第59話 病室にて

「貴様ア!! 摩耶様を何故引き留めなかったのだ!!」


「す、少し外出されるだけかと考えまして⋯⋯まさか脱走されるとは⋯⋯」


ここは、とある大病院の一室。

そこには、もの気のないベッドと、手の付けられていない見舞い品が転がっていた。


バコン!という鈍い音と共に、部屋の入り口付近にいた若い男が殴り飛ばされる。

この若い男は、榊原分家の更に下位に属する家の出身である横原という男で、この部屋で治療を受けていた摩耶の見張りをしていた男だ。


「そう怒るな、晴信はるのぶ。摩耶殿の脱走は確かに大事だが、そやつを殴ったからといって摩耶殿が帰ってくるわけではない」


「だが、お咎めなしにできることでもない!」


その男、晴信と呼ばれた男は横原を今度は蹴り始める。

この部屋にいるのは一人の老人と、50歳くらいの男が一人。

後は、今リンチされている横原だ。


「摩耶殿が自力で歩けるようになったことは喜ばしいことではあるがな。それに、病院の周りにいた榊原家専属のDHが全員摩耶殿に気が付かなかったのだから、恐らく高度な光学迷彩をお使いになったのだろう。その男だけ責めるのも酷だろうに」


「そんなことを言うから親父は甘いと言われるんだ。不祥事には制裁が一番効く。一番近くで傍観していたこのウスノロはまさにうってつけだろうが」


この様子では、横原が肉塊になるまでリンチは終わらないだろう。

軽く溜息をつくと、老人は晴信の肩を軽く叩く。


「少し落ちつくのだ。櫟原家当主としての分別を少しは弁えよ」


すると、老人から強いエネルギー波の波動が発せられた。

それと同時に、突然晴信は顔を歪めて片膝をつく。


「お、親父⋯⋯」


「ここは儂と佑介ゆうすけに任せるのだ。お前は先に田園に戻って指示を待て」


有無を言わさぬ様子の老人。

晴信はあまり気が進まないようだったが、チッと舌打ちした後部屋を出る。

するとそれに入れ違うようにして、今度は一人の青年が部屋に入ってきた。


「父さん荒れてましたね。やはり、連れてくるべきではなかったですか」


「いや、連れてきたことについては問題ない。問題なのは、すぐに頭に血が昇るあ奴の短気な性格よ」


横原を治癒能力を使って治療する老人と、部屋を見回して辺りを観察する青年。

暫くして横畑の容体がある程度良くなったところで、老人は看護師を呼ぶと横原を手当てするようにと頼んで彼を送り出した。


そして青年は手を宙に翳して、魔力の探知なども行うがあまり手ごたえがなかったようで暫くすると彼は手を下ろした。


「摩耶様が仮に助けを求めるとするなら、何処に行くと思いますか?」


ここで青年が、老人に尋ねる。

フム⋯⋯と暫く考えこんだ後に、老人は言った。


「御自身の立場を理解されている摩耶様が山宮学園の学友の家を頼るとは考えづらいのお。また、身を隠したいと考えておられるならホテルを予約するような真似をされるほど愚かな方ではないのも確かじゃ」


「近隣の宿泊施設は既に我々が一通り洗いましたが、手がかりすらつかめませんでした。となると、野宿、はたまた我々の手が及ばない秘密の場所がある⋯」


少しの間、静寂が流れる。


「⋯⋯やはり、御当主殿に相談しに行くべきではありませんか?」


そう言う青年に対して、老人は静かに首を振った。


「当主殿は、摩耶殿を案じている様子が殆ど無い。あの様子では、儂が何を言っても事態が好転することはないじゃろうな」


頭を抱える青年。

実はの所、この二人は摩耶のことを相当に強く心配していた。


榊原家は、あらゆる面において強硬な姿勢を取ることが多い。またそれは、分家にもその傾向が受け継がれており、この二人はむしろ分家の中では稀なレベルで優しい部類に属するのである。


「我々が出来ることがそう多くないのも辛い所じゃな。櫟原のDHを捜索に向かわせようとしたが、御当主殿がそれを止めおったわ。摩耶殿は繊細なお方だ、あまりこのようなことを続けていては壊れてしまうぞ」


「ええ。御当主殿は摩耶様が先日の汚名を払拭するまで榊原家の一員とは認めないとおっしゃっていましたが⋯⋯せめて安住の場でもご用意できれば良いのですが」


「居場所が掴めないならどうしようもあるまいよ。今は一先ず、我々の方でも情報収集を続け、機を見て摩耶様を保護する形にしよう」


そう言って頷く二人だったが、ここで部屋の入り口に誰かが現れた。

現れたのはタキシードに、タブレット端末を持った少年である。


「失礼いたします。摩耶様の件について報告がありますため、参上致しました」


その少年は、翔太郎と呼ばれる少年だ。

櫟原凛の従者で、先日に烈と俊彦に宣戦布告を告げたのもこの少年である。


「まず摩耶様についてですが、異能力探知機をフルマックスにして捜索しましたが一向に手がかりは掴めませんでした。目撃情報も殆ど無く、捜索は足踏み状態です」


だが老人は、「そんなの知っとるわい」とばかりに溜息をつく。

しかしここで、翔太郎は彼らにあることを告げた。


「しかしここ先日、神宮寺家の者と思われる一団と、それともう一つ『赤城原』家の一部のDHが何やら散策を行っているとの情報が入っています」


お互いに顔を見合わせる老人と青年。

赤城原家というのは、榊原家の分家の中でもあまり目立つことの無い分家の一つで、四大分家の一角である櫟原家と比べても大きく格が落ちる家だ。

しかし現在トップである榊原家の当主が全分家に、追放状態の摩耶に対して不要な捜索はしないようにと御触れを出している中での行動には不信感も募る。


「翔太郎⋯⋯それは本当か?」


「間違いない情報です。何故なら、それを私自身の目で見たのですから」


端末を操作すると、空中にプロジェクターのようにして映像を映し出す翔太郎。

すると数名の男たちが、いくつかのグループに分かれて辺りを探し回っている様子がしっかりと映し出されていた。


「赤城原か。そして神宮寺家⋯⋯おお、これは危険な匂いがするのお」


「それは僕も感じます。赤城原家は、榊原家が規模を大きく拡大する前までは、全分家の中で最も大きな勢力だった「元」分家筆頭。先代当主殿がお亡くなりになってからは没落気味ですが、他の勢力とのパイプの数は無視できないものがあります」


鋭い目付きで、映像を見つめる二人。


「⋯⋯彼らは何を目的に何を探しておるのだろうな」


「このタイミングからして摩耶様でしょう。では、彼らが摩耶様を探す理由は何処にあるのでしょうか?」


少しだけ考えこむ二人。

だが、結論は自ずとすぐに浮かび上がった。


「⋯⋯摩耶様が持つ未完のS級能力。あれは榊原本家が五百億の予算と、国外から招いた技術者と研究員およそ二百人の力を借りて開発した能力です」


「ああ、儂も同じことを考えておったわ」


「やはり当主殿に進言すべきです! 今すぐに本家総動員で捜索して、摩耶様を連れ戻すようにと! このままでは⋯⋯!!」


もしその勢力が摩耶の持つ能力を狙っているのなら、それは榊原家にとっても最悪の事態だ。技術が流出し、もしそのS級異能の全容が明らかにされたとしたら、用済みになった摩耶を彼らがどう扱うかもおおよそ想像がつく。


だがしかし、ここで翔太朗が言った。


「その件について、御当主殿から四大分家へ後日説明があるそうです」


しかし青年は、温和な普段の様子から一転して声を荒らげる。


「後日じゃダメなんだよ! 今すぐじゃないと⋯⋯」


しかし、逸る青年を抑えるように、老人が腕を広げて青年を止める。


「待て、憤る気持ちは分かるが御当主殿も何かを考えてのことであるに違いない。それにこれ以上本家の前で余計に動けば、我々の立場にも重大な支障が起きかねん」


「しかし、このままでは⋯⋯」


「分かっておる。だから、儂も切り札を使うことにしよう」


すると、老人は懐から何かを取り出した。

見たところ金のバッヂの様なもので、何か文様みたいなものが刻まれている。


するとそれを見た青年は驚きの表情で言う。


「それは⋯⋯まさか!!」


「何年か前に知り合いから貰ったのを取っておいたのが幸いしたわ。これはあの伝説の情報屋と情報の取引をするために必要なモノでな、『フォールナイト』というバーにこれを持って行けば、『必ず』求める情報が手に入るのじゃ」


すると、老人はそれを翔太郎に握らせる。


「我々は本家に目を付けられておる。となると、これを託せるのはお前しかおらんな。本家が摩耶様を守る気がない以上、我々が独自に居場所を特定して摩耶様をお守りするしかない。やるべきことは分かっているな? 翔太郎」


コクリと頷く翔太郎。

周りに人がいないのを確認した後、彼はポケットにそれを仕舞う。


「では、一先ず話は終りじゃ。翔太郎よ、他に我らに伝えることはあるか?」


すると翔太郎は、一瞬だけ視線を宙に彷徨わせる。

まるで何かを言うのを躊躇するように。だが暫くして視線を戻した。


「いえ、何もありません」


「分かった。では、解散するとしよう」


そして老人は杖をついて、青年はスタスタと背筋を伸ばして歩き去っていった。

そして病室に一人、翔太郎が残される。


「⋯⋯凜様のご要望にお応えするのが私の使命」


そんなことを呟くと、端末を起動して何かを見る翔太郎。

そこには何名かの少年少女の顔があった。


「仁王子烈、目黒俊彦、中村健吾、千宮司陽菜、葉島直人、志納篝⋯⋯」


そこにある顔と、その名前を呟く翔太郎。


「皆、凜様の邪魔になり得る存在だ⋯⋯」


そんなことを言って端末の電源を切る。

そして翔太郎もまた、病室を静かに去っていった。

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