第87話 最強の男

ここは、東京都心の空港である。


普段なら搭乗ロビーは国外へ観光に行く観光客や、ビジネスマンが携帯片手に歩き回っている光景が広がっているのだが、今日は一部の空港の関係者を除けば誰一人としていない。


それもそのはず、今日はアメリカからの最重要要人を迎えているのだ。

彼が日本にやって来たという情報を漏らすことは、日本に未曽有の危機が訪れていることを内外に漏らすも同然。それ故に徹底した人払いが行われたのだ。


すると空港ロビーから、アメリカからのチャーター便が滑走路に降り立つのが見えた。そしてそれを遠くから見つめている黒いスーツの一団。


「やって来ましたね」


「遂に来たぞ。現役最強のDHが」


そんな中、DHと思わしき二人の男たちがそんなことを言っている。

降り立った飛行機は、そのまま人目を避けるように裏口の方へと向かって行く。


予定では直接空港内から車で、その男はDH協会に向かうことになっていた。

するとここで、男の一人が何かに気づいたように言う。


「おい、もしかしてあの人って⋯⋯」


十人あまりのスーツの一団から離れたところに、一人の女性がいる。

彼女もまた一団と同様に黒いスーツを着ているが、口々に複数名で会話している他のDHと違って、彼女は一人で降り立つ飛行機を見つめている。


「あの人、羅刹じゃないか?」


「そうなのか? 初めて見たけど、女だったんだ⋯⋯」


すると踵を返して何処かへと羅刹は去っていく。

それを図るかのように、ここで飛行機の扉が開くと中から一人の男が現れた。


「うわあ⋯⋯凄いオーラだ」


異能力の元となる生命エネルギーの波動が、遠く離れた空港ロビーからでも感じ取れるほどに強烈なパワーを伴って伝わってくる。

現れた爽やかな顔立ちで金髪の男は、20代前半くらいだろうか。身長は他のDH達と比べても頭一つ高く恐らく190センチくらいはあるだろう。


また日本のDH達がきっちりとスーツで身を固めているのに対して、その男はラフな私服に革ジャンを羽織ったスタイルで登場したのもコントラストを感じさせる。


「あれが現役最強の男、アレクサンダー・オーディウスか⋯⋯」


「何でも、身体能力も抜群らしい。DHにならなかったら、アメフトでプロになってたって言われてるくらいだし」


決してガチムチな肉体ではないものの、革ジャン越しからも胸板が厚いのが見て取れる。ボディバランスも良く、恐らく足も相当速いのだろう。


「しかも、大学には14歳で入学して、18歳で博士号を取得してからDHになったんだろ? 俺達には、もう訳が分からない世界だな」


「ということは、5年くらいで騎士王になったってことか!? バケモンだ⋯⋯」


「うわあ⋯⋯」と引き気味の声をもらす二人。

同じDHでも、自分たちとあの男の間に絶望的な差があると感じたのだろう。


車に乗って男が空港を去っていくのを見届けて、一団は解散していく。

騎士王が日本にやってきてることは、現時点でメディアには一切報道されていない。当然彼がこの国に来た理由も、公にはされていなかった。


「あの人勝てるのかな? パンドラって確かS級でも特に凶悪な部類なんだろ?」


「逆だろ。あの人が勝てないなら誰でも勝てないんだ。パンドラは、それくらいの脅威なんだぜ」


「S級でも特に凶悪とされる3体。エデン、アニイ、パンドラの最後の一角だからな⋯⋯」


公式には、世界にS級はたったの8体しか存在していない。

なお、最近になってダイナも生まれたため公式に追加されていないダイナも含めれば、9体になる。


S級と一括りにするにも色々いるのだが、強大な力を持つ一方で全く戦意が無く、むしろ人間に対して好意的に振舞うS級もいるくらいだ。


が、その中でも極めて危険とされているS級が3体いる。

それらは纏めて『3強』と呼ばれ、非常に恐れられていた。


まずは『エデン』 余りにも危険すぎるため、史上初めてDBの捕獲のために大量破壊兵器を投入されたケースでもある。


エデンの捕獲は、異能力エネルギーを付加した水素爆弾を3発も打ち込み、島ごと吹き飛ばして瀕死状態にした結果何とか捕獲することに成功した。

なお瀕死状態でも、エデンは当時最強格だったDHを3人も殺害している。


その後エデンは、全身を氷漬けにして活動不能にした上で、魔導大監獄の最下層のさらに下、人間では立ち入れない絶対零度の広大な地下監獄の最深部で眠っている。


そして『アニイ』

内包する魔力はS級最強で、属性問わず全ての異能力を司るDBである。

決して好戦的ではないのだがその強大すぎる魔力ゆえに、『存在自体』が地球の天候や地形に甚大な悪影響を与えるという規格外な特徴から、3強と呼ばれるに至った。


その結果、現在アニイは地球を離れて月で孤独に生きている。

人間と対話できる数少ない理性を持ったDBで、月に行くのも人間が作ったロケットに自ら乗り込んで月まで向かったという逸話もあるのである。


因みに、途中でジッとしているのに飽きたのか、アニイは月に着くまでの時間の大半を猛スピードで飛ぶロケットの先端部分で転寝をしていたという逸話もある。


「で、最後に残ったのがパンドラだ」


「現存するS級でも極めて強力な『3強』の最後の一角か⋯⋯」


遠くに去り行く車を見ながら、そう呟く二人。

しかしここで、忘れてはならない事実もある。


「過去にパンドラと戦った騎士王は、右手を捥がれているんだよな?」


「ああ。それにエデンもアニイも、当時の騎士王が太刀打ちできなかったが故に水爆を使ったり、命がけの交渉で月に送ったりしたのが実情だ。言い方を変えると⋯⋯」


「戦って、勝てたことは一度もないってことか⋯⋯」


そう、3強に真っ向から対抗できた騎士王はいないのである。


ただ、一人を除いて。


「少し前まで、『8強』だったんだよな」


「⋯⋯そうだな」


ポツリと呟く声。

そう、今でこそ『3強』だが、数年前までそれは『8強』だった。


ある男が現れたことで、その歴史は大きく変わることになる。


「臥龍が現れて全てが変わったんだよな。アイツはたったの三年で、当時世界を蹂躙していたS級を5体も討伐した」


「文句なしの騎士王だったよ、アイツは。居なくなってから分かる凄さだよな」


過去にS級DBを討伐したのはたったの三人のみ。

その内一人は、命と引き換えに討伐し、もう一人は再起不能になった。


過去の歴史で複数、それもほぼ無傷でS級を討伐したのは臥龍ただ一人なのである。


「今のゴールデンナンバーズなんて、全員合わせても臥龍一人にすら勝てないだろ。俺の親父が嘆いてたよ、今の日本のDHは何も頼りにならないってな」


「お前も含めてだろ、それは」


ハッハッ、と顔を合わせて笑う二人。

それは楽しいからと言うより、自虐的な意味合いが強いように見えた。


「⋯⋯楽しそうね。何話してるの?」


そんな二人の後ろから、突然聞こえて来た声。

途端にカチン、と二人の表情が凍り付く。


「あ、いや、な、何も⋯⋯⋯」


「頼りにならないとか、誰かより弱いとか、いろいろ聞こえたよ」


二人の後ろに、羅刹が立っていた。

彼女は小さいガラスのビー玉の様なものを片手に持って、カラカラと弄んでいる。


「何か言いたいことがあれば、遠慮なく言ってもいいのに」


「そ、そ、そ、そんな言いたいことなんて⋯⋯⋯」


「そう? ならいいけど」


するとカツカツと靴を鳴らして彼女は去っていく。

そして二人は息をするのも忘れてその後ろ姿を見送った。


「地獄耳かよ」


「シッ! 聞かれるぞ」


かなり距離があったにも関わらず、彼女は二人の会話を聞いていたようだ。

その様子に感じるものがあったのか、ここで男の一人が口を開く。


「⋯⋯羅刹って、確か臥龍と仲が悪かったんだよな?」


「噂では、な。聞いた話じゃ、臥龍は当時のゴールデンナンバーズの大半とはあまり仲が良くなかったらしい。唯一マシだったのは、今のNO5だけだったとか」


「臥龍だけ、本当に別格だったからな。当時も言われていたよな、羅刹が臥龍に替わってNO1になった時は、『比較にならない、頼りにもならない』って」


と、その時である。

遠くからパチン!!という甲高い、何かが弾けるような音が響いた。


「何だ?」


不思議そうに音がした方を見る男たち。

するとそこには⋯⋯


「⋯⋯ヤバい」


反射的にそちらから視線を逸らす男たち。

そこにはゴミ箱に何かを無表情で捨てている羅刹がいた。


「あれ、さっき持ってたビー玉か?」


キラキラと彼女の手から零れ落ちているガラス片。

よく見るとそれは、先程彼女が持っていたビー玉だった。


「アレを握り潰したのか?」


すると一瞬だけ、羅刹がこちらを見たような気がした。

怒りもなく、感情もない、彼女の暗い視線がこちらに向く。


「聞かれてたな、お前の発言」


真っ青になる男の横で、静かに肩に手を置くもう一人の男。

そして羅刹はパンパンと手を叩くと、そのまま空港を去っていった。

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