第68話 夢、そして決闘

これは、DH育成合宿が終わった直後の話である。

波乱につぐ波乱の末に半ば強制終了のような形で幕を閉じた育成合宿は、海野修也と中村健吾が救出活動の中で非常に大きな役割を果たしたと評判になった。


そんな中、健吾が合宿場を後にしようとした頃のことである。


「中村君。貴方に一つお伝えしておきたいことがあります」


健吾に近づく一人の女子の姿がある。

彼女は、生徒会書記の元木桃子だった。


「本来なら団長の八重樫先輩も交えて話をしたいところですが、今は時間がありませんので要点だけ纏めてお伝えします」


すると桃子は少し間を開けた後に言った。


「先程海野君が言った通り、中村君は我々生徒連合団の次期団員候補に挙がっています。しかし、残念ながら貴方がレベル1クラス出身である以上、相当な反発も予想されるのです」


「そ、そうですよ! なのに何で僕が生徒会に入ることに⋯⋯」


「団長直々の要望なので、それは団長に聞いてください。かく言う私も正直、貴方が生徒会に入るのはあらゆる意味で危険すぎると感じていますから」


ドライな桃子の言葉に、一瞬言葉が詰まる健吾。

健吾も全く学校について無知と言うわけではない。当然、レベル1を取り巻く現状も知っているし、自分の行く末が危ぶまれることも分かっている。


「過去にはレベル4の学生が生徒会入りしたこともありますが、その時は学内で異能を伴う喧嘩が数件に、脅迫まがいの悪質な電話が数百件、生徒会入りするレベル4の学生を狙った襲撃事件も発生しています。ですが、今回はそれを越えるでしょう」


みるみる青くなる健吾の顔。

先程、腹の中身をぶちまけたにも関わらず早くも再びウプッと声を漏らす。

すると桃子が健吾に向けてこんなことを言った。


「ですので、貴方に関しては承認式が始まる数日前から特別措置で家に閉じこもっていて欲しいんです」


「⋯⋯家に閉じこもる?」


「はい。何でも中村君の妹さんはあの有名な中村椿さんらしいですし、反対派の人たちもそう迂闊に手を出すことは出来ないはずです」


しかし、それを聞いた健吾はブンブンと激しく首を振る。


「そ、それって椿に僕の身柄を守ってもらえってことですか!? そんなこと⋯⋯」


「妹に頼りたくないとか、そんなプライドが元になった話ならしなくて結構ですよ。権利が大幅に制限されているレベル1とは違い、承認式にて正式に団員と認められれば貴方は団員として自由に振舞えるようになります。しかし言い換えるなら、それまでの間に貴方にもしものことがあれば一大事だということです。」


健吾の言葉に淡々とそう言い放つ桃子。


「これはアンナさんからの伝言でもありますので、しっかりと守って頂きます。それにこの学校の所謂「過激派」は貴方が思っている以上に過激ですから、自分自身の身を守る意味でも、不用意な行動は避けて頂きたいです」


「⋯⋯アンナさん?」


「生徒連合団の副団長のことですよ。兎に角、我々は貴方の身を案じているということだけ理解して頂ければ結構です」


そう言ってくるっと踵を返す桃子。


「詳細はまた後日。そう遠くない日に追って説明します」


そんな言葉を残して、桃子は去っていった。



==============



そして、それから数日後のことである。


健吾は、妙な夢にうなされていた。


『何で僕はここに居られないの!? 嫌だ!!行きたくない!!』


『我儘を言うな!! お前はもう必要ないのだよ』


何時の日の記憶だろうか? 

何処かで誰かの叫ぶ声が聞こえる。


『ほら、お行きなさい。もう君に居場所はないのよ』


『嫌だ!! 何でそんなこと言うの!? お母さん!!』


誰なのだろう。この声には聞き覚えがある。

泣きじゃくっている小さな少年にも、既視感がある。


『嫌だア!! あんなとこに行くくらいなら死んでやる!!』


そう言って少年は、窓に向かって駆け出した。

身投げでもするつもりだったのだろうか。しかし、その途中で大人たちに止められる。


『全く⋯⋯これでは話にならん』


『仕方ない。記憶を改変して、今までの全ての記憶を無くすことにしよう』


そう言う男たちは、少年を抱えるとそのまま持ち上げる。

腕に噛みつき、ジタバタと大暴れする少年など気にも留めず、横の女性に言った。


『この者の記憶を、都合の良いように改変しろ』


『しかし、宜しいのですか? それでは今までの記憶は⋯⋯』


『もうこの者は必要ない。代替品は見つかったからな』


まるで投げるようにして、女性に少年を投げ渡す男たち。


『手早く済ませろ。そう時間をかけることでもあるまい』


喉も裂けんとばかりに大号泣する少年の頭を優しく撫でる女性。

だがそれに見向きもせず、周りの大人たちは次々と二人の周りから去っていく。


『何と可哀そうに⋯⋯しかし居場所なき今、温情はむしろこの子のためにならないのかもしれません」


少年の頭を撫でる女性。

顔は良く見えない。だが、憐みの様な表情を浮かべているのは分かった。


『⋯⋯いつか、真の平安が訪れますように』


女性はそう呟くと、少年の頭に左手を置く。

一瞬だけ、女性の左手が緑色に輝いた。


『お許しください⋯⋯』


それを最後に、少年の鳴き声がピタリと止まる。

徐々に泣きじゃくっていた少年の顔がきょとんとした顔になっていく。それは、女性が少年に使った異能が正常に機能したことを示していた。


『あれ? お姉ちゃんは誰?』


その女性の顔を見て、そう言う少年。

涙に濡れた己の顔に驚いているようで、辺りをキョロキョロと見まわしている。


『あっ、お母さんだ!!』


そう言って、少年は遠くにいる女性に向かって走り出す。

だがしかし、それは先程まで『お母さん』と呼んでいた女性とは真逆の方向だ。


部屋の隅に並んでいる二人。

そこに合流する少年も含めた三人は、一見すれば幸せそうな家族である。


『よくやった。後は、彼らが上手くやってくれるだろう』


男の一人が、女性の方にポンと手を置く。

が、女性の顔を見て歩みを止めた。


『何故泣いている?』


『⋯⋯⋯』


何も言わない。いや、言えなかったのかもしれない。

さっきまで晴れていた窓から見える外の景色は、徐々に雨模様が強くなっていく。


少年は家族に連れられて、部屋を出て行く。

去り行く幸せそうな家族を見ながら、その女性は絞りだすように言った。


『元気でね⋯⋯』


それを最後に、ビジョンはブラックアウトした。




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「お兄ちゃん! 起きて!」


ハッと、目を覚ます健吾。

見ると目の前には妹の椿がいた。


「どうしたの? いつも早く起きるのに⋯⋯」


見ると時計は午前の9時だ。

もう学校では授業が始まっている時間だろう。


「ごめんごめん。今日は学校に行かなくていいから気が抜けちゃったのかな」


実は椿も今日は学校を休んでいる。

同時にDHの仕事も、今日と明日は有給休暇を取って休みにしていた。


「お兄ちゃんが、誰かに狙われてるっていうから休みにしたのに⋯⋯別にお兄ちゃんの世話をしたいから休んだんじゃないんだからね!」


そう言って、プンスカと部屋を出て行く椿。

その割に、朝からエプロンをして朝ごはんの支度をしているのは何故なのだろうか。


ボンヤリした視界を引きずって健吾がリビングに向かうと、そこは朝ごはんという名目のビュッフェバイキングの様な有様になっていた。


パンもご飯も、スクランブルエッグから温野菜、フルーツに至るまで何でもある。

脇にはコーンポタージュと味噌汁も用意してあり、飲み物はジュースがあった。


「気合入ってるなあ⋯⋯」


近くにあった味噌汁をよそいながら、そう言う健吾。

見ると、部屋の真ん中に置いてあるテレビには今日の天気予報が映っていた。


「今日は雨降らないみたいだね。よかった、今日は洗濯物を干せるよ」


すると、今度はテレビの画面が切り替わって別の予報が始まった。


『では、本日のブラックミスト予報です。今日は全国的にもミストの発生は少なく、DBの発生は少ない見込みとなるでしょう』


それを見た椿は「良かったあ」と小さく言う。

今の時代、天気予報以上に重要な予報になっているのがブラックミスト予報だ。

毎日各地域のDH協会が発表している予報で、ミストの発生が多い地域では大人数のイベントが中止になったり、人の出歩きを制限することもあるのである。


ロールパンを口に入れながら、椿がテレビのチャンネルを変える。

すると今度はニュース番組に切り替わった。


『無能力者労働組合は昨日、異能力者との収入格差に対する正式な意見書を政府に提出しました。組合の代表者は、「社会全体における無能力者の立場改善に向けて、より一層の努力をしていく」と語っており⋯⋯』


ブチッと、テレビをオフにする椿。


「ねえねえ、お兄ちゃん。明日の承認式に出席したら、お兄ちゃんはこれから山宮学園でも虐められたりすることはないんだよね?」


「う、うん⋯⋯前よりは⋯⋯ね」


濁し気味の健吾の口調だが、椿はホッと胸を撫で下ろす。

心配しきりだった椿にとっては、健吾の立場が少しでも良くなるのなら大いに歓迎すべきだと感じたのかもしれない。


するとその時だった。


「あれ、誰か来た」


ピンポーン、という音と共に扉をノックする音が聞こえてくる。

すると玄関から、「回覧板でーす」という声も聞こえて来た。


「椿、取って来るよ。お兄ちゃんはご飯食べてて」


そう言って立ち上がる椿。

見ると健吾はスクランブルエッグをスプーンで食べていた。


「お隣さんですか? ご苦労様です⋯⋯」


そう言って扉を開ける椿。

そして扉を開けた先にいたのは、少々趣の違う人物だった。


「⋯⋯お隣さん?」


スーツに、黒いネクタイをした少年。

年は高校生くらいだろうか。だがそれにしては、あまり年若い印象を感じない。


「中村椿さんはアナタですか?」


「⋯⋯はい」


ニコッと笑う少年。

すると少年は胸元から一枚の名刺を取り出した。


「申し遅れました、私こういう者です」


そして名刺を椿に手渡す。

その名刺に目を通した椿はその名前を読む。


「赤城原翔太郎⋯⋯?」


「ええ。アナタのお兄様に御用がありまして」


そして口角を上げた、不気味な笑みを浮かべるその少年。


それを見た瞬間、椿は感じる。

椿の中にある第六感、直感に近い何かが受信した強烈な「危険信号」。

説明できる代物ではない、だが確かに椿は感じた。


『この男はヤバい』と。


「お兄ちゃんに何の用よ!!」


臨戦態勢に入る椿。そのスピードは目にも止まらない。

だがその少年、赤城原翔太郎もまた素早く臨戦態勢を整えた。


「アナタの兄上は凜お嬢様にとって邪魔なのですよ。しかしなにも、痛めつけるようなことはしません。お兄様には時が過ぎるまで寝ていてもらうだけです」


それを見て、相手の力量を即座に理解する椿。

彼女は部屋の奥に向かって叫ぶ。


「お兄ちゃん、逃げて!!」


「おや、人のことを心配する余裕があるのですね」


次の瞬間その少年、赤城原翔太郎から黒い稲妻が放たれた。

黒稲妻デススパーク』という、非常に危険な電撃奥義。だが椿は瞬時に防御壁を構築して異能を弾き返す。


「流石は、中村椿。だが私の「領域」に踏み込んではもう遅い」


両手を大きく広げ、椿の前に立ちふさがる翔太郎。

だが強者であるのは、椿もまた同じだった。


「相手を見ずに喧嘩を売ったこと、後悔させてあげる!!」


お互いに魔力を全開にする二人。


「中村討伐隊大隊長、中村椿」


「櫟原家直属護衛長、赤城原翔太郎」


お互いに名乗り、そして戦う。これは異能力者同士が戦うときの礼儀である。

同時にそれは、その戦いがお遊びではない真剣勝負である意味も含んでいた。


「「いざ、勝負!!」」


そして、ぶつかり合う両者。

魔力の奔流と共に、強者同士の決闘が始まった。




なおその後ろで健吾は、スタコラと部屋の裏口から家を脱出していた。

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