第86話 揃わない足並み

ここは東京にあるDH協会日本支部の本部。

国の重要機関が多く集まるこの地域の中でも一際目立つこの建物は、その重要性を誇示するかのような迫力があった。


その中心にある、螺旋状の渦を巻くような独創的な形をした建物は、高さ1キロの超高層ビル。曲線を描いた硝子で覆われながらも、その耐久性は大砲の砲弾すら跳ね返すのである。


そんな建物の一角には、二人の人影がある。


「パンドラの件、本当に臥龍は受けるのかしら?」


「分からん。全ては電脳次元の魔女の意向だ」


金髪の美女と、ガッチリとした体格の大男。

共にスーツを着て、胸元には金色のバッチがある。


ガチャリと、男が近くの扉を開く。

するとそこには、不思議な光景が広がっていた。


部屋は暗く、その中心には長い白いテーブルが置いてある。

さらにそこには10の椅子が用意されており、丸っこく足が無い形の椅子は純白で宙に浮いている。また各々の椅子には金文字の数字も刻まれていた。


部屋の壁は濃淡で、宙には投影型プロジェクターでDH協会のエンブレムが浮かぶ。

ヒンヤリとした空気に包まれたその空間は、さながら秘密基地のようだった。


「遅いぞNO4、NO5。招集時間ギリギリだ」


すると、そこには4人のスーツを着た人達がいる。

冷たい空気の中、全く身動きせずに腕を組んでいる面々は冷静沈着な様子だ。


「あら、時間通りなんだから問題ないじゃない」


「招集された事の重大さを考えろ。お前たちの様な意識の低い奴らが、有事の時に決まって我々の足を引っ張るのだ」


そう言うのは、テーブルの端にいる男だ。

白髪で年若く、髪は短めに切り揃えている。男は蛇の様な鋭い眼で、遅れてきた二人を睨んでいた。


「時間通りに来たならば問題ないだろうNO3よ。それよりもパンドラの件について各々意思確認をするのが先決だ」


ここでNO5と呼ばれた大男が男に言う。

どうやら先程口を開いた男はNO3らしい。


「フン、お前たちが居なくともパンドラの討伐には何ら差支えないがな。筋肉バカのNO5と、ココロを習得していないNO4は本件には何も役に立たん」


そう言って、ドカリと深く椅子に座るNO3。

しかし、ここである人物が手を挙げる。


「もうやめろ。ここで喧嘩しても何にもならない」


そう言ったのは、テーブルの隅に座る青年。

NO3も年若いが、彼はさらに若い。年齢は20を少し過ぎたくらいだろうか。


「特別顧問がもうすぐここでお話になる。それまで、大人しくしていろ」


しかしNO3はその言葉を面白くなさげに受け流す。


「フン、特別顧問などと言わずお爺様と呼んだらどうだ」


しかし青年はそれ以上何も言わない。

挑発に対して手応えの無さを感じたのか、NO3もそれ以上は何も言わなかった。


「⋯⋯相変わらず嫌な奴ね」


「お前も落ち着けアリーシャ。今に知ったことじゃないだろう」


やや舌打ち気味にそう呟くNO4に対してNO5が窘めるようにいう。


するとここで、部屋にいる10人の目の前に一人の老人の姿が映し出された。


『全員揃っているようだな。特に、NO4は会議に出席するのは半年振りか? NO5が無事に連れていてくれたようで何よりじゃ』


軽く会釈するNO5と、プイっと顔を背けるNO4。

その様子をニコニコとした笑顔で見る老人は言葉を続けた。


『さて、本題は非常に重要な事案じゃ。諸君は既に知っているかと思うが、20年前に封印したはずのパンドラが復活してしもうたのじゃ。そしてパンドラは現在、日本に向けて猛スピードで移動しておる』


するとここで、一人が手を挙げる。

老人は、軽く手でそれを見て合図する。


「パンドラは何時頃に日本に到着するのですか?」


それは全身に鎖を巻いた女性だった。

NO7とも呼ばれている人物で、彼女は過去にバー、フォールナイトにメモリーカードを受け取りに来た女性でもある。


『ふむ、予想ではあと一週間と言われておるな。しかし気まぐれなパンドラが我々の予想通りに動いてくれるとは限らんからの』


「一週間⋯⋯」


小さくそう言ったNO7はゆっくりと椅子に腰を落とす。

それがどういう意味で呟かれたのかは、彼女のみが知る話だ。


しかしここで、NO3が立ち上がって言った。


「それよりも特別顧問。貴方に一つ問いただしたいことがあるのだが、良いか?」


それを聞いた、先程の青年が目線を少しだけ上げる。

彼の座る椅子には『NO8』という刻印があった。


「何故、NO2とNO6、そしてNO9、NO10が不在なのだ! この非常事態に、あのNO4ですら出席するような大事な会議を欠席するバカに、このバッヂを与えて良いのか!?」


胸元の金色のバッヂを手で示すNO3。

すると老人は、穏やかな口調で言った。


「すまぬ、NO3よ。お主には言っておらんかったが、彼らはコードゼロの動向に関して現地調査に向かっておる。何せあれはS級DBにも匹敵する恐るべき脅威じゃ。相応の手練れを連れて行かねばこちらがやられてしまうのでな」


フフッ、と半ば嘲るように笑うNO4。

それを知らされていなかったことに対する憐みか、はたまた嘲笑か。


するとNO3は少し間を開けた後に、再度口を開いた。


「⋯⋯まあいい。だが、まだ貴方には言いたいことがある!」


「何じゃ? 言ってみよ」


それを聞いたNO3は、バン!と机を強く叩いて言った。


「何故、あのような時代遅れの遺物に協力を依頼したのだ!? 私は知っているぞ特別顧問よ。貴方がパンドラの討伐のために臥龍を呼ぼうとしていることを!!」


えっ!? と、部屋にいる面々が振り返る。

そしてそれを聞いた瞬間に、ある一人の影が立ちあがった。


「聞き捨てならないですね。それが本当なら」


立ち上がったのは一人の女性だ。

年はNO8と同じくらいだ。恐らく大学生だろう。


髪はショートカットで髪を後ろに結っている。

身長は160センチくらいで標準体型だが、まるで浮き上がるかのような独特な身のこなしで椅子から立ち上がった。


「臥龍? つまり、私達は信用できないということですか?」


ジッと、画面の老人の顔を見つめる彼女。

すると老人は、「違う」と言う。


「パンドラを討伐する上での可能性を少しでも上げるための措置じゃよ。決して、君たちの力量を侮っているわけではない。当然、『羅刹』と呼ばれる君の力量もじゃ」


彼女が立ち上がった椅子には、『NO1』の刻印がある。

NO1とはゴールデンナンバーズ最強の証だ。


「羅刹よ。確かに君がかつて臥龍とは非常に仲が悪かったのは記憶しておる。しかし、まさか己の私情を仕事に持ち込むわけではあるまいな?」


しかしその少女、羅刹は言う。


「いいえ、違います。ただ私はもうDHではないはずの彼の助けを、我々より先に求めた特別顧問の対応に疑問を感じているだけです」


「それは信頼に由来するものではなく、手続きが偶然にもこのような流れになってしまっただけじゃ。それに⋯⋯⋯」


すると老人が言った。


「臥龍は、電脳次元の魔女が派遣できないということで合意した。残念ながら、今回のパンドラ討伐に彼の力を借りることは出来ん」


しかし、今度はそれを聞いたNO8の青年が立ち上がる。


「無茶です、お爺様! 彼の力無くしてはパンドラを仕留めることなど⋯⋯」


すると今度はNO3が言う。


「ほう、そうかそうか。パンドラを倒す自信がないと貴様は言うのだな? であれば今すぐそのバッヂを置いて出て行くがいい」


冷徹な視線をNO8に浴びせるNO3。

彼の言葉は留まることを知らない。


「こんな意気地なしに背中を預けるくらいなら私が一人で討伐に向かう。お前はせいぜい、ママの所で美味しいご飯でも食べていたらどうだ」


「ぼ、僕はそんな意味で言ったわけでは⋯⋯」


「であれば何だ? 戦う前から敗北を認める弱者のクズが⋯⋯」


しかし、その時だった。

もう付き合っていられないとばかりに、NO4が立ち上がる。


「こんなことしてるくらいなら、ショッピングでもしてた方がマシだわ」


「同感だ。低レベルな言い争いならお前たちだけでやれ」


それに続いてNO5も立ち上がる。

すると二人は、入り口に向かうとそのまま外に出て行ってしまった。


「冷静に話し合えるまで、この件はお預けにしましょう。では⋯⋯」


すると、NO7も立ち上がる。

そして鎖をジャラジャラと鳴らしながら外に出て行ってしまった。


「⋯⋯⋯」


その様子を見て何も言わず立ち尽くす、NO8。


『⋯⋯もういいじゃろう。どのみち、会議はいつもこんな調子じゃ。いつも纏まらずに空中分解して話が太刀切れになってしまう』


半ば諦めるように、老人がポツリと言う。

するとNO8が老人に言った。


「お爺様。本当に僕は、この国をパンドラから守れるのでしょうか?」


「それはのお、佑介。儂にも分からんのじゃ」


その青年、NO8に対して敢えて本名でそう言った老人。


『時間はない。じゃが、次の会議は明日にもう一度行うこととする。そして、その時にも相変わらずこのような調子ならば⋯⋯⋯』


ここで、老人の口調が急に変わった。

とても低い、怒気を含んだ声で彼は言う。


『お前たちのことはもう計算勘定には入れぬ。羅刹と、アメリカからやって来る騎士王殿、また電脳次元の魔女らと連携しての少数による討伐へと切り替える』


それは暗に、もうゴールデンナンバーズは当てにしないという意思表示でもあった。


『では、次会う時までに各々頭を冷やしておくのじゃ』


それだけ言って、老人は通信を打ち切った。

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