第90話 補習授業とマトイ

ここは山宮学園校舎。

今日から夏休み期間に入っているわけだが、何故か相当数の人影が見える。


「さあ、笑って二学期を迎えようじゃないかあ」


という、大吹の声と共に「おー」という力無い声が聞こえて来た。

だがそれもやむなしだ。何故なら彼らにこれから待ち受けているのは、進んでも地獄、退いても地獄の夏休みなのだから。


彼らは皆、一学期に実地訓練や出席などで不備があった者たちだ。

つまりこのままでは、彼らは進級することが出来ないのである。


「これから君たちには、30日間の補修授業を受けてもらうよお。朝の6時に授業を始めて、全部のカリキュラムが終わるのは深夜0時。これを終わらせた後は、僕と一対一でテストを受けてもらうよお」


無論、今まで無条件に落第させられていたことを考えれば、救済があるだけでも救いではある。だがそれでも地獄の様な日程だ。


「と言っても、補習授業を担当できるのは僕だけなんだよねえ。他の先生方は忙しくて、そんなことやってられないって言うしねえ」


頭をポリポリ掻きながらそんなことを言う大吹。

すると彼は、よっこらしょといって数台のロボットを持ってきた。


「ということで、自動ティーチング機能搭載の新型ロボットを借りて来たよお。君たちがこれから受ける授業は全部、彼らがやってくれるからねえ」


白いボディーに、マネキンの様な特徴のない顔をしたロボットが十台ほど入ってくる。彼らは教室に入ると一斉に電子音交じりの合成音声で言った。


『よろしくお願いします』


「くれぐれも壊さないようにねえ。これ、一台3000万円するからさあ」


そう言って大吹はポンポンと手を叩く。

するとその場にいた生徒たちの椅子が、生徒を乗せたまま自動で動き出した。


「授業時間中は、学校内での全ての移動を座ったまま行うようにしてもらうよお。歩かなくていいから便利でしょ?」


しかしここで、一人の生徒が大吹に尋ねる。


「あの⋯⋯トイレとかは⋯⋯」


すると大吹はさらりと言った。


「尿意を感じたら自動でトイレに向かうようにされてるから大丈夫だよお。それに⋯⋯それくらいしないと途中で脱走する人がいるからねえ」


ニヤリと笑う大吹の表情に、その場にいるほぼ全員の表情が固まる。

それは暗に、補習授業がいかに過酷かを示しているようであった。


「いいかい。夏休みが終わったら、君たちはいろいろな学校の人たちと交流したり、逆に勉強や異能力を『教えに行く』こともあるんだよ。そんな時に、相応の力量を身に付けていないと恥をかくのは君たちだからねえ」


その場にいる全員の顔を見ながらそう言う大吹。

しかし、早くも泣きそうになっている一部の生徒の表情をみて流石に脅しが過ぎたと感じたのか、彼はこう付け加える。


「大丈夫。ちゃんと授業を受けて訓練すれば、ここにいる全員が無事に二学期を迎えられると保証するよお。それに、補習期間で目覚ましい成果を残した生徒には特別に一ついいことを教えてあげようかな、って思ってるよお」


「いいこと、ですか?」


含みのある大吹の言葉を聞いて、さざ波のようにどよめきが広がる。

すると大吹は続けて言った。


「僕はねえ、実は強化系の力がすっごく得意なんだけど、異能力が物凄く秀でてるわけじゃないし魔力の量だってそんなに多いわけじゃないんだよお」


それは生徒たちも噂として聞いていた。

大吹は、実は異能力がそこまで得意ではないという噂だ。


「ま、筋トレは頑張ったんだけどねえ。それでも、あそこにいる彼みたいに天性のパワーがあるわけでも、際立って大きい体があるわけでもないからねえ」


そう言って、大吹は一人の生徒に視線を向ける。

対して周りの面々は恐る恐るそちらの方を見た。


「何だよ、俺がバカだって言いてえのか?」


「そういうわけじゃないよお。ただ、技能テストを全部サボって、かつテストの点数がアレじゃあこうなっても仕方ないねえ」


教室の隅で、頬杖をついている巨体の男が一人。

そこには残念ながら補習授業行きになってしまった仁王子烈がいた。


「クソッ、陽菜のヤロウだって授業全然出てなかったじゃねえか」


「でも彼女は、テストの点数と技能テストの成績が素晴らしかったからねえ。それにギリギリ出席日数は足りていたよお」


出席日数、テストの成績、全てが落第級だった以上こうなるのも仕方がない。

しかし当の烈はさも面白くなさげにケッと舌打ちしている。


「それで? いいことって何だよ。金なら要らねえぞ」


一応、授業代わりにバイトに精を出していたこともあって烈の懐事情は潤っている。

しかし大吹は、「そんなんじゃないよお」と言って話を続けた。


「これは、本当は皆に教えるとマズいことなんだけどねえ⋯⋯」


するとここで大吹は、声を小さくしたヒソヒソ声で言う。


「君たちは、五大体術って知ってる?」


すると、「何ですか?」とか「聞いたことない」と言った声が聞こえてくる。

その反応を見てまた大吹も「そうだよねえ」と頷きながら言った。


「これは山宮学園では教えられない技術なんだよお。本当は君たちにはこのことを話しちゃいけないんだけど、僕はどうしてもこのことを伝えたくてねえ」


するとここで、大吹は近くにいた男子生徒を手招きした。

彼はレベル4の生徒で、ある程度の異能の力量も持っている。


「君は、異能で防護壁を作れるよね? 少しやってみて」


手招きされた男子生徒は、立ち上がると言われたとおりに体を纏うようにして防護壁を張る。流石に高レベルに在籍しているだけあって、悪くないシールドだ。


「うんうん、いいねえ。確かにこの状態でも身を守ることは十分に出来るねえ」


大吹は拳を握ると、防護壁を軽く小突く。

ゴンゴンという鈍い音が聞こえることからも、その頑丈さが伝わってきた。


「これを破るには、相当な力が必要になるね。でなければ異能力で無理やり打ち破るしかない。勿論物理で破るなら、少なくとも生身じゃ無理だねえ」


しかしここで、大吹は僅かに息を吐く。

すると彼の周りを囲うように空気が渦を巻きだした。


「でもね、五大体術の一つ『マトイ』を使ったらこんなの簡単に破れちゃうんだ」


すると大吹は、人差し指を一本立てる。

そして防護壁に添えるように指を当てた。


「僕が何故強化系を武器に戦えるのか。それはこのマトイがあるからさ!」


その瞬間、生徒の体を覆う防護壁にバキッと亀裂が入った。

指を当てられた所を中心にして、放射状に延びる溝は徐々に体全体へと広がる。


そして⋯⋯


「うわっ!!」


防護壁は粉々に砕かれた。

そのはずみで男子生徒の体制が崩れるが、大吹がガッチリと支える。


「マトイは攻守の両方で役に立つ技術だよ。本当は君たちにこれを授業として教えたいんだけど、山宮の理事さんはこの技術が大っ嫌いみたいでねえ⋯⋯」


ここで、協力してくれた男子生徒を椅子に座らせたのちに大吹は言葉を続ける。


「今回の補習授業で一番精力的に、かつ良い成績で補習期間を終えた人には、僕が直接マトイを教えてあげようと思うんだ。そう、たった一人にね」


それを聞いての生徒たちの反応はまちまちだ。

ある人は面白そうだと興味をそそられている一方で、首を傾げて今一つピンと来ていない様子の人もいる。


しかしそんな中、一人明らかに目付きが変わった男がいた。


「おい先公。そのマトイってやつは習得するのにどれだけかかるんだ」


教室の端から、大吹にそう尋ねるのは烈だ。

彼が自発的に人にものを尋ねるのは珍しい。


「それは、人によるねえ。一生かけても身に着かないこともあるし、短時間で身に付けてしまう人もいるよお。因みに僕は⋯⋯」


少しだけ間を開けて、大吹は言った。


「10年かかったかな。それでも、早い方だったけどねえ」


その烈の様子に大吹は内心、並々ならぬものを感じていた。

普段は授業のじの字もない様子の烈が、これだけ意欲を示しているのは珍しい。


「どうしたんだい仁王子君。君は五大体術に興味があるのかい?」


マトイの話題になった辺りから、終始無関心だった烈の視線が明らかに変わった。

すると烈は、ヒビだらけになった学習用タブレットを雑に机に放ると言う。


「勉強して、訓練して、一番結果を出したらそいつを教えてくれるんだよな?」


「勿論だとも。あまり言いふらして欲しくはないけどねえ」


「そうかよ。じゃあ、サクッと一位を取ってやる。ほら授業始めろや」


突然の烈の変わりように、大吹だけでなく教室にいる全員が驚く。

烈が自分からタブレットを取り出すなど、初めて見た光景だ。


「君が自分から勉強しようとするなんて珍しいねえ。それとも、心変わりするような出来事でもあったのかい?」


すると烈はチッと舌打ちして言う。


「俺には、どうしてもブッ飛ばしたい奴がいるんでな。それにマトイを身に付ければ強くなれんだろ?」


そう語る烈の鋭い視線からは、強さに対する渇望と、まるで己の無力を悔いるような悔しさが感じられた。


(どうやら、彼は本気みたいだねえ)


その様子から、烈がマトイの習得に対して本気になっていることを感じ取った大吹。

すると僅かに大吹は、口角を挙げて言った。


「マトイは、物理攻撃を飛躍的に向上させて、同時に防御力も上昇させる攻守一体の異能術。君の青銅の騎士とは最高に相性が良いスキルだと思うよお」


すると、生徒たちの椅子が各々の授業部屋へと動き出した。

ここから30日間、彼らは進級のための地獄の時間を過ごすことになる。


(仁王子君、君には大いなる才能が眠っている。そしてマトイは、間違いなく君を助けてくれるよ)


そんな中、チラリと大吹は烈の方へと視線を送る。

それは『君にマトイを習得して欲しい』という大吹の意思表示に近いものだった。

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