第62話 ブラックリスト

チャリンチャリンと、小銭が落ちる音がする。

パラパラと札束を数えながら直人は今日の売上を一通り見ると、札束をポーチに仕舞った。


「随分稼いだじゃねえか。ま、俺も悪くねえ額のバイト代を貰ったから文句はないけどよ」


「やった⋯⋯またゲーム買える」


一日の収穫にしては、中々の額を売り上げることに成功した直人たち。

お望みどおりにバイト代をゲットできた烈はニヤニヤ笑いながらお金をポケットに突っ込み、陽菜は丁寧に一枚ずつお札を財布に入れていた。


「あのババアも悪くねえ商売してるじゃねえか。あのバーはバイトとか募集してねえのか?」


「烈がバーテンダ―⋯⋯見てるだけで面白い」


「んだとう!?」と言いながら、陽菜に向けてプンスカ怒る烈と、それを見て優しい笑みを浮かべる陽菜。この二人は本当に仲が良いようだ。

機材を纏めると、来た時同様にトラックに積み込んで見送る直人。

地平線をゆっくり夕日が沈み始めた。恐らく帰る頃には真っ暗になっているだろう。


「俺はこれから配達のバイトがあるんでな。陽菜はどうする?」


「私は⋯⋯家に帰る」


「なら、途中まで一緒に帰ろうぜ。で、テメエはどうすんだ?」


そう言って直人に視線を向ける烈。

実はの所、直人はここに残ろうと考えていた。


「椿がまだ帰ってきてない。あの子を残して帰るのは気が引ける」


「ほおん⋯⋯随分椿のことを気にしてんじゃねえか。何かあったのか?」


烈は先日に直人と椿が出会っていたことを知らない。

だから直人が椿を気にかけているのが不自然に見えたのだろう。

するとそれを聞いて陽菜も直人に言う。


「椿は自立してる子。あの子一人でも大丈夫だと思う。それに⋯⋯」


そう言ってひまわり園へと視線を向ける陽菜。


「⋯⋯オーナーが来てる。きっと話し合いはまだ終わらないよ」


「あのゴミがか!? アイツ、来てやがったのか!?」


そう言うや敵意を剥き出しにする烈。

それをあらかじめ察した陽菜が服の裾を握っていなければ、今すぐにもひまわり園目掛けて走り出しそうな勢いだ。


「クソッタレだぜ! ひまわり園売り払うとか言って、俺らをあんな学校に送ったのはアイツだからな!」


「分かってる⋯⋯椿にもきっとまともな事言ってないよ」


どうやら、二人にとってオーナーは憎むべき対象のようだ。

だがそれにしても、椿は帰ってくるのが本当に遅い。もう5時間くらいは話し合いを続けているのではないだろうか。


「オーナーはお金のことで頭が一杯⋯⋯私たちのことも、金ヅルくらいにしか思ってない⋯⋯」


「しかもあの榊原の仲間だろ。本当に、アイツらはクソの集まりだな」


一瞬、この会話を摩耶が聞いたらどう思うかと考える直人。

だがしかし本家の、しかも跡取り最有力の摩耶を平気で半追放状態に追いやる一族であることを考えると、二人の言うことも間違ってないのかもしれない。


「俺はもう帰るぜ。あいつの近くにはもうこれ以上居たくないんでな」


そう言って、ポケットに片手を突っ込んで踵を返す烈。

するとここで、彼は直人に向き直ると言った。


「そういやテメエ、舞姫様の金魚のフンのこと知ってるか?」


「その言い方良くない⋯⋯櫟原凛のことでしょ」


烈を嗜めるように、陽菜は言う。

頭をポリポリ掻きながら烈はさらに口を開いた。


「人の名前を憶えんのは苦手だな。で、あのヤロウとその連れが俺と俊彦に喧嘩を吹っ掛けて来やがった。何かテメエのとこの健五郎を生徒会に入れたくないらしいぜ」


「中村健吾でしょ⋯⋯承認式に中村健吾が来れなければ、生徒連合団規則で彼は生徒会に入ることが出来ない。だから櫟原凜は、意地でも当日に彼が来ることを阻止しようとするはず。あの人たちは、名家以外の人間が生徒会に入るのを嫌ってるから」


それは直人には初耳の話だった。

レベル5の校舎で暴漢に襲われた時から自分たちを何らかの勢力が狙っているのは察していたが、その背後でそんなことが起きていたとは知らなかった。


「あと⋯⋯烈は代理補佐の有力候補になってる。光城雅樹の代理補佐には目黒俊彦、中村健吾の代理補佐候補に挙がってるのが烈、あと何故か直人」


すると「何でお前の名前もあるんだよ」と言うように、烈が直人を見る。


「おいおいまたテメエも絡んでくるのかよ。ホント、意味分かんねえ奴だな」


そう言って、頭の後ろに手をまわして手を組む烈。

足元の小石を軽く足で蹴りながら、烈は言葉を続けた。


「だけどよ、俺はああいう舐めた事されんのがクソほど嫌いなんでな。こうなったら健一を絶対に生徒会に入れてやる。奴らが何考えてんのかは知らねえが、これ以上好き勝手やられてたまるかよ!!」


「それ、陽菜も同感⋯⋯あの人たち、少しやりすぎ」


二人共孤児院で育ち、恐らく相当な辛い思いをして生きてきたに違いない。

しかもその背後には榊原の影もある。きっと名家に対して思うことはあるのだろう。


「健司に伝えとけ。承認式が終わるまで、俺と俊彦はお前を守るってな」


「陽菜も手助けする⋯⋯私、こういう名家のやり方好きじゃない」


どうやらこの二人、あと俊彦は名家の方針に反抗する気のようだ。

山宮学園の生徒会は昔からブランド的概念が強く、それ故にレベル5クラス以外の生徒会入りを徹底して排除してきた。そしてそれを推し進めているのが、名家に端を発する者たちであったのも否定できない事実なのである。


「家にいるときは椿がいるから問題ねえだろ。奴らが、健蔵の寝起きを襲うほどマジになるかは分かんねえけどよ」


すると陽菜がボソッと言う。


「いや⋯⋯あり得る」


すると陽菜が手元の端末から、何かのサイトにアクセスした。

暫くした後、彼女は直人と烈に端末を見せる。


「これはレベル5専用掲示板⋯⋯ここに中村健吾の家の住所まで載ってる」


そこには、健吾の家の住所と電話番号までもが記載されていた。

書いてある内容は最早プライバシーもへったくれもないレベルで、家族構成まで詳細に記載されており、そこには椿の名前もある。


「⋯⋯こんなことして捕まらないの?」


そう言う、直人の呟きに首を横に振ってこたえる陽菜。


「このサイトは警察の情報網よりも詳しい⋯⋯噂では、警察と連携して情報を共有してるなんて話もある」


つまり、公的機関とグルになっているということか。

恐るべし山宮学園。学生レベルでやっていい領域を平然と越えている。


「椿にも、お兄さんが危険な状況なのは言っておいた方がいい⋯⋯万が一のことが起こってからじゃ、あの子も対応できないかもしれない」


だがここで烈は掲示板の隅にある、一つの投稿を指差した。

そこには何人かの名前と文章が明記されている。


「おい、俺の名前があるぞ!」


「私もある⋯⋯直人も」


そこにはこう書かれていた。

投稿の先頭には、『撃破依頼リスト』と書いてあった。


中村健吾

『本件の最重要ターゲット。異能力、戦闘力共に乏しく、大きな脅威となり得る可能性は皆無だが、身内に中村討伐隊の隊長を務める中村椿がいる。十分に警戒すべし』


仁王子烈

『最も警戒すべき人物の一人。気性が荒く、異能力にも優れている。固有能力『青銅の騎士』を有し、三大名家に反抗的な態度を取っている。中村健吾との繋がりは現時点では確認されていないが、イレギュラーな存在故、最大限に警戒せよ』


目黒俊彦

『魔眼を持ち、中村健吾との繋がりも確認されている。先述した仁王子烈とも密接な関係になっており、警戒する必要性は高い。普段は穏やかな気性であるが、能力の特異性も含め、重要ターゲットの一人とする』


千宮司陽菜

『仁王子烈との関わりは非常に深く、彼と同様名家に反抗的な態度を取るレベル5所属生の一人。物体を自由自在に操るサイコキネシスを武器とし、その力は極めて危険かつ脅威。十分に警戒すべし』


葉島直人

『先日、数名のレベル5所属生のグループを一人で壊滅させたという情報も入っており、上位クラスに敵対意志がある模様。異能力は並以下と推定されるが体術に優れており、異能を用いての攻撃が有効と判断される。上記の人物たちとの強い繋がりは確認されていないが、警戒すべき人物である』


志納篝

『非常に危険。最上級の注意をせよ』


一通り見終える三人。

その後、烈が陽菜を見て言った。


「何だよこれ」


すると陽菜が口を開く。


「ブラックリスト。生徒会の承認式を邪魔したい人たちが作ったんだと思う。ここに挙げられている名前が、承認式の『妨害の妨害』をすると思われてる⋯⋯⋯」


「意味分かんねえな。回りくどいことしねえで殴り込みにくればいいのによ」


拳をポキポキ鳴らしながらそう言う烈。

どの道、彼はどんな相手だろうと負けるとは全く思っていないのだろう。


だが直人はここであることに気づいた。


「これ、撃破『依頼』リストって書いてある。『依頼』ってことは⋯⋯?」


うん?と首を捻る烈に対して、軽く頷く陽菜。

彼女は直人が察したことと同様のことに気づいたのだ


「このリストを作った人は、私達を倒すように誰かに依頼したのかもしれない⋯⋯烈、直人、二人は最近誰かに襲われたり、変な人に会ったりとかした?」


そう言う陽菜に対して、烈は言葉を返した。


「ああ。榊原分家の金魚のフンと一緒にいた奴が、堂々と来やがったぜ。『宣戦布告だ』ってな。俊彦は、そいつをスゲエ使い手だって言ってたぜ」


「櫟原家の関係者⋯⋯私達を襲いに来るのはその人?」


「そいつ、完全に俺たちのこと舐めてやがった。ムカつく奴にはクソほど出会ってっけど、ハナから勝つ気満々で俺に喧嘩売って来やがったのはアイツが初めてだ」


と言いつつ、少しだけチラリと直人を見る烈。

未だに例の一騎打ちのことを根に持っているらしい。


しかし、櫟原家は広い人脈を持つ直人でもあまり知らない領域だ。

当然烈が出会った人物についても、直人はいまひとつピンとこない。


「それはどんな人だった?」


直人の言葉に、烈は答える。


「俺らと同じ、高校生くらいじゃね? お前と同じでボケっとした面してやがったぜ。いや、まだアイツの方が目覚めの良い面してたか?」


雑な説明なうえに、直人が一方的に傷つくだけの悲しい説明である。

とはいえ、自分たちと同じくらいの年齢だと分かっただけでも収穫だった。


「取り敢えず、今後は気を付けよう。いつ、戦うことになっても大丈夫なように、気を張っておいた方が良いかもしれない」


「俺は問題ないけどな。陽菜はどうだ?」


「問題ない⋯⋯私のサイコキネシス、オーラの探知も出来る。悪意がある人はすぐに分かる」


流石は黄金世代のトップ。こんな状況下でも動じる気配がない。

当然それは直人も同様だ。彼は特に難しく考えるほどのこととは思っていない。


「じゃ、テメエはせいぜい死なねえこったな。俺とサシで勝ったテメエがやられたりしてみろ、俺が地獄の果てまで追いかけてもう一度ブッ殺しに行くぞ」


「烈はこんなこと言ってるけど君を心配してるから⋯⋯じゃ、バイバイ直人」


「そんなことねえ!」と言いながら唾を飛ばして陽菜に反論する烈。

二人揃って駅に向かって歩き出すのを何も言わずに見送る直人。


そして烈と陽菜の二人の背中が小さくなっていく。

数分もすると、辺りは静寂に包まれた。


「さて⋯⋯椿を待つか」


そんな独り言と共に、直人は近くのベンチに腰を落とす。

だが一時間ほど待っても、椿の姿は現れない。


(遅いな⋯⋯⋯)


もう時刻は午後8時を過ぎている。

だがひまわり園の事務室には相変わらず光が灯ったまま、人が出てくる気配もない。


(眠い⋯⋯)


直人を襲う強い睡魔。

頭を上げているのも辛くなってきた。


(少し⋯⋯寝るか)


ベンチに横になる直人。

だが、もうそこから彼の記憶はない。


数秒もしないうちに、穏やかな寝息を立てて直人は眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る