第128話 予選会開始

東京都内中心部にある、通称『マジック・アーツ・パーク』

ここはスターズ・トーナメントの予選会場の一つになっている。


そしてそこには、所狭しと埋め尽くす群衆の姿があった。

その半数は、まるで受験票の様な紙を持っている。それもそのはず、これからここで行われるのは全国の高校生異能力者が憧れる夢の舞台、スターズ・トーナメントの予選会だ。彼らは皆、その受験に来ているのである。


しかし、その他の人間たちは別だ。

所謂野次馬と言った方が良いか、そう言う人たちである。


「人多っ!!」


そんな中、向井新が大群衆を前に素っ頓狂な声をあげる。

またその後ろには、山宮学園レベル1クラスの面々が揃っていた。


「凄い人ね。でも、彼らの殆どはあちらの御方を見たい人たちでしょう?」


冷ややかな視線で、スタジアム横の通路横に留まるバスを見るのは夏美。

するとそこからは山宮学園のレベル5以下、今回のスターズ・トーナメントの優勝候補と言われる面々が人目を避けるようにスタジアム内に入っていくのが見える。またそれを必死に撮影しようとする野次馬も、そちらに向かって行くのが見えた。


「おっ、入り口が開いたぜ!」


するとようやく、スタジアムの扉が開いた。

順番に参加証を見せてスタジアムに入っていく高校生たち。新たちもその中に紛れ込む。


「チエッ、俺達もああいう感じでカッコよく入りたかったよ」


「バスで入れるのはレベル4以上の人たちだけらしいですね」


そんな言葉を交わす新と真理子。

すると彼らの目の前には、巨大な石がいくつも並んだ特設ブースが現れた。

スタジアム中に用意されており、その数は百を優に超えるだろう。


『第一予選、石落としに参加される生徒の皆さんはこちらに並んでください』


そこには予選の概要が説明されている。

石落としとは、摩擦係数を非常に高く設定された特殊な床に設置された立方3メートルの石を、異能を用いて最低2メートル以上動かす試験だ。

また出発地点から10メートル先には異能障壁を敷かれた穴があり、障壁を剥ぎ取って石をそこにはめ込むことが出来れば、追加得点が与えられる。


2メートル以上動かした時点で一次予選通過は決定だが、団体戦のメンバー入りのために予選会での高得点を争う山宮学園の面々や、本戦出場を狙う上位層にとっては石を穴にはめ込むまでが試験だと言えるだろう。


早速、何人もの生徒たちが石を動かそうと異能を使う。

だが顔を真っ赤にして石を動かそうとしても、石は少しだけ震えるだけで終わってしまうのが大半だ。


「あの石の重さは5トンは下らない。そんなものを真っ向から持ち上げられるのは、相応の異能係数を持っている人間だけだ」


説明書きを読みながらそう言うのは直人。

この試験を行う上で重要なのは、石を持ち上げるだけが方法ではないことに気付けるか否かだ。極端な話、瞬間移動で石をテレポートさせるのも方法としてはアリなのである。


とはいえ、ここに来ている生徒の殆どは簡易異能を使うのが精いっぱい。

テレポートどころか、簡易強化術式が限界だ。


「あっ、私の順番です」


するとブースの一つに『瀬尾真理子』と名前が表示される。

更にその横に並んで『向井新』『新井修太』の名前も並んだ。


「緊張するなあ⋯⋯」


「自信もっていこうぜ! 俺達ならやれる!」


修太の背中を叩く新と、精神を集中させる真理子。

すると今度は、少し離れたところに『中村健吾』『葉島直人』の名前も表示される。


「若山さん。お先に」


「精々恥をかかないようにすることね。この程度の試験、満点を取って当たり前だわ」


余裕の表情の夏美に対して、直人と健吾はブースに向かう。

すると早速真理子は試験を始めていた。


『エアーフィールド!!』


真理子は、圧縮した空気を石の下に滑り込ませる。

まさに瑛星学園で直人の班が考案したホバークラフト作戦を用いて石を動かそうとしている。そして見事に成功していた。


両手に強化術式を纏うと、ゆっくり石を押す。

すると加速しながら石は移動していく。

そして障壁が敷かれた10メートルポイントの所で止まった。


だがどうやら障壁を破ることは出来ないようだ。

ここで彼女は、試験終了のボタンを押す。

『合格』のサインと共に会場に設置されたスクリーンに名前が表示されると、周りに居た人たちからも拍手が起きる。


「瀬尾さん、クリアしたみたいだ」


「俺らも負けてられないな。よし、行くぞ!」


すると新は、空気中から水を取り出すとそれらを使って床を綺麗な氷でコーティングした。これによって床の摩擦を緩和しようとしているらしい。


「ふんぬーー!!」


後は押して動かすだけ。だが、それが中々難しい。

氷の生成で魔力の大半を使ってしまったらしく、しかも宙に浮くホバークラフト作戦と違って、摩擦は完全には消し切れていない。


「俺は! 予選をクリアするんだアアアアッ!!」


だが、新の気合がそれを上回った。

頭の血管がはちきれんばかりの赤面した顔を引っさげて、石をやっとの思いで2メートル分押し切った新は、試験終了のボタンを押すと大の字になる。

するとスクリーンに新の名前が、合格の文字と共に表示された。


「新、大丈夫?」


「大丈夫⋯⋯だ」


残るは修太。すると彼は石に軽く手を添える。

そして精神を集中させた。


『質量消失!!』


すると修太のブースにあった石が、まるで段ボールのように軽くなった。

それをあっさり素手で掴むと、修太は10メートルポイントに石を置く。

これには試験官の何人かもビックリするような表情でそれを見ていた。


「修太スゲエ! 何で!?」


「僕の固有能力って、存在感を消す以外に物の質量を一時的に消す力もあるらしいんだ。夏休み期間中に色々試してみて分かったんだよ」


そしてボタンを押すと、合格の名前が登録される。

固有能力を武器に修太は試験をクリアした。


「やったぜ!! 皆クリアできるなんて思ってなかった!!」


「そんな、私は皆クリアできると思ってましたよ!?」


「いや、俺は自分だけ落ちるかなと思ってたから⋯⋯」


どうやら、内心は新も相当不安だったようだ。

すると少し離れたところでは、石をギリギリ浮かして何とか10メートルポイントに移動させた健吾の姿もある。


「ハア⋯⋯ハア、やった!」


息を切らせてガッツポーズしている健吾の合格の通知がスクリーンに表示される。

するとそれに続くように直人の名前も表示された。

直人のブースでは、本当にギリギリ2メートル地点で石がピタリと止まっている。


「葉島も合格したみたいだ。てことは、後は⋯⋯」


「若山さんですね。ちょうどこれから試験を始めるみたいですが⋯⋯」


試験場の真ん中で、これから試験を始めんとする夏美の姿が見えた。

彼女以外の全員は試験を終えただけに、自ずと視線がそちらに向く。

するとその瞬間だった。


ドカーーーーーン!!


一瞬、爆弾が爆発したかのような音が響く。

同時に、夏美の監督をしていた試験官が横っ飛びに伏せるのが見えた。


「うわあ⋯⋯」


「ヤバ⋯⋯」


「若山さん、やっちゃいましたね」


「⋯⋯⋯⋯」


「若山さん⋯⋯」


以下、五人の感想。それもそのはずだ。

石は、異能障壁など紙の如く貫通して穴に突き刺さっていた。

まるで弄ぶかの如く石を宙に浮かせると、メンコのように石を障壁を敷かれた穴目掛けて投げおろした彼女の姿を見て、恐怖を感じなかった人間はいないだろう。


ジジッ、という音と共にスクリーンに夏美の名前が表示される。

しかし今の一撃で計測機が故障したのか、名前だけで得点は表示されない。

しかしそこには確かに『合格』と書かれていた。


すると夏美は、静まり返った会場の中試験官に言う。


「次はもっとマシな試験を用意しなさい。退屈だったわ」


そう言い残して、会場を去っていく彼女。

午後から行われる第二次試験の案内人が会場の出口にいるのだが、ギロリと夏美が一睨みすると明らかに怯えた様子で受験票を彼女に渡していた。


そんな形で、レベル1クラスの面々は一名を除いて無事に一次試験を通過した。

なおこの一次予選で、受験者の3分の2が姿を消した。



===============



「⋯⋯⋯」


そんな中、会場内にて一人の男が唖然とした様子でモクモクと黒煙を上げる計測器を見ながらあんパンを口にしていた。


「凄いことをする子がいるんだなあ⋯⋯」


彼の懐には警察手帳がある。

厚くコートを着ており、その様子はさながら刑事だ。


坂上さかがみさん。まさか敵が来たんじゃないですよね!?」


すると、こちらにもう一人刑事らしき男性がやって来た。

二人は共に20代くらいで比較的若い。身なりはごく普通の一般人のようだが、よく見ると坂上と呼ばれた男の手にある手袋からは魔力が感じられる。


「いや、ドン・ファーザ―だったらこんな派手なことはしないよ」


そう言って、空になったアンパンの袋を投げ捨てる男。

彼の名は坂上さかがみ真一しんいち。警視庁所属の刑事だった。


「⋯⋯ドン・ファーザ―の居場所は見つかった?」


真一がそう尋ねるのは、彼の後輩で部下の横田よこた成之なりゆき


「いえ、見つかりません。各警察本部に協力を依頼していますが、上の警察庁も今回の件はそうそう解決するのが難しいと⋯⋯」


「ハッ、相手は天下のドン・ファーザー。そんな奴を俺達みたいな末端の刑事が捕まえられるわけないと思ってんだろうね」


彼らがここに居る理由、それは海外からやって来た超大物を捕らえるためだった。

今の日本は外国人に対する特別権限は消え失せ、たとえ外交官であろうと捕まえることが可能な法整備が行われている。


数日前からドン・ファーザーが違法入国したという情報を仕入れていた彼らは、国外でも犯罪行為を行っている彼の検挙を目指すべく行動していた。


「ドン・ファーザーは、絶対この大会で何かをしでかすつもりだ。俺たちはそこを狙って奴を逮捕する。そのための張り込みだ」


「それは何か根拠があるんですか?」


「ない。俺の勘だ」


そう言う真一は、部下を連れて外へと出る。

すると丁度そこに、山宮学園のレベル5クラスの生徒たちが入ってきた。


「⋯⋯!! 外に出るぞ!!」


「⋯⋯? はい!」


慌てたように外へ出る真一。

小走りにスタジアムの外へ出ると、深く息を吐いた。


「どうしたんですか? そんなに慌てるなんて坂上さんらしくないです」


「まあ、ね。ちょっと顔を見られたくない人が居たんだよ」


「山宮学園に知り合いでもいたんですか?⋯⋯あっ、きっと妹さんか弟さんが居たんでしょう! だから恥ずかしくて顔を見られたくなかったとか!」


「⋯⋯まあ、そういうことにしておくか」


すると真一は遠くからスタジアムセンターに設置されたビジョンを見る。

そこにはブームでアップになった少年と少女が映っていた。


「今年の優勝候補の一角、光城雅樹と榊原摩耶ですね」


「そうか⋯⋯強くなったんだな」


「⋯⋯? 坂上さん?」


「何でもない。行くぞ横田!」


コートの襟を正して、走り出す真一と後を追う横田。


時刻は午後の一時。もう間もなく一次予選が終了し、午後の第二次予選開始の時刻が近づいていた。

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