第129話 第二次予選

明らかに数を減らした受験者たち。しかしそれはすなわち、着実に実力者のみが絞られているという意味でもあった。


『第二次予選では、高速で移動する2キロのカラーボールを三分以内に5つ確保してカプセルの中から出して頂きます。なお、危険を伴う試験のため、各ブースに救急隊員を手配しています』


人が入れるくらいに大きな透明なカプセルと、その中を飛び回るカラーボール。

しかし問題は飛び回るカラーボールの異常な速さだ。時速は驚異の150キロ、しかもボールの重さは2キロもある。これを無防備で受ければただでは済まない。


『クリアが難しいと判断された方は、ここで自主的にリタイアして頂いても結構です』


すると、早くも何人かはぞろぞろと会場を後にし始めた。

しかしそれもやむなしだ。彼らに要求されている内容は、ハンマー投げで投擲されたハンマーを素手で止めろと言われているも同然なのだから。


『では、開始してください』


すると早速、一人の生徒がカプセル内に入る。

体に防護術式を纏い、カラーカプセルに飛び掛かろうと狙いを定めた。


「無理だな」


そんな中会場にいた一人、直人は呟いた。

彼の目には、彼の纏う防護術式がカラーボールの一撃を耐えうるだけの強度があるようにはとても見えない。そしてそれは現実の物になった。


ドカッ、バキッ!という音と共にカプセル外に吹き飛ばされる生徒。

空中で綺麗な1回転を見せた後に、そのまま気絶してしまった。


「俺、腹痛くなってきた」


「僕も、ちょっとこれは無理だよ⋯⋯」


それを見る新と修太の表情は青を通り越して土色になっている。

もはやボールが殺戮兵器並の威力なのは見て取れる。それを止める手段が彼らには思いつかなかった。


「葉島、お前行けるか?」


「俺か⋯⋯うーん⋯⋯」


余裕でイケる。何故なら彼には最強のマトイがあるのだから。

五大体術の一つ、身体能力を劇的に向上させて攻撃力と防御力を桁違いにする技術であるマトイを習得している人間にとっては、何ら難しい課題ではない。


「おおーーっ!! 山宮の仁王子がやったぞ!」


すると早くもクリア者が現れだした。

余裕だぜ、と言わんばかりの表情でボールを片手でクルクル回しているのは烈。またその横では持ち前の念動力でボールを止めて課題をクリアした陽菜が、烈の真似をしてボールをクルクル回そうとして失敗している。


「流石⋯⋯やっぱりレベル5は違うな」


「他のブースでは、光城さんや榊原さん、他の先輩たちもクリアしているみたい」


スクリーンに続々と刻まれる合格者の名前。

その多くは山宮の生徒だ。他の学校の生徒は数えるくらいしかない。


「俺、行くよ」


すると、新がカプセルの前に立つ。

後ろに控えていた真理子と修太も開いたブースに向かった。


「健吾、俺が死んだら骨は拾ってくれ」


そんな新の言葉が冗談に聞こえないのが、この課題の危険さだ。

早くも至る所で担架が飛び回っているのを見るに、病院送りになった人もいるようだ。


「行くぞ!!」


気合一声、カプセルの中に入る新。

続いて修太、真理子もカプセルの中に入る。


そして3人同時に強化障壁を体に張って⋯⋯


ドガッ! バゴッ! グキッ!


吹き飛ばされた。

思わず目を背ける健吾と、ハアと溜息をつく夏美。

救急隊員が慌ててカプセルから飛び出た3人の元へ向かったのが、彼らの結果を表しているだろう。

ブブー!というブザーの音と共に失格を告げる赤ランプが灯る。


『新井修太 失格』

『瀬尾真理子 失格』

『向井新 失格』


余りにもあっけなく、彼らの挑戦は終わった。

そしてすぐに今度は、夏美、健吾、直人の出番がやって来る。


「へへ⋯⋯やっぱダメだった」


「あれ、僕何してたんだっけ? たしか能力を使おうとして⋯⋯」


「気付いた時にはもう遅かったです。圧倒的なパワーで障壁を破壊されました⋯⋯」


自分の無力を嘆く新と真理子。衝撃で記憶が飛んでいる修太。

幸い大怪我はしていないようだが、3人ともリタイアは確定だ。


「向井君、新井君、瀬尾さん⋯⋯残念だったね」


「おいおいこれからだろ? 健吾なら出来るって!」


思うことはあるにせよ、新は明るく健吾の尻を肩を励ますように叩く。


だが健吾は、唸りをあげて飛び交うボールに早くも降参状態だ。

何より彼自身ボールの攻略方法が全く分かっていない。

するとここで、真理子が言った。


「凄くハイリスクですが⋯⋯一つだけ方法があります。私の異能係数では無理でしたが、中村くんと葉島くん、若山さんなら出来るかもしれません」


すると彼女は自身の両手に魔力を集中させて障壁を作った。


「体全体を障壁で覆うと、それだけ魔力が分散して障壁の強度が弱まります。でも、仮に魔力を自分の腕のみに集中させれば⋯⋯」


「もしかして、あのボールに耐えられる強度になるかもしれない?」


「その通りです。でも、言い方を変えると腕以外の場所が無防備になるということなので、仮にその状態であの一撃を受けてしまったら⋯⋯」


良くて骨折。悪ければ攻撃を受けた場所が抉れて飛んでいくだろう。

しかしそれを聞いた夏美は立ち上がる。


「面白そうじゃない。私、それで行くわ」


「若山さん!? ほ、本気で言ってるの!?」


「私は命を懸けてでも本戦に出ると決めてるの。覚悟がないなら今すぐここから去りなさい。私は、勝つわ」


そして透明なカプセルに入る夏美。

先程の一次試験を見ていた群衆は、早くも彼女の一挙一動に視線を注いでいる。


『試験開始』


5つのボールが一斉に夏美目掛けて飛んでくる。

すると夏美は身を低く屈めて、飛んでくるボールの一つを両の手でガッチリと掴んだ。


「防護障壁が破れてない!!」


夏美の障壁はボールの一撃をしっかりと抑え込んでいた。

すると、夏美はその場で大きく跳躍して何と片手のみに魔力を集中させると、頭上を通り過ぎようとするボールを片手でキャッチする。

続いて腰に向かって飛んでくるボールを視野に収めると、腰回りと腕に強化障壁を張ってガッチリと飛んでくるボールをキャッチした。


「す、凄い!!」


猛スピードで飛ぶボールを、異能に頼らず動体視力で捉える眼力。

刹那の時間で強化する体の場所を変える柔軟な魔力操作、そして飛び抜けた胆力。


「終わったわ」


5つのボールを、彼女はあっという間に確保し終えた。

会場からはどよめきが起こり、拍手も起きる。

貫禄の合格だった。


「次は中村君よ。生徒会団員に恥じないものを見せることね」


そう言って彼女は去る⋯⋯かと思いきやその場で健吾がカプセルに入る様を見届けている。


「若山が帰らないなんて珍しいな」


そういう新に、若山は少し眉を吊り上げる。


「あら、私が居たらお邪魔かしら?」


「別にそんなことないけどさ、いっつも一人で動いてるじゃん」


すると、夏美は意外なことを口にした。


「仲間意識、とでもいうのかしらね?」


「なかま⋯⋯いしき?」


天地がひっくり返っても夏美が言わなそうな言葉を、自ら口にしたことに驚きを隠せない新、修太、真理子の3人。


「別に貴方達が本戦から脱落したのを悲しむ気は無いわよ? でも何でかしらね、全国という大きな舞台に立つと、貴方達みたいな役立たずでも仲間に思えるわ」


「それは俺達を褒めてるわけじゃなさそうだな」


「褒めては無いけど、貶してもないわね。でも自分達からあの試験に飛び込んでいったその勇気だけなら褒めてあげるわ」


「素直じゃねーやつ。『皆よく頑張ったわ、後は任せて』とか言って⋯⋯」


「何か言った?」


「いえ、何でもありません」


つまり要約すると、夏美は『同じクラスの仲間の結果は知っておきたい』といったところか。それ以外で心に思うこともあるかもしれないが、それは彼女のみ知る話だ。


だが、試験を開始したカプセル内の健吾は今にも死にそうだ。

何とかボールを3つ止めることに成功したようだが、残りの2つを止めるのに苦戦している。障壁越しにボールの一撃を3発受け、体はフラフラだ。


(お、重い⋯⋯めまいがする⋯⋯)


その場で片膝をつく健吾。

制限時間はもう1分もない。このままでは健吾も失格だ。


「頑張れ健吾!!」


「頑張って中村君!!」


応援の声も熱気を帯びる。

しかし健吾の体はもうボロボロだ。飛んでくるボール2つの一撃を耐えられるだけの耐久が今の彼に残されているのか。恐らく無理だろう。


「もう、ダメだ⋯⋯」


そして健吾は半ば無意識に投げ出すようにして手を伸ばして⋯⋯


「あれ?」


スポッと、手に球が収まった。

凶暴なパワーを秘めた先程の勢いは鳴りを潜め、トスされたバレーボールのようにあっさりと、カラーボールは健吾の手に収まる。


「凄いぞ健吾!」


続いて飛んでくるボールも同様だ。

一見すれば強力に見えるが、回転もスピードも先程よりも鈍い。

健吾はそれをあっさりと止めた。


『中村健吾 合格』


ビジョンに映し出される合格の知らせに湧き上がる会場。

健吾自身も思わず首を傾げるほどに、あっさりと合格した。

しかし、それを見て目付きが鋭くなるのは直人だ。


(今のは⋯⋯誰かが意図的にボールの威力を弱めたな)


健吾に支援者がいるのだろうか。

いや、それはない。健吾の性格を考えれば、ルール違反を犯してまで予選を突破しようとは思わないはずだ。


「よし! 最後は、葉島頼んだぞ!!」


檄を飛ばす新と、ボールを抱えて外に出る健吾。

入れ違いカプセルの中に入る直人。するとすれ違いざまに健吾が言った。


「今の、ちょっとおかしかったよ⋯⋯」


「俺もそう思う。でも、ここは黙っておいたほうがいい」


誰かが球の軌道に干渉したなら、直人から見ても恐るべき手際だった。

恐らく遠隔操作で、それも超高速で移動するボールにピンポイントで座標を合わせてボールの速度と回転を減少させる。しかも試験官が疑問に思わない程絶妙な力加減で。それは並の術者の成せる業ではない。


だが一先ず、それ以上のことは考えるのを止める直人。

何より彼は、第二次試験で脱落するつもりだった。


(これ以上この大会に付き合うのは面倒だ。なるべく違和感を感じさせないように、上手く脱落しよう)


早速直人の鼻先を凶暴なボールがスレスレで通り抜ける。

手にマトイを集中させ、直人は上手く時間を使いながら一つ、そして二つとあたかも死力を尽くすかのようにボールをキャッチしていく。


「あと20秒! 葉島頑張れ!!」


4分間格闘し残りは20秒。そして残るボールは一つ。

このままタイムアップしても健闘したように見せかけられるだろう。

肩で『意図的に』息をしながら、残り20秒を球を躱すことに専念することを決める直人。


そして飛んできたボールを躱して⋯⋯

異変はその時に起きた。


突然ボールの軌道が変わり、直人目掛けて飛んできたのである。

まるで無理やりボールを直人に握らせようとするかのように。


(このボールも操られてるのか!!)


反射的に躱す直人。

しかし今の行動はやや悪手だった。


「今、アイツ何でボールを避けたんだ?」


「何やってんだよ! 今のは取れただろ!」


そんな群衆の声が聞こえてくる。

直人が最後のボールに対して消極的であるように映ってしまったのだ。


跳ね返ったボールは、もう一度直人目掛けて飛んでくる。

流石にこれをもう一度躱せば、言い訳はできない。

作戦変更を決意する直人。ボールを取るが、威力に押されて吹き飛ぶ。そして最後はタイムオーバー。そんなシナリオを瞬時に頭の中に描いた。


そして直人はボールを受け止める。

威力に押されて吹き飛び、そしてボールを零して⋯⋯


(⋯⋯やられた)


だがボールは、直人の手から離れなかった。

いや正確には『張り付いていた』

使った記憶もない氷魔法によって、直人の手にボールが氷で接着されていた。


再度湧き上がる歓声と、スクリーンに映る『葉島直人 合格』のサイン。

しかし直人の目は直ぐ別の方向へ向けられた。

精神を研ぎ澄ませ、手を翳す直人。それは五大体術の一つ『サグリ』の技術でもある。直人はサグリも使うことが出来た。


それは、術者が間違いなく異能で姿を隠しているという直感に基づく確信。

そしてサグリを用いなければ、術者を見つけられないだろうと言う直感。


すると会場全体を見回せるスタジアムシートの一角にそれは居た。

先程まで露ほども存在感を感じなかったのに、今は手に取るように分かる。


「やはり、君か」


手に張り付いた氷を見た瞬間に直人は分かっていた。

高速で動くボールを容易く捉える技量に、氷を作り出す力、言い換えるなら水異能に精通している人物。そして、今まさに直人に向かって投げキッスをした彼女の姿。

ボールの威力を殺したのも、氷で意図的にボールを零すのを止めたのも彼女だった。


「君の狙いは何だ? ジャンヌ・ルノワール」


一瞬視線が合った後、彼女は直人に軽く微笑んでそこから去っていった。

人為的な操作をしてまで直人を合格させた。そして健吾に対しても同様に。

彼女は何を考えているのか、そして何を狙っているのか。


掌に残る氷の塊を、超人的な握力で握りつぶす直人。

粉砕された氷の礫は、まるで儚く砕けるカラス細工のように手から零れ落ちた。

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