第70話 黒い炎
暗い闇の中で、彼女は目を覚ました。
腕には、赤い鎖が巻き付いて彼女の動きを完全に封じている。
「⋯⋯ここは?」
「目を覚ましたか。快様に報告しろ」
彼女の周りには、武装した男たちが十人程いた。
彼らから伝わる異能エネルギーの波動からして、恐らく彼らは異能使いだろう。
「ここは何処なのよ!!」
目を覚ましたその少女、若山夏美は手に魔力を集中させる。
周りの環境、忘れもしないスタンガンの感触。相手が敵なのは明らかだった。
しかし、何故か彼女に迸る魔力はどんなに集中しても体内で分散して集まらない。
「その鎖は、種石重工が開発した拘束具だ。お前の体内に内包する魔力を強制的に分散させて、異能の使用を封じている。どんなに頑張ろうと、お前は異能を使えない」
すると、夏美の目の前に種石快が現れた。
彼女を見る快の様子はまるで、愉快な見世物を見ているようである。
「心底不愉快な目に遭った後は、憂さ晴らしするに限るな。おい、お前たち。紅茶と茶菓子を持ってこい」
すると快に軽く一礼して、男たちの一人が部屋を出る。
それを見て、快は夏美にこう言った。
「さて、お前にここが何処か分かるか?」
眉を僅かに吊り上げて、夏美に尋ねる快。
だが、夏美は快をチラリと見ると言った。
「私を今すぐ解放しなさい。アナタの気持ち悪い髪型は見るだけで反吐が出るわ」
ほお⋯⋯と微かに呟く快。
快は髪を後ろに撫で上げて、頭の側面部を剃る特徴的な髪形だ。そして彼は己の髪型に対して絶対的な自信も持っている。
「今の発言で、お前が無傷で解放される可能性はゼロになったことだけ伝えておいてやる。レベル1の貧民育ちが偉そうな口を叩くな!!」
すると快は、拘束された夏美の頭を足で強く蹴り飛ばした。
軽く呻き声を漏らして、顔を伏せる夏美。僅かに地面には血も飛んだ。
それを見て、満足げに頷くと快はその場に座る。
「さて、ここで一つティーパーティでも開くとするか。準備も出来たようだしな」
すると部屋を出て行った男が、紅茶とクッキーを持って部屋に入ってくる。
それを受け取ると、快は夏美の目の前で紅茶を啜った。
「俺の趣味が何か分かるか? 種石工業に楯突く政敵を秘密裏に拘束し、奴らが痛めつけられている様を菓子をつまみながら観賞することだ」
クッキーを口に放ると、再びカップに口を付ける快。
「今回の計画は、山宮学園であのレベル1が生徒会に入ると聞いた瞬間から極秘裏に練り続けられていたモノだ。お前を救おうと哀れなレベル1のゴキブリどもが動いているようだが、あらゆる公的機関と我らが種市重工、そしてDHを代表する名家たちが皆一様に我々のバックアップに動いている状況で何が出来るのだろうなあ」
フフッ、と微かに笑うと夏美を見る快。
「ところで、お前は中々の上玉のようだな。腐った性根は問題だが、お前の容姿と魔力指数はそこそこの需要がありそうだ」
足を組んで、夏美をジッと見つめる快。
だがそれを見返す夏美の表情はまるでゴミを見るようである。
「調べたところによると、お前に親はいないのだろう? どうだ、これを良い機会に金のある適当な家の養子になるというのはどうだ。それとも名家に斡旋して、有力な名家の従者になるという道も用意してやろうか?」
すると快は後ろの男たちに命じて、アタッシュケースを持ってきた。
片手でそれをパカリと開けると、中には札束がギッシリと詰まっている。
「いや、いっそ種市重工の養子にしてやっても良いぞ? 俺の義妹として、最強の財力とバックアップを手にするなど、今後一生手に出来ぬチャンスだろうよ」
夏美に近づくと、夏美の顔をクイっと上に傾ける快。
ニヤッと笑い、彼は夏美に言う。
「レベル1の肥溜めにも、探してみれば良い拾い物があるものだ。俺は一人っ子なのでな、ちょうど体の良い妹を欲しいと思っていたところだ」
舐めるように夏美を見つめる快。
「大した教育も受けていないくせに、やたらと高い異能指数。間違いなく才能に恵まれているのだろうなあ。それに何よりお前は美しい。まさに、俺が求めていた女だ」
すると快は紅茶の入ったカップを後ろの男から受け取ると、夏美の前に置く。
「さあ、俺の所に来い。俺ならお前の望むものを用意できる」
それを聞き、黙る夏美。
その反応を見て、快は夏美が自分の提案に興味を持ったと感じたようだ。
「へえ⋯⋯面白いじゃない」
「だろう? さあ、この紅茶で喉を潤すといい」
すると快は、夏美の口元にカップを付ける。
そして彼女の口に紅茶を流し込もうと、カップを傾けた。
「面白い冗談ね、と思っただけよ」
「⋯⋯何だと?」
その時だった。
カチンと言う音と共に、カップの淵を噛む夏美。
「アナタ、自覚してないタイプの気違いね」
パリン!!という音と、ビチャリとカップから紅茶が零れる音。
夏美は口で快の手からカップを奪うと、地面に吐き捨てた。
「あと、足を拘束しなかったのは優しさかしら? それとも阿呆なの?」
そして、夏美は思いきり足を振り上げた。
フワリとスカートが捲れ、一瞬夏美の白いパンツが快の目に入る。
「私が貴方の妹に? 死んでから出直してきなさい」
次の瞬間、夏美の蹴りが快の股間を直撃した。
一瞬大きく見開かれる快の目。次に襲い来るは吐き気を伴った強烈な痛みだ。
「アオオオオオッッ!!??」
言葉にならない声と共に、地面にのたうち回る快。
ペッと唾を吐き捨てると、冷徹な目で夏美は快を見下ろした。
「ナルシストもここまで来るといっそ滑稽ね。大道和美の方がまだマシに思えるわ」
「テ、テメエエエッッ!!」
思わぬ夏美からの反撃に、激高する快。
股を閉じ、完全な内股状態で立ち上がる快はプルプル震えている。
「お誘いありがとう。でもお断りするわ。私は自分にDV気質があることにも気付かない愚か者を兄と呼ぶほど、落ちぶれてはいないつもりなの」
アア!?と夏美に噛みつく快。
すると、夏美は薄い笑みを浮かべて快に言い放った。
「権力、バックアップ、金。アナタは本当に薄っぺらい人間ね。でも私は今まで、そういうチープな権力を破壊するために、自分を高めてきたのよ」
その時、夏美から発される魔力が明らかに上昇した。
いや、上昇というレベルではない。いうならそれは『爆発』である。
「熱いわ⋯⋯熱い」
すると、夏美の手に火が灯った。
彼女は異能を鎖によって封じられているはずだ。なのになぜ、火が灯るのか。
「く、黒い炎だと!?」
その炎は、まるで闇から生まれ出たかのように真っ黒な漆黒を纏っている。
黒い炎。それはそこにいる誰もが一度も見たことのない物だった。
「お前たち!! 構えろ!!」
それを見た男たちは、一斉に手持ちの銃を構える。
むしろ快の指示が飛ぶより早く、男たちは銃を構えていた。
まるでそれは、本能が恐怖しているような禍々しい何かを放っている。
「その炎を消せ!! 消さなければ、お前を撃つぞ!!」
夏美に対して警告する快。
それは純粋な恐怖から生まれ出た言葉だった。
しかしそれを聞く夏美は、ゆっくりと首を振る。
「無理よ。何でか分かる?」
すると夏美は静かに言った。
「だって、私も消し方が分からないもの」
「⋯⋯何だと?」
「もう力が有り余って仕方がないのよ。だから⋯⋯」
ここで初めて、夏美は快の目をしっかりと見つめた。
その彼女の表情は⋯⋯
「手始めに、貴方を焼き殺していい?」
満面の笑みだった。
もしこのような状況でなければ、恋に落ちていたかもしれない。
それほど混じりけのない、輝くような笑顔。
だが、それが「引き金」になった。
それを見る快の心に去来したのは、底無しの恐怖だった。
ガクガクと震える快の膝。
それが先程の蹴りによるものではないのは、彼自身が確信として感じていた。
「撃て!!!」
反射的に、快の口から放たれた叫び。
そしてまた反射的に、男たちの指が手に持つマシンガンの引き金を引いた。
バババババッ!!という音が暗い夜空に響く。
同時に暗い部屋の闇の中を、真っ赤な鮮血が飛び散った。
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