第102話 出航

「一列に並べ! これから一斉に海に出る!!」


そんな声と共に、DH達が各々の準備を整える。

彼らは今、戦いの直前に居た。


「第一部隊はあそこの船に、第二部隊は軍のヘリに乗れ!!」


ここは太平洋沿岸のとある県の海沿い。

そこには巨大な戦艦が一隻に、軍から用意されたヘリがある。


これから彼らは、パンドラが待つ太平洋沖合のポイントまで移動するのだ。

当然ながら、ここに居るDH達は皆ココロの技術を会得した実力者である。


「進十郎よ⋯⋯!!」


「長く御世話になりました。先に小生はあの世に行きまするが、光城殿にはまだ為すべきことがありましょう。冥土にてお待ちしておりまする」


「すまぬ進十郎よ。御子息殿の世話はこの儂に任せてくれ。この光城家の全力をもって櫟原家を支えることを約束する」


そう言うのは日本DH協会会長だ。

白装束と腰に小刀を持った進十郎と、二人で抱擁する。


「そう言わずとも、彼らは為すべきことを成すでしょう。それに、光城家の跡取り殿の成長を見届けられなかったことは残念極まりまする」


すると会長は言った。


「儂もそう長くない命じゃ。若い者たちの成長を見届けられぬ痛恨の思い、それは儂とて同じじゃよ進十郎」


そして再度抱き合った後、進十郎は離れる。


「では、最後の船旅を楽しんでまいりまする。いざ、さらば!!」


そう言って彼は、彼のために用意された小さな船に乗り込んだ。

海底都市のポイントにて進十郎は、自ら短刀で命を絶つことになっている。つまりこれが彼にとっての最後の旅であるのだ。


「進十郎⋯⋯」


名残惜しさを抑えきれない会長は、そう小さく呟く。

彼と進十郎の付き合いは70年近くに及ぶ。その終わりがこんな形になるとは、最初に知り合った時には想像も出来なかった。


「許せ⋯⋯!!」


涙をこらえ、踵を返す会長。

その背を追いかけるように、出航の汽笛が海岸に響き渡った。



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船の内部では、パンドラ封印のための手順が説明されていた。

そんな彼らをリーダーとして纏めるのは、ゴールデンナンバーズのNO3だ。


「お前たちは各々海上スクーターに乗り、パンドラを海底都市のポイントまで誘導しろ。スクーターの練習については既に行っているはずだ」


そう言って空中に映し出されるのは、水上バイクのような形をしたスクーターだ。

見た目からは想像も出来ないがこのスクーターの最高速度は驚異のマッハ2である。


「最低でも音速を越えられねば、パンドラの追跡から逃れることは出来ん。さらに奴は水上を音速の3倍で走る。一人が誘導するだけでは、すぐに捕まって殺されるだろう」


そのために考え出されたのが、波状誘導だ。

複数人が異なる方向から幾度となく牽制を仕掛け、パンドラの注意を引き続ける。それによって一人にロックオンさせることなくポイントまで誘導するのだ。


「何度も言うが、コンマ数秒の連携のズレが計画を破滅に導くことを忘れるな。そして当然、スクーターのコントロールを失って水上に放り出されるようなトンマには、救命措置など用意していない。大人しくパンドラに殺されろ」


底冷えするような恐怖と緊張感が走る。

失敗=死、のシンプルな構図が目の前に突き付けられたのだ。


「お前たちにはこれから音速の移動にも耐えられる特殊スーツと、顔を守るためのヘルメットを配る。そして配られ次第、その場で着用しろ。生憎更衣室は用意していないが、今のお前らに性別の違いで赤面するような余裕などないはずだ」


この説明が行われているのは、船の中にある大広場だ。

そして現在ここに居るのはNO3を除けば総勢14名。内4人は女性だ。


各々にNO3はスーツとヘルメットを配っていく。

スーツはウェットスーツのようなピチピチのもので、マッハの移動でも負担を軽減するために空気抵抗が少なくなるようになっている。またヘルメットは流線形の形で、これらは多少の衝撃なら吸収するだけの頑丈性もあった。


すると受け取った人たちはさっそく服を脱いでスーツを着用していった。最初に受け取った男性のDHは、パンツ一枚になってからスーツを身に付けている。


続いてスーツを受け取った女性のDHは、こちらもパンツ以外は全て脱いだうえでスーツを着用していく。なおブラジャーなどの下着はパンツを除いて着用不可だった。


しかしこれから死地に赴くも同然の彼らに、その光景を見てふしだらな感想を思い浮かべる輩など男女双方ともにいない。そしてNO3もまた同様に顔色一つ変えずに淡々とスーツとヘルメットを配っていく。


だが暫くして、NO3はある人物の所に来ると足を止めて口を開いた。


「お前をここに呼ぶのはあまり気が進まなかったのだがな。工藤雪波」


ポイっとスーツを女性に投げるNO3と、それを片手でキャッチする女性。


「それは、私の身を案じてのことか?」


上着を脱ぎ払ってそう言うのは、工藤雪波だった。

するとNO3は鼻を鳴らしながら言った。


「違う、落ちこぼれのお前が足を引っ張らないかが心配だからだ」


「フン、NO3になって少しはまともになったかと思ったがとんだ勘違いだったな。冷徹な対応はお変わりないようで安心したぞ、先輩」


「お前こそ、その礼儀の欠片もない口調は変わらないようだな工藤。昔からお前はそうだった。実に分かりやすい女だ」


シャツを脱ぎ、ズボンも脱ぎ、雪波の上半身が露になる。

だがそれを見るNO3の表情には露ほどの変化もない。


すると、ここでNO3は口を開く。


「山宮学園レベル1クラス担任への就任おめでとう。遅れながら、祝福しよう」


対して雪波は言葉を返す。


「それは、皮肉か?」


「何を言っている。私は、お前が本来居るべき場所に帰ったのを祝福しているだけだ。山宮学園唯一の例外を作ったお前を疎ましく思ってのことではないぞ」


形の整った乳をスーツに押し込もうとしている雪波を、冷めた視線と共に足元をパタパタさせながら見るNO3。しかし、彼の言葉に確実に裏があった。


「そうだろう? お前は唯一の例外だ、長い山宮学園の歴史で唯一のな⋯⋯」


「まだそんなことを言っているのか、女々しい奴め。今の私の立場は私自身の実力で掴んだものだ。貴様に四の五の言われる筋合いはない」


数分ほどでスーツを着終わった雪波はNO3に向き直る。

それに対して、ボディラインが露になった彼女の姿を見るのはNO3。


「NO3の立場になったところで、貴様がかつて私の存在を良く思っていなかった事実は永遠に変わらん。貴様は、つくづく今の生徒会長とは真逆だな」


NO3が今の生徒会長、八重樫慶と真逆の存在だと述べる雪波。

それはどんな意図のもとに発された言葉なのだろうか。


「⋯⋯どうやら少々お前と私で認識がズレているようだ、工藤雪波」


するとNO3は雪波の目と鼻の先へ詰め寄る。


「まずその一、私はお前のことを『かつて』良く思っていなかったのではない」


少し間を開けて彼は続けた。


「昔も、今も、そしてこれからも、私がお前のことを良く思う日など永久に来ない」


その言葉にも、雪波は表情を変えない。

まるでそう言われることが分かっていたように。


「そしてもう一つ⋯⋯」


雪波とNO3との顔の距離はもう2センチもないくらいだ。

それほどまでに近くまで詰め寄ったNO3は、はっきりと言った。


「私はお前の実力や立場に四の五の言う気は無い。そしてその上で、気にすることがあるとするならただ一つ、お前が自身の過去をむやみに吹聴しないかどうかだけだ」


過去を吹聴しない、すなわち雪波が彼女自身の過去の話を吹聴しないということ。

何故ならNO3には、絶対に曲げられない信念があるからだ。


「かつて私は、山宮学園の生徒会長だった。知っているな? 工藤」


「当たり前だ。お前が3年で生徒会長だった年に、私は山宮に入学したのだからな」


NO3と雪波は、かつて同時期の先輩後輩関係にあった。

余談だがレベル5クラス担当の波動義久は、その年に不知火明日香と共に生徒連合団入りしている。


「私は今も昔も思うことは変わらない。レベル1はクズの集まりであるとな」


そう言うNO3の目に、嘲りの色はない。

それは彼の言葉が侮蔑ではなく、純粋な彼自身の信念によるものだという意思の表れだった。


「山宮学園に何故才も無ければ勤勉な意識もない、救いようのないクズを入れねばならないのか私は理解できなかった。だから私は、理事会に直接申し入れをしたのだ。下位クラスを削減し、上位を更に引き上げる方針を打ち出せとな」


雪波を睨みつけるNO3。それは、その計画が上手く行かなかったことを暗に示していた。


「だが、お前がそれをブチ壊しにした!! 知らないとは言わせんぞ!!」


表情を変えない雪波。

絞り出すようにNO3は続ける。


「私がそう提言してから間もなく、一人のレベル1クラスの女子生徒がそれに異を唱えた。レベル1クラスの存在意義を否定するなと、そしてそれを証明するために自分自身が最高位のレベル5クラスに登り詰めて見せるとな!」


自分自身を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸するNO3。

そして彼は言った。


「そして、その女子生徒はやり遂げた。不知火明日香に継ぐ学年2位の座を確立し、自身のレベル5クラス昇格を根拠に、レベル1クラスを存続させた⋯⋯」


もう、それは明白だった。

かつてNO3の提言に異を唱え、レベル1クラスからレベル5に昇格したのは誰か。


「そうだ、全部お前だ。お前はレベル1クラスを救った。そして私の計画を壊した」


工藤雪波。彼女はレベル1クラスの出身だった。

そして卒業後は精神系能力を極め、一流のDHとなって山宮に戻ったのである。


「お前が山宮のレベル1クラスに戻ったのは、あの時と同じか? いずれ山宮学園から嫌でも零れ落ちていくであろうクズ共を引き留めるためか?」


すると雪波は口を開いた。


「私は理事会から、固く口止めを受けている。自分がかつてレベル1クラス所属だったことと、レべル5に昇格した過去があることを公言するなとな」


すると僅かに口角を上げるNO3。


「ほう、ならば私が念を押すまでもなかったということだな」


「大方、この事実が流布されることで下位クラスから上位への『下克上』の風潮が起きるのを嫌ったのだろう。つまり過去を封じられた私が、レベル1クラスの担任をすることによる付加価値的意味など何もないということだ」


「なら、何故山宮に戻った? 過去を隠して一流面していれば良いものを⋯⋯」


すると、雪波はハッキリと言った。

その顔には僅かばかりの微笑も浮かべて。


「山宮の終焉を見届けたいと思ったからだ」


「山宮の⋯⋯終焉だと?」


「そうだ」と言う雪波。

彼女には、山宮学園の隠れた課題が見えていた。


「いつまでも覇者だと思っていたら大間違いだということだ。五大体術を捨て、努力を才能という甘美な響きの元に否定し、偽りの玉座に座っている山宮が、底辺から這い上がってきた弱者に脅かされる日が来る。私はその確信がある」


「そんな日が来る事は無い! 山宮は不滅だ!」


「いいや、来る。近年成長が目覚ましい他校の存在と、レベル1クラスを追われた者たちの活躍は私の耳にも届いている。今年も多くのレベル1クラス生が学校を去るだろうが⋯⋯彼らは必ず不死鳥の如く蘇るぞ。貴様らの寝首を掻くためにな」


するとヘルメットを片手に、臨戦態勢を整える雪波。

見ると他のDH達も同様に準備を終えていた。


「NO3、貴様の指示を待つ部下の顔が見えないのか?」


「⋯⋯急に何を言うかと思えば!!」


「ここは戦場だぞ。私はただ、お前が持ちかけてきた生産性のない学校の与太話に付き合ってやっていただけだ。さあ早く指示を出せ」


そこにいる全員の視線がNO3に注がれている。


ギリギリと歯を噛みしめるNO3。

苛立ちを隠せない口調ながらも、彼は言った。


「⋯⋯水上スクーターの準備は終えている。総員、スクーターに乗り込め!!」


「了解!!」という掛け声の元、一斉にその場を後にするDH達。

それを聞いて雪波もまたスクーターに向かわんと走り出す。


「調子に乗るなよ、工藤!! 私はお前が大嫌いだ!!」


そんな中吐き捨てられるNO3の言葉。

すると、雪波は自らの髪を軽く後ろに撫でながら言った。


「奇遇だな、私も貴様が大嫌いだ。八神やがみ国吉くによし先輩」


そしてお互いに顔を背けると、大広場を後にした。

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