第71話 勝者と敗者
時刻は、深夜0時過ぎ。
ある住宅街の一角に、何台かのパトカーが留まっていた。
「どうなってるんだこれは⋯⋯」
ポツリとそう呟くのは、現場に急行したばかりの警察官だ。
だがそれはその警察官だけでなく、他の警官たちも同様に驚きの様子でその光景を眺めていた。
「一先ず、お話を伺ってもよろしいですか?」
するとここで、警官の一人がある人物に話しかけた。
その人物は、ムスッとした表情で玄関先を箒で掃いている。
とはいえ瓦礫で床を覆われた状態では焼け石に水なのではないかと思う様な様子だったが、恐らく自分自身を落ち着けるためにそんな行動をとっているのだろう。
「あの⋯⋯隊長殿?」
「何ですか? 今、忙しいんです」
「ご自宅の修理に関しては我々の方で何とかしますので、襲撃してきたという人物についてもっと詳しくご説明頂けると⋯⋯⋯」
超が付くほど不機嫌な様子で、玄関を掃除しているのは中学生くらいの少女だ。
可愛らしい顔立ちだが、その表情はお世辞にも上機嫌とは言えない。
「何度も言ったじゃないですか。お兄ちゃんが大事にしてた食器とか、椿が綺麗にしてた和室とか、全部壊されたって⋯⋯」
「いや、それはあくまで被害に関してでして。具体的に、この状況を『引き起こした犯人』に関して詳しい情報を⋯⋯」
「そんなのどうだっていいじゃないですか。今、椿は超機嫌が悪いんです! 詳しい話は明日以降にして頂いて宜しいですか!!」
警察官たちに苛立ちを隠せないその少女は、中村椿だ。
時間にしておよそ半日以上である。
椿は突如として現れた謎の少年に一方的な襲撃を受け、日が沈むまでの間一対一のタイマン勝負を繰り広げていたのだ。
その結果、中村家は異能のぶつかり合いでボロボロに半壊し、襲撃しにやって来た下手人も、結果的に捕まえ損ねてしまった。
「それよりも、椿はお兄ちゃんがどこに行っちゃったのか知りたいんです! 明日は大事な承認式の日なのに⋯⋯⋯」
正確には日付を過ぎているので今日なのだが、そんな些細な事には気づかない程に椿は苛立っていた。
というのも戦いの中で、中村家の大事なものが相当数壊されたからだ。
椿と健吾が二人で昔遊んでいた思い出のボードゲームや、旅行先で勝ったお土産などが異能による戦いの中で木っ端微塵に壊された。そして朝ごはんも消し炭である。
そして、兄である健吾が突如として姿を消してしまったのもまた同様に、彼女にとっては看過できぬ一大事であった。
「中村健吾さんは警察の方で捜索しているのでご安心ください。それよりも、襲撃犯についてお話を⋯⋯」
しかし、椿はプイっとそっぽを向いている。
これ以上話をすることはないというような彼女の様子に、警官たちもお手上げという様子だ。
「では、後日DH協会に再度お話を伺いに参りますので、よろしくお願いします」
本当は多少強気にでも話を聞きたいところだったが、椿はDHでも屈指の実力者だ。
おまけに警察とDHは独立した別々の組織ではあるものの、『暗黙の了解』として警察よりもDHの方が発言権が強い傾向もある。そんな椿に、警察が真っ向から無理やり話を聞きだす行動をとることは出来なかった。
彼らは椿に軽く礼をすると、家前にパトカーに乗り込む。
そしてサイレンを鳴らして動き出したパトカーは、道の向こうへ走り去っていった。
「⋯⋯⋯」
何も言わずに、ただ黙々と箒を動かす椿。
家は半壊したが直すこと自体はそこまで難しくはない。DHの知り合いに物体の形態を巻き戻す能力者がいるため、その人に頼めば修復は簡単だった。
「⋯⋯⋯強かったなあ、あの人」
そんなことをポツリと呟く椿。
半日以上続いた戦いは、結果的には椿の勝利で幕を閉じた。
お互い押しも押されもせぬ、壮絶な戦い。
一手でも攻撃を誤れば、重傷は免れない正真正銘の一騎打ち。
DHとして長年修羅場を潜り続けていた椿でも、幾度か危ないと感じさせられたほど、翔太郎の異能力者としての技量は突出していた。
が、椿はそれを超えた。
結果的に彼女は無傷で、翔太郎を撃退することに成功していた。
「あーもう!! お兄ちゃんどこ行ったの!?」
居ても経ってもいられないと、椿は両手を宙に翳して周りの魔力を探る。
もし健吾が近くに居るのなら、すぐに分かるほど椿の探知能力は強力だ。
しかし、どんなに精神を集中しても健吾の気配すら掴めない。
うう⋯と頭を抱える椿は夜の深まる夜空に向かって叫んだ。
「お兄ちゃーーん!! 戻ってきてーー!!」
しかし、そんな椿の声も空しく夜空へと吸い込まれていった。
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ここは深夜の行楽街。
パブやバーが立ち並び、若い人々が夜の闇夜を練り歩く場所である。
ポーンポーンと、深夜0時を告げる鐘の音が聞こえてくる。
その鐘の音を、冷めた缶コーヒー片手に暗い目で聞く少年がいた。
彼の名は赤城原翔太郎。
つい先ほどまで、かの中村討伐隊の大隊長として名を馳せる中村椿と激戦を繰り広げ、そして彼は敗北した。
決して椿を侮っていたわけではない。むしろ最上級の警戒をしていたはずだった。
櫟原家の情報網を元に彼女の戦略スタイルを分析し、何百通りものパターン分析をした末に万全を期して彼は中村家を襲撃したのである。
彼の使命はただ一つ。中村健吾を承認式が終わるまで隔離することだった。
だがそのために必要なのは、中村椿の排除。だから彼は最大の警戒をしていたのだ。
グシャ、片手で潰される缶。
中に入ったコーヒーが勢いよく飛び出すと地面に零れる。
「中村椿⋯⋯まさかあれほど強いとは」
無表情でコーヒーを飲む翔太郎。
普段彼はブラックしか飲まないのだが、今日はカフェオレを飲んでいる。
それは胸に秘める何かを鎮めるためなのか、それとも無意識のものか。
「おっしゃあ! もう一軒行くぞ!」
すると、翔太郎の後ろのガールズバーから数名の女性を引き連れた男が出てきた。
両手にはワインのボトルを抱え、店の入り口にはリムジンもある。
どうやら夜遊び真っ盛りのようだ。
「痛っ!!!」
ここで店から勢いよく出てきたこともあり、店の横にいた翔太郎と男の連れていた女性が勢いよくぶつかってしまった。
「おい何ボケっと歩いてんだよ!!」
しかし、当の翔太郎に反応はない。
物憂げに空になったコーヒーの缶を眺めている。
「話聞いてんのかオイ!!」
翔太郎の様子に腹を立てた男が、彼の元に歩み寄る。
だがここで男は地面に零れていたコーヒーに足を滑らせて、思いきり尻もちをついてしまった。
「あーあ、高い一張羅が台無しだな⋯⋯⋯」
白いスーツは、コーヒーのシミで染まってしまった。
するとここで翔太郎がまだ高校生ほどの年齢であることに気づいたようだ。
「おいガキ、お前の住所と電話番号言えや。これは高くつくぜ」
翔太郎の首元に手を伸ばすと、脅すように低い声で言う男。
すると翔太郎の下腹部を右手で小突きながら、男は言った。
「金出せ。有り金全部と、あとお前が着てるのも全部脱いでいけや」
それを聞いてキャッキャッと面白がるように囃し立てる女たち。
それに気を良くしたか、翔太郎の襟元を掴むと男は睨みを利かせて言う。
「それとも、ここでボコってやろうか? アアン??」
しかし、翔太郎は鬱陶しいとばかりに横目に男を見る。
それはまるで白けるような、冷たい目だった。
「何だよその目はよ。イキってんじゃねえぞ!!」
拳を振り上げると、男は翔太郎の顔目掛けて振り下ろした。
が、それは突如として見えない力によって止められる。
「僕は今、機嫌が悪いんです」
まるで透明なガラス板にパンチしたかのような衝撃。
男が痛みに顔を歪める。
「テメエ、異能使いか!?」
途端に、周りが騒然とし始める。
異能使い、それは彼らにとっては重大な脅威を意味するからだ。
「殆どの人間が異能を使えると言っても、所詮は子供騙し。僕のように異能を実戦段階まで高めた人間など、全体の0.1%にも満たないですからね」
『異能を使える』と、『異能使い』は示す意味合いが異なる。
『異能使い』とは、DHやそれに準ずるDH予備生のことを指す言葉であり、同時に異能を高度に操る実力があるということでもある。
異能を使える、だけの人間なら何も珍しい話ではない。
だがしかし翔太郎や、山宮学園の生徒、そしてDH達のように異能を使って脅威に立ち向かうだけの実力や才覚を持っている人間は、超少数派なのだ。
「で、さっきアナタは何とおっしゃいましたか?」
特に他愛もない話でもするように、翔太郎は男にそう問いかける。
「アナタと喧嘩する気はありません。お互い面倒なことになるのはイヤでしょう?」
ジリジリと、後ずさりする男。
しかし男は胸に秘める胸中をブチ撒けるが如く、翔太郎に言った。
「異能を使えるからって調子に乗るなよ!! お前らなんて人間じゃねえんだよ、このクソッタレなミュータントが!!」
ピクリと翔太郎の手が僅かに動く。
ミュータント。それは翔太郎、いや全異能使いに対して
「人間の世界に、お前みたいな人外が来るんじゃねえ!! さっさと失せろ!!」
すると男は、手に持つワインのボトルを翔太郎目掛けて投げつけた。
翔太郎の肩元に当たったボトルはパリンと割れて、砕け散る。
その様子を見た男は、酔っているせいで気が大きくなっているのか、グッショリとワインで濡れた翔太郎を見て辺りの人々に叫ぶ。
「見ろ!! 俺がバケモンを倒してやったぜ!!」
ケケケ⋯と笑う男。
すると男は、今度は翔太郎の頭目掛けてもう一本のボトルを掲げる。
「次はお前の脳天をかち割ってやるよ!! オラ、喰らえや!!」
そしてボトルを振り上げた男。
だが、そのボトルが翔太郎に届く事は無かった。
「⋯⋯あ?」
ボトルの感触が、突然ぬるりとした冷たい何かに変わる。
違和感を感じた男は、己の腕を見た。
「何じゃこりゃあああ!!!?」
途端に、辺りを人々の悲鳴が木霊する。
ワインのボトルは、二メートルはあろうかという大蛇に変わっていた。
右手にグルグルと巻き付いているその大蛇は、万力の様な力で男を締め付ける。
「ウグッ⋯⋯ウゲッ!!」
呼吸が出来ない。
助けを呼ぶにも、大蛇に恐れ慄いた人々は一斉に逃げてしまった。
「助けてくれ!!」
少なくなっていく肺の酸素を絞り出しながら、その男は目の前にいる異能使いに助けを求めた。地を這い、手を伸ばしてその異能使い、翔太郎に助けを請う男。
すると翔太郎は、パチンと指を鳴らした。
それと同時に、まるで幻影の如く大蛇は姿を消す。
「ハア⋯⋯ハア⋯⋯」
それは、翔太郎が生み出した幻影だった。
カラン、という音と共にワインボトルが地面に転がる。
「A級異能『森羅転生』 万物を生き物に見せる幻影ですよ」
缶コーヒーの缶を、ゴミ箱に投げ入れる翔太郎。
「最近、異能使いを排斥しようとする活動が活発になっていると聞いたことがあります。恐らく、貴方もそれを支持しているのでしょう?」
地面に倒れる男にはそれ以上何も言わず、ワインに濡れたスーツを一撫でする。
するとスーツの水分も、ワインのシミも全てが嘘だったように消えてなくなった。
「僕はまだ為すべきことがありますので、これにて失礼します」
そしてその場を歩き去ろうとする翔太郎。
だがその時だった。
「よくも俺に恥をかかせやがって!!」
どこから持ってきたのか、男は手に電気銃を持っている。
これは高圧電流を対象目掛けて放つ銃で、スタンガンの上位互換の様なものだ。
「俺は知ってんだぜ! 異能で電流をガードするのは難しいんだろ!!」
物体が飛んでくるパターンと違い、実は電流は異能で防ぐのが非常に難解だ。
それゆえに、電気銃は異能使いに有効な武器として知られていた。
「夜明けまでビクビク痙攣してろや!!」
が、その行動が命取りになった。
「⋯⋯森羅転生」
シュッ、という音と共に銃が何かに変わる。
男の手から感触は、重くそしてモサモサしていた。
「良いペットをプレゼントしましょう。タランチュラです」
手に握られているのは、巨大な蜘蛛だった。
蜘蛛の黒い目が、男を見つめている。
「ギャアアアアアアアア!!!」
タランチュラを放り投げ、その場から逃げる男。
しかし今度は翔太郎が森羅転生を解除して、タランチュラを電気銃に戻す。
そして電気銃を拾い上げると、逃げる男の背を狙って銃口を向けた。
「夜明けまで、ビクビク痙攣しといてください」
バン!!という音と、暗闇を走る閃光。
一瞬だけ明るくなった路地の奥で、誰かが倒れる音がした。
ハアと溜息をつくと、ポケットの携帯端末にアクセスする翔太郎。
普段なら適当にやり過ごす所を、今日は相手を気絶させるところまでやってしまった。
それは暗に、自分が全く冷静でないことを示していることも翔太郎は自覚している。
だが今の言いようのない不快感も、ある人物を捕まえさえすれば払しょくされることも彼には分かっていた。
「中村健吾、まさか自分が逃げられたとでも思っているのか?」
カチッ、という音と共に追跡機が起動する。
すると電車の駅構内地図に、ビーコンが点滅するポイントがあった。
前もって仕込んでおいた追跡機は、健吾の居場所を明確に示していた。
「電車で回り道しながら学校へと向かうつもりか。だが、それは不可能だ」
無意識にポキポキと己の拳を鳴らす翔太郎。
ここから急いで向かえば、レベル5専用校舎には健吾よりも早く到着できる。
であれば、そこで健吾が来るのを手ぐすねを引いて待てば良いだけである。
「全ては凜様のため、そして⋯⋯」
ここで翔太郎は僅かに、声のトーンを落とす。
「我らが赤城原家の栄光を取り戻すため!!」
そして翔太郎は踵を返し、健吾を捕らえるべく再び歩き出した。
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