第61話 臥龍を呼ぶ声

ここは山の麓にある小さな孤児院。その名もひまわり園である。

普段はあまり人が来ない場所なのだが、今日は珍しく人が多い。

何故なら今日は、年に一回のお祭りの日だからだ。


ひまわり園の近くにある公園を一日貸し切って行われるこのお祭りは、地域密着型のイベントで毎年地元のテレビ局も取材に来る。食べ物や孤児院の子供たちが作ったワンポイントグッズなどを売っているのも特徴だ。


「かき氷売ってるぞー!! 四の五の言わずに買いやがれ!!」


そんな穏やかなお祭りムードをぶち壊すデカい声が聞こえてくる。

見ると、立ち並ぶブースの一角にこれでもかとばかりに目立ちまくる屋台が見えた。


「烈、うるさい⋯⋯」


小さな手でコリコリとかき氷機を回すのは陽菜だ。

その後ろでは陽菜が削った氷にシロップをかける直人の姿も見える。


「ああ? 客が来るように宣伝しろって言ったのはオメエらだろうが」


「それだとお客さん来ない⋯⋯皆怖がってる⋯⋯」


モーセの十戒が如く、この屋台一帯だけ人がいない。

烈のドラ声に恐れをなしたのか、皆一様に退散してしまっていた。


何故彼らがかき氷を作っているのかというと、烈と陽菜と椿に関しては単純に暇だったからだ。どうやら元々、ひまわり園での知り合いと園長に軽く挨拶をしたら帰る予定だったらしいのだが、直人が『手伝ってくれたらバイト代出すよ』と言ったところ、手伝ってもらえることになったのである。


因みに椿は、屋台に全く人が寄り付かない現状を加味して移動販売を始めた。

もういっそ自分から売りに行った方が良いと思ったのかもしれない。


「直人さーん! 頑張って売ってきましたよー!」


そんな中、器用に異能でかき氷を宙に浮かしながら移動販売を行っていた椿が戻ってきた。見るとお金を入れているポーチはかなり膨らんでいる。


「椿、戻ってきた⋯⋯じゃ、これもお願い⋯⋯」


そう言って、新しく作ったかき氷を椿に渡す陽菜。

何と椿はかき氷を既に百個以上売って来たらしく、売り始めて一時間もしない割には絶好調の売れ行きだ。


「いってきまーす」という声と共にまた何処かへと消えていく椿。

この様子だと持って行ったかき氷もすぐに売り払ってしまいそうだ。


するとここで、一人の男性がこちらに近づいてくる。


「マキ君が遣わしたというのは君のことかい? 烈と陽菜も楽しそうで何よりだ」


老眼鏡を掛け、白髪が目立つ髪の毛に皺が目立つ顔の初老の男性だ。

足にはスリッパを履き、手を後ろに組んでにこやかな様子で直人に話しかける。


「申し遅れたが、私は牧原という者です。ひまわり園の園長をしていて、子供たちからは園長先生と呼ばれているよ。君は確か、葉島直人君だね?」


どうやら牧原は、直人のことを知っているらしい。

恐らくマキから聞いているのかもしれない。


「実はマキ君は、私の昔の教え子でね。彼女がいろいろ大変なことになった後も、たまに彼女のバーにお邪魔させていただいてるんだよ」


「⋯⋯それはどうも」


持ってきたドリンクを売りながら、直人は軽く頭を下げる。

今日は気温も高めなため、ドリンクの売れ行きも絶好調だった。


「君は山宮学園の一年生なのだろう? であれば、烈と陽菜とも同級生かい?」


「⋯⋯まあ、一応は」


「それは良かった。彼らは少し友達作りが苦手でね、これを良い機会に彼らとも仲良くしてもらえると有難い」


そう言うと、屋台の中で黙々とかき氷を作り続ける陽菜と、相変わらず屋台前で「オラ―!! かき氷買えやあ!!」と叫び続ける烈をニコニコと笑いながら見る。


「二人共、素晴らしい才能を持っている子だ。だがしかし、その複雑な生い立ちから少々人と接することを不得手にしているところもある」


少し離れたところでは、椿がかき氷を売っているのも見えた。

見るとあちらは大盛況のようで、カラフルな火花を異能で出したりしながら人の興味を上手く引き付けている。子供たちからも大人気のようだ。


「椿も昔は見ていて心配になるほどに暗い子だった⋯⋯中村さんの家に行ってからはまるで見違えるように明るい子になったがね。あの子を見るたびに、私がひまわり園で子供たちを導くことが本当に正しいことなのか疑問に感じてしまうんだ」


そう言う牧原の様子はどこか悲しげだ。

直人はここで、一つ聞いてみることにした。


「⋯⋯何で牧原さんはひまわり園を運営してるんですか?」


すると遠い昔のことに思いを馳せるように、牧原は宙を見つめる。


「⋯⋯贖罪だよ。私が昔犯した、一生拭えぬ罪に対する私なりの罪滅ぼしだ。私があの異能力を開発さえしなければ、彼らは孤児として路頭に彷徨うことなどなかったのだから⋯⋯⋯」


直人のジュースをコップに注ぐ手が止まる。

牧原の目には、悲しみが窺える。それは暗に、自分自身を強く責める様子でもあった。


「⋯⋯直人君、君はこの名前を知っているかい?」


すると牧原は直人の耳元に近づく。

人が絶対に聞き来れないくらいの声量で彼は言った。


「コードゼロ、という名前を」


一瞬、普段は絶対に乱れないはずの直人の呼吸が乱れた。

だがそれは刹那の瞬間である。彼は直ぐに平静を取り戻した。


「知りません。誰のことですか?」


そう問い返す直人。

そしてそれを見つめ返す牧原。


「⋯⋯私のちょっとした戯言です。忘れてください」


ポツリとそう言う牧原。

それを見る直人の目は、僅かに鋭くなっている。


「烈と陽菜は、お互いのことを深く信頼し合っている一方で、それ以外の人にはあまり心を開かない子たちだ。是非とも君には良い友達になってほしい、では失礼する」


やや口走るようにそう言うと、牧原は去っていった。

それはどこか、焦りも感じさせる様子でもあった。


「⋯⋯園長と何話してたの」


そんな中、かき氷を作る手を止めてこちらを見ているのは陽菜だ。

どうやら牧原と直人が話しているのは見ていたらしい。


「えっと、千宮司さんでしたっけ?」


「陽菜でいい⋯⋯烈の友達だし」


両足を抱えて座る陽菜。

どうやら、烈の知り合いということで少し心は開いてくれているようだ。


「烈とは何処で知り合ったの⋯⋯?」


陽菜の方も少し直人に興味を持ってくれているらしい。

直人はバーの訓練室で一騎打ちしたことを言う。すると陽菜はそれを知らなかったようで、大きな目が少しだけ開かれる。どうやら驚いているようだ。


「同級生で烈に勝てる人いない⋯⋯多分、君が初めて」


横目に烈を見ながら、陽菜は言葉を続ける。


「強いんだ。レベル1なのに」


自分で作ったかき氷にシロップをかける陽菜。

ストローを取ると、彼女はかき氷を食べ始めた。


「私、本当は山宮行きたくなかった。多分、烈もそう」


カリカリと少しづつ氷を齧る陽菜。

そう呟く様子は、どこか物憂げだ。


「直人、君は何であの学校に行ったの?」


あの学校とは、山宮学園のことだろう。

ここは本当のことを言うべきか。直人は悩む。


だがしかし、ここは敢えて隠さずに言うことにした。


「⋯⋯小学校にも、中学校にも行ったことないからさ。ならせめて高校には日本で一番有名なDH養成校に行きたいって、そう思ったから」


「⋯⋯そう」


陽菜はそれだけ言って、かき氷をまた口に運び始める。

少し溶けたからか、食べるスピードも速くなった。


「陽菜は、何で山宮学園に?」


今度は直人が陽菜に聞き返した。

すると少しの間、沈黙が流れる。

だが暫くした後に、陽菜はポツリと言った。


「⋯⋯脅された」


「え?」


「もし、私と烈が山宮学園に入らないならひまわり園を売却して売り払うって、ひまわり園のオーナーに言われた」


「オーナー? それは、牧原さんじゃ⋯⋯?」


すると、陽菜はゆっくりと首を横に振る。


「あの人は園長。ひまわり園のオーナーは、赤城原あかぎばら柘榴ざくろっていう女⋯⋯」 


赤城原柘榴、直人も知らない名前だ。

しかし、それを語る陽菜の様子はあまり愉快そうな様子ではない。


「良く分からないけど、凄くお金持ってる⋯⋯モデルもやってる」


半溶けになったかき氷をサラサラと食べる陽菜。

だが暫くした後口を離した彼女は、さも面白くなさげに言った。


「性格は最悪⋯⋯あと、嫌な噂も絶えない⋯⋯⋯酷い女」


最後に残った氷の欠片を口に入れると、陽菜は空になったカップをゴミ箱に入れる。

すると彼女はヘッドフォンをすると、ポケットからゲーム機を取り出した。


「今日はあの女来てない⋯⋯来てたらすぐ分かる、気持ち悪くなる」


「⋯⋯気持ち悪くなる?」


陽菜の言葉に疑問を感じた直人は、彼女に聞き返す。


「あの女、気持ち悪いオーラ出してる⋯⋯普段は隠してるけど、私は分かる」


オーラ、ということは赤城原柘榴は異能力者なのだろうか。

直人はあまり異能の探知は得意ではない。それを必要としないからでもあるのだが、気持ちの悪いオーラというのは直人も少し違和感を感じる話だった。


「ひまわり園⋯⋯私の家」


そう言って彼女は少し離れたところにあるひまわり園を見る。

素朴な建物という感じで、そこには小さな子供たちが遊具で遊んでいる様子もうかがえた。


「守らないと⋯⋯皆を」


するとここで、一度去っていったはずの牧原が近づいてきた。

その様子は、まるで誰かを探すようである。


「直人君、それと陽菜。至急の用事で申し訳ないが、椿を探してきてくれるか?」


そう二人に言う牧原だが、二人が探しに行く必要はなかった。


「園長先生! お久しぶりでーす!」


更に膨らんだポーチを持って椿が歩いてきた。

全てのかき氷を売り飛ばしてきた椿はどうやら相当荒稼ぎしてきたようで、彼女は上機嫌だ。


「椿、ちょうど良いタイミングだ。ちょっと、ひまわり園の園長室まで来てくれるかい?」


「? いいですけど、何かあったんですか?」


その時だった。


「⋯⋯来た」


ポツリとそう言う声が聞こえた。

その声の主は、陽菜だ。


「あの女が来た。気持ち悪い、酷いオーラの波動」


うん?と首を傾げる椿。

だが、牧原はそれ以上は何も語らなかった。


「来るんだ。あまりオーナーのことは待たせられない⋯⋯」


「は、はい!」


微妙に牧原の声のトーンが下がったのを感じ取ったのか、急ぐようにして椿は腰元のポーチを置く。そしてそれを直人に渡した。


「直人さん、お金は全部ここに置いておきます! じゃ、行ってきます!」


そう言って牧原と共に、ひまわり園へ走り出す椿。

そしてそれを見送る陽菜と直人。


「やっぱり来た⋯⋯ヤバい匂い」


するとその時だった。

突然、陽菜は屋台から少し離れたところにある大樹を見る。


「あそこから⋯⋯オーラがする」


だがしかし、直人は何も感じない。

しかし陽菜には絶対の確信があるようだ。樹を指差して彼女は言う。


「聞こえる⋯⋯君を呼んでる」


「君? 俺のこと?」


「オーラがそう言ってる⋯⋯」


良く分からないが、直人は立ち上がるとそちらに向かう。

後ろからか細い「気を付けて⋯⋯」という声が聞こえる。


とはいえ感じ取れないものである以上、直人も対策しようがない。一先ずいつでも回避行動がとれるように精神を整えながら、直人は樹に近づいた。


「何か御用ですか?」


そう呼びかけるが、誰かが出てくるということもない。

首を捻りながら、直人は樹の裏に回った。


『これがコードゼロの『黒桜』を破壊した伝説の剣豪?』


ピタリと直人の足が止まる。


『あ、反応した。へー、本物なんだあ』


振り返る直人。

彼は反射的に胸元から短刀を引き抜いていた。


『こんな奴にコードゼロが苦戦したの? アイツも案外弱いわね』


誰もいない、だが確かに声は聞こえる。

しかし話している内容は、到底スルーできる内容ではない。


『私達、アークテフェス社の脅威になるとは思えないけれど⋯⋯でもコードゼロと戦って生きているなら、少しは強いのかも』


そして少しずつ消えていく声。

その声の主は、明らかに直人が知られたくない真実を知っている。


消えていくその声は、最後にこんな言葉を言い残した。


『ボスは、貴方をこの世から消したいみたい。ねえ、だから死んでくれない? 臥龍さん?』


そんな言葉を残して、謎の声は消えた。

立ち尽くす直人。珍しく、彼の頭は混乱していた。


「⋯⋯直人」


後ろから別の声が聞こえた。

振り返ると、そこには陽菜がいた。


「手にあるの⋯⋯何?」


ここで初めて、直人は無意識に短刀を引き抜いていたことに気づいた。

胸元に短刀を戻して、直人はポツリと言う。


「護身用だよ」


それだけ言って踵を返す直人。

だがしかし、看過出来ない事態が起きたことを受け入れざるを得なかった。


(マキさん⋯⋯やっぱりコードゼロを殺しておくべきだったんじゃないですか!?)


だがそんな彼の心の呟きを聞く者など、誰もいなかった。

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