから邪魔をするな、臥龍』
それをその少年は、手に持つ端末でパシャリと画像に取る。
そして皿を手に持つと、まるで証拠を消すかの如く地面に皿を叩きつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます