第127話 ラミアの予言

これは直人たちが瑛星学園に居た時の話である。


「よおマキ。機嫌はどうだ?」


「悪くはないね。ブルースはどうだい?」


「おかげさまで儲かってるぜ。それよりも、緊急で伝えておきたい事案がある」


ここはバー、フォールナイトの一室。

そこにはカウボーイ風の男と、オンラインで話す女性の人影があった。


「この回線は、盗聴は絶対に不可能なプライベートラインだ。それにこれから話す内容は、第三者に聞かれるとかなりヤバい」


「滅多に情報をよこさないアンタが、アタシに自分から連絡を取ろうとしてきた時点で、大事な話なのは分かってるさ。言いたいことあるなら早く言いなさいな」


すると、その男ブルースは言った。


「ドン・ファーザーが日本に密入国した。ついでに自分の秘蔵っ子のフランスの至宝、ジャンヌ・ルノワールも連れてな」


だが、マキは一口だけジンを口に含むと言った。


「それは直人から聞いてるよ。ドン・ファーザーのオヤジがこの国に来ている可能性があるってね。しかし、ジャンヌ・ルノワールも一緒とは知らなかったねえ」


「奴らは、空間移動術式を使って国境を越えたらしい。国全体に張り巡らされた越境阻害障壁をどうやって越えたのかは分からんがな。国際法違反、禁術行使、その上日本が奴を永久追放していたのも踏み倒した。しかも、奴らが日本に向かった理由に関してもいくつかきな臭い部分がある」


「それが一番不可解なんだよ。だって、そんなことをしてまで何でドン・ファーザーはこの国に来たがるんだい?」


すると、ブルースはここで回線を通じて一枚の書状をマキに見せた。

その書状は、ガラスで包まれる形で頑強に保護されている。


「マキは、『ラミアの予言』というのを聞いたことがあるか?」


そこに書いてあるのは、いくつかの英語の文字の羅列だ。

かなり読みづらく、一見するだけではその内容はとても読み取れない。


「噂だけならね。でも、あれは行方不明のはずじゃないのかい?」


ラミアの予言。

それは100年前にラミアという少女が遺したとされる予言書のことだ。


「『命と引き換えに100%当たる予言を残す』という固有能力を持っていたラミアが自分の命と引き換えに書き残したと言われる預言書のことだが⋯⋯」


するとブルースは手に持つ紙をカメラに近づける。


「これが、その予言書の一部だ」


「そんなモン⋯⋯どうやって手に入れたんだい?」


「元々はコードワンから情報を貰ってドン・ファーザーの身辺調査していたんだ。ドン・ファーザーはここ最近、裏社会で妙な動きを多く起こしている。それで調査することになったんだが⋯⋯」


するとブルーノは、予言書を包むガラスをカンカンと叩く。


「ところが、調査の途中でこんなモンを見つけちまった。コイツは、俺がフランスにあるドン・ファーザーの書斎を物色した時に見つけたもんだからな」


予言書は偽物の贋作も多いモノだ。

だがブルースはそれが伝説の予言書の一部であるという確信があるようだった。


「解読するのは骨が折れたぜ。字は汚ねえし、表現も回りくどいものが多いしな。それに俺は英語が得意じゃねえ」


しかしそう言いながら、ブルースはマキに電子ファイルを送る。

そのファイルをマキが開く。するとそこには予言書の翻訳した内容が書いてあった。


『6人の悪魔は5人となり、ブドウ畑の中心で男は女に死を与えられる。女は偽りの皮を被り、同士を探しに往くだろう。気づいても、気づいてはならない。女に逆らってはならない。気づけば道化師の道を歩むだろう⋯⋯』


「気味の悪い予言だねえ。何だいこれは?」


「これがドン・ファーザーの書斎から見つかった予言書だ。実はこれと対となるもう一枚の予言書があるはずなんだが、そっちは行方不明だな」


するとブルースは、マキに小さい声で言う。


「この予言が誰に向けられたものかは分からない。だが、この予言がドン・ファーザーの日本入国に何らかの影響がある可能性は高いな」


「ブドウ畑の真ん中で男は女に殺されるねえ⋯⋯アタシの知る限り、ブドウ畑なんてこの近所じゃ見たことないよ」


「何も日本で起きる出来事だとは限らないさ。このラミアの予言には分かっていない所も多くあるから、実際はただの戯言で終わる可能性もある」


しかし、二人には分かっていた。

もしこれが本物のラミアの予言であれば、紛れもない本物の予言だと。


『天界より出でし魔王は科学の叡智に膝をつき、地獄より生まれし帝王は恋心の前に屈するだろう』


ラミアの予言は、手記のように小さな本として纏められたと言い伝えられている。


しかし人類の前に、僅か一ページだけ公にされた予言があった。

それがこの『S級DBに関する予言』だ。


天界より出でし魔王とは、S級DBエデンのことを指す。

そして地獄より生まれし帝王は、S級DBアニイのことだ。


エデンは人類最強の兵器、水爆によって処理され、アニイは臥龍に抱いた恋心の前に自ら月に向かうことを了承した。なおこの予言が書かれた頃は、まだエデンもアニイも生まれていない。


「この予言に関する何かを狙って、ドン・ファーザーは日本に来た可能性がある。アンタが言いたいのはそういうことかい?」


「その通りだ。取り敢えずラミアの予言は俺が回収する。真偽は不透明だが、これが本物であれば、それだけで国宝級の代物だからな」


そう言って、予言が書かれた紙を懐に仕舞うブルース。

するとブルースはマキに言った。


「ラミアの予言はとある人物に対して書かれた予言だと言われているが、歴史学者共の間でも、それが誰なのかは意見が割れている」


ラミアの予言は、原書が未だに見つかっていない。

ブルースが持っている予言は、分厚い予言書のほんの一ページが破り取られたものであり、原書は世界中の歴史家たちが血眼になって探しているものの、未だに影も形も見つかっていないのである。


「原書が何処にあるのか、それは誰にもわからねえ。だが世界で唯一その真実に近づいた人間がいる。といっても、そいつはもうこの世に居ないがな⋯⋯⋯」


「コードゼロのバカがS級の餌にしちまったからね。今じゃ、原書の研究はゼロからの出発になっちまったも同然さ」


異能研究家スカル。彼はラミアの予言に関する研究の先駆者でもあった。

しかし彼はもういない。コードゼロによって、ダイナを生み出すための贄とされた上に、その研究資料の在処を知る者はいない。


「ラミアの予言は、あのコードワンすら居場所を知らない禁断の書物。それを手に入れた人間は未来を手中に収めた覇者となる⋯⋯」


そんなことを呟くマキは、空になった酒のボトルを軽く振る。


「偽りの皮を被り、ってことは誰かが変装してるってことかねえ?」


「時期を考えると、スターズ・トーナメントの参加者の中にこの予言の『偽りの皮を被った女』が居る可能性もある。ブドウ畑で男を殺す殺人鬼がな」


「怖いねえ。そんな物騒な奴にうろつかれちゃたまらないよ」


「気を付けろよマキ。この予言の的中率は100%だ」


「せいぜい気を付けとくよ。ブルースもあまり無茶はするんじゃないよ」


「直人と榊原の嬢ちゃんにも気を付けるように言っておいてくれ。今年のスターズ・トーナメントは何かがヤバい。特にドン・ファーザーの動きには最大限注意しろ。頼んだぞ」


そんな言葉を最後に、ブルースとの通信は切れた。

それを見届けたマキは立ち上がると、軽く伸びをする。


「といってもねえ⋯⋯ドン・ファーザーとアタシらの相性は最悪だよ」


最強の武器である臥龍が使えない。

その上、ドン・ファーザーは欧州最強の異能使いの一人でもある。

恐らくその力量はマキと同等かそれ以上だろう。


「嫌だねえ⋯⋯本当に」


二本目のジンのボトルに手を伸ばすマキ。

それは今回の相手がかつてないほどに厄介であることを示すようでもあった。

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