第97話 最後の会議

そして更に場所が変わって、ここはDH日本支部。

ここでは「最終結論」を出すための会合が行われていた。


そこにいるのは6人のゴールデンナンバーズ。

更にその中心に座るのは、特別顧問だ。


「では会長のご意向と、情報屋とやらの意見をお聞かせ頂きたい。特別顧問殿」


そう言うのは蛇のように鋭い眼光を持つ男。

ゴールデンナンバーズの一角を担う、NO3と呼ばれる男だ。


すると特別顧問、櫟原進十郎は口を開く。


「⋯⋯いくつかの興味深い案が出たが、最終案として会長が選ばれたのがこれじゃ」


そして進十郎は、空中にビジョンを映し出す。

それは非常に広大な海の図を示した模式図で、そのある一点にバツ印でポイントの様なものが表示されている。


「情報屋から提示された案を採用することで最終決定した。太平洋にあるという海底都市にパンドラを閉じ込め、今度こそ永久の封印を達成するという案じゃ」


しかし一同は、「はあ?」とでも言うような渋い表情を浮かべている。

特にNO3の男は、鋭い視線をまるで糸のように細めている。


「特別顧問。少々、話の意図を掴みかねますので詳細な説明を頂戴してもよろしいでしょうか?」


そう言うのは鎖を体に巻き付けた、NO7だ。

彼らにはまだ海底都市の存在と、コードワンから提示された案の詳細を話していないのである。


ここで進十郎は話し始めた。

海底都市が海の奥に存在していること、そこにパンドラを閉じ込めることが一番の最善手なのではないかという案の詳細、そして蓋を開ける条件など⋯⋯


「特別顧問よ。いよいよ耄碌もうろくしておかしくなったか」


ここで突然発せられるのは、NO3の冷徹な言葉だ。


「パンドラを海底都市に閉じ込める? ハッ、何を夢物語のようなことを言っておるのだ。そんな真偽のほども分からぬような都市伝説を頼りに、あのパンドラを封印するだと? それならば私は本件から降りさせてもらうぞ」


しかしここで、一人の青年が立ち上がる。


「お爺様を侮辱するのか!? 言葉を取り消せ、NO3!」


「取り消す? 笑わせるなNO8、私はただ絵に描いた餅を食わされるような愚か者に付き合う暇はないと言っただけであろうに」


「お前⋯⋯!!」


その青年、NO8こと櫟原佑介とNO3の間で火花が散る。

しかし、それを止める大きな影がいた。


「もう止せ。金の数字の品位をこれ以上下げるなら、俺が相手をするぞ」


そう言うのは大男のNO5。

さらにその後ろでは、金髪の美女ことNO4が胸元から取り出した蛍光色のハンドガンを二人に向けている。


「単純な強さならアタシは貴方より上よNO3。特別顧問の前で恥をかかされたくなかったら、その臭い口を閉じた方がいいんじゃない?」


今回は二人共本気モードだ。

それは今回の会議がラストチャンスであることを知ってか知らずか。


「大人しく話を聞け。それが出来ないならお前こそ、その金のバッヂを置いて出て行くのだ」


そう言う二人の様子に、流石のNO3も矛先を下ろす方が良いと判断したか。

チッと舌打ちするとそのままそっぽを向いて、正面に向き直った。


「お前も大概だNO8。見え透いた挑発に一々踊らされるな」


それだけ言って、NO5は椅子に座った。

対して佑介は下を向いて俯いている。


それは不用意な動きをした己を恥じるが故か、それとも怒りを押し殺しているが故なのか。彼のみぞ知る話である。


「⋯⋯特別顧問。貴方に一つ聞きたいことがあります」


ここで女性が一人立ち上がった。

羅刹だ。彼女は、進十郎を見て言った。


「その封印作戦の勝算がどれ程かは、この際どうでも良い話です。しかし問題なのは、本来『討伐』するはずだった話が何故ここに来て『封印』にシフトチェンジしたのかではないですか?」


そう言う彼女の視線は、まるで進十郎に何かを訴えるかのようだった。


「結局、私達はパンドラを倒すには力不足だということなのですか?」


ハッキリ言えと、彼女はそう言っているようだった。

だからこそ進十郎は、一切躊躇せず言った。


「その通りじゃ。お前たちではパンドラは倒せん」


そこにいる全員が、地面に視線を下げる。

そんな中でも特に羅刹の落ち込みぶりは顕著だった。


「何で⋯⋯私じゃ一位の座に相応しくないということなのですか?」


「違う。羅刹よ、お主は日本最高のDHと名乗るのに足るだけの実力があると儂は断言できる。だが今回は、今回だけは相手が悪すぎるのじゃ。あのパンドラは歴代の騎士王ですら討伐出来なかったほどの怪物じゃぞ」


だが、その時だった。


「でも、その例は僕によって覆されるんだけどねっ」


バーン!と大きな音を立てて開かれる扉。

そこからアレクサンダー・オーディウスが入ってきた。


「酷いじゃないか、僕を仲間外れにするなんてさ」


空いている椅子にドカリと座ると、足を組んでふんぞり返る。

偉そうにしているというより、元々普段からそういう座り方のようだ。


「ところでパンドラを封印するだって? 君たちは結局逃げるんだね」


「逃げる、逃げないの問題ではないのですぞ騎士王殿。貴方は良かろうと、全員が全員、貴方の様なスキルを持っているわけではないのです。被害を最小限にするにはこの方法しか⋯⋯」


しかし、それを聞いた瞬間アレクの視線が強烈になった。


「へえ⋯⋯君たちは生き恥を晒せる生き物なんだね。失望したよ」


「どういう意味だ、騎士王よ」


雰囲気を変えたアレクに、NO5が問う。

するとアレクは言った。


「海底都市を開くためには、生贄が必要なんだろう? つまり君たちは僕から見たら、自分らがDBを討伐する立場に居ながら、海に無力な人間を放り込むことが責務だと思い込んでいる精神異常者だってことだよ」


フンと鼻を鳴らすアレク。

それはそこにいる全員を侮蔑するかのような意味合いを孕んでいた。


「そんな過去を背負って生きるくらいなら、僕なら死ぬ。本当にそんなことをするのなら僕は故郷アメリカに帰ってから仲間たちにこう言うよ。『サムライはいなかった。いたのは英雄ヒーローとは程遠い悪役ヒールだけだった』ってね」


眉を片方だけ上げる仕草を見せるアレク。

それは自分の力の有無以前に、一人の人間としての生き方が根本的に君たちとは違うのだという意思表示に近い物だった。


「君たちが戦うことを拒んでも、僕は行くよ。歴代の誰しもなしえなかったパンドラ討伐を達成し、英雄として僕は故郷に帰るのさ」


そう言って、彼は立ち上がる。


「君たちは余計なことをせずに僕を見ていればいいよ。どの道、君たちに余計なことをさせると、折角の僕の名誉に傷が付きそうだからね」


そしてアレクは去っていった。

恐らく、彼はもうこの日本支部に戻ってくる事は無いだろう。


それは暗に日本のDH達との連携破棄にも等しい発言だった。


「⋯⋯騎士王殿が何を言おうと、我らの成すことは変わらん。海底都市の入り口を開け、中にパンドラを封印する。それが今回の計画の全容じゃ」


アレクの登場によって引っ掻き回された空気を整えるように、進十郎は言う。

するとここでNO4が進十郎に言った。


「ところで、生贄になるのは誰? アタシはイヤよ、まだまだ生きたいし」


そう言う、NO4ことアリーシャ。

その反応も織り込み済みのようで、進十郎は再度話し始める。


「死刑が確定している死刑囚に生贄になってもらうことも考えたが、国の方でそれは拒否されてしもうた。あくまで死刑囚は『刑』として死刑を執行するものであって、このような形で死亡させるのは体裁が悪いという話だそうじゃ」


「どうせ自分たちが死ぬ必要がないからって、そんなこと言ってるのよ。ようはDHの中で適当な奴を生贄にしろって言ってるようなものじゃない」


手に持つハンドガンを振りながらそんなことを言う彼女だったが、その言葉は実はかなり的を得た指摘だった。


ぶっちゃけた話、DH協会内で生贄を用意しろという話なのである。


「パンドラの精神破壊に耐えかねて生贄になる前に自ら命を絶ってしまう可能性もあることを考えると、ある程度はココロを修めた人間でないとダメじゃな」


「あーよかった、アタシココロ使えないのよ」


そう言って安心するアリーシャだが、それ以外の人間は気が気でない。


「ところで⋯⋯選別はどうやって行うのです?」


そう言うのはNO7だ。

だが彼女の声にも、少しばかり緊張が感じられる。


「正直なところ、自ら志願してもらいたいのお。我々の方から指名するのは生贄にされる人間の心情をおもんばかると⋯⋯」


そんな形で、少しばかりの静寂が流れる。

それから暫くした後に、進十郎は言った。


「どの道、老い先短い命。ここは儂が生贄になるのが最善じゃ」


しかし、それを聞いた佑介は立ち上がる。


「お爺様! 櫟原家にはまだお爺様の力が必要です! それにお爺様がそんな、生贄になるなんてとても僕には⋯⋯!!」


それを見たNO3にやや冷淡な色が映る。

だが何も言わず、彼は正面に向き直った。


「いずれにせよ、確実に誰かが死なねばならぬのは確定じゃ。であれば若く、未来がある若者よりも儂が死ぬ方が良いのではないかね?」


「そんなの、そんなの僕が受け入れられません!!」


声を荒らげて言う佑介。

だが進十郎は、ある種覚悟を決めたような表情を浮かべていた。


「公募は募る。だが恐らく自ら死を望む人間はおらんじゃろう。であれば代わりに儂がパンドラ封印のため、喜んで命を投げ出そうぞ」


「ウッ⋯⋯お爺様!!」


それでも受け入れられないと首を振る佑介。

しかし話は終わりだとばかりにNO3は立ち上がった。


「では特別顧問。貴方の尊い犠牲を私は生涯忘れませんよ」


そう言ってNO3は立ち去った。

躊躇するようにNO7も立ち上がる。


「特別顧問⋯⋯」


「気にするでないNO7よ。お主には婚約者がおるじゃろう? そんなお主に、このような残酷な末路を辿らせるわけにはいかん」


何も言わず、頭を下げるNO7。

かける言葉が見つからないのかもしれない。彼女はそのまま立ち去った。


「しかし特別顧問。冷や水を浴びせるようではありますが、一つ尋ねてもよろしいですか?」


ここで、口を開いたのは羅刹だ。


「パンドラは非常に気まぐれです。仮に海底都市に閉じ込めるにしても、その周辺までパンドラを誘導する手筈が無ければこの計画は無意味では?」


すると進十郎は言った。


「ココロに精通したDHを既に招集しておる。パンドラは人の気配に非常に敏感じゃ。それを利用し、超高速の水上移動装置を使って彼らが上手く該当地点までパンドラを誘導してくれるように手筈を整えておるから安心せい」


「高速の移動装置ですか⋯⋯」


「そうじゃ。彼らには非常に危険な任務を任せてしまうことになるが、それに足るココロの熟練者のみを選抜しておる」


そう言う進十郎に対して羅刹はペコリと頭を下げる。

彼女もまたNO7と同様に、進十郎に話す言葉が見つからないのかもしれない。


「羅刹よ、お主は十分に強い。気を病んではならぬぞ」


「⋯⋯はい」


「いずれはワールド・ハンターランキングも視野に入るであろう。その日が来るまで、精進を怠らぬことじゃ。それは、NO4、NO5も同じじゃぞ」


そう言って踵を返す進十郎。

すると彼は、横で泣いている佑介の肩に手を置く。


「遺言だと思って聞くのじゃぞ」


すると、進十郎は佑介の耳元で言った。


「現当主のお主の父、言うなら儂の息子の晴信じゃが⋯⋯あ奴は当主の器と呼ぶには未熟すぎる。短気で喧嘩早く、感情のコントロールも不得手じゃ」


そう言って、少し間を開けた後に進十郎は言った。


「代わりに佑介、お主がしっかりと櫟原家を守るのじゃぞ。そのためには先ほどのように感情でむやみに気を荒立ててはならん。さもなくば、お主も晴信と同じじゃ」


ポンと佑介の背中を叩いて部屋を出る進十郎。

その顔は既に覚悟を決めていた。


「儂の命で収まるなら安い仕事じゃ。さらばじゃ、若人わこうどたちよ」


そう言って、彼はDH協会から永遠の別れを告げた。

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