第89話 通りすがりの騎士王

DH日本支部の入り口に黒い車が到着した。

空港から一直線にここまでやって来たこの車には、現在世界で最も強力なDHと謳われる騎士王、アレクサンダー・オーディウスが乗っている。


「全員、敬礼!!」


入り口に待つDH達が一斉に敬礼した。

最強の男を迎える礼儀として、一列に並んで彼らは敬意を示す。


そしてゆっくりと車のドアが開く。

そこから降りてくる人影は⋯⋯


「⋯⋯どういうことだ?」


誰もいなかった。

アレクが乗っていると思われた後部座席には誰もいない。


「どういうことだ!? まさか車を間違えたなんてことは⋯⋯」


血相を変えて車に駆け寄るDH協会の要人たち。

最強の男とはいえ、手違いでもしものことがあれば真っ先に彼らのクビが飛ぶ。


するとここで、一人のDHがある物を見つけた。


「ここに置き手紙の様なものがあります!!」


「何だと!? 見せてみろ!!」


手紙を見つけたDHからひったくるようにして要人たちは手紙を手に取る。

そこには辛うじて読めるくらいに書き崩れた英語で、こう書いてあった。


彼らはそれを口に出して翻訳しながら読む。


『日本観光をしてくるよ。一度、サムライに会ってみたかったんだ』


唖然とする面々。


するとここでようやく彼らは気づいた。

後部座席の窓を、まるで専用の工具で切り抜いたかのように綺麗な円を描くようにして切り抜かれていることに。


「ホッホッ、もうこうなっては見つからんじゃろうな」


すると要人たちの後ろから老人の声が聞こえて来た。

袴に髭を伸ばしたその老人は、車の中を軽く覗き込む。


「お見事じゃな。恐らく車を脱出するのに5秒もかからなかったじゃろうて」


パタンと老人は扉を閉める。

軽くその場で手を翳すが、予想していた通りとばかりに軽く肩をすくめた。


「ハライの技術に優れている騎士王殿が、自身の魔力の跡を残す訳がなかったのお」


「しかし特別顧問!! 一刻も早く見つけなくては、我々の威厳が⋯⋯」


特別顧問と呼ばれた老人に喰って掛かるように、要人の一人がそう言った。

しかし老人は、軽く首を振って言う。


「威厳も何も、騎士王の前には無駄な論理じゃろう。彼は恐らく今回の日本訪問も旅行の一環くらいにしか思っておらんじゃろうからな」


パンと軽く手を叩くと、老人の手に杖が現れた。

それにもたれかかるように老人は、杖に手を添える。


「それでも、彼が騎士王と呼ばれるのには相応の理由があるのじゃよ。彼は強く、賢く、そして勇敢な男じゃ」


それだけ言って老人は踵を返す。

だが数歩踏み出した辺りで、老人は再び口を開く。


「じゃが、先日の国際会議の件も含めて、いろいろと考え直す必要性はあるじゃろうな。臥龍がいた時は我々がここまで舐められることもなかったからのお」


ウッ、と息の詰まるような要人たちの声が漏れる。

内心彼らの多くが胸に抱いていたことが、老人によって語られていた。


「今のゴールデンナンバーズが力不足だとは思わん。が、やはりあの男の力と実績を考えると、穴を埋めようと思うこと自体が烏滸おこがましかったのかもしれんな」


そう言って、老人は去っていった。



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そして丁度その頃。

DH協会から少し離れたところにある、ショッピングモールにて。


「翔太郎! 遅いのですわ!!」


多くの高級ブランド店が立ち並んでいるストリートからそんな声が聞こえてくる。


「凜様。もういい加減に、これ以上バッグを買うのは⋯⋯」


「お黙りなさい翔太郎。ほら、次はあそこですわ!」


通りを歩いている時に貰った風船とクレジットカードを片手に店に駆け込む少女と、異様な量の紙包みを両手に抱えてヨタヨタと歩いている少年の影。


「凜様⋯⋯ショックでおかしくなったんでしょうか」


そんなことをため息混じりに言うのは、赤城原翔太郎。

当然ながら先程店に駆け込んでいったのは櫟原凜だった。


二人は現在ショッピングに来ているのだが、実はこれは初めてのことではない。

というより最近は、休日になるたびに翔太郎は凜の荷物運びに付き合わされていた。


「もうこれで何百万円使ったんでしょう。やっぱりあの一件から⋯⋯」


そう言う翔太郎も、あの記憶は焼きついて離れない。

生徒会承認式にて、凛と翔太郎は二人共に大敗北を喫した。


翔太郎は葉島直人と名乗る少年にボコボコにされ、凜は志納玄聖、種石快の二人と組んで中村健吾の生徒会入りを阻止するつもりが、思わぬ形で御破算にされた。

それどころか、誰よりも尊敬していた摩耶に対して自分の醜態を晒した挙句、その摩耶から未だかつて見たことがないほどの侮蔑を示された凜。


「嫌なことがあるとショッピングに向かうのはいつものことですが、今回は今までとは比べ物にならないほどショックをお受けになっていますね⋯⋯」


八つ当たり気味に手当たり次第に物を買い漁っている凜の様子は、翔太郎から見てやや情緒不安定に感じられていた。


「遅いですわ翔太郎!! クビにされたくなければ今すぐ来るのですわ!!」


「ハア⋯⋯分かりました」


暴走機関車と化した凜に溜息をついて、付いていく翔太郎。

しかし内心、そう言う翔太郎の胸中も複雑であった。


(榊原摩耶は、葉島直人が匿っている⋯⋯)


それはつまり、彼の居場所を知ることが出来れば摩耶も見つかるということだ。

そして同時に彼は言った。榊原の一族と共にするのが嫌なら自分の所に来いと。


翔太郎は、そのことを誰にも話していない。

直人と戦ったことも、直人から聞いたことも、一切誰にも話していない。


(アイツは、何者なんだ?)


山宮学園には多くの怪物がいる。それは全国的にも有名な話だ。

世代の最高格が先を争って入学し、将来的には世代最強のDHとなっていく。


現在の山宮学園のトップは、生徒連合団の団長でもある八重樫慶だ。

そしてその後に星野アンナと志納玄聖が続く。


またその下の二学年には、超高校生級の頭脳を持つと言われる元木桃子と、これまた全国的に名を知られた超高校生級の海野修也も控えている。


そして、翔太郎と同学年の一年生。

三大名家の一角、光城家の長男である光城雅樹。また翔太郎にとっては説明不要の存在でもある榊原摩耶。そして粗削りではあるが、才能だけで既に同学年では最高クラスの戦闘力を誇る仁王子烈。


その他にも、希少能力を有する目黒俊彦に、千宮司陽菜。

またレベル5以外にも、世代屈指の猛者が多数在籍している黄金世代だ。


(僕としたことが、まさかあれ程の実力者をノーマークにしていたなんて⋯⋯)


主な有名人なら空で暗唱できるくらいには把握したはずだった。

だがしかし、まさか自身をあそこまで圧倒するほどの実力者の存在を把握していなかったという事実、そしてそんなタレント揃いの山宮学園であっても自身を倒す存在はいないであろうと高をくくっていた彼のプライドをズタズタに引き裂かれた現実。


それが翔太郎の胸中を尚更に複雑なものにしていた。


「翔太郎!? しっかりなさい!!」


気が付いた時、彼は凜に肩を強く揺すぶられていた。

どうやら通りのど真ん中で放心状態だったらしく、それに凜が気付いた形だ。


「ああ⋯⋯すみません。少し、考え事をしていまして」


「フン、気の抜けた召使は必要ありませんわ。今すぐお爺様にいってクビにして差し上げますわよ!!」


そう言ってプンスカと店に入ろうとする凜。

このやり取りももう何十回も行っている。そして翔太郎がクビになったことはない。


「キャッ!!」


するとここで、急に強風が吹きつけた。

それに煽られる形で、凜の手から風船が離れる。


「凜様!! すぐにお取りいたします!!」


荷物を置くと、フワフワと空に向かって行く風船を取ろうと翔太郎はジャンプした。

が、微妙に距離が足りない。慌てて翔太郎は今度は異能術式で跳躍しようとした。


しかしここで、翔太郎の背後に大きな影が現れる。

風を切る音が聞こえるような物凄い跳躍で現れた影は、そのまま宙に飛んだ風船をキャッチして地面に降り立った。


身長190センチはあろうかという体躯に、服の上から分かる頑強そうな体つき。

金髪に精悍な顔立ちながらも、人懐っこそうな印象を与える男だ。


『ダメじゃないか、ガールフレンドから目を離すなんて』


首元の自動翻訳機から声が聞こえてくる。

だがそれ以上に、突然現れたその男の存在感は異次元に近いものがあった。


「あ、貴方は⋯⋯」


『おっと、こんなものを使うのは失礼かな? すぐに外すよ』


すると男は、首元の翻訳機を外した。

見たところ西洋風の風貌で、明らかに日本人ではない。恐らく先程まで翻訳機を介して話されていた言語は英語だろう。


「この風船は君のだろう? 次は放しちゃダメだよ」


そう言って男は、凜に風船を渡した。それに凜は「有難うですわ」と応える。

今度は翻訳機を使っていない。つまり、彼自身の口から発された言葉だ。


「日本に⋯住んでるんですか?」


「そんな訳ないさ。日本に来たのも今日が初めてだしね。でも、大学の講義で日本について学ぶ機会があったから、独学で日本語を覚えたんだよ」


あくまで日本に来たのは初めてだという男。

しかし、とてもそうとは思えない程流ちょうな日本語を話している。


するとここで男は、翔太郎に尋ねた。


「ところで、何処に行ったらサムライに会えるか知ってる? ずっと探してるんだけど、誰も分からないっていうからさ」


「さ、侍?」


「そう。日本に来たら絶対に会おうと思ってたんだ。昔に見たジダイゲキが忘れられなくてね、彼らに会ってブシドーを学ぶのさ」


ふざけているわけではなく、純粋にそう思って聞いているようだ。

だが、侍などもう何百年も前の話。今の日本に侍はいない。


「お気の毒ですけど、侍なんてもう居ませんわ」


すると凜が、はっきりとその男に言う。

それに合わせるように翔太郎もうんうんと頷いた。


「居ない!? そんな訳ないよ、だって僕は大学の講義で聞いたんだ。日本にはサムライという勇敢な人たちがいて、彼らは世界で一番勇ましいって!」


「だから、それは時代劇の演出ですわ。侍なんて遥か昔に居なくなった旧時代の言い伝えですの。それを見るために日本に来たならとんだ無駄足でしたわね」


それを聞くや、一気に放心状態になる男。

ポカンと口を開けて、小さく「アハー」と言っている。


「ところで、貴方はどちら様ですの?」


死体に鞭打つが如く、さらりと男に聞く凜。

しかし男の耳には入っていない。彼は夢遊病者の如くポカンと空を眺めている。


「ちょっと聞いてますの? 先程の翔太郎と同じ顔をしてますわよ!」


「ぼ、僕はこんな顔をしていたんですか⋯⋯」


ハッキリ言うならアホ面なのだが、不思議とこの男にはそれも似合うように感じられる。すると男は暫くした後に口を開く。


「僕はアレク。うん、ちょっと、今はそれ以上のことは言えないな⋯⋯」


意気消沈などというレベルではない。今すぐここから消え去りたいというレベルの気落ち具合だ。いじけているのか、足元の小石をコツコツと蹴っている。


「サムライはいないのか⋯⋯じゃあ、何のためにこの国に来たんだろう」


すると、それを聞いた凜がアレクに言う。


「だったら私たちと観光でもしません? 私達も夏休みで暇なのですわ」


夏休みで暇だから、というよりいろいろと彼女も発散したいことがあるのだろう。

もしくは単純に、翔太郎以外にもう一人荷物運びが欲しかったのかもしれない。


すると途端にテンションが爆上がりするアレク。


「ホント!? ゲイシャとか、ニンジャとかに会えるの?」


「まあ、期待はしないでおくのですわ」


内心「会えるわけないですわ」と言いたいのが見え見えの様子の凜。

だがしかしアレクは、純粋に大喜びしている。


「ちょっと凜様⋯⋯可哀そうじゃないですか」


「貴方がちゃんと荷物運びをしないからこうなるのですわよ。幸いあちらさんもヒマそうですし都合がいいですわ」


翔太郎の言葉を軽く受け流すと、凜はアレクに合図する。


「ほら、行きますわよアレク。ここから少し言ったところに日本の素晴らしい観光名所がありますわ」


「やった! ありがとう!」


その観光名所が、今日の晩御飯用の食材を買うために立ち寄るスーパーマーケットだとは知らないアレク。それを翔太郎は可哀そうなモノを見るように見つめる。


しかし軽く溜息をついた後に、翔太郎は彼らの跡を追って歩き出した。

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