第50話 宣戦布告

「よお俊彦。ちょっと資料ログ見せてくれや」


ここはレベル5クラス専用エリアの一角。

第一校舎から少し離れた、第二校舎にあるラウンジである。


「仁王子さん! 今日はバイトに行かないんですか?」


「バイト行くのも飽きたしな。今日は久々に来てやったぜ」


小柄な童顔の少年と、巨大な体躯の男が話している。

小柄な少年は魔眼を持ち、先日のDB襲撃事件でも大活躍した学年総合ランク7位の目黒俊彦、そしてもう一人は約二週間ぶりに学校に姿を現し、俊彦と同じく同事件において大活躍した学年総合ランク3位の仁王子烈である。


「もうすぐテストあんだろ? お前の授業資料ログがないと授業の内容なんて全く分からないからよ」


「いいですよ。後でデータを仁王子さんの端末に送っておきます」


そう言う二人は、何やかんやで1-1クラス内では仲良しになっている。

特に普段は人と滅多に関わりを持たない烈にとって俊彦は、本当に数少ない友人の一人になっている。


するとここで、俊彦が烈に尋ねる。


「ところで、少し前に海野先輩が僕を『代理補佐』にする⋯とか言ってたじゃないですか。あの話ってどうなったんでしょう?」


「代理補佐? 何だそれ、俺には興味ねえ話だな」


ラウンジにある自販機からコーラを選ぶと、出てきたコーラをその場でグビグビと飲み始める烈。代理補佐についても彼はあまり知らないようだ。


「僕が気になったのは、健吾さんのことなんです。レベル5の人たちは、きっと健吾さんの代理補佐になることを嫌う人が殆どだと思いますし、だとしたらいっそ僕が健吾さんの代理補佐をやる方がいいんじゃないかな⋯なんて」


「良く分かんねえけど、ようは代理補佐は生徒会の奴らのパシリだろ? レベル1の奴が生徒会に入るなら、レベル1からも代理補佐を選べばいいんじゃね?」


「でもきっと僕は光城さんの代理補佐になると思うんです。でも、そうなったら健吾さんの代理補佐は一体誰が⋯⋯」


ここでふと烈の方を見る俊彦。

だが俊彦の視線を感じた烈は、フンと鼻を鳴らすと空になったコーラ缶を片手で潰す


「ふざけんなよ、俺がそんな面倒臭えことするわけないだろうが。誰のパシリだろうが関係ねえ、俺は俺だ」


「⋯⋯ですよね」


そんなことを言いながら、ラウンジにある食堂でランチを頼む二人。

因みに山宮学園レベル5専用食堂で提供されている食事は、日によって内容は変わるものの、出されるものはいずれも超高級食材を使った逸品だ。


今日は、彼らのために特別に配合された魔力強壮に効くスパイスの配合の元、黒毛和牛の赤身を十時間煮詰めた、最高級ビーフカレーがトップで紹介されている。

その他にも、有名ラーメン店の料理人を呼んで提供される豚骨ラーメンや、中華の巨匠直々の調理で提供される、麻婆豆腐や小籠包なども並んでいた。


余談だが、この食堂は夜も営業を続けており、夜にはフランス料理のフルコースや、和牛の鉄板焼きなどが提供されている。

なおこの食堂で提供される料理は全て、レベル5所属の生徒は無料である。


「僕はカレーにしようかな。仁王子さんは何にしますか?」


「ラーメンでいい。ほら、早く席取ろうぜ」


手早く各々の料理を受け取った二人は席に移動する。


なお食堂は席選びをする必要がないように、常に人数分の席が用意されている。

プライベートな時間が欲しい人のための専用個室まで用意されているが、彼ら二人は近くに開いている普通の席に座った。


「で、代理補佐はどうすんだよ。レベル1の奴のパシリなんて誰もやらねえぞ」


ラーメンをズルズル豪快に啜りながらそんなことを言う烈と、小さなスプーンでチビチビとカレーを食べる俊彦。


「うーん⋯⋯僕が健吾さんの代理補佐をやって、光城さんと榊原さんの代理補佐を別の人にやってもらうのが一番良い気がするんです」


「じゃあ、あの舞姫と皇帝様の代理補佐は誰がやるんだ?」


と、二人がそんなことを話していた時だった。

二人の横に何者かの姿が現れる。


「それは無論、この櫟原いちいばらりんですわ!!」


突然聞こえてきた甲高い声。

ビクッと体を震わせる俊彦と、「アア?」と鬱陶しそうに横に顔を向ける烈の前には、自信に満ち溢れるように仁王立ちする少女の姿がある。


「おい、誰だこの女」


「この女とは大層なご挨拶ですわね、仁王子さん。貴方こそ全く学校に来てませんでしたけど、本当に卒業する気があるのかしら」


そんなことを言うのは、榊原分家の一角、櫟原家長女の櫟原凛だった。

彼女はここで、俊彦の方へと視線を向ける。


「目黒さんも、あのレベル1の代理補佐をやるなんて、そんな寝ぼけたことを言うのは止めて頂きたいものですわ。あり得ないこととは思いますが、まさか貴方はあのレベル1が生徒会に入るに相応しいなどと思っているのではないでしょうね?」


そんなことを言う凛の横には、もう一人生徒がいる。

それは言うなら従者の様な様子で、烈と俊彦の二人には見覚えのない生徒だった。


「櫟原さん⋯⋯もしかして榊原さんの代理補佐って⋯⋯」


「この私ですわ! いやむしろ、『正規団員』と呼んでいただいても宜しくてよ」


空いている席にドカンと、持っていたサラダセットを置くとそのまま席に座る凛。

やや困り気味ではあるが、横にいる少年もそれに習って席に座った。


「突然ですが、ここで私と貴方方で一つ取引をしません?」


唐突に、そんなことを言う凛。

顔を二人に近づけると、ヒソヒソ声で彼女は言った。


「生徒連合団規則には以下のように規定されていますわ。『生徒連合団の承認式においては如何なる理由があれど、新団員は欠席してはならない。欠席がある場合は後日新たに承認される代理補佐から新団員を選び、今後はそれに従って行動せよ』と」


要約すると、新団員は絶対に承認式には欠席できず、欠席した場合はその時点で団員の座を剥奪されるというわけだ。


「⋯⋯つまり、この規則を『利用』すれば万事解決ですわ」


ハア?とばかりにしかめっ面を浮かべる烈に対して、俊彦の目が見開かれる。

彼には凜の言わんとしていることが分かっていたのである。


「まさか、健吾さんを力づくで承認式に欠席させようと!?」


「察しが早くて助かりますわ。どのような過程があれど承認式に欠席させさえすれば中村健吾の生徒会入りは立ち消えになりますの。そしてその空いた枠を代理補佐になるであろう私達が、『シェア』するというのは?」


『シェア』の言葉の意味は、恐らく生徒会団員のおまけになりがちな代理補佐の役職以上のことを保証するという意味だろう。

あくまで正規団員の座は凜が得るが、その過程で俊彦にも一定の発言権を与えるなどしてお互いに団員の権利の共有をしようとの提案だろうか。


だがしかし、俊彦はブンブンと首を横に振る。


「ダメです!! そんなことしたら健吾さんは⋯⋯」


「あのレベル1が団員の座を失おうと知ったことではありませんわ。それに、その方が山宮学園にとっても有益な事ではなくて?」


「違います! 健吾さんは絶対に団員に相応しい仕事をしてくれるはずです!」


思いのほか強硬な態度だったからだろうか。凜の表情に陰りが映る。

軽く横の従者の少年を見ると、ハア⋯と溜息をつく。


「貴方は随分とあのレベル1を買っているようですが、それは何故なのです? 何でも先日の合宿では大活躍されたそうですが、私の聞いた話では異能を用いてDBを殲滅した貴方方お二人に対して、あのレベル1は外で戦いもせずにフラフラと歩いては救助紛いの、お遊びをしていただけらしいじゃないですか」


「違うんです! 健吾さんは、僕たちがピンチなのを察して助けを呼んできてくれたんです!」


だがそれを聞いてもなお、凜の様子は変わらない。


「ならば、呼んできた助けはさぞ素晴らしく有名なDHか何かなのでしょうね。宜しければそのお名前を言って頂けませんか?」


だがしかし、それを聞いた俊彦はウッと言葉が詰まる。

恐らく俊彦は、合宿期間中に健吾に教えた電話番号が役に立ったのだろうと見当がついていたし、その電話番号の主が誰なのかも知っていた。

でも、その主の名前を言うことは出来ない。


『アタシはアンタらとは違う世界を生きる人間さ。名前を出すなら、アタシと同じ世界に生きるアウトサイダーな奴らだけにしてくれよ。でないと、火傷するさね』


それが名前を教えるときに、彼女が言った条件だった。

恐らく同様のことは健吾にも言ったに違いない。


「⋯⋯言えません」


「言えない? 表立って言えないような人間に救助を頼んだのなら、それはまた別の意味で問題ではないのですか? 結果オーライで済む話ではないでしょう」


素っ気なくそう言う凛。

期待外れだと言うように席を立つ彼女は、いつの間にかサラダを食べ終えていた。


「ご協力いただけないのなら残念ですわ。ですがどの道、私は多少乱雑な方法を使ってでも正規団員の座を手に入れるつもりです。全ては榊原家の筆頭分家として、更なる榊原の繁栄のために」


そう言うと、彼女は空になった容器を持って去って行ってしまった。

置いていかれるような形になった従者の男子生徒も、軽く烈と俊彦にお辞儀をすると凜を追って去っていく。


そして残された烈と俊彦。

烈は「何だったんだ?」というように、豚骨ラーメンの残ったスープを器を傾けて豪快に飲み干した。俊彦は手を動かさず少なくなったカレーをジッと見つめている。


「訳わかんねえな。確かアイツは榊原といつも一緒にいる奴だろ?」


「ハイ。榊原家の分家にあたる、櫟原家の人らしいです。でも、健吾さんを承認式に欠席させるって⋯⋯どんな手段を使う気なんでしょうか」


「榊原の分家とか、ヤバい匂いしかしないけどな」


再びカレーを食べ始める俊彦。

ペースを上げて食べ始めたからか、カレーは直ぐになくなった。


そして烈と俊彦も、ほぼ同時にカレーとラーメンを食べ終える。

すると、ここでふと烈が思い出したように言った。


「あの金魚のフンみたいに付いてきてた、あいつは誰なんだ? レベル5クラスじゃねえだろ」


凜の横にいた従者の様な少年のことだろう。

だが、同級生については一通り把握している俊彦でも良く知らないようだ。


「え、ええと⋯⋯僕も良く知らないです。調べてみましょう」


そう言うと俊彦は、手に持っていたタブレット端末を起動する。

顔写真付きで、山宮学園の全生徒を調べることが出来る機能が端末には付属されており、先ほど見た男子生徒の顔を思い出しながら俊彦は索引を見る。


「⋯⋯何処にもないです。何でだろう?」


だがしかし、どんなに調べても先程の男子生徒は出てこない。

他学年も調べるが、同様に手がかりは全く出てこなかった。


「オイオイ、まさか部外者だとか言うんじゃねえだろな」


「で、でもそんなことあり得ないですよ! このレベル5専用エリアは、身分照会も含めて厳しいチェックをされるはずなのに⋯⋯」


その時である。


「貴方が『魔眼持ち』ですか」


背後から突然声がする。

二人が振り返るとそこには、先程の男子生徒がいた。


「おいお前。丁度いいから名前名乗れや」


特に動じることなく男子生徒に尋ねる烈。

だがしかし、俊彦の方は驚愕した様子でその男子生徒を見つめている。


それに対して男子生徒は、名前を名乗ることなく淡々と言った。


「凛お嬢様がご迷惑おかけして申し訳ございません。ただ、お嬢様の言うことは原則絶対ですので、今後もご迷惑をおかけするとは思いますがよろしくお願いします」


「待て、オイ! 話は終わってねえぞ!」


そう言って引き留めようとする烈。

しかし男子生徒は、迫る巨躯の烈にも特に興味を示すことなく言った。


「する話も特にありませんのでこれにて失礼します。では、またお会いしましょう」


それだけ言った男子生徒は、クルリと翻る。

その瞬間、まるで今まで見ていた全てが幻だったかのように男子生徒の姿が消えた。

突然のことに流石の烈も驚くが、それ以上に驚いているのは俊彦だった。


「げ、幻覚です⋯⋯それも途轍もなく高度な⋯⋯」


反射的に己の右目を抑える俊彦。

俊彦の魔眼は幻術を見破る力を持っているが、その魔眼すらをも出し抜く幻術だったのだ。


すると、烈がゆっくりと立ち上がる。

彼の目は、その先の何かに向けられていた。


「仁王子さん?」


「⋯⋯やってくれんじゃねえか、アイツよお」


俊彦も烈の視線の先を追っていくと、食堂の先に、何かが書かれた白い紙が貼ってあるのが見える。しかもそれは先程と同じく幻術で、烈と俊彦にしか見えないように細工されてあった。


口で言うのが憚られたのか、それとも敢えてこういうやり方を選んだのか。

そこには真っ赤な文字でこう書かれていた。


『承認式は私が妨害いたします。お覚悟を』


それは言うなら、真っ向からの宣戦布告であった。

そして二人が見た途端に、その紙はゆっくりと消えていく。


すると烈は俊彦に尋ねる。


「俊彦。お前魔眼使って幻術見せられんだろ? お前から見て、アイツはどうなんだ?」


すると俊彦は答える。


「凄い実力者です。それに恐らくあの幻術は光に関する能力。多分、あの精度は榊原さんと同等か、下手したらそれ以上です⋯⋯」


眉を僅かに吊り上げて、紙が貼ってあった辺りを見つめる烈。

そんな彼の血圧は、ゆっくりと上がり始めていた。


「俺は今までいろんな奴と戦ってきたけどよ⋯⋯ここまで戦う前から舐め腐った事されたのは初めてだぜ⋯⋯!!」


「じ、仁王子さん!?」


烈の手にあった瀬戸焼のラーメンの器が、バキリと割れる。

握力のみで器を割った烈の様子は、まるで修羅の如くである。


「俊彦、アイツの狙いはレベル1のアレだな?」


「け、健吾さんだと思います⋯⋯けど、それがどうしたんですか?」


「どうしたもクソもあるか! 承認式の日に、アイツは健司を襲ってボコボコにしようとか考えてんだろ!? おう、やってやろうじゃねえかクソが!!」


怒り狂った烈は、割れた器を乱雑に投げ捨てると俊彦に言う。


「健三に伝えておけ。俺と俊彦はお前を意地でも生徒会の団員にするってな!!」


「け、健吾さんですけど⋯⋯どうしたんですか急に!」


「うるせえ! あれだけ舐められて、それでアイツらの思い通りに承認式妨害されたらムナクソ悪いだろうが! 何が何でも健三郎を団員にして、アイツの泣きべそ顔を拝ませてもらうからな!!」


「だから健吾さんですって!! でも分かりました、僕も協力します!!」


食堂で吠える烈を宥める俊彦。

だが俊彦もまた烈同様に、この宣戦布告に受けて立つと決めていた。


仮にも世代を代表する山宮トップ生の一角である烈と俊彦。

健吾の全く予期しない所で、強力な二人が味方になっていた。

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