第103話 バレた真実

それは、本当に些細な所から漏れてしまった。

一人のとある新聞社の記者が、その様子を海岸から見ていたのだ。


「DHが集まっているという噂は本当だったのか⋯⋯」


その記者は、入社一年目の新米だった。

日夜スクープを求めて情報を集め続けていた彼だったが、ふとした時にある噂を聞いた。それはネットサーフィン中に見つけたほんの些細な掲示板の情報である。


『DH協会が、DHを多く連れて海に出ようとしている』


海岸沿いは既に封鎖され、一般人は出入りできない。恐らくその情報は封鎖される直前に近隣住民が見たものを書きこんだのだろうと記者は思っていた。


『何で、海岸の封鎖なんかするんだよ。夏なのにさ』


『DH協会が通行止めにしてるらしいぜ。DB対策の訓練をするって知り合いが言ってた』


そんな掲示板のやり取りに目を通した記者。

するとある匿名の書き込みが一つ、目に付いた。


『これ、本当か知らないんだけどさ⋯⋯』


そんな前置きの後に書かれたある言葉。


『俺の兄ちゃんが、メチャデカい外人を見たって言ってた』


すると茶化すように他のコメントが更新される。


『外人なんて皆デカいだろwww』


『意味不明乙ww』


そんな書き込みが入る。

しかしその後に続いた言葉が、記者の直感の琴線を弾いた。


『それがさ、前にテレビで見たアレクサンダー・オーディウスにメチャクチャ似てたんだってさ』


『誰だよそいつ』


『知らないのかよ。騎士王だよ騎士王、今世界で一番強い奴だよ』


『何でそんな奴が日本に居るんだよww』


『観光じゃねww』


しかし、そんなネット上のたわいもないやり取りが記者にとって大きなヒントになった。ネットで目撃情報があったアレクサンダー・オーディウス、現騎士王が日本にいるという情報はもしかしたら事実かもじれないと彼は感じたのだ。


「騎士王が日本に来ていたなんて情報は聞いたことない。じゃあ何で話題にならないんだ? 騎士王が来た事実を隠さないといけないなんて、有事の事態でも起きていなければあり得ないはずだ⋯⋯」


騎士王が来るほどの有事。

それは自ずと巨大な脅威が訪れていることを暗示している。


「海岸の封鎖⋯⋯絶対何かが関係しているはず」


そして彼は決めた。

海岸に侵入して、絶対にスクープを見つけてやると。


新米の若さと、手柄を立てたい欲が彼の体を動かしていた。



そして、彼は海岸に侵入した。


崖をよじ登って、見張りのDH達の目を欺いて彼は進む。

命がけで何とか海岸に辿り着いた記者は、茂みの中に飛び込んだ。


そして茂みの中に身を潜め、息を殺してDH達の陣営をカメラでパシャリと取る。


「大きい船だなあ⋯⋯それにアレは特別顧問と会長だ!」


白装束を着た老人と抱き合っているのは協会の会長だ。

しかし何故彼は白装束を着ているのだろう? まるでこれから死ぬかのようだ。


「訓練? 絶対に違う、あれはこれから何処かに行くんだ」


するとここで近くを話し合うDH二人が通りがかった。

慌てて写真撮影を止めると、胸元の録音レコーダーのスイッチを入れる記者。

そして息をひそめて出来る限り気配を殺す。


「酷い話だ。特別顧問が生贄になるなんてさ」


そんな言葉が聞こえてくる。


(生贄? 何を言っているんだ?)


「いくらパンドラを封印するためとはいえ、特別顧問が死ぬなんて。騎士王は何のために呼んだんだよ、あの人がパンドラを倒してくれるんじゃないのかよお」


「騎士王とは決裂したらしい。DH協会の計画に従ってくれないかららしいぜ」


背中を冷たい汗が流れる。

今の会話だけでもスクープどころの騒ぎではない。


(パンドラ⋯⋯確か、何年も前に封印されたS級DBのことだ)


歴史の教科書でしか聞いたことがない名前だ。だがDHは確かに言った。

『パンドラを封印する』と。つまり言い方を変えれば『パンドラが復活している』という意味でもある。


(パンドラが復活した⋯⋯!?)


するとDH達はまだまだ喋る。


「このままじゃ、日本にパンドラが来ちゃうんだよな。そしたら俺達もお陀仏だぜ」


「パンドラの精神破壊を跳ね除けられるのは、精神を守る技術であるココロを習得している人間のみ。つまりそれ以外は発狂して⋯⋯」


ココロをある程度使える余裕からか、茶化すようにそう言うDH。

対照的に青を通り越して真っ白になるのは、記者の顔面だ。


「これが漏れたら、日本は大パニックだな」


「社会崩壊一直線だろ。だってパンドラは最強格のS級DBの一体なんだから⋯⋯」


「国の機能なんか崩壊するだろうな。我先にと国を脱出する奴らと、仕事そっちのけで余生を楽しもうとする奴らで国は大混乱だ」


「だから、情報統制でこれがバレないようにしている⋯⋯俺たち以外にはな」


そして遠くに去っていくDHの二人組。

近くで聞き耳を立てている人間がいるとも知らず、彼らは全てを話してしまった。


「た、た、た、大変だ⋯⋯⋯!!!」


レコーダーで収録された音声を彼はデータチップに落とす。

そして端末にチップを入れると、彼はそれを海岸の写真を添付して送ろうとする。


しかしここで、彼は一つ気付いた。


「情報統制が敷かれているってことは、もしこれを会社に送っても⋯⋯!!」


DH協会のトップは、報道業界にも絶大な影響力を持つ光城家のトップだ。

となれば途中で揉み消されてしまう可能性がある。


「⋯⋯やってやる!!」


記者は覚悟を決めた。

全ての神経を指先に集中させ、彼は目にも止まらぬ速さでメールを送る。


自分が所属している会社だけではなく、自分の知る限りの全ての報道各局と新聞、雑誌、ありとあらゆる報道媒体に音声と写真を送り付けた。


『S級DBパンドラが復活。現役DHの極秘音声が明かす、日本接近の事実!!』


そんな題名と共に、各局に情報を送った記者。

それだけでなく、あらゆるネット媒体やコミュニケーションアプリケーションを介した連絡網にもこの事実を流布しまくった。


仮に一つが消されても、確実に世間に伝わるように。

全てはこの恐るべき事実が、全世界に伝わるように⋯⋯


「何をしているんですか!?」


だが、後ろから聞こえて来た声にビクッと体を震わせる記者。

気が付いた時背後には、鎖を体に巻いた異形のDHがいた。


「まさか⋯⋯貴方記者さん!?」


すると驚いた拍子に手からポロリと落ちる端末。

そこには音声情報と、写真が添付されたメールがある。


それを見た鎖のDH。その刹那記者は直感した。

逃げないとマズいと。彼は慌てて逃げだした。


「待ちなさい!!!」


しかし、彼の首に突然鎖が巻きついた。

一瞬で体をグルグルに縛られる記者。すると落とした端末を拾われる。


「⋯⋯これは、一大事ですね」


そのDH、NO7は直感していた。

これはもう手遅れだと。


「貴方は、私有地への不法侵入で警察に引き渡します。」


淡々とそう言うNO7。

だが情報はもうネットにばらまかれてしまった。すぐにもこの情報が事実であることはバレて、そして日本は大混乱に陥るだろう。


「何てこと⋯⋯!!」


そう呟くNO7の言葉からは、一抹の絶望に近い響きが感じられた。



そして、そうなるまでに時間はかからなかった。

新聞やテレビでは不気味なほどに報道されないその情報は、無数に張り巡らされたネットのコミュニティを通じて瞬く間に広がった。


『パンドラが来るってマジ!? 死んだわ』


『発狂して死ぬとか、最悪過ぎる死に方だろ。俺逃げる』


『どこに逃げるんだよ?』


『日本以外ならどこでもいいだろ!』


『知り合いがイギリスにいる俺は勝ち組だな。じゃあな負け組』


そんな言葉が朝一から飛び交う。

そしてネットの巨大な変動の動きを無視できなくなったとあるテレビ局の一つが、遂に朝の討論番組でこんなやり取りを見せた。


「S級DBパンドラが日本に来ているという噂ですが⋯⋯本当でしょうか?」


すると専門家を名乗る人間の一人が言う。


「いやデマでしょう。そもそもパンドラというのは20年前に頑強に封印した存在であって、どうあっても復活はあり得ません。デマは非常に広まりやすいですが⋯」


無論、これらは全てテレビ局が用意した台本だ。

そしてその番組の出演者の殆どが、テレビ出演する直前に国外行きの航空券を手配していることなど、テレビの前にいる人々は知る由もない。


そんな中、番組にモデル枠で出演していたある人物が口を開く。


「えー本当ですよ!! 私、知ってます!!」


前置きすると、この番組は生放送だ。

スタジオに響く声と同時に、凍り付くスタジオ。


「騎士王さんはあ、DH協会と一緒にお仕事したくないらしいですしい、この国今すっごくヤバいですよね!!」


あくまでおバカキャラという立ち位置で売り出している体を守った、素っ頓狂な叫び声と共にスタッフの表情が豹変する。


テレビ越しに、彼女の言葉は生放送の電波を通じて全国に広がっていく。


『ミクちゃん!! ダメ、ダメだっ!!』


そんなカンペとスタッフの静止を知らん顔して、彼女は言った。


「アタシの動画チャンネルでえ、パンドラさんとDHさんたちが戦う様子を生配信しようと思うのでお楽しみにい!!」


それ以上は限界だった。

突然暴走しだしたモデルの声を遮るように、放送が打ち切られる。


「ミク!! お前、何てことしてくれたんだよ!!」


プロデューサーの男が、凄まじい形相でミクの胸倉を掴む。

「イヤン!」と白々しいセクハラアピールをするミクだが、その時だった。


「手を離せ、ゲス野郎」


突然プロデューサーの横に、大柄な男二人が現れた。

アッという間にプロデューサーをねじ伏せると、逆に胸倉を吊り上げる。


「お。お前らは⋯⋯!?」


「ミクのボディーガードだ。それより、潰されたくなかったら大人しくしていろ」


唖然とするスタジオの面々を尻目に、ボディーガードとミクはスタジオを去る。

頬に手を当ててメソメソと泣いているミクを守るようにして、人目のない所まで歩き去っていく三人。


だが人目のない場所に来た途端、ミクが口を開く。


「上手くいったわね。これで、広報効果は抜群よ」


まるで人が変わったかのように、そう言うミク。

パッとボディーガードから離れる彼女の顔に涙はない。彼女の先程までの行動は全て演技だったようだ。


「さっきのPについては⋯⋯」


「問題ない。既にテレビ局上層部に左遷するように通達を送った」


表情一つ変えずにそう言ったボディーガードの胸元にあるのは榊原の家紋。


「全部、計算通りよ。私の策略に狂いはないわ」


一般人を装って、掲示板に情報を漏らしたのも彼女。

ネットに流出したその情報を一晩に、あらゆる場所に広めたのも彼女。

そして偶然を装ってテレビの前で、噂を確信に変えたのも彼女だった。


「パーティの始まりね。楽しみだわ」


おバカタレントの顔の裏には、冷徹さと美貌を兼ね揃えた策士がいる。

策に生きる女、赤城原柘榴はここまでの全ての流れが見えていた。

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