第101話 臥龍、出る
「何だい、随分未練がましい様子じゃないか」
そんなことを言ってくるマキに、直人は物憂げに頷いた。
彼は今あるものと対面している。自分より優に大きい人型のロボットスーツに、その背には一メートル弱の長い刀が装備されている。
「自分だったらパンドラをブッタ切れるのに⋯⋯とでも言いたいのがプンプン伝わってくるよ。そんなに気になるなら飛び入り参戦してくればいいじゃないかい」
茶化しているのか、本気で言っているのか定かでない様子のマキの言葉に対して、直人は軽く溜息をつくと口を開く。
「リスクのある仕事は、相応の報酬があって初めてやる気になるんですよ。一文も懐に入らないのに仕事をする気は無いですね」
その言葉は紛れもない直人の本音だ。
パンドラには世界DH協会から数十億もの報酬金が掛けられているが、同時にそれは協会から正式に仕事を受けた人間のみという条件も付いている。
「もし正式に仕事を受けていない人間が討伐した場合は、報酬金は一気に数千万まで減額される。その理由はマキさんならご存知ですよね?」
するとマキは口を開いた。
「そりゃ当然さ。何故ならその報酬金はDH協会に出資している超が付くほどのお金持ちたち、言い換えれば世界屈指の権力者たちによって賄われているんだからねえ。じゃあ何でそいつらがDH協会に出資しているかというと⋯⋯」
少し間を開けて、マキは続ける。
「DHってのは、本当のトップレベルになるとそれ一人だけで軍隊一師団並みの戦闘力がある。そして金持ちってのは常に身の危険に悩まされるものさ。それこそDHが突然敵になろうものなら、奴らにとっては夜も眠れない重大案件に早変わりさよ」
すると後を引き継ぐように、直人が言う。
「だから彼らは、協会に出資することでDHに首輪を付けたんですね。DHを自分たちの手中に収めることで、いざというときは身を守るツールにもなり、また同時に他者に雇われて
ハア、と溜息をつくマキ。
「だから、DH協会の認可を受けていない人間に対する報酬は少ないのさ。超高額の報酬金は『首輪』と引き換えの物、首輪なき狂犬に支払う金なんぞ無いってわけね」
「ケチだね」と舌打ち交じりに呟くマキ。
するとここで直人は、マキに尋ねた。
「僕に来たパンドラの討伐を断った理由は⋯⋯まさにそれなんでしょう?」
するとカウンターのウィスキーのボトルに手を伸ばしながらマキが、小さく「ああ」と言う。彼女にはあの依頼に少なからず思うところがあったらしい。
「前に来た依頼と違って、今回の依頼は世界DH協会からの依頼も同然。きっと奴らはこれを機に狙っているに違いないさ。臥龍に首輪を付けてやろう、ってね」
臥龍に首輪を付ける。それが意味するものは何か。
それは文字通り、世界を破壊できる可能性のある人間を操れるということだ。
「君に首輪を付けていいのは、世界でアタシだけさ」
「何言ってるんですか。その気になれば首輪なんて自分でいつでも外せますよ」
「へえ、じゃあ何でアタシが付けた首輪を外さないんだい?」
「面倒だからです。それに、ここは居心地がいいですから」
そんなことを言う直人の手には、一般的な日本刀とほぼ同サイズの黒い黒刀が握られている。因みにこれの重さは、およそ10キロだ。
「君は倒せるのかい? あの、パンドラを」
単刀直入に、マキは聞いた。
対して直人はさらりと言う。
「無理ですね。パンドラが海面上にいる限り、僕はあれに手出しすることは出来ません。残念ながら僕には異能力がありませんから」
直接刃を突き立てる機会がなければ、流石に攻撃は通せない。
本気を出せば斬撃を遠距離から飛ばす芸当も出来るが、その程度の攻撃ではパンドラを倒すどころかむしろ相手を怒らせるのが関の山だろう。
「じゃあ、パンドラには勝てないと?」
「はい、無理です。それは認めます」
さも当然のように言う直人。
しかしここで、マキと直人は同時に言った。
「「ただし、陸の上なら話は別」」
ニヤッと笑うマキ。
直人もまた、手の上で刀をクルクルと回しながら話を続ける。
「僕の領域を海の上で作ることが出来るなら、精神破壊をかいくぐってパンドラを両断することは可能です。パンドラは精神破壊が圧倒的な脅威であるだけで、単純な戦闘力ならエデンとアニイに遥かに劣りますから」
ここで重要なのは、あくまで『直人にとって』の話である。
パンドラが戦闘力でエデンとアニイに劣るというのはあくまで直人の感想であり、同時にこの二体と戦った経験のある彼だから言える話だ。
「精神破壊を除けば大した脅威じゃないってねえ⋯⋯他のDHが聞いたら泣くよ?」
「泣かせておけばいいんですよ。それは紛れもない事実ですから」
「因みにパンドラは、先日偶然通りかかったとある国の空母をパンチ二発で沈めちまったらしいけど、それを聞いても勝てると思うのかい?」
すると片眉を吊り上げて、直人は言った。
「僕が空母一艦と同等程度の評価しか受けていないのなら、実に悲しい話ですね」
暗に「過小評価するな」と主張する直人。
そしてマキにとっても同じ意見だった。
「そうさね。君の戦闘力は大国一つに匹敵する。少なくともアタシはそう思うよ」
それを聞く直人。
その様子から果たして彼女の言葉がそれでも過小評価なのか、それとも的を得た評価なのかは推し量ることは出来ない。
「兎に角、僕がパンドラを倒すには海上から引き離すか、もしくは海面を人が歩けるような状態にするのがベストです」
するとウイスキーをクピクピと飲みながらマキは言った。
「簡単に言うじゃないかい。実際は、それが難しいから問題になってるんだろうよ」
だがここで、直人が懐からある物を取り出す。
それは彼が普段から愛用している携帯端末だ。
「それが出来そうな世界で唯一の存在にメールを送りました。唯一心配するとするなら、その相手から一向に返信が来ないことです」
「それが出来そうな⋯⋯」とポツリと呟くマキ。
だが暫くした後、彼女の目が大きく見開かれる。
「それは随分と、大層なことをしてくれたねえ」
「彼女は僕に借りがありますから。それにあの人⋯というか、アレは⋯⋯」
両者ともに、苦い表情で過去の思い出に思いを馳せる。
二人が頭に思い浮かべている存在は、恐らく同一人物だ。
「覚えてるよ。ビックリするくらいに君のことを好いていたじゃないかい」
「ええ。だから仕方なくデートをしたのは昨日のことのように覚えてます」
「で、それで大興奮したあの子の魔力の影響で、世界中で火山が噴火したと」
「その影響で世界中の気候と地形が変わった結果、今後二度と直接会わないように距離を取ったんですよ。そう、文字通りに」
苦笑いするマキ。
ポリポリ頭を掻きながら、マキは口を開く。
「出動する準備だけは整えておくよ。だから君も準備しておきな」
それを聞いた直人は、物憂げに天井を見つめる。
そして彼は、ポツリと言った。
「何でもDH協会は、海底都市にパンドラを封印しようとしているようです。情報屋として招かれたコードワンが協会に何を吹き込んだのかは知りませんが、彼女が考えていることはおおよその見当が付きます」
それを聞いたマキは、僅かに眉を顰める。
二人は既に、DH協会の例の作戦のことを聞いていた。
「コードワンがあんな計画を彼らに伝えたのには、間違いなく裏があります。恐らく彼女は、パンドラの中にある『コア』をアークテフェス社に渡したくないんですよ」
「⋯⋯誰だって渡したくないさよ。エデンを魔導大監獄に閉じ込めているのも、アニイを月に送ったのも、元を辿るなら全て⋯⋯」
ここで二人はお互いに口を噤む。
それ以上は話せない。いや、話すべきではない。
「僕が過去に倒した5体のS級DB。彼らの体内にあったコアは既に奴らに奪われていますよね?」
「残念ながら、その通りさ。アタシらがエデン、アニイ、パンドラの三体を放置しておいた最大の理由は、『その方が安全だから』とも言えるさね」
「少なくとも魔導大監獄にエデンが幽閉され、アニイが地球外にいる限りは奴らは彼らに手出しは出来ません。しかし、パンドラは⋯⋯」
海深くの海底に沈められていたパンドラは、自らその封印を解いた。
そして海上に姿を現し、再びこの世界に現れてしまったのだ。
「そして彼らには、パンドラの復活によってコアを回収する絶好の機会が訪れました。となると、僕らに要求される使命は⋯⋯」
マキはカウンターから己の異能具である銀の鞭を、そして直人は手に持つ黒い黒刀を力一杯に握りしめる。
「⋯⋯自ずと決まってきます」
「恐らく、コードゼロもやって来る。アタシらも気合い入れないと殺られるよ」
「ええ。これ以上奴らにコアを渡すわけにはいきません。さもなくば、再びあの男が復活し、世界にアークテフェス社の惨事が繰り返されます」
パキンと、ウィスキーのボトルにヒビが入る。
ボトルを持つマキの手は、力が入るあまりに白くなっている。
「アークテフェス社と戦争できるのは世界で直人、アンタだけさ。覚えているだろう? かつて奴らと戦争しようとした騎士王がどうなったか」
「はい。アリーシャのお父さんのことですよね」
「見るも無残な最期とはまさにあのことだよ。生き人形にされた挙句、奴らの命令を聞くだけの殺戮兵器にされた⋯⋯唯一の救いは君がそれを止めたことくらいだよ」
「いや、唯一の救いはその事実をアリーシャが知らないことです。もし彼女が真実を知れば奴らに復讐しようとするはず。そして父親と同じ道を辿るでしょう」
そして直人とマキは同時に立ち上がる。
立ち上がるマキの体からは、普段の倍以上の魔力が放たれていた。
「報酬もない、そのくせリスクの高い仕事はしたくないんじゃなかったのかい?」
「気が変わったんですよ。僕の気分は山の天気より変わりやすいので」
「そうかい。じゃあその気分が、仕事終わりまで続くことを祈ってるよ」
マキは右手に鞭を、直人は腰に剣を帯びる。
あくまで今回は飛び入り参加の素人戦士として、プロのDHとしてではなく突然やってきた重装備の野次馬として、二人は海へ向かう。
「「終わらせよう」」
そんな二人の声は、この件に終止符を打つべく彼らが出陣することを意味していた。
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