第58話 追放された舞姫

ガチャンと音を立てて開く扉。

するとバーのフロントに、三人の男たちが入ってきた。


服装は言うなら私服だが、その佇まいは一般人のそれではない。

常に周囲を見回して、どことなく高圧的な印象も感じさせる。


バーの店主と思われる女性を見つけると、男の一人が一枚の写真をポケットから取り出してその女性に見せる。


「一つお聞きしたいのだが、ここに高校生くらいの女子が来なかったか?」


そこに映っている女子の顔を、目を細めて見る店主。

だがグラスを片手に拭きながら言う。


「あら綺麗な子じゃないかい。でも残念だけど、アタシは見てないねえ」


すると尋ねた男は、後ろの男の一人に目をやる。

軽く首を縦に動かしたその男の様子に、同じく頷いて応える。


恐らく、嘘をついていないと感じたのだろう。


「邪魔して悪かったな。では、失礼する」


するとここで店主の女性が、男たちに尋ねた。


「見たところアンタら警察じゃないねえ。人探しなら警察に頼めばいいじゃないかいよ、何か事情でもあるのかい?」


しかし男たちは何も応えない。

乱雑に扉を開けると、何も言わぬまま外へと出て行った。


革靴のコンクリートを叩く乾いた音が、少しづつ遠ざかっていく。

そして完全に聞こえなくなったところで、店主は溜息をついた。


「アタシも舐められたもんだね。まっ、アタシが何者か知らない時点でアレなんだろうけど、まさかアンタらの弱っちい読心術で、アタシのメンタルシールドを破れると思われてたなら心外さね」


そう言って、彼女はバーの奥にある小部屋に入る。

ひっそりと隠れるようにして存在するその部屋の中央には、四方を緑色のガラスで囲まれた籠のようなものがある。彼女はその籠の横にあるスイッチを押した。


すると緑色だったガラスが透明に変わり、中が透けて見えるように変わった。


「悪かったねえこんなところに押し込んじゃってさ。でも嬢ちゃんの魔力を奴らに嗅ぎつけられちゃ困るんでね、魔力を遮断するシールドに閉じ込めさせてもらったよ」


その店主ことマキは、シールドの中にいる少女に呼びかける。


そこには、先程見せられた写真と全く同じの顔をした少女がいた。

そしてシールドから少し離れたところには、部屋の暗がりに溶け込むようにして一人の少年もいる。


「あの人たちは帰ったんですか?」


そんなことを言う少年。

近くに転がっていたフラスコを器用にジャグリングしているその少年は、直人だ。


「ああ帰ったさ。アタシの心を読んで嘘言ってないか確認してたけど、ふざけんなって話だよねえ。女の子の心を異能で読むなんて恥知らずじゃないかい」


「へッ。女の子、ねえ⋯⋯」


ポツリと口から漏れた直人の言葉を聞き逃さなかったマキは、濃硫酸の入った薬瓶を手に取った。そして「溶けてなくなりやがれ⋯⋯」と言いながら直人に迫る。

ヤバいと思ったのか直人も慌てて弁明を始める。


「いや、せめて「お姉さん」くらいにしといたほうが⋯⋯」


「黙りな。年は喰っても、心は永遠の十六歳なんだよアタシは!」


「そんな売れないアイドルみたいなこと言ってるから結婚⋯⋯」


と言ってる間に、今度は銀の鞭まで持ち出し始めたマキ。

わちゃわちゃと二人して大騒ぎを始めたが、それを見るシールド内の少女はクスっと笑った。


「仲良いんですね。お二人とも」


シールド内で行儀よく正座している摩耶。

前回にここに来た時とは明らかに雰囲気が違う。それは直人のみならずマキも感じたようで、一旦争うのを止めると摩耶に話しかけた。


「それで⋯⋯家を追い出されたってのは本当かい?」


前もって身を隠していたのは、必ず目撃情報を辿りながら追手がやって来ると摩耶がマキに言ったからなのだが、家を追い出されたのならむしろ彼らに委ねて戻った方が良いのではないかと考えるのが普通だ。


「いくらなんでも嬢ちゃんを永久追放するわけはないだろうさ。きっと懲罰的な形で一時的に家を追い出されているだけなんじゃないかい?」


すると摩耶は、ゆっくりと話し始める。


「⋯⋯恐らく、先程の人たちは分家の方たちです。本家榊原家は、お父様直々の命令で退院後も家には戻らせないようにと言われていますから」


「成程、つまりさっきの奴らはお父様とやらの命令を聞かずに、お嬢のことを心配してここまでやってきた榊原分家の連中ってことかい」


直人とマキはお互いに顔を見合わせる。

少なくともここに来た連中は、摩耶に危害を与えるつもりで来たわけではないということだ。であるなら何故彼女は、彼らについていくことを拒むのだろうか。


すると摩耶は言葉を続けた。


「分家の方々に迷惑はかけられません。もし、私を匿っているのが知れれば、お父様は分家の方に対して激怒されるはず。そうなれば、最悪粛正で家の分裂が起きることも考えられます。それに拍車がかかれば内部抗争も⋯⋯」


つまり彼女は、分家が自分を匿うことが榊原家の間で抗争を生む原因になりかねないと考えたのだ。であるなら、雲隠れしたほうが良いと思ったのかもしれない。


「というより、あの人たちは本当に『好意で』榊原さんを救おうとしたんですか?」


するとここで直人が疑問を投げかける。

彼にもまた一つ引っかかることがあったのだ。


「榊原さんを匿うのにはリスクしかないじゃないですか。ましてや同じ榊原系列の分家なんですから。なのにこんなことをするのには間違いなく何らかの『リターン』があると考えているからでしょう」


するとマキも口を開いた。


「鋭いね、直人君。アタシも同じことを気にしてたんだよ」


正座している摩耶を同時に見る二人。

確かに摩耶は普通の一般人とは根本から異なる存在だ。名家榊原家の長女、後継ぎ候補の最有力で、異能使いとしても並を逸脱した力を持っている。だがそれは決して名家のそれも『分家』が彼女を救おうとする理由にはならない。


「きっと嬢ちゃんは生まれてこの方、本家で徹底的に他とは隔絶して教育されてきたと思うよ。つまり言い換えれば、嬢ちゃんに興味を持っていた連中はずっと指をくわえて眺めてるしかなかったってわけさ」


何故なら彼らは既に本家の支配下であり、本家に追従すべき存在なのだから。

本家の命令によって追放された存在を匿うのには、リスクしか存在しない。


「仮にも3大名家の分家ともあろう奴らが、個人的な感情で嬢ちゃんを救おうとは思わんだろうさ。つまり奴らには、嬢ちゃんにフリーな状態で接触しやすいうちに必ず嬢ちゃんから手に入れたい『何か』がある。それこそ本家の命令を無視してでも手に入れたい何かがね⋯⋯」


部屋に静寂が垂れ込める。

本家の命令を無視してでも、彼らが摩耶から手に入れたいものとは何なのだろうか。


「ところで、体は大丈夫なんですか?」


するとここで直人が摩耶に尋ねる。

彼女は入院中だったはずだ。ということは治療は既に終わったのだろうか?

それに対して、摩耶は答える。


「⋯⋯いいえ。今は魔力を一時的に活性化させる注射と、痛みを止める麻酔剤を飲んでいるから大丈夫なだけ。これらの効力が消えれば、またすぐに⋯⋯」


「ちょっと! それを早く言いなさいよ!」


それを聞くや否や、宿舎の方に猛スピードで駆けていくマキ。

ドカン! ガチャン!という、物凄い音と部屋から何かを放り出すような音が聞こえて来た。


「ああ⋯⋯ブルーノの大事にしてたやつだけど、まあいいか」


そんな声も聞こえながら、五分ほど経った頃だろうか。

小さな本を扇子のようにして、パタパタと扇ぎながらマキがやって来た。


「空き部屋を作ったから、そこに突っ立ってないでさっさと寝な。幸いウチには薬と医療器具なら腐るほどあるんでね。体が良くなるまで、安静にしているといいさ」


マキがパチンと指を鳴らす。

すると摩耶の体が突然浮き上がった。


「特別サービスだ、アタシが異能で部屋まで送ってあげるよ」


プカプカと浮きながら、空き部屋に向かって宙を漂っていく摩耶。

彼女はすれ違いざまに二人に向かって頭を下げる。するとマキが、暗がりでその様子を見ていた直人に向かって言った。


「取り敢えず、アタシはお嬢を寝かせてくるよ。直人君はウォーミングアップで体を動かしてきな。訓練室にぶっ壊していいDBロボがあるから、軽くスクラップにしてきておくれよ」


「⋯⋯ようは、片付けが面倒くさくなったんですね」


宿舎に消えていく二人を見送った後、直人はバーのカウンターに置かれていた電子キーを手に取ると地下の巨大な訓練場へと向かった。


過去にはここで、仁王子烈と一対一の戦いをした記憶はまだ新しい。

広大な訓練室には、これ見よがしに三体のDBロボが置いてあった。


俊敏なオオカミの形をしたDBと、人間の1.5倍くらいの大きさのゴリラ型DBが二体。C級を想定して作られたもので、一人前のDHでも異能を用いて戦わなければまず勝ち目がないレベルのDBロボである。


だが直人にとっては、特にそれといった相手ではない。


「来いよ。マキさんが来る前に終わらせようぜ」


拳をポキポキと鳴らす直人。

本来なら訓練着を着て準備を整えるところだろうが、直人にとっては私服のままでも問題はない。武器も持たず、直人はDBロボ目掛けて跳躍した。


するとその瞬間、オオカミ型DBが直人と同じく跳躍する。

だが直人は地上から迫りくるDBに対しても動じない。鼻先目掛けて強烈な踵落としを叩きこむと、そのまま流れるような捻りを加えてスクリュードライバーの如く、オオカミの首を鷲掴みにして地面へ叩きつけた。


キャン!という叫びと共に、首が異様な方向へ捻じ曲がるDBロボ。

少しだけピクピクと動いたが、すぐにピクリとも動かなくなった。


「一丁あがりっと。さて次は⋯⋯」


そして今度は、ゴリラ型と対峙する。

この二体はパワー型だ。真っ向勝負では強化術式を使わねば相手にならない。


と、普通の人間なら考える。


「よし腕力勝負といこう。かかってきな」


猛烈な勢いで突っ込んでくる二体のゴリラ型に対して、バッと両手を広げる直人。

そして拳を振り上げて放たれるゴリラ型の殺人パンチを、直人は腰を落として真っ向から受け止めた。


「クウッ⋯⋯効くなあ。やっぱ強いわ」


「ギリギリだぜ⋯⋯」とばかりに苦悶の表情を浮かべる直人。だが、C級パワー型ゴリラのパンチ二体分を一人で、強化術式も使わずに受け止める時点で既におかしい。


「じゃあ、一発いくぞ!!」


そして軽くジャンプすると、オオカミ型同様に踵落としを放つ直人。

その一撃は、ゴリラ型の内の一体の頭を一撃でスクラップにしてしまった。


「お前もだ!!」


そして今度は、最後に残ったゴリラ型の胴を目掛けて横なぎに蹴りを叩きこむ。

胴にめり込む足の感覚で、直人の蹴りがDBロボの体殻代わりに使われている超合金鉄板をグニャグニャに捻じ曲げたのを感じ取った。


『ウイーン、ピピピ⋯⋯』


頭が潰れたのが一体に、体の中の回線が完全に破壊されたのが一体。

二体とも奇妙な電子音を発した末に、動かなくなってしまった。


「流石、仕事が早いねえ」


すると訓練場の入り口からマキがやって来た。


「マキさんも早いですね。榊原さんはどんな様子でしたか?」


「まあ上々の反応だったよ。普段はゴージャスな部屋にいるんだろうし、たまにはああいう生活をするのも悪くないのかもしれないねえ」


マキは訓練場のスイッチを押す。

すると訓練場の中央の床が割れて、中から何かが現れた。


「今日は直人君にちょっとエゲツないのと戦ってもらおうと思ってね。まあ、先日あんなことがあったばかりだし、タイミングも丁度良いだろうよ」


すると透明なカプセルが床から現れる。

パキン、という音と共にカプセルにヒビが入ると中から何かが出てきた。


「⋯⋯マネキン?」


それは顔も無ければ、ごく普通の人間型ロボットだ。

のっぺらぼうのようで、無機質な形だがマキは満足そうにそれを見ている。


「プロトタイプだから、まだ『本物』ほど強くはないけどね。でも、今出来るベストを尽くして再現してみたよ」


その瞬間、直人の背後で風を切る音がする。

気が付いた時マネキンは直人の背後に移動していた。


「⋯⋯!! このスピード!!」


マネキンが拳を振り上げる。

反射的に直人は両腕でガードするが、そのパンチの衝撃で直人の体は飛ばされた。


「どうしたんだい直人君! そんなんじゃ、また同じことになっちまうよ!」


直人は直感した。

先日、これに限りなく酷似した存在と戦ったことがある。

このマネキンが何を再現したものなのか、彼は理解した。


「いいですよ⋯⋯上等じゃないですか!」


拳を握りしめ、直人は神経を集中させる。

遊び感覚で戦える相手ではない、だからこそそうしたのだ。


「来い、S級!!」


仮想S級DBロボと、直人が同時に駆け出す。

共に目で追いきれない程の超高速で、大きく跳躍する。


そして二つの極大の威力を秘めた蹴りが、空中で重なり合った。

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