第96話 見えてしまった何か

「あーあ、結局追い出されちゃったよ」


「向井君は無理やりでしたけどね⋯⋯」


レベル1クラスの面々は、半ば追い出されるように砂浜を出た。

因みに新はパス無しに砂浜に不法侵入したのがバレた結果、異能を使える警備員によって強制的に放り出された。


「こうなったら、どうにでもなれだぜ。皆、この辺に遊びに行ける場所探そう!」


「この辺で遊べる場所⋯⋯うーん、全然ありませんね」


新の言葉を聞いて、真理子は周辺地図に目を通す。

しかしこの海岸は人里離れた場所にある。当然大型ショッピングセンターなどの複合施設も、遊園地の様な娯楽施設もない。


かく言う彼らも、一日数本しかないようなバスに乗ってここまで来ていた。

数分ほど地図を眺めていた一同だったが、暫くして修太が何かに気づく。


「あれ? 誰かがあそこで手振ってない?」


「あそこって何処だ?」


「ほら、あの森の先の丘の所」


地図を囲んでいる面々に合図をするように、誰かが手を振っている。

人里離れた場所だけに、家も数えるほどしかない場所なのだが知り合いだろうか?


「待って、もしかしてあの人って⋯⋯」


ここで修太が思い出したように言う。

手を振る人物は、丘から走ってこちらに向かってくる。それに合わせて、彼らの目にも近づいてくる人物の姿が鮮明に見えてきた。


「お久しぶり! ここに来たってことは海水浴かしら?」


白い髪に、今日は制服ではなく白い髪に合わせた真っ白な私服を着ている。

つばの広い円形の帽子を被っていて、驚いているレベル1の面々に対しても笑顔で手を振りながら近づいてくる彼女。


「えっと、生徒会の⋯⋯」


「星野アンナよ。先日はトラブルに付き合わせてしまってごめんなさい」


やって来たのは、生徒連合団副団長の星野アンナだった。

今日はプライベートモードのようで、彼女の雰囲気も生徒会室で会った時とは異なって見えた。


「星野先輩はこの近くに住んでいるんですか?」


「ええ。ちょうど皆さんとは話したいと思ってたところだし、行く場所がないなら家にご招待させて頂いても良いかしら?」


海岸沿いにある大砲群は、彼らがいる場所からも良く見える。

きっと彼女も彼らが追い出されたのを察したのだろう。


「いいんですか?」


「ちょうど、父も皆さんと話したいと言っていたのよ。何でも、種石重工の飛行機を爆破したのが余程痛快だったみたいね」


有耶無耶になってはいたが、飛行機爆破の件はどうやら知られているらしい。

種石重工は敵も多い企業だっただけに、それを喜んだ人もどうやらいるようだ。


「暑い場所で立ち話してても疲れちゃうし、まずは家まで案内するわ」


そういうと彼女は丘の先にある屋敷を指差す。

どうやらあそこが彼女の家らしい。


「どうする? 行く?」


「行こうぜ! 俺たちの武勇伝を聞きたいみたいだし!」


新は早くもアンナの後を追っている。

それを見た修太と真理子も、後に続く。


「葉島君、貴方は行くのかしら?」


するとここで、夏美が直人に話しかけてきた。

夏美はバッグを肩に掛けて遠くの屋敷を見ている。


「若山さんは行かないの?」


パタパタと手で扇ぎながらそう言う直人。

すると夏美は言った。


「⋯⋯興味はないわね。時間の無駄よ」


「でもここに居たってやれる事は無いよ。次のバスが来るのは3時間後だし」


「ええ。だから仕方なく行ってあげるのよ」


そう言って夏美は屋敷に向かって歩き出した。

なんだかんだ言って、彼女はアンナの家に行くつもりだったらしい。


それを見送ったのち、直人は海岸の方を振り返る。

その視線の先にはいくつも並ぶ大砲と、豆粒の様な大きさのかつての同僚がいる。


直人は何も言わず、その光景に背を向けた。


いくつも並ぶ大砲は、恐らくあのDBに対抗するためのものだろう。

焼け石に水を絵に描いたような光景だと内心思いつつ、彼は背を向ける。


今の直人にそれをとやかく言う資格はない。

何故なら彼は今、戦う立場に居ないのだから。




====================



「スゲエお屋敷だ⋯⋯」


「実はそんなに高額な家じゃないのよ。元々建てられていた古い屋敷を改修しただけだし」


訪れたアンナの家は、とても広々としている屋敷だ。

外にはプールがあり、屋敷の中にはシアタールームもあるらしい。


時々、屋敷に常駐していると見えるメイドさんが通り過ぎるのを真理子は驚きの表情で見送っている。


「メイドさんって、本当にいるんですね⋯⋯」


「あちらに応接間があるから、そちらでおもてなしさせて頂くわ」


アンナは、屋敷の先にある空間を指差した。

するとメイドの一人が扉を開ける。


入り口から入って正面に、大きなテーブルと椅子が並んだ部屋がある。

そしてその奥に、一人の男がいた。


「ようこそ、我が家へ。この程度の持て成ししか出来ぬ我が身の無力を大いに嘆くところではありますがな、しかしこの星野ほしの勇平ゆうへい、全身全霊をもって皆さまの歓迎をさせて頂きますぞ!」


チョビ髭に、ナポレオンを思わせるような派手な服装の男だ。

見ると長いテーブルの上には、レベル1メンバー全員分のフルコースランチが置かれている。この短時間にどうやって用意したのかと思える芸当だ。


「あの人は私の父。父は、星野商船という会社の社長をしているの。普段は船を使った運輸と物品の取引を行っているのよ」


「ハッハッ、つまらぬ仕事の話をするのは止めたまえ。それよりもあの憎き種石重工の暴漢共を星の塵にしたという件について大いに語ろうではないか!」


ワイングラスをクルクルと回し、中のワインを口に運ぶ勇平。

見るとそこにいる全員の食卓にもワインボトルに似たものがある。


「それはぶどうジュースだから安心して飲んで大丈夫」


そういうアンナだが、その横では新と修太が凄い形相でボトルを見ていた。

いや正確にはボトルに書いてある『¥2,000,000』というタグを見ている。


「ぶどうジュースがこの値段⋯⋯!?」


「おっと、そんな品のない紙切れなど取っ払ってしまうのだ」


勇平がパンパンと手を叩く。

するとシュタッと背後に一瞬で現れたメイドが、そこにある全てのボトルから値段のタグを恐るべき早業で剥がしてしまった。


「値段を見ながら食べる食事ほど、つまらぬものはない。さあさあ遠慮なさらず好きなだけ食べて頂いて結構ですぞ!!」


そう言う勇平だが、もう二人の耳にそんな言葉など入っていない。

グラスにミリ単位でチビチビとジュースを注ぐ二人。「一ミリいくらなんだろ⋯⋯」と呟く二人はどうやら貧乏人の感性を捨てることが出来なかったようだ。


「あら美味しいわね。これ、何かしら?」


そんな中、早くもボトル一本を胃袋に納めた女子が一人。

それに加えて前菜、サラダなどを全てすっ飛ばしてシャトーブリアンステーキを一枚平らげたのは夏美だ。


「良い食いっぷりですな! ほら、彼女に新しいステーキを用意したまえ!」


厨房にそう指示を飛ばす勇平。

その横ではなるべく目立たないように真理子が、サラダをゆっくりと食べていた。


するとここで勇平はステーキを切る手を止めると言った。


「さて、ところで私が聞きたいのは種石重工の飛行機を爆破した件だ」


「それは⋯⋯その節は大変申し訳ございません」


怒られると思ったのか、真理子が横でぺこりと頭を下げる。

だがしかし勇平は軽く首を横に振ると、言葉を続けた。


「何をいうか! むしろ私がそれを聞いた時は、丸一日笑いが止まらなかったのだぞ! 奴らは事業独占のために我々に幾度となく圧力をかけてきおってな、内心君たちがやらなかったなら私が乗り込んでやろうと思ってたところなのだよ!!」


彼の言う所によると、種石重工は貿易面でも勢力を伸ばしていたが、同時に巨大財閥の力を利用した他社の事業拡大に対する妨害工作も多数行っていたらしい。

当然星野商船もその毒牙にかかり、一時は事業の縮小を強制されていたこともあると勇平は言った。


「しかし奴らはもうおしまいよ。悪の枢軸、種石重工会長は死んだ。そして本社の爆発に加えて御曹司の不祥事も発覚した今、奴らの力は急激に落ち込んでいる!」


すると近くにいた真理子の手を勇平は取る。

そして半ば無理やり固い握手を交わした。


「そして、君たちはその大いなる正義のまさに先鋒! 難攻不落の要塞に若き勇者たちが挑み、そして勝利したのだ! 君たちは偉大なことをしてくれたのだよ!」


「は、はあ⋯⋯」


気圧されるようにそう言う真理子。

その横ではテーブルマナーを良く分かっていない新が、フィンガーボールの水を盛大に飲み干している。また修太は、肉を切るナイフとフォークの持ち手が逆だった。


「奴らが失墜してから、我らが星野商船の売上は天井知らずで上がり続けているのです。君たちはまさに星野商船の希望の星! いやはや何とお礼を申せばよいやら!」


輝くような笑顔でそう言う勇平。

どうやら彼にとって、レベル1の面々は相当にありがたい存在のようだ。


そんなこんなで、一時間ほどの後に食事は終わった。

真理子以外の全員はフルコースを何とか平らげ、特に夏美は三人分食べた。


「美味しかったわ。また来たいわね」


時間の無駄だと言ってたのは何処へやら、随分と満足そうな夏美。

するとここでアンナは、ふと窓から見える海の地平線に視線を向けた。


「そう言えばお父さん、最近お仕事が大変なんでしょ?」


すると、勇平は手に持つナイフとフォークを置いた。


「うむ、少し厄介なことになっておってな。幸い船の航路は新しく修正した上で運航しておるが、明確な理由が分からないのが大変なのだよ」


「⋯⋯? 何か問題があったんですか?」


勇平の表情が曇ったのを見て、真理子がそう尋ねる。

すると勇平は話し始めた。


「実は今、太平洋上で海上封鎖が起きておるのだ。その影響で我が社の船も一時期足止めを食らってしまったのだよ。今は改善されたのだがなあ」


ワインを片手にクルクルと回して勇平は続ける。


「しかし、何故この時期に海上封鎖が起きたのかは全く分からぬ。知り合いのツテを使って探ってはいるのだが、どうやら情報統制が起きているらしい」


「情報統制?」


アンナが勇平にそう言うと、勇平は頷く。


「この私をしてもまるで状況が掴めん。だがしかし、噂レベルではあるが私の知り合いの一人が妙なことを言っておってな⋯⋯」


すると勇平は声のトーンを少しだけ落とす。


「全国の精神系異能力に熟練したDHが東京に集められているという噂だ。つまり、精神に関わる重要なミッションが発令されているのではないかという話だな」


「精神に関わる?」と新と修太は顔を見合わせる。

何のことだか分からないという様な様子だ。


すると勇平は話を続ける。


「例えばだが、精神を攻撃する特殊能力を秘めた強力なDBを倒すとかであるな。A級相当であれば、日本中からDHの招集がかかるのは珍しくはない」


しかしここで、アンナがハッとあることを思い出す。


「そう言えば、授業で前に習ったことがあるわ。何十年か前に、精神を破壊する強大なDBが現れたって。でもDH達によってそのDBは海底に封印されたとか」


「ふむ、確かパンドラというS級DBだな。それは私も覚えておるぞ。異国の地にて巨大な大都市がたった一体のDBに壊滅させられたというニュースは衝撃だった」


「海底⋯⋯」、「封印⋯⋯」と小さく呟く真理子。

その後彼女はポツリと言った。


「もしかして、それが復活してしまったとか⋯⋯」


だが、勇平はそれを聞いてハッハッと笑う。


「であれば一大事でありますがな。だがしかし、それほどの大事であれば世界各国のDHが一斉に組んで対抗策を練るのが普通だ。まさか、日本のDHに事の全てを丸投げするなんてことにはならないだろうに」


それを聞いた時、微動だにしなかった直人が少しだけピクリと動いた。


「じゃあお父さん。もし、そうなったらどうする?」


深い意味はなく、何となくの疑問としてそう尋ねるアンナ。

すると勇平は指を組んで言った。


「無論、逃げる。この国からな」


ニコリとそう笑って勇平は言う。

だがしかし、その瞳の奥の光はとても笑っているようには見えなかった。



================



その後、一同は家の外から食後の散歩に出かけた。

といっても家の敷地内をグルリ歩くだけである。


「我が家の最大の魅力は美しい海を眺めることが出来ることなのですがなあ、先日から海岸沿いに妙な砲台が設置されてしまって、折角の景観が台無しなのです」


食後のコーヒーを啜りながらそんなことを言う勇平。

するとここで彼は、家の庭に設置されている望遠鏡に視線を向ける。


「それはフランスの知り合いからプレゼントされたもので、魔力を注入することで遠くのものを覗くことが出来るのです。とはいえ、この家でそれが使えるのはアンナのみなのが実に残念だ。私も使ってみたいのだがなあ⋯⋯」


「お父さんも一度使ったじゃない。でも、その後に⋯⋯」


「失神してしまったのは覚えておるぞ。私にもアンナの様な魔力があればと何度思ったことか」


そのためか、望遠鏡の横に簡易的なベッドと医療キットがある。

どうやら異能に熟達した人間でなければ使えない代物のようだ。


「そうだ! 折角、異能に優れた山宮学園の生徒がこんなに居るのだから一度限界までこの望遠鏡に魔力を注入して見るのはどうだ?」


全員の顔を見て、そんなことを言い始める勇平。

それを聞いた各々の反応も良好だ。夏美も珍しく参考書を置いて望遠鏡を見ている。


「よしよし、なら望遠鏡に手を置いてくれ。手を置くだけで自然と魔力はこの望遠鏡に注入されていくのでな」


それを聞いた一同は、順に手を望遠鏡に置いていく。

アンナ、新、修太、真理子の順に魔力を注がれたことで、望遠鏡のレンズが青色に輝きだした。


「では次に彼女の魔力を頂けますかな?」


次の指名は夏美だ。

ペッと、右手を放るようにして手を置く夏美。


「⋯⋯? 何だ?」


するとレンズの色が、赤と青色に点滅し始める。

キーン、と甲高い音と共にカタカタと望遠鏡が震えだした。


「これは、魔力過多の反応ではないか!?」


レンズの色がまるで血のようにドス黒い赤に変わる。

見るとレンズには少しだけ亀裂も入っていた。


「いくら先に魔力を入れていたとはいえ、まさかこんなことが⋯⋯」


「安物なのかしら? 随分と壊れやすい設計のようね」


これ以上は興味なしとばかりに、手を離すと腕を組んで望遠鏡を見る夏美。

するとここで勇平が望遠鏡に近づいた。


「今なら⋯⋯この望遠鏡の最大出力が見られるかもしれん!」


そして恐る恐る望遠鏡のスイッチを入れた。

すると不鮮明ながらも、望遠鏡から何かのビジョンのようなものが見え始めた。


「レンズが破損してしまったせいか、はっきりと映らんな。しかし替えのレンズなど持ち合わせておらん」


空中に投影されるそのビジョンには、遠い彼方まで広がる海が映っている。

すると、ここで黒っぽい何かが映り始めた。


「アンナよ、今映っているビジョンの座標を検索できるか?」


「ええっと、今は太平洋の日本から2000キロくらい離れた場所かも」


「2000キロ⋯⋯海上封鎖が起きているまさにその中心付近か?」


それを聞いた勇平はビジョンに顔を近づける。

しかしここで、彼は唐突に顔をビジョンから背けた。


「どうしたの? お父さ⋯⋯」


不思議そうにそう尋ねるアンナ。

しかし、父の顔を見た途端に彼女の表情が変わる。


「⋯⋯お父さん!?」


勇平の顔は真っ青だ。

いやそれだけじゃない。体には痙攣に近い震えが生じ始めている。


「どうしたの!? お父さん!!」


勇平の呼吸は荒い。

頭を抱えて蹲る勇平は、胸の鼓動を抑えるように心臓付近に手を当てた。


「アンナよ⋯⋯ビジョンを消すのだ」


「え? でも、私まだ見てな⋯⋯」


「消すのだッ!!!」


叫びに近い勇平の声。

それを聞いたアンナは反射的にビジョンを消した。


「どうしちゃったの!? お父さんは何を見たの!?」


そう言うアンナに対して、よろめきながら勇平は立ち上がって言った。


「⋯⋯私にも良く分からん。だが、直感したのだ。私がビジョン越しに見たアレは、とてもお前には見せられん。奴の目を見た時のあの衝撃は⋯⋯」


ウウッ、と声を漏らし勇平はその場で嘔吐する。

慌てて駆け寄る星野家のメイドたち。どうやら勇平は相当なダメージを受けている。


「まるで心臓を握り潰されたかのようだった⋯⋯それだけではない、内臓が凍り付くような悪寒と恐怖。すまぬアンナよ、今の私はそれくらいしか言えな⋯⋯」


パタッと倒れる勇平。

彼は気を失っている。それを見たアンナは慌てて電話で救急車を呼ぶ。


「どうしちゃったんだ? あのオッサン」


「知らないわ。大方、食中毒にでもなったんじゃないかしら」


それだけ言って踵を返す夏美。

見ると、帰りのバスの時間が近づいていた。


一同はアンナに今日の礼を言って、家を後にしようとする。

しかし勇平の変調にそれどころではないようで、彼女には聞こえてないようだった。


ただもう一度礼を言うと、ようやく彼女は反応した。

「今日はありがとう」と簡潔に言うとアンナは父を連れて邸宅に入る。


どうやらお開きのようだ。いや、そうせざるを得ないと言った方が正しいか。


「どうしちゃったんでしょう、星野先輩のお父さん⋯⋯」


「変な感じだよな、何か凄く怖がってるみたいだったぜ」


そういう真理子と新。

するとここで、魔力過多の望遠鏡がボカン!と爆発した。


どうやら本当に望遠鏡が耐えられるギリギリまで魔力を注入されていたようだ。


「向井さんと新井さんは何か見ましたか?」


「何も見えなかったよ。見ようとした時は先輩がスイッチ消しちゃったし」


「俺もだよ。見たかったなあ⋯⋯」


そんなことを言いながら家を出てバス停に向かう三人。

しかし、最後の一人だけは確かに見ていた。


「⋯⋯アレが、パンドラか」


そう呟く一人の少年。

ビジョン越しに確かに見た。


黄金に輝く瞳と、水上で立つ人型のそれを。

それから放たれる常軌を逸した負の瘴気。ビジョン越しでも伝わるその凶悪なオーラをもし、現地にて真正面から受けたらどうなるか想像に難くない。


「無理だ。アイツを倒せる人間は今の世界にはいない」


戦わずとも分かった。それがどう考えても『無理ゲー』だと。

例え負の瘴気を攻略しても、その次に待つのは海上でのパンドラとの肉弾戦。海をまるで荒野を往くが如く走るあの怪物に、地の利を失った人類が勝てるのか。


陸なら、人類で勝てる人間は一人だけいる。

しかし海上では話が別だ。


「今のパンドラを倒すには、正攻法では無理だ。もっと別のやり方じゃなきゃ⋯⋯」


このとき実は、彼にはある妙案が浮かんでいた。

ウルトラCを飛び越えた、ウルトラZのとんでもない案ではあるが⋯⋯


「アイツなら勝てる。アイツなら⋯⋯」


その彼の言う『アイツ』とは誰なのか。

しかし、その少年はそれを躊躇しているように見えた。


「アイツ、俺のこと覚えてるのかな⋯⋯」


そんなことを言いながらも、少年はある所に電話をかける。

しかし電話は繋がらない。少年はつま先をパタパタさせながら繋がるのを待つ。


しかし、暫くしてから少年はあることに気づいた。


「そうか、空気がないから音は伝わらないよな」


そう言って、彼は電話を切る。

そして今度はメールで連絡を送り始めた。


メールを打ち終えた後、転送する彼。

送信完了のサインが浮かんだのを見た後に、端末をポケットに突っ込んだ。


「アイツがメールボックスをこまめに見ることを祈るしかない」


そんな呟きを残して、その少年こと直人はバス停へと歩みを進める。

果たして直人がメールを送った相手とは誰なのだろうか。


ただ、分かることは一つ。

直人が持つ端末に残った履歴に、メールを送った相手の名前は無い。


しかし唯一、その履歴には相手の住んでいる住所が記載されている。


そしてその住所には、『月』と表示されていた。

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